第57号 2010.07.26発行 by 矢吹 晋
    チャイメリカ の象徴的構図----アイパッドと 深圳フックスコン <目次>へ
 半年前、某所の立席新年会でしばらく逢う機会のなかった小島麗逸教授と立ち話をした。お互いに元気でしたか、と挨拶を交わすのは、双方ともにだいぶくたびれてきているからだが、「君のおかげでチャイメリカということばを知ったよ」と、例によって激励してくれた。私としては、ファーグソンのThe Ascent of Money (2008)をめくって以来、これが「米中結託」の新時代の構図だと認識して、折りにふれてこの事実を指摘してきた。
 去る5月末に、鳩山由紀夫首相が普天間基地問題で自滅したとき、ヒラリー・クリントン国務長官は、ガイトナー財務長官以下、200名の国務省官員の大部隊を率いて、北京の米中戦略経済対話に臨んでいた。日本のイカレ・マスコミだけを見ていると、あたかも日米安保が世界の中心みた いな書き方であきれるが、アメリカの識者を対象として日本外務省が調べた世論調査によると、日本をパートナーと考えるアメリカの識者は36%であるのに対して、中国をパートナーとして考える者は56%である。このようなアメリカ世論を踏まえて、米中対話が本格的に行われていることを知らずして、中国の未来も、日本の未来も論じることができないのは自明であろう。

 さて2010年5月28日、日本でも、行列騒ぎのなかで米アップル社の「新型マルチメディア端末 iPad(アイパッド)」が発売された。アイパッドの人気ぶりは予約注文してから製品待ち数週間という品不足に象徴される。私は宣伝に乗せられやすいタチなので、発売後1カ月を待ってソフトバンク六本木で予約し、7月5日に入手した(64ギガ、ケース や付属品を入れて8万弱)。3Gモデルではなく、WiFi(Wireless Fidelity)型だ。携帯無線はソフトバンクのポケット・モバイル(4万弱)を使い、自宅では、MZK-WNHを使っている(アマゾンで3000円弱)。
 私はウインドウズ95以来、マイクロソフト社とつきあってきたが、ヴィスタの不具合にはほとほとあきれて、「奢れるウインドウズは久しからず」と感じていたが、果たしていまやアメリカではアップル社がマイクロソフ ト社の売上げを追い抜いたという。
 私の友人には、由来マックにこだわる、頑固マック派も何人かいたが、その話を忘れていたころに、マックが目の前に飛び込み、いま大慌てで、マック併用へ転換を模索中である。マックの戦略なのか、ウィンドウズの妨害なのか、真相は不明だが、ソフトバンクはただ商品を売るだけで、店頭に使い方のわかる売り子はほとんどいない。ヨドバシにVGAケーブルに予約して10日経っても、まことに要領を得ない(いつ入荷するか分からない、という)。
 秋葉原をぶらついてソフマップに聞いて、ようやく近道が分かった。「銀座3丁目のアップル直営店に行きなさい」。これが正解であった。ここには付属品がすべてあり、使い方の講習までやっていた。ここにたどりつくまでおよそ1カ月かかったのは、私がウインドウズの世界に包囲されていたからであろう。 まことに偏った情報支配はおそろしい。
 こう書いてきたからといって、アップル製品の素晴らしさをほめるばかりでは、機密宣伝費のおこぼれを受け取ったかと誤解されかねない。このような現代アメリカ文明の最先端を象徴する端末機の製造現場の「女工哀史」と重ねて、複眼で観察してこそ、チャイメリカの構造がよく見えるという話 なのだ。

 私は富士康(フォックスコン)の女子工員の痛ましい事件を耳にしてから、それがアイパッドと容易には結びつかなかった。しかしどの記事を調べても、ウインドウズの謀略宣伝と書いたものはなく、やはりこれは事実であった。
 となると、話としてはできすぎているほどに、アイパッド女工哀史物語は興味深い。香港紙の報道をまとめると、中国広東省深圳市の台湾系携帯電話機メーカー、富士康(フォックスコ ン)で従業員の自殺が相次いだ問題で、胡錦濤国家主席と温家宝首相の指示で、広東省党委書記汪洋(党政治局委員)が5月27日、同社を視察した。また、党中央政法委員会の王楽泉副書記(同政治局委員)も25~26日、深圳で開かれた治安関係会議でこの問題を取り上げた。
 一企業の労務管理問題で中央指導部が指示したり、複数の政治局員による現地入りは異例だ、香港紙はコメントしている。自殺多発の背景に社会矛盾もあるとみられ、事態拡大を懸念したようだ。富士康に生産委託している米アップル社は、下請け加工賃の引き上げを検討し始めたと報じられ、また中国当局は、メディアに対し、この問題で報道を抑制するよう、規制を加えた。すなわち中共中央宣伝部は5月末、国内メディアに対し「類似の事案も含め報道を禁止する」と通知し、違反すれば責任者らの処分を検討するとの厳しい方針を出していたことが1カ月後の6月23日に明らかになった。
 「最先端のマルチメディア端末」が「女工哀史」そのものによって支えられている姿は、筆者が近年折に触れて繰り返してきた「チャイメリカの矛盾」を象徴するものと読むことができよう。アメリカの過剰消費を支えるものが中国の過少消費であり、中国の誇る世界一の外貨準備高とは、飢餓輸出による女工たちの血と汗の結晶である事実を、アイパッド女工哀史物語は、何よりも雄弁に語り尽くしている。
 これらのトラブルに直面して「当地の最低賃金の900元(約1万2000円)で働く工員の場合は33%引き上げて1200元とし、基本給が900元を超える工員は一律30%昇給させる。賃上げ前の収入を維持しながら残業を減らすことも可能になる見込みと共同電が伝えている。


地図:中国で最近起きたストライキ

 事柄はむろん、アイパッドだけではない。広東省でホンダ系部品工場のストライキも同じ構図である。広東省仏山市のホンダ系自動車部品メーカーでは5月31日、経営側を支持してスト回避に動いた労働組合員(中国の「工会」は、基本的に御用組合である。ただし経営側の御用を勤めるのではなく、中国政府の御用であることに注目されたい)と、スト続行 を主張する従業員の合わせて数百人が工場内で乱闘となり、7~8人の従業員が負傷するトラブルも演じられた。これは通常業務に復帰しようとした御用組合員が、スト続行を主張する従業員をビデオで撮影したところ、従業員側が「労組(工会)は労働者の代表ではないのか」「中国人ではなく日本人(経営側)の肩を持つのか」などと抗議して顔に殴りかかって、流血の騒ぎになったという。この部品工場では変速機を生産しているが、5月17日からのストで部品供給が止まり、ホンダの中国の完成車4工場が相次ぎ操業停止に追い込まれていた。部品工場では賃上げなどの条件に同意した労働組合員らが職場に復帰していた。
 筆者(矢吹)は6月24~27日アモイを訪問し、瀋陽・海口高速をアモイから汕頭に向けて一走りしたが、 広東から上海に向かう完成自動車を陸送する大型トラックとすれ違い、生産再開を実感し、印象深かった。
 農民工を搾取する残酷物語は、マクロ統計も雄弁に物語っている。労働分配率を見ると、1997年から2007年にかけてどの省を見ても激減している。安定した経済においては、労働分配率はそれほど大きな変化を見せないのが経済史の教える常識だ。中国のGDPが世界一のスピードで成長し、パイが大きくなる過程で、労働への配分はほとんど増加しなかったために、全体としてのパイの分け前は、労働の側に極端に不利に傾いたことを労働分配率は教えている。
 中国の経済・ 所得政策は労働分配率一つを見ただけでも、大失敗であったことが分かる。労働者、とりわけ農民工は、極端な低賃金で搾取され、その富は、 一方では「バターか大砲か」の選択において、軍事費に用いられた。他方では「外貨準備」のように、ドルで蓄積され、一部は米国債の金利稼ぎで運用され、一部は太子党(Princeling)の作るヘッジファンドに用いられ、彼らの私腹を肥やした。農民工の年収と、太子党や政府高官の日本を遥かに上回る高額報酬を比較すると、「和諧社会」 の内実が透けて見える(これは『中国情報ハンドブック』2010年版の拙稿に手を加えたものである)。
 

               
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