第58号 2010.09.10発行 by 矢吹 晋
    米中関係の新時代到来 <目次>へ
 2010年5月24~25日、北京で「第二輪中美戦略與経済対話框架下経済対話」(The Economic Track of the Second China-U.S.Strategic and Economic Dialogue)が行われた。新華社電によると、戦略対話からは26項の具体的成果が得られたと発表された。主な調印文書は以下のごとくである。
 中米双方は《中国国家核安全局と米国核管制委員会の、ウェスチングハウスAP1000核反応塔核安全合作をより一層強化する備忘録》、《中国国家能源局と米国国務省の中米頁岩ガス資源工作計画》、《中国国家発展改革委と米国国務省の、緑色合作パートナー計画枠組みにおける実施要項備忘録》、《中華人民共和国海関総署と米国国土安全省海関辺境保護局の、サプライチェーンの安全と便宜合作についての了解備忘録》、《中華人民共和国衛生部と米国衛生・公共服務省の、新発・再発伝染病合作プロジェクト了解備忘録》などを相互に調印した。また《中米の気候変化、エネルギー・環境合作についての了解備忘録》、《中米エネルギー、環境十年合作フレイムワーク》における協力の進展など実務合作の発展をも歓迎した。双方は《中米エネルギー安全合作の共同声明》を発表し、原子力その他の放射性材料の非合法輸送面の合作を確認し、平等と相互尊重を基礎として、人権問題の対話を続けていくこと、明2011年に中国で次の人権対話を行うことを決定した。
 経済対話では次の五方面の協議が行われた。
 ①双方は、経済発展方式を転換し、経済構造の調整を承諾した。米国はよりバランスのとれた持続可能な経済発展モデルを樹立し、貯蓄率を高めることを承諾した。中国は経済発展における国内消費の貢献度を高め、社会保障システムの建設を承諾した。②双方はより開放的なグローバル貿易・投資体系を構築し、貿易・投資における保護主義反対に努力することを承諾した。米国は貿易救済調査において「市場指向産業」を申請中の中国企業に対して公正、合理的な待遇を行い、中米通商・貿易合同委員会がすみやかに中国を市場経済国と認めることを考慮する。中国は中国国内で経営する、米国企業を含む外資企業に内国民待遇を与えることを考慮する。③双方は金融領域における交流・合作を強化し、金融機構の実体経済支援機能を十分に発揮させることに同意した。米国は外国資本が米金融業に投資することを歓迎し、中国資本の銀行、証券、基金管理公司に対して、他の国と同等の審査・監督基準を適用することに同意した。④双方は国際金融体系の改革において合作することに同意した。⑤双方は両国の部門間経済対話メカニズムを深化させ、二国間経済合作・交流を進めることを奨励する。
 この米中対話は、まさに鳩山由紀夫前首相が沖縄普天間基地問題で迷走した挙げ句、辞任した時期に行われたことに注目したい。鳩山は突如、(中国を対象とした)「抑止力」を口にして自滅したが、蜜月か同床異夢かはさておき、ヒラリー・クリントンは国務省の役人200人を率いて北京を訪れ、2日間にわたる広範な協議を行い、上述のような協定をまとめたのである。



 2010年8月16日、米国防総省(俗称ペンタゴン)は米議会に「中国の軍事力と安全保障の進展に関する年次報告書」(Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China )を送った。「Executive Summary」の冒頭の一節を引用しておきたい。中国の軍事力を「国際公共財」(international public goods)と評価したことに私はたいへん驚いた。このような積極評価は、おそらく朝鮮戦争以来、初めてであろう。米中協調(結託)時代が始まったことを象徴する言い方ではないかと思われる。
 曰く、「過去10年の中国軍の現代化の速度と範囲とは、中国軍が自国の外交上の利益や紛争処理のために軍事力を使うばかりでなく、国際公共財として貢献できる能力を養成した」(The pace and scope of China’s military modernization have increased over the past decade, enabling China’s armed forces to develop capabilities to contribute to the delivery of international public goods, as well as increase China’s options for using military force to gain diplomatic advantage or resolve disputes in its favor )
 むろんこれは直接的には平和維持活動や災害救助、反テロ作戦における米中協力を評価したわけだが、話はそこにとどまるはずはない。というのは、あえて「国際公共財」(international public goods)とあたかも経済学を想起させる用語で説明しているのは、否応なしに米国債の最大の保有者である中国政府と米国政府との蜜月関係(換言すれば腐れ縁)を想起させるからである。米国にとってもし中国が敵であるならば、味方の日本よりもはるかに多い懐の財布を握られたのだ。財務省証券だけで8000億ドル、その他の長期債務(米から見て)4000億ドルを加えると、1.2兆ドルの債務を米国は中国に負っている。これらを中国が仮に売却するならば、基軸通貨国としての米国経済のグローバル地位は確実に崩壊する。したがって、この巨額の資金を、敵の資金と見なすならば、おちおち寝られないのは当然だ。敵の資金ではなく、「公共財」「国際公共財」と見なしたい米国の心理は誰にも理解できよう。
 ところで、今回は、中国軍の戦力、武力を「国際公共財」といってのけたのだから、これに驚かないのはどうかしている。この報告書が公表されたとき、NHKのニュース解説は台湾海峡両岸の戦力バランスを解説していた。ほとんど脳軟化症ではないのか。従来の経緯からして、むろん台湾海峡の記述はある。  しかし、中国軍が「国際公共財」ならば、海峡両岸の軍事力の対比がほとんど無意味になるはずだ。
 米中関係が蜜月か、同床異夢かはどちらでもよい。要するにカネ貸し中国とカネ借り米国との「腐れ縁」は、軍事協力まで進展しつつある。この動きを見極めることは、日本の安全保障にとって看過できない大問題であろう。
 軍事協力に先立って外交面での協調がどのよう行われてきたかを念のために回顧しておく。2006年、ゼーリック国務副長官が「中国は、ステイクホルダー(Stakeholder)だ」と宣言した。まさにこの年に、ペンタゴン年次報告書(2006年版)は、中国の平和維持活動に2回言及した。同報告書(2008年版)が再び中国の平和維持活動に1回言及した翌2009年、オバマ政権のスタンバーグ国務副長官は、米中両国は「戦略的確約保証(Strategic Reassurance)関係だ」と述べ、同年版ペンタゴン年次報告書は、平和維持活動等に10回言及している。こうした経緯を経て年次報告書2010年版が、前述のように平和維持活動、災害救助、反テロ作戦に触れつつ、「国際公共財」と評価したわけだ。外交(例えば北朝鮮の核問題をめぐる6カ国会議)や経済(特に米国債の買い付け)面からスタートした米中協調の枠組みを軍事面においても推し進める姿勢と読むのが自然であり、それ以外の読み方は難しい。繰り返すが、中国がもし敵国ならば財務省証券の保有を許してはならないはずだ。「同じ市場経済国同士」という前提のもとに行われている経済行為であると否応なしに「見なす」必要があるのだ。
 ここまで深い腐れ縁になった米中関係を台湾への武器売却等をめぐる「疑似対立」で隠蔽するのが年次報告書のもう一つの書き方だが、ペンタゴンと中国軍の「デキ・レース」にだまされてはなるまい。年次報告書は今年中に国産空母の建造に着手する可能性があることも指摘し、海軍が小笠原諸島と米領グアムを結ぶ第二島嶼線を越える西太平洋まで作戦行動を拡大する動きも指摘している。つまり台湾を含む第一島嶼線はすでにあっさりと越えられたのだ。90年代半ば、日米の安保論者は周辺事態法なるアイマイ法をつくって危機を煽ったが、この連中の見通しの悪さをはっきり批判しておく必要がある。彼らは中国の軍国主義者に口実を与え、軍拡を促し、民主化派をつぶす役割を演じたのである。






 

               
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