第78号 2013.12.01発行 by 矢吹 晋
    尖閣領有権と施政権についての歴史的証言
――『読売新聞』論点」欄に投稿・没原稿を掲載する――
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 以下の小文は情報操作の大手である『読売新聞』論点」欄に投稿したものである。同紙はボツにして、掲載しなかったので、歴史の証言として、ここに書き留めておく(2013年10月26日矢吹晋)。

 外務省の元高官池田維氏が読売新聞論点(2013年10月5日付)に「尖閣問題の「棚上げ」合意存在せず」と投稿している。曰く「いわゆる「棚上げ」論については、日中双方が何らかの問題の存在を共に認め、その解決を先送りするということに合意したことはない。近年公開された外交文書の中の72年の国交正常化交渉の際の田中首相・周恩来首相の会話、78年の福田首相鄧小平副首相の会談のいずれにも「棚上げ」の合意は存在しない」と。
 前者は、池田の先輩でかつ当時条約課長として田中訪中団に随行した栗山尚一氏の「棚上げ」論と矛盾する。栗山は「筆者はこのときの両首脳間のやり取りの結果、(中略)「解決しないという解決策」についての黙示の了解が生まれたと理解すべきと考え、これを「棚上げ」と呼んだ、と証言した(『霞関会報』2013年5月号)。池田はこの先輩課長の証言をどう読むのか。
 後者について、池田は「鄧副首相から”自分たちの世代には知恵がないから次の世代に任せたい”との趣旨の発言があったが、福田首相は一切応答していない」と書いたが、栗山証言は逆の読み方をしている。栗山曰く「(78年)8月に訪中した園田外務大臣は、条約交渉妥結後に会談した鄧小平副首相に対し、同問題を提起したが、同副首相は、この問題の解決は将来世代に委ねるべしと述べ、それ以上の議論に応じなかった。
 同年10月、平和友好条約批准書交換の機会に来日した同副首相は、記者会見の場で、改めて同趣旨の発言を行ったが、これに対する日本側の反論は、筆者が知る限り、見当たらない。こうした経緯に照らせば、72年の国交正常化の際に、田中総理と周首相の間で成立した、尖閣諸島問題は結着をつけずに当分の間「棚上げ」(問題解決は先送り)すべしとの了解は、78年に再確認されたと考えるべきであろう[下線は矢吹による]。
 つまり、池田は「福田の応答なし」から棚上げなしと導くが、栗山は「棚上げ了解は78年に再確認された」と解する。矢吹の評価は、(1)栗山が条約課長として田中訪中団に随行した体験をもつことからして、(2)さらに中国側会談記録との符合・一致性からして栗山証言がより妥当だと考える(詳細は小著『尖閣問題の核心』花伝社で書いた)。
 実はより重要なのは、「棚上げ」の有無という手続き問題ではない。沖縄返還に際して米国から日本が返還されたのは、「施政権」であって「領有権」ではない、それゆえ米国は「中立を保つ」と米国側が繰り返している事実の重みである。
 1971年10月27~29日、米上院で返還協定の批准のために沖縄公聴会が開かれた。ロジャース国務長官がフルブライト外交委員長に提出した法律家の書状には、こう記されている。
 「米国は平和条約第3条に基づき、南西諸島の施政権を得た。そこには尖閣諸島が含まれる」、「米国が尖閣諸島の施政権を日本に返還することは、いかなる意味でも[中華民国、中華人民共和国の]潜在的請求権を排除するものではない」(The United States believes that a return of administrative rights over those islands to Japan, from which the rights were received, can in no way predudice any underlying claims.)「米国は対立する領有権請求は当該諸国によって解決されるべきものと考える」(The United States considers that any conflicting claims to the islands are a matter for resolution by the parties concerned.)これが尖閣問題に対する米国の公式見解だ。日本政府は独善的態度を改めるべきではないか。

 上記の短文は「論点」の文字数に合わせて極度に圧縮したので、分かりにくいかもしれない。そこで、以下に若干の紙幅を用いて解説しておく。これは友人が『読売新聞』の尖閣特集のコピーを送ってくれたので、その友人への謝礼のつもりで、コメントを書いたものである。

 友人H氏への覚書。『読売新聞』「尖閣国有化1年」特集(9月11~29日)の致命的欠陥――施政権(administrative rights)は領有権(sovereignty)ではない(10月20日 矢吹 晋)
12回にわたる特集記事において、尖閣をめぐる諸問題についてさまざまの事柄が書いてあるが、領有権にかかわる箇所に致命的なミスがある。それは5回目の「尖閣諸島を巡る米国の対応」と題した略年表に露呈されている。
 1971年10月20日の項に(a)「国務省が『沖縄返還は尖閣諸島を巡る(中国や台湾の領有権主張を含む)いかなる主張も決して損なわない』とする書簡を米議会に送る」と記述し、
 さらに72年5月15日の項に(b)「沖縄返還協定が発効。尖閣諸島の施政権も日本に返還」と記述している(下線は矢吹)が、これらの二つだけでは、沖縄返還の核心的内容が十分に理解されないおそれが強い。
(b)において、単に「施政権の返還」と書くだけでは、不十分である。「領有権(sovereignty)の返還ではない」ことを米国が繰り返し強調している事実を無視するのは、きわめてミスリーディングであり、あえていえば誤報に近い。
(a)について。
この書簡とは何か。国務省が当該書簡を米議会に送ったことの意味はなにかを丁寧に説明することが不可欠である。
これは71年10月27~29日の3日間、米上院外交委員会において沖縄返還協定を批准するに際して行われた沖縄公聴会の資料として国務省(ロジャース長官)が上院外交委員会(フルブライト委員長)に提出したものだ。矢吹は経済学徒であり、法律家ではないが、読者の便宜のために、書簡の大意を括弧内に示しておく。法律的に正確な訳とはいえないが、大筋は理解できるであろう。

Department of State,
Washington, D.C., October 20, 1971.

Robert Morris, Esq.,
Rice & Rice,[書簡の名宛人、ライス・アンド・ライス法律事務所ロバート・モリス殿]
Mercantille Dallas Building, Dallas, Tex.
  Dear Mr. Morris: Secretary Rogers has asked me[ロジャース国務長官から要請があり、法律顧問の私Starrがモリス氏の問い合わせに答えるよう指示された] to reply to your letter [Robert Morris] of September 28, 1971, concerning the claim of Grace Hsu to ownership of the Tiaoyutai, Huang Wei Yu, and Chih Yu islands. [要請内容は、あなたの顧客グレース徐氏(or許氏)が釣魚台黄尾嶼赤嶼の領有権について問い合わせてきたことへの回答である] We assume that you that by “Huang Wei Yu”and “Chih Yu”, you refer to Huang-wei-chiao and Chih-wei-chiao, two islets in the Tiao-yu-tai group.[あなたのいわれる釣魚台群の2つの小島、黄尾礁と赤尾礁とは、黄尾嶼と赤嶼のことと思う] The Japanese names for these two islands are respectively Kobi-sho and Sekibi-sho, and the entire group is known in Japanese as the Senkaku Islands.[これら2島に対する日本名はそれぞれ黄尾嶼(コウビショ)と赤尾嶼(セキビショ)である。矢吹注、日本名はそれぞれ久場島、大正島である]
  Under Article Ⅲ of the 1951 Treaty of Peace with Japan, the United States acquired administrative rights over “Nansei Shoto” south of 29 degrees north latitude. This term was understood by the United States and Japan to include the Senkaku Islands, [日本との1951年平和条約第3条に基づき、米国は北緯29度以南のいわゆる南西諸島を獲得した。ここに尖閣諸島が含まれるものと日米は理解している]which were under Japanese administration at the end of the Second World War and which are not otherwise specifically referred to in the Peace Treaty.[尖閣諸島は第2次大戦の終りまで日本の施政権下にあったが、その名は特に平和条約で言及されてはいない]
  In accordance with understandings reached by President Nixon and Prime Minister Sato of Japan in 1969, the United States is expected to return to Japan in 1972 the administrative rights to Nansei Shoto which the United States continues to exercise under the Peace Treaty. [ニクソン大統領と佐藤首相との1969年の理解に基づき、米国は平和条約に依拠して行使してきた南西諸島に対する施政権を1972年に日本に返還することが予定されている] A detailed agreement to this effect, on the terms and conditions for the reversion of the Ryukyu Islands, including the Senkakus, was signed on June 17, 1971, and has been transmitted to the Senate dor its advice and consent to ratification.[尖閣を含む琉球群島の返還諸条件の細則は1971年6月17日に調印され、批准とアドバイスを受けるべく上院に協定文書が回された]
  The Government of the Republic of China and Japan are in disagreement as to sovereignty over the Senkaku Islands. [中華民国政府と日本政府は、尖閣諸島の領有権をめぐって争っている]You should know as well that the People’s Republic of China has also claimed sovereignty over the islands. [中華人民共和国もまた、この島嶼に対して領有権を主張している事実を知らなければならない]The United States believes that a return of administrative rights over those islands to Japan, from which the rights were received, can in no way predudice any underlying claims. [米国は次のように考える、すなわち米国が日本から受け取った、これらの島嶼の施政権を日本に返還することは、いかなる意味でも[中華民国、中華人民共和国の]潜在請求権を排除するものではない、と] The United States cannot add to the legal rights Japan possessed before it transferred administration of the islands to us,[米国は日本が施政権を引き渡す前に保有していた法的諸権利に対して[日本のために]何ものも付加することはありえない] nor can the United States, by giving back what it received, diminish the rights of other claimants.[米国はまた受け取ったものをそのまま返還することで、他国[中華民国、中華人民共和国]の請求権を減ずることはありえない。矢吹注、米国は日本から引き受けた施政権をそのまま、付加権利なし、削減権利なしで返還する、この文脈で領有権紛争に米国は中立の立場を堅持するの意] The United States has made no claim to the Senkaku Islands and considers that any conflicting claims to the islands are a matter for resolution by the parties concerned.[米国は尖閣諸島にいかなる権利も要求しなかった。対立する領有権請求は当該諸国によって解決されるべきものと考える]
I hope that this information is helpful to you. [米国政府の見解があなたに役立つことを希望する] If I can be of any further assistance, please do not hesitate to let me know.
Sincerely yours,
Robert I Starr,
Acting Assistant Legal Adviser
for East Asian and Pacific affairs.
[書簡の差出人、ロバート・スター弁護士発、国務省東アジア太平洋担当、法律顧問代行助理]

 これはロジャース国務長官の問いにロバート・スター氏(国務省法律顧問代行助理、東アジア太平洋担当)が答えた書状である。この書状に示された見解が尖閣諸島の領有権(sovereignty)に関する米国国務省の公式見解であり、かつこれは上院外交委員会に提示され、承認されたものとして、沖縄返還協定に関わる米国政府の「正式、かつ唯一」の権威をもつ解釈である。以後米国の公的文書はすべて、この書簡に含まれる内容を引用している(たとえばChina’s Maritime Territorial Claims: Implications for U.S. Interests 2001.11.12および Senkaku/Diaoyu Islands Dispute: U.S. Treaty Obligations 2012.9.25など)。
 ここでは、まず尖閣諸島を含む南西諸島の施政権を米国政府がサンフランシスコ条約第3条に基づいて、獲得したこと、1969年のニクソン・佐藤共同声明に基づいて施政権が返還されること、返還協定の諸条件は1971年6月17日に署名された協定によること、等の経緯を説明した後、
 ➊中華民国政府(および中華人民共和国)が尖閣諸島(釣魚島)の領有権を主張していること、
 ❷日本への施政権の返還は、中華民国(あるいは中華人民共和国)の潜在的領有権主張(underlying claims)を排除しないこと、
 ❸日本への施政権返還は、中華民国や中華人民共和国の領有権主張に影響しないこと、
 ❹対立する領有権主張は、関係当局(日本、中華民国、中華人民共和国)によって解決されるのが望ましい、する見解が示されている。


 一連の公式見解に基づいて、米国は中華民国に対しては、
 ❺1971年5月26日公的な覚書を送り、「米国が釣魚島の施政権を日本に移転することは、中華民国のsovereignty claimsに影響しない」ことを確認している(FRUS,134,n.6)。さらに
 ❻同年6月7日、中華民国の蒋経国行政院副院長は、ケネディ特使を通じて国務省による釣魚島のfinal status(最終帰属)は、not determined(未定)の言質を得ている(FRUS,134)。これらの米国政府の約束を前提として、
 ❼中華民国外交部は日米協定調印(17日)の直前に「琉球群島および釣魚台列嶼に関する声明」(71年6月11日)を発表し、
 ❽さらに中華人民共和国外交部も釣魚台についての声明(71年12月30日)を発表した。

米国政府の公式な立場として最も重要なのは、上院においてこの協定を批准した際に確認された了解事項であることは、いうまでもあるまい。
『読売新聞』は前掲の略年表において、米国政府関係者のその後のさまざまな発言を列挙している。たとえば、モンデール大使発言、クリントン長官発言、等々である。これらは折々の政治状況のもとでの多かれ少なかれバイアスのかかった発言である。尖閣諸島の領有権問題(sovereignty claims)についての最も権威のある解釈は、Robert I Starr氏の書状である。
日本政府は米国政府が中華民国あるいは(および)中華人民共和国政府と行った約束を基本的に無視してきた。たとえば福田赳夫外相の1971年12月15日参院本会議における答弁は以下のごとくである。――(久場島=黄尾嶼、大正島=赤尾嶼について) 尖閣列島で米軍の射撃場にされてきたのだが、そのことをもって「尖閣列島で米軍の射撃場なんかがあってけしからぬじゃないか」と、こういうお話ですが、これこそは、すなわち尖閣列島がわが国の領土として、完全な領土として、施政権が今度返ってくるんだ、こういう証左を示すものであると解していただきたい――[矢吹晋『尖閣衝突は沖縄返還より始まる』花伝社、2013年8月、114ページ、142ページに福田答弁の引用あり]。
 

               
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