第90号 2016.08.15発行 by 矢吹 晋
    岸田外相の無知(無恥)を暴露した記者会見あとさき
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 外務官僚の操り人形シロウト外相が驚くべき発言(2016年7月15日午前、外務省会見室)を繰り返し、世の顰蹙を買っている。どの発言がなぜおかしいのか、会見記録を読んでみよう。

◆香港フェニックス李記者との問答
【香港フェニックステレビ李記者】南シナ海に関して仲裁判断が出た。外相談話で,今回の仲裁判断には法的拘束力があるといった内容があった。日本側は,島の判断も含めて支持をするということか。島の解釈を含めて,日本側は法的拘束力があるとお考えか。
【岸田外相】今回の比中仲裁判断は,国際法に基づいて平和的な解決を行う,法の支配を重視する,という考え方に基づいて重視してきた。国連海洋法条約の規定に基づく仲裁判断は最終的であり,紛争当事国を法的に拘束するものであり,当事国は今回の仲裁裁判に従う必要がある,と考えている。この最終的な判断は「紛争当事国を法的に拘束するものである」と考えている。
【香港フェニックス李記者】日本側は「沖ノ鳥島が島である」と主張してきた。ただ台湾や中国は「島ではない」と主張している。沖ノ鳥島は「人間が居住できる環境,経済活動ができる環境」なのか。今回の仲裁判断には「当てはまらない」ということか。
【岸田外相】岩について具体的な定義はないと考えている。国連海洋法条約第121条3など様々な規定があるが,「岩の定義はない」「岩であるかどうかの解釈」が確定しているとは言えない。今回の仲裁判断は沖ノ鳥島等の法的地位に関する判断ではない。今次,仲裁判断に拘束されるのは,当事国であるフィリピン及び中国のみである,と考える。我が国としては「沖ノ鳥島は国連海洋法条約上の条件を満たす島である」と考えている。[以下、日本記者団との無内容会見をすべてカットする]
◆「仲裁判断に拘束されるのは,当事国であるフィリピン及び中国のみである」?!?!
 上記の香港「フェニックス問答」は、外相の無知・無恥の程度を余すところなく、暴露したものだ。
 香港記者の質問は、当然予想される質問だ。外相が「仲裁判断には法的拘束力がある」と指摘したのに対して、その「法的拘束力の及ぶ範囲」を問うたものだ。「今回の仲裁判断は沖ノ鳥島等の法的地位に関する判断ではない」「今次,仲裁判断に拘束されるのは,当事国であるフィリピン及び中国のみである」と公言するのは、本人の名誉のためにも、出身校早稲田大学法学部のためにも、由々しい事態ではないか。岸田文雄・法学士は、そもそも法治のABCを忘れたようだ。判例は紛争当事者(中比)を直接拘束すると同時に、判例としての普遍性をもつ。これが法の世界の大原則であり、記者はその確認を求めたものだ。この判決が沖ノ鳥「島に直接関わる」ことは、仲裁判断を読めば明らかなのだ。どうやら御用記者たちは、500頁の仲裁裁定書を一行も読まずに質問し、外務官僚の無責任答弁メモを読み上げる外相の話を聞いて、そのまま記事を書いているように見える。これでは人工知能以下だ。
◆沖ノ鳥島は島ではなく the rock of Oki-no-Tori である
 沖ノ鳥島は南シナ海に浮かぶものではないが、裁定書は[419][439][451][452][457]の5パラグラフで「沖ノ鳥島Oki-no-Tori-shima」に言及した。中国・韓国のいう「沖ノ鳥イワ」(the rock of Oki-no-Tori)の呼称は[452][457]パラグラフで用いている。たとえば[457]では、the application of Article 121(3) of the Convention relates to the extent of the International Seabed Area as the common heritage of mankind, relates to the overall interests of the international community, and is an important legal issue of general nature. To claim continental shelf from the rock of Oki-no-Tori will seriously encroach upon the Area as the common heritage of mankind.という一節を引用している。これはNote Verbale from the People's Republic of China to the Secretary-General of the United Nations, No. CML/59/201 1 (3 August 2011)における中国政府の「沖ノ鳥イワ」認識を踏まえたものである。今次の仲裁裁定が海洋法第121条3項について、厳密な判例を示したことは特筆すべき重要事であり、これは当然判例として今後も踏襲され、いわゆる沖ノ鳥「島」が「イワ」と認定され、排他的経済圏200カイリおよび大陸棚延伸の対象から外されることは、火を見るよりも明らかなのだ。
 だが、日本におけるメディアの論評において、この事実は、意図的に隠蔽されている。
◆今回の仲裁判断は沖ノ鳥島がカゲの主役である
 ここで問題の核心は、仲裁判断が引用した中国の口上書No. CML/59/2011 (3 August 2011)が、いつ国連大陸棚延伸委員会に提出されたか、である。私が『南シナ海領土紛争と日本』第2章「沖ノ鳥島は島か岩か」で詳論したように、大陸棚延伸問題をめぐって日本と中国・韓国とが争った際に、中国が提出したものだ。むろん、日中間の事務レベル折衝では数年前からやりとりしている。ただし、国連海洋法の場で公式記録に残る形でのやりとりがモノをいうことはいうまでもあるまい。そして2012年4月海洋法大陸棚限界委員会が「対日勧告書」を公表した(これについては矢吹著107~142頁で詳論した)。その勧告書は沖ノ鳥島の南に位置する「九州パラオ海嶺南部地域」について、中国・韓国の指摘した疑問(沖ノ鳥島は岩か島か)が解決されるときまで「勧告を出す状況にはない」と理由を付して、永遠の先送りとしたのだ。そこで私はこう書いた。「中国・韓国が沖ノ鳥島を島と認定することに同意する見込みはない。岩でしかない沖ノ鳥岩に200カイリを超える大陸棚延伸の特権が国際的に認知される可能性は絶望的だ」(矢吹著108頁)。

勧告書で×印が認められなかった海域 海保の地図では、認められなかった海域の明示が行われていない



 この勧告書が出た時、横井裕報道官(現中国大使)が東京で記者会見を行ったが、それは典型的な「はぐらかし回答」に「不勉強な記者たちが騙される」典型的な官僚答弁風景であった。この一幕でアイマイなままに残された課題をその後5年間、記者たちは何もフォローしていない。外相も何も事後学習していない。日本の衆愚民主主義(自称「報道の自由」)のヒトコマだ。
 今回の仲裁法廷に、中国は参加していない。このことから中国の主張はすべて無視されたと受け取るのは、大きな誤解である。仲裁判断において核心をなす島の定義(第121条3項)の新たな解釈を下すに際して、判事たちが最も知恵をしぼったのは、「中国が沖ノ鳥岩論を主張するに際して用いた二つの原則」なのだ。一つは、排他的経済圏や大陸棚延伸の特権を沖ノ鳥島のような「人間の居住」ができず「経済生活を行っている」とは、みなしがたいものに付与するのは合理的ではないとする主張である。これに対して、日本政府は、沖ノ鳥島と領海を接するのはパラオ共和国と米国であり、「中・韓は口出しするな」と牽制した。この牽制に対して中韓はグローバル・コモンズの思想(the common heritage of mankind)を提起した。いわく「中・韓はグローバル・コモンズ(global commons)を保護するという大所高所から問題をとらえている」と。この論争の経緯を辿ればわかるように、今回の仲裁判断は、「沖ノ鳥島がカゲの主役」であった。ここから➊島の定義を厳密に解釈する、➋グローバル・コモンズを尊重しつつ、海洋資源問題を扱うという新しい思想を判断の基軸に据えたわけだ。遺憾ながら、日本外相は2012年に海洋法大陸棚限界委員会が対日勧告を行った際に浮上した問題を何一つ理解していない。恐るべき無知である。恐るべき無恥である。
◆国連海洋法条約第121条 島の制度の条文
 ここで改めて国連海洋法条約 第121条「島の制度」の条文英文を掲げておく(英文、中文等は、公用語としての訳があるが、日本語はいつも仮訳で、時には訳文がない)。
1. An island is a naturally formed area of land, surrounded by water, which is above water at high tide. (島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう)2. Except as provided for in paragraph 3, the territorial sea, the contiguous zone, the exclusive economic zone and the continental shelf of an island are determined in accordance with the provisions of this Convention applicable to other land territory. ((3.に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される)3. Rocks which cannot sustain human habitation or economic life of their own shall have no exclusive economic zone or continental shelf.(人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない)
 この解釈自体は、海洋法の成立以来、何も変化していない。ただし、今回、仲裁判断は、3項にいう「人間の居住」、「生活の維持」をより厳密に解釈した。すなわち、仲裁判断(2016.7.12)の新解釈によれば、「外部からの補給」に依拠した部分は、「持続可能な生活とは認めない」という生態学的判断だ。これは折からの埋め立て、環境破壊競争に強い歯止めをかけるものであり、知恵深い決断と評してよい。


領海 排他的経済水域(200 カイリ) 大陸棚延伸(最大 350 カイリ)
あり あり あり
あり なし なし


◆「沖ノ鳥島は、独自の経済的生活を維持することのできない居住不可能な岩」である
 沖ノ鳥島は満潮時にわずかに(畳2~3枚分、あるいはキングサイズのベッドの広さ)が水面上に出ている部分がある事実に基づいて、第121条1項の規程に照らして、「島の定義を満たしている」と日本政府はこれまで主張してきた。それゆえ、沖ノ鳥島は「EEZを有する資格がある」と主張してきた。しかしながら、第121条3項の定義によれば、「人が住めない」岩は、領海を持つことはできるが、EEZを持つことはできない。沖ノ鳥島は満潮時に水面上に残るのが小さな露岩2つだけであり、「人間が居住できない」ことは明らかであった。ちなみにヨン・ヴァン・ダイク教授(海洋法)が、「沖ノ鳥島は、独自の経済的生活を維持することのできない居住不可能な岩」である。それゆえ、200海里排他的経済水域をもつ資格なし」と主張したのは1988年1月21日であった(Prof. Jon Van Dyke, "Speck in the Ocean Meets Law of the Sea", The N. Y. Times, January 21, 1988, A26. 「沖ノ鳥島補強しても経済水域保てない)。
◆日本政府関係者の唯我独尊的身勝手解釈
 文言だけを見ると、第121条1項と第3項との関係は、特に説明されていない。ここから日本政府関係者の唯我独尊的・身勝手解釈が始まった。その論理は、小役人の三百代言ともいうべきヘリクツそのものだ。
 曰く、沖ノ鳥島は満潮時に水面上にあるから、第121条1項の「島の定義」に該当する。これが有力な証拠だとする。第121条3項では、「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」には、➊排他的経済水域および➋大陸棚延伸なし、としている。ここでは「岩(なるもの)には、排他的経済水域および大陸棚延伸なし」と定めているだけであり、岩とは何か、その定義はない。翻って、沖ノ鳥島は由来「島として国際的に認定されてきた以上は島である」と強弁する。
このヘリクツのどこがおかしいのか。➊ 沖ノ鳥島は1項に基づき、島の定義に合致するというが、ここでは「3項の規程」を無視している。➋ 沖ノ鳥島は由来「島」と呼称してきたから島である。これは同義反復だ----この呪文を繰り返すうちに、「人間の居住又は独自の経済的生活を維持すること」が可能かどうかという沖ノ鳥島の制約条件を故意に忘れる。
 第121条1項と3項は、素直に読めば、1項でまず「最小限の制約条件」を指摘して、「海に浮かぶこと」「しかも自然に生まれたものであり、人工物ではないこと」という必要条件をあげ、次いで、第二のより厳しい制約条件として、「人間の居住又は独自の経済的生活を維持すること」が可能であること、と限定する論理構造になっていることは、中学生にも分かる。それゆえ「島の制度」を定義した第121条においては、なによりもまず3項の具体的な意味を問うことが肝要だが、領海ナショナリズム病に犯された人々は、その単純な論理がアイマイになる。こうして日本国会は、2010年に埋め立て法案を作り、血税800億円の投下を決定した(この悪法に賛成票を投じた全議員は800億円を返済すべきではないか)。
◆沖ノ鳥島が「イワから島に格上げされる可能性は皆無」
 ハワイ大学の海洋法専門家ダイク教授が「沖ノ鳥島はイワだ」と指摘したのは1988年1月であり、これは日本でも紹介されている。その後、中国と韓国も、海洋法の世界的権威である同教授の見解を援用して、沖ノ鳥島=イワ論を繰り返し、主張した。これに対して日本政府は、沖ノ鳥島の排他的経済水域200カイリを前提として、さらに最大350カイリ延伸を目論む「九州パラオ海嶺南部海域」への大陸棚延伸を国連大陸棚限界委員会に申請した。同委員会が対日勧告書を発表したのは2012年4月のことだ。その対日勧告では、沖ノ鳥島周辺の排他的経済水域200カイリおよび「九州パラオ海嶺南部海域」の領海申請を先送りした(大陸棚限界委員会には島か岩かを判断する権限は与えられていないので、その判断は避けたが、先送りの理由に中韓の反対を挙げることによって、この先送りとは,無期限先送りである事実を言外に示唆した。これは日本政府のメンツをつぶさないための表現の工夫だ。
 今回の南シナ海における裁定は、先送り期限が早くも到来したことを、ほとんど明示的に示した。太平島が岩ならば、ここで示された岩の解釈に照らして、沖ノ鳥島が岩であることは明々白々なのだ。すなわち日本政府のメンツ保護期間は2012~2016年の4年にすぎなかった。
 外務官僚は先送りの表現にすがって、これからも認定に努力すると虚偽説明を行った)。すなわち外務省横井報道官(現中国大使)は、あたかも申請が将来は認められる可能性があるかのような言辞を弄したが、これは100%ありえないとみてよい。「中・韓が反対意見を撤回することはありえない」以上、沖ノ鳥島が「イワから島に格上げされる可能性は皆無」であることを知りながら、その場しのぎの答弁を行った。
◆中国が国際法を守ることは、日本が沖ノ鳥島を放棄することと同義である
 今回、仲裁法廷は、フィリピンの提訴を全面的に支持して、中国の九段線要求を否定した。それと同時に、第121条3項の規程を厳密に解釈して、「独自の経済的生活を維持すること」とは、外部からの食料等の供給なしに持続可能な社会を維持できることである、と条件をつけた。ここで注目すべきは、この厳密解釈を採用するに当たって、中・韓が「生活を維持できない例として、沖ノ鳥島を挙げた事例」を直接引用しつつ、島の定義の厳密解釈を行ったことである。
 にもかかわらず、7月13日の日本全国紙はすべて、この判決は沖ノ鳥島に無縁であるとの前提に立ち、中国非難の大合唱を行った。中国が国際法を守ることは、日本が沖ノ鳥島を放棄することと同義なのだ。この珍現象は、常軌を逸している。彼らはいつ正気を取り戻し、血税800億円の浪費に気づくのであろうか。
◆海洋法大陸棚限界委員会が公表した対日勧告書の結論部分
 ここで海洋法大陸棚限界委員会が2012年に公表した対日勧告書の結論部分を整理して示しておく。
 日本は下図のように、A九州パラオ海嶺南部海域、B南硫黄島、C南鳥島、D茂木海山、E小笠原海台、F沖大東島、G四国海盆の7つの海域について大陸棚延伸を申請した。限界委員会が対日勧告書において、延伸を認めたのは、B(パラグラフ47)、E(パラグラフ107)、F(パラグラフ144)、G(パラグラフ200)、の4海域であり、A(パラグラフ16~18)、C(パラグラフ68)、D(パラグラフ82)、の3海域では延伸を認められなかった。





◆国交省の何ともせこい、国際的には通じない言い逃れ文言
 この国連勧告は、日本政府にどのように反映されているのか。ちなみに国交省港湾局「沖ノ鳥島における活動拠点整備事業説明資料」(2010年8月)によれば、沖ノ鳥島は「約42万㎢の排他的経済水域の面積を有する島」とされてきたが、日本政府の思い込みは、大陸棚限界委員会が認めず、約42万㎢の排他的経済水域は、波間に沈んだわけだ。
 しかしながら、国交省関東地方整備局が今年、すなわち2016年2月に作成した資料では、依然として「約42万㎢の排他的経済水域の面積を有する島」の表記が散見される。そして2012年4月に大陸棚限界委員会が対日勧告書において、これを認めなかった事実を一見まったく無視しているように見えるが、実は作為が文面に浮かぶ。

 たとえばこの2016年資料の4頁の説明は、以下のように「事業の必要性」として「排他的経済水域の保全及び利用に関する活動の拠点」「排他的経済水域における海洋鉱物資源開発の推進等主権的権利を行使」の文言が見える。
 読者よ、ここに付加された「等」に注目せよ。2010年の説明には、「等」はなく「排他的経済水域」と言い切っていた。これを大陸棚限界委員会が対日勧告書において否定した現実に鑑みて、小役人は逃げを打ったのだ。それが「等」の意味だ。「排他的経済水域」は危ういが「主権的権利の行使」は主張したい、これが「等」の意味であろう。なんともセコいやり方であり、国際的にはまず絶対に通じない言い逃れだ。






◆本来なら口出ししないほうが国益にかなうはずだが……
 筆者が疑問に思うのは、一方で国連大陸棚委員会の正式勧告をこのように軽く扱いつつ、南シナ海における仲裁裁定については、「中国は国際法を守れ」と、政府主導のもと、主要全国紙を通じて一斉キャンペーンを行うチグハグぶりだ。国際法をもし尊重するならば、「排他的経済水域が認められなかった現実」をそのまま書いて、今後の血税浪費対策をまじめに検討するのがスジである。一方でそれを「等」の一字でごまかし、隣国への仲裁裁定に対しては、(本来なら口出ししないほうが国益にかなうはずだが、それを忘れて)大騒ぎしている。日本という国の形はここまで崩れているのだ。

               
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