第93号 2017.12.01発行 by 矢吹 晋
    社会主義 初級 段階 の終焉
――中国 が向かうの は、 G・オーエル 型監視社会か 、それとも福祉国家か(上)
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1. チャイメリカの構造を固める中国外貨と米債保有
 筆者が『 チャイメリカ』(花伝社、 2012年)を書いて米中両国経済の補完・相互依存関係を指摘したのは5年前のことであった。

図表1 日中の外貨準備比較
2006 Stakeholder
2009 Strategic Reassurance
 図表1は、日本と中国の外貨準備高を比較したものだ。このグラフから明らかなように、中国の外貨準備高が日本を超えたのは2006年である。この前年、ゼーリック国務次官補(Assistant Secretary of State)は、中国に対してresponsible stakeholder注1 になってほしいと問題を提起した。注2中国が responsible stakeholderになるとは、中国の外貨準備を用いて米国債(treasury bills)を買い支えることであった。
 それから3年後、ゼーリックの後任者スタインバーグは、米中関係におけるstrategic reassurance注3というコンセプトを提起した。このキーワードは元来、核抑止力に関わる語彙である。Assureとは保証すること、Reassureとは「その保証を保険にかけること」を意味する。核抑止力は方法を間違えると重大な帰結をもたらすことになるので、核のボタンには二重、三重の「カギをかける」ことだ。これは安全保障の話だが、米中の経済関係においても、strategic reassuranceが必要だとは、中国が買い入れた米国債を安易に売却することはない、安定的な債券保有国となるための保証措置を講ずるというほどの意味であろう。
 こうして2006~09年に中国が巨額の外貨準備を動員して米国債を買い支える構造がビルトインされた。大陸中国に香港と台湾を加えた中華圏の保有は2015年秋には27%まで増えたが、その後、中国の国内事情もあって500億ドル余売却したので、2017年8月時点での保有は1兆5782億ドル、25.2%のシェアである。
 
図表 2  MAJOR FOREIGN HOLDERS OF TREASURY SECURITIES (単位億ドル)
2015年10月 同 % 2017年8月 同 %
中国 12,548 20.8 12,005 19.1
香港 1,970 3.3 1,973 3.1
台湾 1,781 2.9 1,804 2.9
中華圏 16,299 27.0 15,782 25.2
日本 11,492 19.0 11,017 17.6
世界計 60,463 100 62,697 100

 中華圏と日本とで、外国政府が保有する米国債の4割以上を占める。基軸通貨国(key currency)としてのドルはこれによって支えられている。日本のシェアは歴次減少しつつあるのに対して、中華圏のそれは増加しつつある。

図表 3 中国は「世界の工場」として、世界中から貿易黒字を獲得し、その外貨で米国債を買う。


 図表3は、IMF(国際通貨基金)のThe Direction of Trade, May 2016の原資料を日本のJETROが編集したものに基づいて、中国の貿易構造をグラフ化したものである。これは2015年における中国と主な地域との貿易実績を示す。
 中国は米国に4107億ドル輸出し、1161億ドル輸入するので、中国の貿易黒字(米国の赤字)は2945億ドルである。
 中国はユーロ諸国に3565億ドル輸出し、1893億ドル輸入するので、中国の貿易黒字(ユーロ諸国の赤字)は1893億ドルである。
 中国はアセアン諸国に2789億ドル輸出し、1605億ドル輸入するので、中国の貿易黒字(アセアン諸国の赤字)は1183億ドルである。
 中国は日本に1358億ドル輸出し、1092億ドル輸入するので、中国の貿易黒字(日本の赤字)は266億ドルである。20世紀末の時期には、中国と日本の貿易が大きなシェアを占めていたが、日本経済がバブル崩壊後低迷し、中国経済が大きく飛躍した結果、日中貿易は低迷し、そのシェアも縮小傾向にある。
 この経済交流の縮小は日本における反中・嫌中感情を支える大きな要素と化している。そして日本を覆うこの空気が転じて原因となり、日中交流を妨げる要素となり、悪循環に陥っている。とりわけ安倍政権の中国封じ込め作戦により、日中関係は悪化し、政権はこれを利用して排外主義的ナショナリズムを煽り、選挙における勝利を獲得した(2012年、2017年の衆院選挙および2016年の参院選挙)。
 この貿易構造は、中国と世界の貿易構造を端的に示している。この貿易を支える物流ルートの構築こそが一帯一路の目的と見てよいであろう。日本では、安倍内閣の「中国封じ込め」なる極度に時代遅れの政策を追求して、その目的に合わせて一帯一路を解釈する誤解が広く行われている。図3の中国と世界の貿易図から分かるように、いまや「和平崛起」した中国経済は、世界経済全体の牽引役の役割を期待されている。

2.習近平 2 期体制のトップセブン
 2017年10月18~24日、中国共産党は第19回党大会を開き、200余名の中央委員と25名の政治局委員を選出した。政治局メンバーは、次の図表4のごとくである。

図表4
氏名 地位 2022年
年齢
2022年
常委昇格可能性
習近平 常委 69歳、引退
李克  常委 67歳、引退
栗戦書 常委 72歳、引退
汪洋  常委 67歳 再任
王滬寧 常委 67歳 再任
趙楽際 常委 65歳 再任
韓正 常委 68歳、引退
許其亮 委員 72歳、引退
孫春蘭 委員 72歳、引退
楊潔箎 委員 72歳、引退
張又侠 委員 72歳、引退
王晨  委員 71歳、引退
劉鶴 委員 70歳、引退
楊暁渡  委員 69歳、引退
希  委員 69歳、引退
郭声琨  委員 68歳、引退
李希  委員 66歳 昇格可能
鸿忠  委員 66歳 昇格可能
全国  委員 66歳 昇格可能
蔡奇 委員 66歳 昇格可能
黄坤明  委員 65歳 昇格可能
  委員 63歳 昇格可能
陳敏爾 委員 62歳 昇格可能
丁薛祥  委員 60歳 昇格可能
胡春華 委員 59歳 昇格可能
引退13名 昇格可能は9名


 常務委員7名の顔ぶれを見ると、7名中5名は筆者の予想通りであり、穏当な選択と見る。筆者の予想が食い違ったのは、王滬寧、韓正の代わりに、陳敏爾と胡春華の昇格を予想した点である。その理由を筆者は二つの理由によると解している。
 ポスト習近平のリーダーとして党務の陳敏爾と政務の胡春華が想定されているが、彼らはおそらく5年後に昇格するのではないか。しかも複数の政治局常務委員候補のなかから「差額選挙によって選択する」ことで「選ばれた常務委員に正統性を付与する」形をとる。21世紀の中国共産党においては、前任者が指名して信任投票を行う形式 注4 では全党の支持を獲得することが難しいと判断していると筆者は解している。
 もう一つは、王滬寧、韓正が選ばれたことの意味である。王滬寧は習近平の主な外国訪問にすべて随行して、現場で習近平に入れ知恵する姿は、たとえば2017年4月のトランプとの会談の映像から明らかだ。注5 複雑な国際情勢を冷静に分析しつつ、即席の対応を求められる今日の情勢分析の難しさが、元来「黒子の役割」の王滬寧を表舞台に引き上げたのではないか。
 韓正の実務処理能力は上海書記時代から実証済みだ。
 要するに、この7名の顔触れは、2017-2022年の習近平2期政権の直面する困難な課題を解決して、2049年の建国100周年への道を切り開くための人事配置と見てよい。
 日本の主要メディアは、60歳前後の次世代の欠如を指して、「習近平が3 選を狙うもの」と解釈したが、これは間違いだろう。幹部の「2期10 年」制はいまや固い「潜規律」として全党の人事任用基準なのであり、「党の核 心」たる習近平でさえ例外ではない。習近平はむしろその制度化(差額選挙を含む)に努力している。その根本を日本メディアは誤解している。注6
 国際情勢で喫緊の対応を要する課題は、北朝鮮の非核化問題である。2017 年9 月 3 日北朝鮮は大型水爆実験を行うことによって、新たな衝撃を与え、非核化-平和協定問題はいよいよ差し迫っている。トランプの示唆する「あらゆる軍事行動」への対応を含めて、北京当局は重大な意思決定を迫られている。最も強硬な見解は、張璉瑰(中央党校教授)のものであり、たとえ米国がどんな行動をとるにせよ、中国は一切関与するなかれ、これが朝鮮戦争以来の苦い教訓だと張璉瑰は説く。
 他方、北京大学国際関係学院の賈慶国院長の見解は、East Asian Forumなる英文サイト注7に「Time to prepare for the worst in North Korea」(北朝鮮の最悪の事態に備えるべき時)と題した文から知られる。彼は韓国に招かれて 9 月11 日、これを語った。賈慶国提案に対してブッキングズ研究所のジェフリー・ベーダー(前ハワイトハウス・アジア部長)がこれに呼応したコメントを同研究所 のホームページに発表し、中米両国のシンクタンク間の阿吽の呼吸を示唆している。注8
 賈慶国・北京大学国際関係学院院長が9月9日、「北朝鮮が弾道ミサイルを発射したにもかかわらず、中国外交部は『北の挑発と南の演習の同時停止』(➊北朝鮮の核・ミサイル挑発と➋韓米合同軍事演習)および「非核化と平和協定の同時進行」(➊朝鮮半島の非核化と➋米朝平和協定)を主張し続け、糊塗していると中国政府を批判した。「北朝鮮は中国の努力を無視して核開発を加速化している。➊米国の先制攻撃を招くか、➋北朝鮮の政治危機を招く」と分析しつつ、「中国は半島における戦争の可能性を認め、米・韓と協議を進めよ」と強調し、北京政府の対北政策の転換を要求したものである。
 政策転換に慎重な保守派のイデオローグ朱志華(浙江省国際関係学会副会長)が、早速これに対して、「(賈は)半島の危機の責任が北朝鮮と中国にあるというものだ」と反論した(9月11日)。これに対して賈慶国は9月15日、「北朝鮮の核兵器開発は中国の安保に深刻な脅威である。にもかかわらず、朱は北朝鮮を無条件に擁護するか」と反論した。この対立は根深い。
 暴露されたのは、2017年9月だが、これは朝鮮戦争以来続いている懸案だ。賈慶国のほか、➊沈志華・上海華東師範大学教授らは北朝鮮の核開発を非難し、中国政府の対韓THAAD報復を批判した。中央党校の➋張璉瑰教授や南京大学の➌朱鋒教授なども、「THAADで中韓関係が悪影響を受けてはならない」とし、中国政府を暗に牽制している。
 現在、中国と北朝鮮の関係が極度に悪化している事実が外部世界、とりわけ日本では的確に分析されていない。中国との関係が深かった張成沢(金正恩の叔父)が粛清され、金正男(金正恩の異母兄)が暗殺されたいま、中国は交渉のパイプ役を一方的に破壊されて今日に至る。これら一連の事実の意味が的確に理解されず、中国は朝鮮戦争以来の血で結ばれた友誼、名存実亡の中朝同盟条約など「神話」に捕らわれているので、両国関係の真相がまるで見えない。これは日中断絶の結果でもあるが、こうした情報欠落を埋める努力を放棄したまま、一方でJアラートなる警戒放送で北朝鮮の脅威を煽りながら、陸上イージス兵器の買い入れに利用し、選挙対策に利用するというチグハグな対応に日本政府は終始している。日本海に林立する原子炉への警戒は忘れたふりをして、再稼働を急いでいる。冷静に観察するならば、日本の安全保障にとって最も危険なのは、原子炉が自然災害あるいは人為的行為によって冷却電源を停止されることだ。それへの対策を怠り、ミサイル迎撃といった空想的対策で世論を誤導しているのが日本の安全保障政策の現実の姿である。

3.習近平トランプの二つの会談(2017 年 4 月フロリダ、11 月北京)
 習近平は2017年4月6~7日、トランプの招きで米フロリダ州の「海湖庄園」(Mar-a-Lago Palm Beach, Florida)を訪問し、二回にわたる公式会談を行った。習近平に随行したのは、彭麗媛夫人のほか、王滬寧(現政治局常務委員)、汪洋(現政治局常務委員、米国債の買付け担当。米国側交渉相手はムニューチン財務長官)、栗戦書(現常務委員、全人代委員長就任見込み)、楊潔箎(現政治局委員、対米外交担当で交渉相手はティラーソン国務長官)、房峰輝(上将、総参謀長で、交渉相手はマティス国防長官、その後2017年8月、紀律違反で双規処分)である。この会談については、詳細な内容の報道がないこともあって、マスメディアには憶測があふれた。
 筆者は会談を閉じるに際して行った共同記者会見におけるトランプの 評価から、この会談の雰囲気を読み取る。トランプの短い発言と、これを紹介した新華社電とを対照して読むと、トランプがいかに習近平、そして中国当局を高く評価したかがよく分かり、面白い。トランプのキーワードはtremendous progress(巨大なプログレス)とtremendous honor(=巨大な名誉)であり、プログレスは都合3回用いている。トランプ大統領の就任とその対中政策を危惧しながら構えていた習近平指導部にとって、トランプの米国との関係作りが順調な滑り出しをみせたことは、一息つく気分であったと思われる。注9
注1 1Deputy Secretary of State Robert B. Zoellick,“Whither China? From Membership to Responsibility”,Remarks to the National Committee on
U.S.-China Relations, Sept. 21, 2005. https://www.ncuscr.org/sites/default/files/migration/Zoellick_remarks_notes06_winter_spring.pdf
注2 In a 2005 speech, then-Deputy Secretary of State Robert Zoellick used the term "responsible stakeholder" to address how China should wield stakeholder" to address how China should wield its growing power and influence. Zoellick stated that after a 30-year policy of integrating China after a 30-year policy of integrating China into the international system, "we now need to encourage China to become a responsible stakeholder to become a responsible stakeholder in the international system.
 http://nationalinterest.org/blog/the-buzz/china-responsible-stakeholder-16131
注3 In September 2009, James Steinberg, then a deputy secretary of state, told an audience at the Center for a New American Security that what he called "strategic reassurance" should play a central role in strengthening U.S.-China relations. The two countries "must find ways to highlight and reinforce the areas of common interest," he explained, "while addressing the sources of mistrust directly." Book Review: 'Strategic Reassurance and Resolve' by James Steinberg and Michael E. O'Hanlon, By Ali Wyne, June 26, 2014.
注4 たとえば毛沢東は華国鋒を指名したが、短命政権に終わった。鄧小平は胡耀邦、趙紫陽を指名したが、いずれも解任の運命を避けられなかった。
注5 2017年11月のトランプ大統領訪中に際しては、政治局委員に昇格したばかりの楊潔箎が終始トランプの傍に侍して、彼が米国とのパイプ役であることをテレビの画像で示した。
注6 最も甚だしい誤解は王岐山の留任論である。NHKほか日本の主要メディアは最後まで、留任観測を流し続けた。退任決定の公表以後は、虎退治で政敵をつくったことが原因で、留任が叶わなかったと解説した。これは日本のチャイナウォッチャーの劣化を示すスキャンダルといっても過言ではないほどの失態である。しかし誰も誤報を詫びていない。
注7 http://www.eastasiaforum.org/
注8 Diplomacy toward North Korea: Some good news, Jeffrey A. Bader,Monday, September 18, 2017.
https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2017/09/18/diplomacy-toward-north-korea-some-good-news/
注9 香港の英字紙 SCMP の Kristin Huang 記者は、The 10 minutes with Xi Jinping that changed Donald Trump’s mind on North Korea PUBLISHED : Thursday, 13 April, 2017で興味深いエピソードを書いている。習近平は 6-7 日の会談に続けて 12 日に再度電話会談を行った。北朝鮮情勢が緊迫化したためだ。WSJ から習近平の印象を問われたトランプはこう答えた。「習近平とは化学反応を起こして反中から親中になったよ。互いにウマが合った。私は彼がはても好きだ。彼の奥さんはスゴイと思うよ」Trump told the WSJ that he had “great chemistry” with the Chinese leader, a reversal of his previous anti-China rhetoric. “We like each other. I like him a lot. I think his wife is terrific,” Trump was quoted as saying.トランプは当初、中国は北朝鮮を容易に扱えるはずとみていたが、習近平から中朝関係史を聞かされて、納得した模様である。
(2017年11月15日稿)

               
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