第94号 2017.12.06発行 by 矢吹 晋
    社会主義 初級 段階 の終焉
――中国 が向かうの は、 G・オーエル型監視社会か 、それとも福祉国家か(中)
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4.ジョーカー(切り札)を持たないトランプに何ができるか?―― オバマの悲劇とトランプの喜劇
 金 gold に裏付けられた強いドルは 1971 年に失われて久しい。これがパクス・アメリカーナの没落の第一歩である。米ドルは金との兌換は不可能になったが、世界一を誇る実体経済の生み出す生産力がドルの威光を支えてきた。ところが、トランプが繰り返し指摘するように、米国経済は、製造業の雇用を失い、主としてサービス業や金融業に支えられる形に変容した。他方で不換紙幣としてのドル 追加発行はますます容易になり、ドル発行は継続した。21 世紀になって、米国は中国当局の外貨準備高を当てにして、ドル増発を続けた。この結果「基軸通貨としての米ドルの地位」は、動揺を繰り返し、「基軸通貨の資格なし」とする疑いの目さえも意識せざるをえない立場に陥った。トランプの主張する America First とは、光栄ある孤立を誇ったドメスチックな米国に立ち返れとする保護主義を標榜しつつ、それに踏み切れない米国の悩みを告白したスローガンに聞こえる。
 「トランプ vs. 中国」というテーマを考える場合、最も確かな道筋は、米国の 選挙民がなぜトランプのような異端のリーダーを選んだのか、その背景の分析であろう。最も直接的な理由を挙げるとすれば、それはオバマ大統領の施政が「期 待外れに終わった」からだ。ここには「オバマの悲劇」と「米国の悲劇」とが重 なっている。
 四つの局面から観察する。
 第一は、独立宣言の核心的マニフェストが揺らいでいることだ。独立宣言には「総ての人々は平等に造られた」(All men are created equal.)と謳われており、 これはアメリカ建国の最も重要なイデオロギーだ。この高邁な理念に導かれて、 黒人系のオバマは、史上初めて大統領の地位に就くことができた。これは米国民主主義の誇りであろう。しかしながら、オバマはまさに黒人系であるゆえに、一 例を挙げるならば、銃規制を断行できなかった。白人の警察が黒人の若者を誤っ て射殺する事件はしばしば発生し、これに対する抗議の動きは絶えないが、オバ マ自身、大統領の出自を争点にしたくないことも作用して、結局はこの問題に取 り組むことができなかった。建国イデオロギーは格調高いが、移民社会を溶かし て融合する人種の坩堝は、依然人種の対立を克服できていない。というよりも、「人種の坩堝」の性能はますます落ちてきた。かつてはこの坩堝で溶かしてアメ リカ人を作る理想に燃えていたが、いまや公然と移民を排斥し、入国した移民を差別することを大統領が呼びかけている。これは移民国家という建国イデオロギーが揺らぎ、「合衆国」解体の危機である。
 第二に、トランプが目の敵にしている医療保険=オバマケアの問題は何か。個人の自由のなかで、疾病からの自由が人権の根本にあることはいうまでもない。 医療保険に取り組んだオバマの姿勢は高く評価してよい。問題は医療保険の財源である。周知のように米国経済は長らく借金経済に陥っているので、財政負担を 極力抑えた形でなければ、医療保険を導入できない。そこでオバマは、財源の厳しい範囲内で実行するために、国民に対して「浅く広い自己負担」を求めざるを えなかった。財政事情からしてこれはやむをえない選択であったと見てよい。だがこの配慮は逆に作用して、「広い大衆の不満」を招くことになった。もし財政に 余裕があれば、財政資金を基礎として行うことができ、大衆の反発を減らすことが可能であったはずだ。財政が厳しいからこそ、保険の原資を広く大衆に求めざ るをえない。これに大衆が反発し、大統領選挙の投票行動に直接影響を与えた形だ。負担割当ての技術的方策への批判はありえよう。ただし問題の根本は割当て 方法のミスではなく、財政に余裕のない経済だ。ここで喫緊の医療保険を導入しようとして、オバマは足を払われた。
 第三はトランプが繰り返し強調している雇用喪失である。米国経済のパフォーマンスは世界的に見れば、それほど悪くはない。日本のように過去 25 年間(1991~2015)平均 0.9%成長で足踏みし、極度の時代閉塞感にとらわれている国と違って、米国の同じ時期の平均成長率は2.5%、すなわち日本の 2.7 倍である。近年は IT 業界に依拠した成長であり、銀行=ネットバンキング、航空やホテル=スマホ・チェックイン、製造現場=ロボット化などが目立つ。米国経済はこれらの分野での成長に依拠したために雇用増には限界がある。すなわち 2008 年のリーマン恐慌を経て、米国経済は 2009 年以降、景気回復が進んだものの、自動化による「雇用の減少」によって相殺された。日本はこの時期に米国を上回ったのは、2007 年と 2010 年だけだ。2010 年はその前年の 2009 年にリーマン恐慌で過度に落ち込んだ部分の回復要因によるものだから、これを考慮すれば、日本は一貫して米国に及ばない。
 米国経済の雇用喪失の背後には構造問題が秘められており、容易には解決でき ないことは察することができよう。米国経済は第二次世界大戦に勝利した1945 年から今日までの 72 年間、一貫して製造業の衰退が進んだ。日本を敗北させた 1945 年には製造業の雇用は 4 割近くを占めていたが、今日では一割の大台さえ維持できていない。雇用減少は鉄の法則のように貫徹している。この流れを変えることは多分、神ならぬトランプの力では不可能なことは明らかではないか。
 雇用減少の趨勢は動かしがたいとしても、もし財政に余裕があれば、労働者 の生活は「所得再分配」によって、ある程度の改善は可能である。しかしながら、財政赤字のもとでは、この所得再分配にも限度がある。この所得分配につ いては、特に金融資産の階層格差が著しい。1%の富豪が 42%の金融資産を壟断し、5%の富豪が 69%を壟断している。逆にいえば、残りの 95%の庶民は、残 り 31%の金融資産を分け合うだけだ。しかもこのような所得の二極分化はリーマン・ショック以後、特に目立つようになった。
 第四は外交面でも、米国の影響力の減退は覆いがたいことだ。オバマは就任 直後に核廃絶を訴え、中東政策では、一方で和解を呼びかけ、他方でドローン を駆使したビンラディン暗殺に成功した。テロリストの暗躍を理由として、公 約したグアンタナモ収容所(キューバ)を閉鎖できず、イスラム過激派の活動 はいよいよ活発だ。世論の反発と財政事情からしてペンタゴンは、米国の兵士 を派遣することはもはやできない。やむなくドローンによる偵察を駆使して、 ピンポイント暗殺を狙う。その一端は映画『アイ・インザ・スカイ~世界一安 全な戦場』で活写されている。この種の 21 世紀型戦争を「軍事革命 RMA= Revolution in Military Affairs」と称する。ここには軍事技術を支える科技の 発展が一方にあり、他方でもはや兵士の価格が高騰し、かつ世論の反発も無視 しがたいので、地上軍をIT兵器によって代替する必要性とが両々相まって軍 事革命を促進させる。しかしながら、この軍事革命は財政赤字をますます拡大 する。というのは、無人化兵器を供給するのは、軍産複合体であり、そこでは 寡占体制の供給構造なので、コスト競争による納入価格引き下げの論理は、ま ったく機能しない。最新鋭の無人化兵器を造れば造るほど、国防費が膨らみ、 財政赤字を加速する。
 クリントンを斥け、トランプを選ばせるという予想外の逆転劇を導いた米国経 済の二大矛盾とは、➊財政赤字の激増と➋労働分配率の半減である。21世紀以後、軍事予算が激増し、これを直接的原因として連邦債務を激増させた。いわゆる軍事革命により無人兵器の開発が進み、軍産複合体を豊かにしたが、めぼしい戦果はない。戦後の米国経済は今日まで堅調な成長を続けているが、ニクソンショックと俗称される「金兌換停止」事件は、最初の挫折であった。ベトナム戦争でドルを浪費した米国はもはや金本位制を継続できないほどの財政赤字を抱えていた。
このような赤字財政のもとでは、労働者に対しても甘い顔はできない。ここか ら賃金率の低迷が始まった。1991 年のソ連解体以後、米国は「米国資本主義の 一人勝ち」を自画自賛しているうちに、これに自らが溺れて、ヘッジファンドの 大暴走が始まった。その帰結こそがまさにリーマン恐慌だ。ソ連解体前は、現実的存在としてのスターリニズムが理念的社会主義を基準として批判され続けて おり、当時のソ連社会主義を積極的に肯定する見解は多くはなかった。
 しかしながら、ソ連社会主義の崩壊以後、米国の一人勝ちを誇るグローバル資 本主義は、とめどのない暴走を始めて、ついにリーマン破産を契機として第二の世界大恐慌に陥った。この文脈で、人々は改めて静かに思う。「もしソ連社会主義が健在ならば、バブル崩壊後の社会主義勢力の伸長を恐れて、リーマン・ショ ックに帰結するような暴走を行わなかったはずではないか」と。この文脈では、 不人気なソ連流の現代社会主義制度も、資本主義への体制批判としては有効であ ったことが事後的に明らかになった。これはまことに、人類史の長い試行錯誤の 過程においても、特筆すべき皮肉な巡り合わせであろう。

5.ロシア革命 100年、中国革命68年
 世界史を顧みると、2017 年はロシア革命百周年である。東アジアのリージョ ナル世界を見ると、日中国交正常化 45 周年を迎える。ロシア革命は百周年を待たずに崩壊し、東アジアの二大経済大国の相互関係は、経済的連携の緊密化とは ウラハラに悪化の一途を辿る。第一次世界大戦が終わるまで、パックス・ブリタニカの世界が長く続いた。戦争で疲弊した英国は、戦争で力をつけた米国に覇権 を譲った。こうして第二次大戦後にパックス・アメリカーナの世界が生まれた。
 それから約 70 年、米ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制は、いまや中国の外貨準備をもって米国債を買い支えることなしには継続できなくなって今日に到る。1945 年のブレトンウッズ協定を契機としてスタートしたパックス・アメリカーナの歴史は、1971 年の金兌換停止で大きな曲がり角を曲がった。当時のドルは、金の裏付けは失ったとはいえ、米国経済の圧倒的な生産性の高さをまだ保持していた。
 しかしながら、ソ連解体に伴って、グローバル経済は旧計画経済諸国の安価な労働力と、そこに広がる市場とを頼りにして、発展を続けた。そして臥薪嘗胆の中国が30年にわたる高度成長を続けた結果、ドル支配体制に挑戦するほどの経 済力を蓄えるに到った。中国の経済発展は米国経済を追い抜くほどの量的拡大を 示したが、人民元を基軸通貨とできるほどの実力からはほど遠い。しかしながら パックス・アメリカーナを支えた国際通貨としてのドルの終焉過程はすでに始まっている。トランプにはかつての金に裏付けられたドルの威光はなく、また軍事 革命による近代兵器の武力も、もはや人々を驚かすことはない。このような現実 が異端のトランプを大統領に選んだ背景である。
 そしてトランプを取り巻く世界がこのような諸条件に規定されているとするならば、切り札を持たないトランプに何が可能か。掛け声の割には地味な結果に 落ち着くほかはあるまい。ただ、危惧されるのは、局面の打開を謀るために、戦 争という禁じ手に訴える最後の手段だ。ポスト・トルースなるあやしげな価値観 がまことしやかに語られる風潮には警戒を怠るべきではない。フェイク・ニュー スだとマスメディアを批判するものが自らトルースを発信している保証はない。 いまこそ「事実と論理」に基づいて世界を分析すべき時代である。

6.「米中もたれあい 」構造 に挑戦するトランプ
 2017 年1月14日の記者会見で、「一つの中国」というニクソン訪中以来の 40数 年の慣行もまた「交渉のテーマだ」と挑発しつつ、他方、ブランスタド・アイオワ州知事を駐中国大使に指名すると発表した。新華 社は前者ついては触れずに、 後者について「両国 関係にと って 前向きなサイン」とコメントした。トランプは大統領選挙戦で何を訴えたのか。注10
 「トランプは選挙戦において、『中国が米国の雇用を奪ってきた』と非難し、『不公正な為替操作や敵対的な貿易方法を用いている』と告発し、これに対して米国は『中国の商品に高い輸入関税を課す』と示唆してきた。たとえば 2016 年 9 月、「中国が米国に対して何をやっているか、それを見よ」とヒラリー・クリントンとの論戦で語り、「中国再建のために、米国を自分の貯金箱のように使っているではないか、と煽動した。「米国は雇用を盗まれるのをストップしなければならないのだ」……。中国が米国市場を席捲して 米国の雇用を奪い、外貨準備を増やしてきたのは、その通りだが、これは不公正な方法によるものなのか。米国自身の多国籍企業が中国で米国人に好まれる消費 財を作り、米国市場で勝利した、ということではないのか。
 2008 年のリーマン恐慌まで、中国では資本流入が基本構図であり、資本流出 は年末の季節調整分に限られていた。しかしながら、習近平体制への権力移動が行われた 2012 年半ば以後、2013 年は若干の揺れ戻しが見られたけれども、2014~16 年は四半期ごとに 1500~2000 億ドル程度の資本流出が起こった。この動 きに対して中国当局はあらゆる措置を動員した。たとえば➊企業の外貨購入について計画と実績を定期的に報告させる、➋高額な海外送金は事前に報告させる、➌外貨建て債務の繰り上げ返済を禁止する、➍企業買収など海外投資を事前に審 査する、➎個人の外貨両替に申請書を提出させ、資金使途を申告させる、❻香港 など海外で運用目的の保険商品の購入を制限する、などの措置を用いた。こうし た必死の努力によって、外貨準備高は 2017 年初めにようやく 3 兆ドルの大台を 回復した((上)の図表 1参照)。
注10 Donald Trump talked tough on China during his presidential run, blaming the country for the loss of American jobs, lobbing accusations of unfair currency manipulation or hostile trade practices, and suggesting that the United States levy enormous tariffs on Chinese goods. “Look at what China is doing to our country,” Trump said in September, during a presidential debate with Democrat Hillary Clinton. “They’re using our country as a piggy bank to rebuild China,” he added. “We have to stop our jobs from being stolen from us.”Washington Post, Jan. 14, 2017. By Anne Gearan,
(2017年11月15日稿)

               
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