第96号 2018.08.08発行 by 矢吹 晋
    中国イデオロギー論争2018夏 <目次>へ
 2018年7月29日、人民大学中共党史党建研究院の楊鳳城院長から招待状(左)が届き、同日の会議に参加した。注17月28-29日の会議への招待なので、私は前日27日のフライトで到着予定と知らせたところ、「あなたは28日にお越し願いたい」との返信。さてはこの日は外国ゲスト抜き、国内参加者だけの会議かと推測したところ、果たしてその通りであった。28日の羽田空港は台風の直撃を受けて、私は正午にチェックインしたが、翌早暁の離陸まで13時間を空港で過ごすはめに陥った(実際に飛び立ったのは29日午前1時であった)。
 人民大学の宿舎賢進楼には6時に着いた。2時間休憩ののち、全体会議注2に出て、15分のスピーチを行った。タイトルは「網絡社会主義----共享経済社会的可能性」である。私は先にAn Essay on Chinese NEP: The Formation of Physical Conditions of Xi Jinping’s Network Socialismと題した草稿(1.2万文字=400字30枚)を送っていたが、これを読むのは15分では難しいので、要旨をパワポにまとめておいた。核心は次の4枚だ。隣席のアメリカ人が❷をスマホに収めたよ、と見せたくれたところから察すると、結構興味をもって聞いてくれるメンバーがいた模様だ。



   
   



 私のスピーチのサワリは鄧小平時代全体をソ連革命史のネップ期と解釈してはどうかという提案であった。しかしながら、会議の基調はまるで別のところにあった。
 中国側を代表して基調報告を行った章百家(元中央党史研究室副主任)氏は30分の報告で習近平の名に一度も触れなかった。実はここにこそ、このシンポジウムの狙いが凝縮されていた。注3今年1月の中央委員会で憲法改正が決議され、国家主席に関する「2期10年」の制限規定が外されたが、2月に再度中央委員会が開かれたあとようやく発表された経緯はよく知られている。むろん反対派の異論を抑えるために行われたものだ。その後、❶ 4月になって習近平が外国人との会見で「3期への延長はないと語った」と外電が報じたという話が巷間伝えられたが、その外国人の名も、伝えたメディアの名も曖昧模糊としたまま、「習近平の意向なるもの」が伝えられた一幕がある。注4
 ❷ 憲法改正を三位一体論で根拠づけた王滬寧(政治局常務委員、イデオロギー担当)への風当たりが強くなり、彼は6月25日の共青団会議で演説したあと7月中旬まで姿を消した。この間に7月25日、王滬寧のもとで中央宣伝部副部長としてメディアを主管してきた蒋建国が「“厉害了!我的国”」注5“中国制造2025”注6の誇大宣伝のカドで、解任された。人々は王滬寧の代わりに処分されたと解釈した。2018年4月に「習近平ナショナリズム」が空前に盛り上がったのは、折からのトランプによる対中制裁への反発と重なったからだ。
 ❸ここで清華大学のリベラル派孫立平教授とナショナリズムメディアの旗手胡錫進との悪罵合戦を見ておく。4月20日ナショナリズムを煽り続けてきた左派のリーダー胡錫進『環球時報』編集長が軌道修正を試みた。曰く、「これまでの一時期、確かにハイオクターブに過ぎた」(“前段时间确实有些高调”)、「若干の調整はどうしても必要だ」(“做一些调整很有必要”)、「必要な妥協ならば、大衆も理解してくれる」(“必要的妥协公众可以理解”)。反米世論を煽り続けてきたチャンピオンの「反省の弁」をとらえて、リベラル派孫立平は、22日ブログでこうかみついた。タイトルは「貴様の嘴は、何をわめくのか」(你这嘴叫嘴吗?)と、いきなり喧嘩調だ。「裏切り者め、戦を止めるのか!あおりがまずかったと反省するのは、裏切りではないか。米帝とは、最後までおつきあいしようぜ、とヌカしていた抗米精神はどこへ消えたのか。米帝とは、もう商売をやめる、とまでいきまいたのをやめる気か。お前に嘴はあるのか。お前が口を閉じたら、口真似して反米を唱えていた輩は、どうすればよいのか?」(“汉奸!以战止战呢?认怂就是汉奸呢?奉陪到底呢?抗美援朝精神呢?打到中美不做生意呢?你这嘴还是嘴吗?”“你让你给忽悠起来的孩子们怎么调头?”) 中国の政治文化における罵倒語は有名だが、ほとんど罵倒合戦だ。孫立平は『環球時報』が「対米貿易戦争では一歩も引くな」、「米中貿易がたとえゼロになっても退くなかれ」と煽動した事実を中国のアクション映画「WOLF OF WAR;戦狼」注7になぞらえて彼らのナショナリズムを「戦狼派」と揶揄した。
 ❹孫立平vs胡鞍鋼。孫立平は北京大学卒、現在は清華大学社会学系教授(兼博士生導師)である。彼は現代の中国社会の腐敗、権力の腐敗を厳しく批判し、「陽光法案」注8を提起したことで知られる。
 孫立平は清華大学で最も知名度の高い社会学教授だが、3月に清華大学が選んだ第1陣の「アカデミー級教授」18名のリスト(“院士级”文科资深教授名单)からは外された。この人選については、「中国はすでに全体として米国を追い越した」(“中国整体上已超越美国”)と論じている「胡鞍鋼のようなペテン師」を選びながら、孫立平のようなリベラル派教授を外したことで学内に胡鞍鋼退陣要求署名運動さえ起きているのが、今日の清華大学のヒトコマだ。私自身は国情研究の理論家胡鞍鋼をその登場時点から知っており、その楽観論が長期的に見て現実とずれていなかったことを評価してきたが、清華大学の学内でリベラル派の社会学教授孫立平を排除してリスト入りした「選択基準の政治性」を学生たちは批判していることを今回知った。御用学者たちが大きな顔ででしゃばるのは、どこでも同じだが、そんな声ばかり大きくなると国は道を誤る。
 ❺さらに、習近平の竹馬の友、劉鶴(政治局委員)も2回にわたる対米折衝が成果を挙げ得なかったとして批判の矢面にさらされた。「将を射るには馬を射る」、これが中国の政治文化であり、人々は習近平に対する不満を周辺の「馬たち」にぶつけたのであった。
 以上の例示から分かるように、
① 習近平による異例の憲法改悪に対する党内外知識人の不満が底流にあるところで、
② トランプによる制裁への反撃として爆発した環球時報型反米ナショナリズム(中国は米国に勝つ)が猖獗をきわめ、
③ 反米ナショナリズムに対するリベラル派の反発が爆発する、
 これが2018年1~7月の中国イデオロギー戦線の風雲、と解してよいであろう。
 人民大学はその生い立ちからして「第二の中央党校」のあだ名をもつ。この大学の「中共党史」研究の拠点において、いま習近平のイデオロギー路線に対して公然たる批判が始まったわけだ。私自身の「習近平思想」に対する解釈は、『習近平の夢』『中国の夢』に書いた通りである。改革開放40年を経て、時代が「習近平思想」を求めており、これを提起するのは妥当だと判断する。しかしながら、「2期10年」の国家幹部規定を安易に改訂して、「3期15年」や「終身制」「主席制」といった改悪は、鄧小平時代に積み上げてきた「制度化」「党内民主化」の流れに逆行するものであり、支持はできない、という認識である。これも私の2冊に書いてある。
 習近平側はこれらの党内反対派の抵抗や批判を抑えるために「党全国代表会議」なる異例の会議を準備中と聞く。2022年秋の20回大会において、習近平が(軍事委員会主席を除き)引退するか、それとも、「3期15年への居座り」を図るか、事態は流動的であり、まだ不透明だ。
 [補足] 梁家河聖地化運動の挫折
 2015年2月13日、習近平は梁家河村でこう語った。「私の人生の第一課を学んだのは、梁家河村である。梁家河を軽く見てはいけない。ここは大いに学べるところだ」(“我的人生第一课所学到的都是在梁家河。不要小看梁家河,这是有大学问的地方”)。習近平の意向を忖度して、中央党校は2015年8月、『習近平、知識青年七年の歳月』を出版した。習近平は1969年初めから75年10月に推薦で清華大学に入るまでの7年間をこの村で暮らした。『七年の歳月』の出版以来、この本を学習する運動が梁家河を中心として始まったが、それは当局の次のようなお墨付きを反映しているとみてよい。
 すなわち、中央党校の週刊『学習時報』(2016年12月17日)は、延川県文安駅鎮梁家河村で当時の習近平を知る王憲平を取材し(2016年2月26日)、長編の読み物を載せた。王憲平によれば、習近平は1993年、2009年11月13日、2015年2月13日の3回にわたって、梁家河村を見舞っている。
 『七年の歳月』に続いて、これをノンフィクション化した読み物『梁家河』は、2018年5月、陜西人民出版社から出版された。この『梁家河』が出版されるや、共産党の理論機関誌『求是』(2018年6月30日、半月刊)が、李震(陜西師範大学教授、陜西省文藝評論家協会主席)の「梁家河の大学問――ノンフィクション『梁家河』を読む」と題した紹介文を掲載している。『七年の歳月』(中央党校)、『梁家河』(陜西人民出版社)、その書評は『求是』掲載、という経緯から、一連のキャンペーンが中央宣伝部を指揮する王滬寧(政治局常務委員)の指示によることは容易に察せられる。こうして2017年に梁家河を参観した者は延べ114万人を数えた(中青在線、梁家河為什么這么火『報刊文摘』2018年7月1日)。
 このような中央の動きを見て、現地ではさっそく地元へ観光客を誘致するためのインフラ造りが始まる。得難いもうけ話のネタを活用しない手はない。地方の官僚たちにとっては、中央への忠誠心を示す恰好の機会であり、「梁家河に大学問あり」をキャッチコピーとするフィーバーが渦巻いた。
 2018年5月紀実文学『梁家河』が発表されるや、陜西省政府・各界は少なからぬ座談会を開いた。全国レベルでは、中国共産党の創立記念日の前夜、中央テレビ等が大型紀実文学『梁家河』を12集作成してキャンペーンを行うとともに、原作は40数種の外国語に翻訳されている。
 一連の事態について米国の宣伝放送「自由アジアの声」は、「梁家河はいまや新神造り運動の聖地となった。これは上海の共産党創立大会跡地、革命の聖地延安と並ぶほどだ」とする評論家のコメントを紹介している。しかしながら、知識人たちは、この新たな「個人崇拝」運動、新たな「神造り運動」に否定的で、顔をしかめた。毛沢東晩年の個人崇拝を利用した四人組事件を想起したからだ。そして個人崇拝、神造り運動への批判は、憲法改正批判と連動して、習近平に対して、行き過ぎた『梁家河』フィーバーにブレーキをかけさせることになった。
注1 論文依頼は次の通り。CALL FOR PAPER The 1st RUC International Forum on “The Chinese Communist Party and Chinese Path”---- China’s Reform and Open in Four Decades Dear Professor Yabuki Susumu, It is our pleasure, on behalf of the Organizing Committee, to invite you to attend the 1st International Forum on “The Chinese Communist Party and Chinese Path” to be held by Institute for the CCP History & Party Construction at Renmin University of China in Beijing, July 28-29, 2018. The theme of the forum is “China’s Reform and Open in Four Decades”, with the aim of understanding the great cause of reform and opening-up led by the CCP and Chinese government in retrospect and prospect from different academic perspectives. The CCP history studies at Renmin University has a long history and a well-established world-wide reputation. Founded in 2017 and on the basis of the Department of Party History (Estd. 1958) and the Institute of CCP Historical & Theoretical Studies (Estd. 2013), the Institute for the CCP History & Party Construction is the first comprehensive institution combining research, talent cultivation, and policy consultation in the field of CCP history and Party construction in mainland China, with a goal of becoming a world-class think tank in this field. By initiating the International Forum on “The Chinese Communist Party and Chinese Path”, the institute wishes to call upon the scholarly community to deepen China (and the CCP) studies in both mining Chinese practices and generating theories. In appreciation of your achievement and contribution in the field, it would be our honor that you could give a talk at the forum. Should you have any enquiries, please contact our forum coordinators, Dr. Xia Lu via luxiaruc@ruc.edu.cn and Dr. Lu Keli via lukelicn@gmail.com. We are looking forward to seeing you in Beijing. Yours truly, Organizing Committee
私はこの申し出を受けて、An Essay on Chinese NEP (New Economic Policy): The formation of physical conditions of Xi Jinping’s Network Socialism (网络社会主义) と題したペーパーを提出していた。
注2 出席者については末尾の会議手冊をご参照
注3 この事実を教えてくれたのは、会議を傍聴していた北京大学の某教授である。
注4 2018年4月には上海合作組織の青島会議とボーアオ会議が開かれており、習近平は二つの中国主導の会議に参加したインド首相やロシア外相、李顕龍シンガポール首相、蕭万長台湾元副総統、さらにはIMFのラガーディア総裁など多くの外国要人と会見している。しかしながら、その報道には、見当たらない。
注5 ウィキペディアによると、次のように解説されている。《厉害了,我的国》(英语:Amazing China),是一部以央視的六集纪录片《辉煌中国》为基础剪辑制作的纪录電影,电影由中国中央电视台、中国电影股份有限公司联合出品,于2018年3月2日在中华人民共和国各大院線電影院上映。該片记录了2012年中共十八大以来,在中共中央总书记习近平的领导的中国共产党带领中国所取得的成绩。
注6 これは2015年5月8日国務院通知(国発2015年28号)で通知された中国製造業の高度化計画にすぎないが(矢吹晋『中国の夢』38~45頁に紹介あり)、その目標が「米国を追い越す」ことに置かれていると米側が過剰反応したものである。
注7 2017年7月28日に本国中国で公開されて以降アジアを中心に大ヒットし、世界歴代54位となる約1000億円の興行収入を記録。
注8 ウィキペディアによると、陽光法案(sunshine law)は、つぎの内容からなる。又稱「信息自由法」、「資訊公開」或「資訊自由」(freedom of information),是應用於促使政府機關的資訊向民眾公開的一個通稱,其基本假定是「在一個民主社會,人民有權利知道有關公共政策方面的決定究竟是如何達成的。陽光法案的基本出發點是「人民有知的權利」,但卻有人批評此舉可能妨礙了決策官員以祕密方式處理政務的作法。目前一般人所理解的陽光法案,具有較為廣泛的意義,包括制定諸如政治獻金法、公職人員財產申報法、遊說法、利益衝突迴避法、資訊自由法、行政程序法等,目的在防止或減少政府機關及人員(包括民意機關代表)違法、濫權、自肥等行為的發生。
   
「中国共産党と中国の道」を主題とする国際会議「中国改革開放40年シンポジウム」会議手冊
 

               
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