第97号 2019.06.25発行 by 矢吹 晋
    「アジア文明カーニバル」と量子覇権の追求 <目次>へ
墨子号による量子通信のイメージ(中西貴之「中国、絶対に解読不可能な通信技術を開発…世界に衝撃」より。原載AMERICAN ASSOCIATION FOR THE ADVANCEMENT OF SCIENCE)


 2019年は、次世代モバイル通信5Gの商業実験のスタート年として記録されることになろう。筆者(矢吹)は習近平自身の肝入りで開かれたド派手イベント(2019年5月14~21日)に招かれて、その威力の一端を痛感させられた。
 このイベントは米中「新冷戦」と呼ばれるような米中対立に際して、中国が「世界運命共同体」の大義名分を掲げて、米国に対抗する意図が随所に現れたイベントであったが、なによりも「5G技術の実験」として行われた点で注目された。既存の4Gでは通信容量の制約からして、これだけの観衆がスマホで動画を撮影し、それを仲間に送る事態を想定した場合に対応できない。5G技術だからこそ可能なきめ細かなLED照明や瞬時の場面転換を目の当たりにして大いに驚かされた。EV車の自動運転や心臓手術の遠隔指導などには、大量のきめ細かな情報を瞬時に送る必要があり、これは既存の4Gでは不可能なのだ。
 5G通信の初期段階は旧4G技術の改良にとどまるが、2020年から10年計画で進展する5G通信の後半は現行コンピュータではなく、量子コンピュータに依拠することが想定されている。その量子コンピュータの開発競争をめぐって米中両国間で密かに進められている「開発競争」の前哨戦こそが現在の米中対立の核心にほかならない。2014年以来、中国は量子コンピュータの分野での特許・応用件数で米国を上回っている。2017年時点で、中国の関連特許はすでに553件に達し、米国は307件に過ぎない。これらの事実から「5G通信における覇者」(通信規画等)は4G時代の米国から中国に移ることは、識者が前から指摘してきたことだが、通信技術の支配は直ちに国防システムに影響することから、米国の対中警戒心を刺激している。
 そこで焦点は、未来の量子計算・量子コンピュータであろう。従来型コンピュータは2進法を採用して計算するシステムで、それぞれ1あるいは0が1ビットと呼ばれ、データ貯蔵の最小単位である。これに対して「量子コンピュータ」は「量子ビット」を単位とする。従来型と比較すると、少ないエネルギーで、より多くの情報を内蔵できる。新華社通信の解説によると、「量子コンピュータが50量子ビットを有効に操作できれば、その能力は従来型コンピュータを上回り、従来型の挑戦を許さない「優位性、すなわち覇権」を実現できる。
 この『量子覇権Quantum Hegemony』追求が各国科学研究機関の競争目標となっており、中国が最前列にいると見られている。世界初の量子衛星・墨子号を打ち上げが公表された2016年8月16日、潘建偉は記者の問いにこう答えている。
 「理論的には量子暗号は解読不能である」とその軍事的意味を強調しつつ、量子通信暗号は「敵が解読できない」ばかりでなく、敵の伝統的暗号は量子通信によって容易に解読でき、ステルス戦闘機は丸裸にされる。これが「無敵の量子通信」と呼ばれる所以だ、と解説した(「我国将力争在2030年前后建成全球量子通信網——訪我国量子科学実験衛星首席科学家潘建偉」趙金竜、王暁亮、本報記者鄒維栄『解放軍報』)。量子通信が真に解読不能か否か、論争は続いているが、中国の人々から見ると、この世界最先端の技術を外国から導入するのではなく、中国の科学者たちが自力で世界に先駆けて実現したことで、墨子衛星は「誇りの核心」と化している。これが誰の模倣でもなく、「メイドインチャイナ」であることは、誇り高いアメリカ人も認めざるをえない。
 量子計算・量子コンピュータによって既存のステルス戦闘機は丸裸にされて「ステルス性」を失う。他方、これを解読中の中国側の暗号システムを米国は解読できない――これが量子コンピュータを軍事技術に用いた場合の効用であり、米国の軍事的優位性喪失は明らかだ。トランプが中国の科技に脅威を感じて、なりふりかまわずこれを阻止しようとするのはこのためではないか。
   
 

               
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