第98号 2019.06.25発行 by 矢吹 晋
    潘建偉とアリババ、テンセント、百度、華為技術 <目次>へ
 潘建偉(新華社2017-10-30より)
 潘建偉をリーダーとする中国科学技術大学のチームは2019年1月31日、米国科学振興協会(AAAS)から2018年の「ニューカム・クリーブランド賞=Newcomb Cleveland Prize」を授与された。同賞の90年以上の歴史の中で、中国人科学者が受賞したのは初めてである。受賞したのは、科技大の潘建偉教授が率いる「量子科学実験衛星・墨子号」の建設に参加した研究チームである。中国古代の科学者墨子は「兼愛論」などの哲学思想で有名だが、科学思想家としても知られている。そこで潘建偉のチームは「量子通信」の実験のために2016年8月16日に打ち上げた人工衛星に「墨子号」と名付けた。この衛星打ち上げは、世界の量子通信ネットワークに技術面の保証を与える重要な衛星と紹介されてきたが、世界初の実験衛星なので、その評価は分かれていた。つまり、潘建偉らの発表をそのまま受け取る見方と、その内容に懐疑的な見方との対立である。このような状況でAAASは権威のある「ニューカム・クリーブランド賞」を授与することによって、研究内容の確かさを保証したことになる。同賞はAAAS が1923年に設立した、米国で最も歴史ある賞だ。
 その前年6月から翌年5月までに米科学専門誌『サイエンス』に発表された研究論文の中から、「学術価値と影響力」の両面で審査して「最も優れた論文」を選ぶ。潘建偉らの研究はこの審査に堪えたのであり、その正しさが確認されたものと見てよい。潘建偉はこの授賞式に出席するため渡米の準備を進めていたが、米国務省はトランプの反中政策にしたがい、潘建偉への米入国ビザの発行を拒否した。これは米中量子覇権闘争のヒトコマとして科学史に残るであろう。
 世界初の光量子コンピュータは2017年5月3日、中国で誕生した。量子衛星を成功させた潘建偉チームにとって、第2の成功だ。「光量子コンピュータの試作機のサンプル計算速度は、世界の同業者による実験の2.4万倍以上に達した」と報じられた(同日付新華社電)。
 この光量子コンピュータは、中国科学技術大学・中国科学院・アリババ(阿里巴巴)量子実験室・浙江大学・中国科学院物理研究所が協同して研究開発に参加した。民間企業では、アリババのほかに、テンセント(騰訊控股)、バイドゥ(百度)の2大IT大手も先を争って前進しようとしている。2017年9月29日、中国科学院院長白春礼がオーストリア科学院院長アントン·セリングと量子秘密通信ネットワークで、テレビ通話を行うことに成功した。まず京滬幹線の北京コントロールセンターで「墨子号」の地上センターと繋ぐ。それから墨子号を通じて、オーストリア地上ステーションへ衛星量子通信を送り、これが7000キロ離れた欧洲に届く。「京滬幹線」プロジェクトの責任者・潘建偉によれば、北京・上海・済南・合肥が量子通信の骨格であり、全長2000余キロに達する。1万名を超えるユーザーが同時に暗号通信を送れる能力をもつ。量子通信には「分割できない」、「正しく測定できない」、「コピーできない」等の特性があり、原理上絶対安全で、敵側による解読は不可能だと解説されている。
 中国側の躍進に抗するように、2018年3月、グーグルと米航空宇宙局(NASA)などが連携して設立した米国量子人工知能実験室は、ロサンゼルスで開かれた米国物理学会年次総会で72量子ビットの量子CPU(芯片)を発表し、ブリストルコーンと命名した。このブリストルコーンに対して、中国アリババの研究者施堯耘(前ミシガン大学教授から転身)は、エラー率が0.5%以下になっていないと、その量子超越性を批判している(2018年5月3日コーネル大学ホームページおよび5月19日WIRED参照)。他方、華為技術は2019年1月24日、第5世代移動体通信(5G)基地局向けに設計された世界初のコアチップ「Huawei TIANGANG=華為天罡(北斗七星の意)」を発表した。曰く、ファーウェイは現在までに、グローバルで30の5Gネットワーク構築に向けた商用契約を締結し、2.5万局の5G基地局を出荷している。このエンドツーエンドの5Gチップセットはすべての標準規格ならびに周波数(Cバンド、3.5GHz、2.6GHz)に対応する。弊社は、エンドツーエンドで5Gネットワークを支える能力において、世界の5G展開をリードし、産業エコシステムの構築を進めている。最新のアルゴリズムとビームフォーミング技術を活かすことで、1つのコアチップで業界で最も多い64チャネルの周波数帯域に対応する。5G基地局の小型化(従来品に比べて50%)、軽量化(同23%)、低消費電力化(同21%)に貢献する」。
 筆者には遺憾ながらグーグルの「ブリストルコーン」と「華為天罡」の性能比べを評価する能力はない。その評価はいずれ世界の市場が下すことになろう。
   
 

               
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