第3号 2004.9.1発行 by 稲垣 清
    香港の立法議会選挙と「一国両制」の行方 <目次>戻る
 返還から7年が経過した香港に対する海外の関心はますます薄くなっており、日本の新聞などのマスコミが注目する度合いも少なくなっている。しかし、大陸中国の人にとっては、より近い存在になっている。大陸からの旅行の解禁によって、いま香港には大陸からの旅行者であふれている。今の香港は、この旅行業界を含め、何から何まで大陸依存の経済体質になっているが、その中国が景気回復の原因となっていることから、感謝こそすれ、怒る道理はない、という雰囲気である。香港はいま、英国植民地時代の香港から、まさに中国の香港になろうとしている。 逆に、そのことが、一部の人にとっては、香港の魅力を失わせている原因ともなっている。
 外からみた香港の「一国両制」は維持されており、見た目には返還前の香港と何ら変わらないともいえるが、内から見た香港は、かぎりなく「一国一制」に近づいており、香港返還とはそういう意味(中国の香港になること)である、との返還前の筆者の予測に近づいている。
 その、香港返還問題を「一国両制」で解決したケ小平の生誕100周年を祝うイベントが相次いでおり、オリンピックの高揚も手伝って、香港が中国という「国家」と一体である、との大キャンペーンが起こっているのである。香港庶民の心情は、中国(共産党)の支配に眉をひそめるものの、時には中国の台頭(宇宙衛星の打ち上げ成功やオリンピックでの金メダル)をわが事のように興奮し、その「国家」の偉業に拍手喝采を送る、という複雑なものをもっている。しかし、アテネ五輪における中国の台頭は、スポーツの世界においても「米中二極化時代」の到来を示すものといえよう。「二極」どころか、香港の華字紙は、早くも2008年の北京五輪では、金メダル数で中国が米国を抜く(「中国一国支配主義」)、との予想を掲載している。
 こうした「愛国ブーム」沸く中で、4年毎に行われる立法議会選挙が9月12日に行われる。香港の議会である立法会は60議席の定員であるが、今回の選挙から直接選挙枠が6人増え、30議席となる。直接選挙は5つの選挙区からなり、90人の立候補者の間で争うことになる。これに金融界、医学界など職能別団体(間接選挙)枠30議席が加わるが、間接選挙枠のうち、11議席は自動当選ですでに決まっており、実際には19議席を61人の各界代表が競う。    

             写真は立法議会ビル(稲垣 清撮影)
 さて、香港の党派は大きく分けて、北京中央や香港特別行政区政府と一定の距離を置き、香港の一段の民主を強調する民主党派と北京中央および香港政府との協調を重んじる民建聯や自由党などのいわゆる「親中派」からなっている。前回選挙(2000年)の結果による党派別議席数は、民建聯、自由党などの「親中派」が22議席、民主党、前線などの民主派が13議席、その他3議席、無所属22議席となっている。職能別を含めると、民主派は22人程度を占めているが、今回の立法議会選挙の焦点は、2003年7月1日のいわゆる「50万デモ」に勢いづいた民主派勢力がどこまで票を伸ばし、全議席の過半数を獲得できるかどうかにある。
 しかし、ここにきて、香港の民主化推進を代表する民主党に絡むスキャンダルが相次いで露呈するに至っており、民主党への支持率が急低下していると同時に、香港の民主をめぐる「北京の介入」が取りざたされている。スキャンダルの第一は、ある民主党立法議員候補が広東省東莞で「買春」容疑で逮捕され、6ヶ月の「収容教育」を受けたことである。民主党はこれを、「政治陰謀」として批判しているが、イメージダウンは否めない。
 第二のスキャンダルは同じく、民主党立候補者の事務所賃貸契約を巡る不正である。これも、本人の弁明と当局の主張は異なっているが、賃貸契約が違法であったことも事実である。
 第三の事件は、民主党のスキャンダルではないが、国際学術会議に出席しようとした民主党議員が、「国家の法律に照らして」という理由で上海入国を拒否され、香港人が大陸訪問に用いる「回郷証」(一種のパスポート)を没収されたことである。
 この一連の民主党にかかわるスキャンダルや事件は、明らかな中国中央による「民主党・民主化崩し」であるとの見方で、香港では一致している。そして、今回の選挙では民主派の議席数は過半数には及ばず、むしろ現有議席数を減らす可能性すら高い。今回の「民主党崩し」の背景には、昨年の「50万デモ」があることは否めない。北京はこのデモに相当ショックであった、と香港の外交筋は明かしている。そこから、北京中央による香港支援(介入)が始まった。CEPA(経済緊密化協定)に見られる経済的支援を強化し、政治的には一方では民主党との対話を進めながら、他方では2008年の選挙制度の改正には否を唱え、押さえ込むという政策を進めていくのである。
 しかし経済面での香港支援は拡大し、CEPA調印1周年にあたり、第二弾として、香港製品に対する713品目の関税引き下げ・撤廃と8つのサービス業の開放を追加し、香港との経済一体化を推進することを決定した。香港政府もこの1年の中国による香港支援による経済効果が、高成長(2004年の政府見通しは7.5%)をもたらしている、と評価している。つまり、政治的には香港の民主化のテンポは北京の手の中にあるが、経済的には、香港のこれまでの機能や地位を支持しながら、かつその機能を最大限生かすよう、更なる支援を行い、景気回復に貢献をしようとしているのである。景気が上昇し、雇用が確保できれば、民主化要求も関心が薄くなる、と見ているのであろう。むしろ、経済支援を行っている北京への忠誠心が高まり、中国という「国家」への愛着、2008年の北京五輪に向けて、まさに愛国ナショナリズムの高揚につながる、と見ているのであろう。
 香港のマスメディアは、アテネ五輪での中国の活躍を「国家」の活躍として大々的に報道した。まさに、「一国」としての求心力を利用したといえる。この勢いを借りて、2008年への北京五輪へのカウントダウンが始まった。香港の立法会選挙もオリンピックイヤーと重なる。今回の選挙結果がまだ出ていない段階で、2008年を占うことはできないが、香港の「一国両制」は貫かれていくであろう。経済的には、筆者の主張は限りなく「一国一制」に近づいているとみているが、政治的には「一国両制度」である。といっても、一般にいわれている、中国という「一国」に、大陸の社会主義と香港の資本主義という「ニ制度」が存在する、という意味ではない。
 あえて、香港を一国にたとえるならば、香港という「一国」に、政治はこれ以上の民主を許さず、経済はより自由化・一体化を目指す、という政治と経済を分離した「ニ制度」という意味である。政治的には、中国大陸の政治の民主化が進まない限り、香港の民主化テンポも鈍くなるであろう。あるいは、急激な民主化への動きに対しては、「スキャンダルの暴露」という形での介入を強めていくであろう。
 それでも、香港の国際金融センターとしての地位、華南のビジネスセンターとしての地位は機能していくであろう。しかし、問題は、香港の将来のあり方に対する、民主党派や外国勢力の香港からの発信が封じ込められ、しかるべき提案・アドバイス(圧力)が中国北京にとどかず、あるいはスキャンダルの暴露を恐れて、マスコミから政府役人にいたるまで、香港が発言を自粛してしまうことこそが香港の危機である。 

写真は、2004年7月1日、香港の民主化デモ(稲垣 清撮影)



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