第4号 2004.10.15発行 by 稲垣 清
    地域協力構想が進む中国
―汎珠江デルタ区域フォーラム―
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 拡大珠江デルタ経済フォーラム−「11」ではなく、「9+2」がメンバー
 中国の地域協力構想およびフォーラムの開催が盛んである。2004年5月、香港で、汎珠江デルタ区域フォーラム(中国語では「汎珠江三角区域合作與発展論壇」、英文では、Pan Pearl River Delta Cooperation)が開かれた(開幕式が香港、第二日はマカオ、最終日は広州)。
 このフォーラムは、その名のとおり汎(拡大)珠江デルタであるが、中核となっているのが、狭義の珠江デルタの香港・マカオと広東である。フォーラムは、中核となる広東省の呼びかけで2003年7月から準備されていたもので、今回初めて、地域の首長(省長)が一堂に会したのである。この呼びかけに応えたのは、珠江デルタの周辺および後背地であり、海南、福建、江西、広西、貴州、湖南、雲南、そして四川(重慶市は入っていない)の9つの省・区である(通称「9+2」と呼ばれているが、中国大陸の9地方プラス、2は香港とマカオの特別行政区を指している)。

汎珠江デルタの対象省・区

 フォーラムに対する中央の狙い−張徳江政治局員がキーマン
 このフォーラムに参加したのは、「9+2」の地方だけではなく、中央のマクロ計画担当の国家発展・改革委員会、商業部、交通部、国務院香港・マカオ弁公室など7つの中央諸機関も参加している。経済実務討議のためのフォーラムであるが、香港・マカオ弁公室の参加は、中央の香港・マカオ政策の一環を示すものでもある。
 9地方の参加者のうち、注目されるのが、広東省書記である張徳江(58歳、中央政治局員)の参加である。地方書記の参加は広東省だけであるが、それは、張徳江が呼びかけ役であり、この会議が中央の強い支持をうけてのものであることを示している。
 張徳江は2002年の党大会で政治局員に選出された第五世代の指導者の一人であり、長く吉林省で勤め、広東省の前任地は長江デルタの浙江省書記であった。指導者の中では、北朝鮮金日成総合大学留学という変わった経歴をもち、朝鮮語を解するリーダーである。
 張徳江書記はフォーラムでの基調報告を行ったが、現職の広東省書記が香港を訪れたのは初めてのことであり、その意味でも注目された。張徳江は、基調報告の中で、香港の地位の重要性を強調し、「香港に取って代わるところはない」と持ち上げた。
 このほか、9地方のうち、雲南、貴州など西南経済区はミャンマー、タイと国境を接しており、東南アジアあるいはASEANとの経済交流の活発化にもつながる。中国とASEANは2010年までに自由貿易協定(FTA)を実現する話し合いを始めており、今回の汎珠江デルタフォーラムもこのASEANとのFTA推進の後押しになるかもしれない。張徳江の基調報告でもこのASEANとの連携が強調されていた。

 「拡大珠江デルタ経済圏」は「統一市場」を目指す?
 中国では「経済圏」という言葉を嫌い、「区域」を使う。「圏」という言葉に「独立王国」的あるいはブロック化のニュアンスが含まれているからである。今回のフォーラムは中央からみれば、地域閉鎖性を打破する意味もある。したがって、フォーラムは、EUのように経済統合ないしは「単一市場」の形成を意味するものでもない。あくまで、経済産業調整の一環であり、そのための「区域合作」、すなわち、地域協力である。発展した広東など沿海による内陸のやや遅れた貴州、広西、四川、湖北などへの「南南協力」でもある。しかし、同時に、フォーラムでの各メンバーは、この地域を単なる中国国内の発展地域とするだけではなく、今後、10年から20年をかけて、名実ともに「世界の製造基地=工場」としての地位を確立し、また「国際ブランド」製品の発信基地とする、ことを強調している。
 また、張徳江は「国家指導の下での、統一市場の建設と推進」を呼びかけている。香港の董建華行政長官も「一国両制の下での統一市場の形成」を主張した。さらに、香港の企業家は、「初期のEU市場」「汎珠江デルタを自由貿易区に」などの積極的発言を行った。中国側と香港側とのこのフォーラムに期待する温度差の違いも出ている。
 しかし、張徳江および董建華の両者が、「統一市場」なる概念がどこまでを意識したものか、明らかではないが、このフォーラムの制度化(「最高行政首長連絡会議制度」、今回のフォーラムには、福建省を除いて、各地方の省長、区主席が出席した)とあわせて、この問題は中国における「中央と地方」という長年のテーマの行方をみるうえでもきわめて注目される。

 汎珠江デルタの経済規模―EU並の市場規模
 汎珠江デルタフォーラム参加地域の面積は200万平方キロ、インドネシアの面積に近く、全国の五分の一、人口はEU並の4.5億人(全国の三分の一)、GDPに示す経済規模も中国の三分の一を占める巨大な経済圏である。経済水準の高い、珠江デルタの有力な競争相手である長江デルタとは潜在力で大きく勝っている。
 2002年の対外経済指標を長江デルタとの比較でみると、まず外資導入契約件数では、長江デルタ(上海・江蘇・浙江)は12211件で全国の35.7%であるのに対し、珠江デルタ(今回の参加地域から香港・マカオを除く、大陸9地域のみ)は10642件、31.1%であり、長江デルタが上回っている。しも、珠江デルタの場合には、ほとんどが「広東一極集中」である。同じく、輸出でみると、長江が999億ドル(30.7%)であるのに対し、珠江は1451億ドル(44.6%)であり、輸出では珠江デルタが 長江を大きくリードしている。これも広東省が中核である。
 
拡大珠江デルタと長江デルタ
拡大珠江デルタ 長江デルタ 国際比較
(拡大珠江デルタとの)
対象面積 199.7万平方キロ 21.1万平方キロ  インドネシアの(192万)に近く、日本の約5倍
人口 4.53億人 1.36億人  EUの4.5億人を上回り、ロシア(1.5億人)の3倍
GDP 6,526億ドル 2,867億ドル  インドの5,102億ドルを上回り、カナダの7,621億
 ドルに接近、ASEAN10に匹敵
注:「拡大珠江デルタ」は、9省・区、香港、マカオの11地域、長江デルタは上海、江蘇、浙江の3地域に
ついてである。
資料:香港経済日報。

 つまり、長江デルタはともに、沿海の経済発展レベルの高い地域が対象となっているのに対し、拡大珠江デルタは広東、福建、海南が沿海にあるものの、その他は内陸であり、中国の中でも貧しい地域を抱えていることの違いが大きい。このことから、今回の拡大珠江デルタフォーラムも内陸地域の活性化の意味合いをもっているのである。

 汎珠江デルタのインフラ整備がアジアを変える
 フォーラムは、経済・貿易、交通、エネルギー、観光、衛生そして環境保護について、地域協力の可能性が話し合われた。この中で、注目されるのはインフラである。
 交通部の計画では、道路・鉄道整備が進むと、福州、長沙、桂林などと香港およびこの拡大珠江デルタ域内の人や貨物の移動は1日で可能となり、昆明、青島、上海までは2日以内で到着可能という。
 国内移動だけではない。交通インフラの整備が地域を越えて進むとなれば、香港から珠江デルタ、昆明を経て、南アジアやシンガポール、マレーシアにいたる汎アジア大陸道路(新アジアハイウエイ)の建設を通じて、国際間の貨物移動のスピードも速まり、ASEAN(アジア)との貿易拡大の大きな武器となろう。

 香港にとっての意義―CEPAに続く第二弾の香港支援
 香港にとってのこのフォーラムの意義は大きい。CEPA(香港と中国との経済緊密化協定、2004年1月発効、2004年8月第二弾が打ち出される)の発効により、中国大陸との経済交流がより活発化している。そのことが景気回復にも大きな貢献をしているが、この勢いを借りて、このフォーラムによって、さらに珠江デルタの周辺地域との貿易や交流への拡大を期待している。香港の対中ビジネス拠点の地位を再興するという狙いもある。CEPAに続く第二弾の香港支援策でもある。
 広東省以外の8地方にとっても、このフォーラムによる地域協力の呼びかけは、国際金融センター、物流センターとして香港の利用拡大、CEPAの利用という面で有益な機会となる。董建華の報告によれば、2003年末現在、9地方と香港との提携企業は12万(中国全体では、46万であり、26%を占める)、実際の投資額は1500億ドルで半分以上を占めているという。しかし、9地方といっても、その大半が広東省であり、その他の地方と香港との連携はこれからという段階である。
 そもそも、このフォーラムを広東省が呼びかけた背景には、このところ、何かと競争が比較され、外資の進出も活発な長江デルタを意識してのことである。狭義の珠江デルタだけでは、いかに国際金融センター香港を抱えているとはいえ、隆盛きわめる長江デルタとの競争に勝てない、との危機感から発想されたものといえよう。広東にとっては、香港・マカオは言うに及ばず、その周辺地域を取り込むことによって、長江デルタとの競争を目指そうとするものである。したがって、このフォーラムに賭ける期待・思惑も広東省とその他8地方とでは異なるものと思われ、「9」内部での思惑の「統一」が果たしてできるかどうかが、フォーラムの今後の継続と地域協力推進のカギを握るものと思われる。

 長江デルタ VS 珠江デルタ
 ところで、珠江デルタ(華南)からの“挑戦”を受ける形となった長江デルタは、サミットを開くまでには至っていないが、5月末に、温家宝の上海訪問にあわせて、上海市、江蘇省、浙江省三地域の書記・市長・省長が集まり、“長江サミット”を開催している。中央は、長江デルタも珠江デルタも「一視同仁」(平等)に扱っており、両地域が競争を通じて、中国経済の発展の機関車となることを期待している。
 また、長江デルタは、実態経済のうえで、ヒト、モノ、カネの要素移動が盛んになっており、さらに企業レベルでも上海が貿易、販売の拠点となり、江蘇、浙江が生産工場ないし部材の調達基地としての分業体制が確立しているといえる。
 長江デルタは素材、原材料の資源が豊富であり、加工業もある程度確立している。さらに、一定レベルの人材も豊富であることから、自動車産業、IT産業、コンピューターなどの集積があり、さらに発展の余地を残しているといえる。
 しかし、長江デルタもネックは資源エネルギーの不足であり、特に電力の安定的供給がこの地域の発展にとって大きなネックとなっている。
 以前の上海では、石炭の主産地である山西省との省間の安定供給契約を結んでいたが、現在ではそれでも、火力発電用の石炭不足が続いており、浙江省の原子力発電への依存を高めていかざるを得ない。
 広東省とその他8地域とは、これまで二地域間協定(二国間に当る協定)による経済協力が行われてきたが、拡大珠江デルタの地域協力がさらに進み、狭義の珠江デルタに不足していた、エネルギー(広西自治区は水力が豊富)、原材料が産業集積地である広東省に安定供給できるようになると、拡大珠江デルタの経済・産業発展に大きく影響を及ぼすであろう。加えて、最近集積が進む広東省での自動車産業と部品産業の発展は、長江デルタとの競争に十分効果を示すであろう。

 「首都経済圏」フォーラムも発足
 珠江デルタ(華南)、長江デルタ(華東)だけではなく、最近、華北でも地域協力が提唱されている。北京を中心とする華北では、「3+2」(北京、天津、河北に山東省と内蒙古自治区を加えた地域協力構想)の「首都圏経済圏」が提唱されている。2004年末には、省・区・市長会議を開き、協力内容を詰める予定と言われる。

 フォーラムは将来の中国を暗示?
 このように、中国では最近、地域協力構想が盛んに提唱されている。経済規模や発展の違い、資源賦存状況などから周辺地域が協力関係を結ぶのは、ごく自然の流れである。しかし、今回の汎珠江デルタ地域フォーラムのように、本格的な地域協力の提唱は初めてのことであり、将来の中国の体制を占う試金石ともいえる。
 しかし、各区域(経済圏)がまさに、閉鎖的となり、ブロック化することを中央は恐れている。今回の拡大珠江デルタフォーラムも中央の批准を得ている、ということより、「中央の監視下」において、地方が勝手な行動をとらないための参加といううがった見方もできる。
 また、地方間においても、いかに経済発展の違いがあるにせよ、一方的な流れ、すなわち、すべてが経済発展の高い、沿海部に有利に働く地域協力には異議を唱えるであろう。このあたりの調整も難しい。沿海地域が内陸を支援する、企業の内陸投資を促進する、その見返りに資源や素材を沿海に供給する、という経済合理性に見合った協力関係の確立が必要であろう。
 今回の汎珠江デルタ地域フォーラムは毎年の開催が決定している。いわば、地域サミットの草分けとして、盛んとなっている地域協力は将来の中国の中央と地方、あるいは地方同士のありかた、ないしは「連邦制」を占う試金石となるかもしれない。中央としても、単なる「監視役」としてのかかわりではなく、政治的にはともかく、経済的には、将来の中国の分権化への実験として見守っていくことが必要であろう。
      

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