第6号 2005.7.11発行 by 稲垣 清
    深圳はいま-「1000万都市」の課題と将来 <目次>戻る
 深圳入国ルートと開かれた市庁舎
  このほど、1年ぶりに深圳を訪問し、政府関係者と懇談した。深圳は経済特区であり、総面積1923平方キロのうち、327平方キロ(17%)が特区面積である。香港からのルートは、初めて直通バスを利用し、落馬洲経由(中国側は皇崗)で入国した。家を出てから1時間30分で入国できた。深圳に行くには、地下鉄、鉄道を乗り継いで羅湖入国のケースがこれまでは多かったが、深圳も広いため、行く場所によっては、落馬洲、羅湖そして沙頭角(車両の場合が多い)の三つの税関(入国)を選ぶことになる。香港と深圳の一体化が進んでいる今日であるが、いずれは香港の地下鉄と深圳の地下鉄が相互乗り入れする日も来るであろう。そうなれば、香港島から深圳には40分足らずで移動可能となり、完全な通勤圏内となる。
 落馬洲経由の理由の一つは、今回の訪問の主目的である深圳市政府所在地が羅湖からよりも近いことによる。深圳市政府の訪問も久しぶりであり、新都心に移転してからは初めてである。新庁舎は、これまでの中国の政府機関のイメージを一掃するモダンな建物であり、しかも入場が簡単である。これまでの「市人民政府」といういかめしい看板、厳しい検問などからほど遠い。「市役所」というイメージであり、市民が自由に出入りしていた。
 今回の訪問目的は、許宗衡新市長への会見の申し入れを行っていたが、多忙を理由に実現せず、会見に応じたのは市政府秘書長であった。「秘書長」という肩書きは中国では一般的であり、省・市レベルの党委員会および政府組織に必ず存在し、しかもこの地位は幹部への登竜門である。中国の組織では党書記、省長(知事)、市長などを補佐する事務方責任者であり、また、対外折衝の窓口でもある。秘書長の下に、副書記、副省長、副市長の数だけ副秘書長がいる。深圳市秘書長の唐傑氏は経済学博士の学位をもち、若手の有望指導者の一人である。氏に会うのは、1998年以来7年ぶりであり、当時は副秘書長であったが、今回は「出世」をしていた。工業貿易局の副局長などが同席する会見で、深圳の人口問題、経済特区としての将来、自動車産業の招致問題などについて、率直な意見交換を行った。

深圳市政府(市民センター)


深圳市唐傑秘書長と会見する筆者


 深圳の人口問題
 最初の問題(質問)は人口問題である。2001年ごろには香港の人口650万を抜いたとの報道があったばかりであるが、最近の新聞や伝聞では、深圳の人口は「1,200万」となり、さらには、「1,600万」との説も飛び交っているが、その真偽を確かめた。市当局(秘書長)によれば、掌握できる人口は「1,000万」という。中国の人口問題、特に、広東省や深圳の人口を確認するのは容易ではない。「外来人口」(省外からの出稼ぎ労働者)が多いからである。
 最新(2003年末)の人口センサスによると、深圳の人口は557万人、うち戸籍人口150万、暫定人口(臨時戸籍)406万人という内訳である。しかし、別の統計では特区内人口256万、特区外(6つの区のうち2区)445万人、合わせて700万という統計もある。この点を当局に確認すると、「深圳の人口は外来人口が正確に把握できないので、難しい。公安当局は700万のほかに、600万の外来人口がいるとみている」(唐傑秘書長)。特区内であれば、人口登記が厳しく行われているため、掌握可能であるが、特区外では半年以上の外来人口が頻繁に出入りしており、当局でも把握が困難であると見られる。いずれにせよ深圳はすでに「1,000万都市」となっており、都市計画などもこれをベースに行われている。「1,000万都市」が抱える問題は何か。

 深圳の中心福田区新都心が目指すもの
 中国で人口が「1,000万」を超える都市は、北京、天津、上海、重慶、成都の5都市であり、深圳は6番目となる。これらの都市にも「外来人口」がおり、その依存度は徐々に高まっている。しかし、あくまで暫定戸籍ゆえに、家族帯同での出稼ぎ者の場合、その子弟は正規の教育が受けられない、住宅配分がなく、労働者の仮設住宅などに住まざるを得ないなど、さまざまな課題を抱えているが、ある程度の流入も容認せざるを得ない。都市への人口移動問題は中国経済の構造課題の一つである。
 さて、深圳も「1,000万都市」としての悩みを抱えており、外来人口が急増しているにもかかわらず、「労働力不足」「土地不足」「社会インフラ不足」も深刻である。深圳市は6つの行政区からなっており(図参照)、その下に鎮(町村)があるが、このほど全国ではじめて農村をなくし、すべて都市という扱いになった。その理由の一つが土地不足の解消である。中国の土地は国が所有権をもち、農民は使用権のみ行使できるのが建前であるが、実際には所有権も農民にある。このほど、市政府はその農民から土地を購入し、産業の再配置、都市計画つくりを始めたのである。
 6つの区のうち、羅湖、塩田、福田、南山の4つが特区内、宝安と龍崗が特区外である。特区内の機能は工業、商業、金融、サービスなどさまざまであるが、工業の場合、もはや大規模開発を行う余地がなく、大きな土地を必要とする外資企業の増設や新規進出には対応できなくなっている。しかし、宝安、龍崗はまだ未開発の土地も十分あり、しかも安価である。農民からの収用土地もこの地域が対象である。すでに、香港企業を中心に、日系企業の合弁および委託加工工場が集積し、まさに「世界の工場」が集まっている。

発展する福田新都心(市庁舎を望む)


 筆者は1979年の開発から深圳特区の発展を見つづけてきた。この25年間の発展は形容しがたいものがある。特区発足後には、その機能をめぐってさまざまな議論が展開されてきたが、当初の構想どおり、深圳特区は総合機能をもつ新産業都市に生まれ変わっている。「もう、特区という優遇は必要ないのではないか」と市秘書長に質問を向けたが、「深圳市が特区であることと、産業都市であることは矛盾しない。優遇はまだ続き、更なる国際都市、産業都市を目指す」との回答であった。
 その深圳の中心となっているのが、福田区であり、新都心にふさわしい発展を遂げている。 福田区は羅湖区とほぼ同じ88平方キロの面積であるが、人口規模は91万人であり、羅湖の77万人を上回る。これまで行政の中心(深圳市政府市庁舎)は羅湖にあったが、2004年に、現在の福田区に移転し、これにあわせて、市民センター、文化センター、美術館などが相次いで建設され、いまや行政・文化の中心となっている。また、緑地化も進み、生活圏としての開発も進められている。福田区への進出企業は製造業、物流、貿易などであるが、保税区が設置されていることから、運輸・物流、貿易商社の進出が目立っている。
 深圳市政府および福田区は福田区を中央商業区(CBD―Central Business District)と位置付けている。「中央商業区」という概念は中国独特のものであり、最近、中国各地で使われるようになっている(北京、南通など)。上海の浦東の一角もこの概念に近い。世界的には、ニューヨークのマンハッタン、東京の新宿などをイメージしており、行政、金融、文化、ホテル、オフィスビルなどを集積した町つくりを目指している。

 深圳の利点と労働環境
 さて、深圳の将来はどうなるか。すでに、多機能をもつ経済特区あるいは新産業都市として発展しているが、唐秘書長の言うように「まだ完全ではない」。あるいは、「1、000万都市」となっているために、新たな都市問題を抱えている。環境問題、治安問題、ごみ問題、トイレなどの公共施設の不足などなどである。 この中で、環境問題に関連して、深圳の優れている点は緑化が進んでいることである。市中心部は緑地帯が普及しており、新都市としての見事は調和を描いている。また、市内交通規制はコンピューター管理が徹底しており、市内に交通警官の姿がない。中央コントロールによる監視システムが24時間監視してためと言われる。ちなみに、交通違反の罰金は全国一高いという。
 特区内では土地不足もあり、新規の大型製造業の誘致はでき難くなっている。特区外の宝安、龍崗への誘導が行われている。
最近の雇用環境、労働力不足、賃金の高騰、華東への労働力の移出など華南をめぐる労働環境はこれまでとは様変わりである。また、賃金も上昇しており、原油高に代表される資材高騰と合わせて、中国での事業コストのアップは進出企業にとって頭の痛い問題となっている。
 その深圳市の2005年最低賃金制度がこのほど改定された。深圳特区内の最低賃金基準は月額690元、特区外で580元と改定された。特区内は前年比13%アップであるが、特区外は21%という大幅アップである。中国全土との比較でみても、深圳の賃金水準は高くなっており、690元という水準は、2004年上海の635元、広州の684元を上回り、「全国一」の水準となる。大幅賃金改定の背景には、広東省の労働力不足と華東地域へのシフトへの歯止めをかけるため、優秀な労働力確保のためといわれるが、コストアップにつながる懸念がある。この最低賃金は組立工レベルの水準であり、技術者、管理要員の水準はさらにたかくなる。もともと、深圳を含めて華南地域は理工系人材が華東地域に比べ不足している。たとえば、高等教育機関(大学以上)は北京78、上海59に対し、深圳は10足らず。帰国留学生の数は北京4万人、上海5万人に対し、6,500人といわれる。
 深圳市政府(新指導部)は経済のソフト化を目指し、IT産業、サービス産業の誘致を奨励していることから、魅力ある労働環境を整備し、優秀な人材を広東以外あるいは香港から招致するには、賃金面でも魅力ある投資環境の整備が必要となる。しかし、人口(市場)が「1300万人」としても、その大半が農村からの暫定人口であり、この問題をどのように処理するかが大きな課題である。もとより、外来労働者すべてに都市戸籍を与えるわけには、といって農村に返すわけにはいかない。まだまだ、労働集約型産業への依存も高く、労働力確保も必要である。華南地域に自動車産業が集積し、経済の高度化が起こりつつある中、人材インフラの整備とともに、優秀人材の流失をいかに防ぐか、市当局は「直轄市」への昇格を否定しているが、あながち否定もできない。華東、上海への対抗手段としては選択肢のひとつだからである。

 深圳の将来と香港
 香港と中国の「経済の一体化」が進む華南経済であるが、その「一体化」とは、急速なインフラの整備により、さまざまな要素の往来がより容易になっていることが象徴される。香港に隣接する深圳と香港の地下鉄が相互乗り入れする日も夢ではなくなっている。また、マカオと珠海そして香港を結ぶ大橋の建設も認可間じかであり、香港と珠江デルタを中心とした華南が大きく構造変化を起こしつつある。
こうした中で、深圳は新指導部が新たな都市機能つくりに乗り出しており、その目指すものは、
・ アジア・太平洋地域における国際金融貿易コンベンションセンター、
・ 国際物流センター、
・ 国際文化情報交流センター、
・ 国際資本受け入れセンター(外資企業にとって最も魅力ある職住空間を作る)
 4つの機能を併せ持った国際的な都市づくりである。この深圳が目指す機能の多くが、現在の香港が国際的競争力を維持している機能である。両者が目指す機能が一致することと、「経済の一体化」が進むことと、どのように関わってくのであろうか。
 中国(深圳)の不足しているのが、国際都市としてのソフト環境整備の遅れ、人材の不足、金融、会計、弁護士など人材の不足である。中国と香港は2004年EPAともいうべきCEPA(経済緊密化協定)を結んだ。WTO加盟による規制緩和を香港企業(香港登録の外資企業を含む)に限って前倒し実施するものである。銀行、法律事務所、医者、通訳・イベントなどサービス産業の進出が制度上は容易になった。香港企業にとっては、ビジネスチャンスの拡大、中国にとっては香港企業の受け入れによって、さまざまなノウハウを取得できる。両者は“ウイン・ウイン”関係を享受できるのである。
 「経済一体化」が進む反面、香港と中国の競争も激化している。そこが、中央(北京)の狙いでもある。しかし、香港と深圳(華南)は華東という共通の競争相手をもっており、華南の「経済一体化」が華東との競争の大きな武器にもなる。ただし、通貨の一体化は華南にとって必ずしも追い風とはならないばかりか、香港の国際金融センターとしての機能を失わせることになる。中国が深圳や上海にその機能を求めているとすれば、それも中国の戦略である。

深圳経済特区



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