先に中国の地方DGPは中央のGDPと違う方法で計算されていて、信頼性に乏しいことを指摘したが(第3回レポート)、そのGDPを人口で除した一人当たりGDPとなると更に大きな問題を抱えていることを、今回は指摘したい。
中国の各地の人口としては、一般に三つのカテゴリーがある。
第一に戸籍人口、第二に常住人口、第三に現有人口である。戸籍人口は当該地方で法に従って登録したものである。常住人口は大まか言って当該地に6カ月以上住んでいる人口である(期間には諸説ある)。そして、現有人口は調査時点に実際に居住している人口である。90年代以降、中国では労働移動が広範に生じて、戸籍と実際の居住地との分離が進展し、この戸籍人口、常住人口、現有人口の間に大きな乖離が発生しているのである。
典型は、改革・開放の最先端・深圳市である。その人口は深圳市統計公報では2000年末戸籍人口124.92万人、常住人口432.94万人と報告されているが、2000年11月1日人口センサスの全数調査(現有人口と見なしておく)では700.84万人と出ている。戸籍人口を1とすれば常住人口は3.5倍、現有人口は5.6倍にも達する。逆に現有人口を100とすれば戸籍人口は18%、常住人口は62%に過ぎない。深圳市統計公報の人口データは、深圳市の人口の実情を反映したものとは言い難い。
深圳市の2000年末人口 |
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各種人口 |
対現有人口比 |
戸籍人口=1 とした比率 |
戸籍人口 124.92万人 |
17.8 % |
1.0 |
常住人口 432.94万人 |
61.8 % |
3.5 |
現有人口 700.84万人* |
100 % |
5.6 |
*2000年11月1日人口センサス |
ここでの問題は人口ではなく、地方の一人当たりGDPであった。一人当たりGDP
はGDPを年央人口(前年末人口+当該年末人口÷2)で割ると得られるが、そこで用いられる人口が何かが問題の根っこである。地方の統計公報の多くは、ここで戸籍人口を使っているのである。
先の深圳の場合も例外ではない。2000年深圳であれば、戸籍人口による一人当たりGDPは、常住人口による場合の3.5倍程度、現有人口による場合の5.6倍程度の数値が帰結するのは小学生にも分かろう。実情からかけ離れた、戸籍人口による一人当たりGDPは外部のわれわれにとっては何の意味も無いが、「役人が数字を作り、数字が役人を作る」、その役人にとっては大いに意味があるのである。
混乱は尚ある。「常住人口」の常住期間の定義が地方によってバラバラだし、「暫住証明」を出したものしか常住者と認めないといった官僚主義が横行している。また、ある地方は戸籍人口を使うが、ある地方は常住人口を使うという具合に地方毎にバラツキがあるために、各地の統計公報によって一人当たりGDPを比較しても意味をなさない。
戸籍人口による一人当たりGDPの算出には、さすがに国家統計局も業を煮やしており、2004年初め、ついに次のような通達を発するところとなった。
地域の1人当りのGDPの算出では、これまで戸籍人口を用いて計算してきたが、これからは、常住人口(当該地域に1年以上居住している人口)で計算する。ただし、今後2年間は戸籍人口ベース・常住人口ベースの2種類の統計を併用する。2年後は戸籍人口を用いた計算は廃止する。
(2004年1月20日、李徳水国家統計局長談話)
ちなみに以下に、主要各地の戸籍人口と常住人口による一人当たりGDPの違いを試算しておこう。仮に、この通達が実行に移されるにしても、われわれは、2004年、2005年はまだまだ、地方統計当局の統計マジックに翻弄されることになる。
戸籍人口と常住人口による一人当たりGDPの違い(2003年) |
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地区 |
戸籍人口による計算値 |
「総人口」による計算値 |
元 |
ドル |
元 |
ドル |
省レベル |
北京 |
31,613 |
3,819 |
25,091 |
3,031 |
天津 |
25,874 |
3,126 |
23,656 |
2,858 |
上海 |
46,718 |
5,644 |
37,475 |
4,528 |
都市レベル |
深圳* |
197,018 |
23,803 |
53,887 |
6,510 |
広州* |
47,900 |
5,793 |
47,954 |
5,794 |
厦門* |
53,621 |
6,478 |
35,029 |
4,232 |
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@「総人口」は『中国統計摘要』2004年版掲載の省レベルの「総人口」。これは「常住人口」と思われるが、
常住期間がどれくらいかは不明。
A*都市レベルは各地統計局「統計公報」発表の「常住人口」による。 |
省レベルの一人当たりGDP(2003年) |
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地区 |
『中国統計摘要』2004年版発表値 |
*「総人口」による計算値 |
発表値と
計算値
の異同 |
元 |
ドル |
元 |
ドル |
全国 |
9,073 |
1,096 |
9,073 |
1,096 |
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東部地区 |
北京 |
31,613 |
3,819 |
25,091 |
3,031 |
↓ |
天津 |
25,874 |
3,126 |
23,656 |
2,858 |
↓ |
河北 |
10,508 |
1,270 |
10,796 |
1,304 |
↑ |
遼寧 |
14,258 |
1,723 |
14,270 |
1,724 |
− |
上海 |
46,718 |
5,644 |
37,475 |
4,528 |
↓ |
江蘇 |
16,796 |
2,029 |
16,842 |
2,035 |
− |
浙江 |
19,730 |
2,384 |
19,728 |
2,383 |
− |
福建 |
15,006 |
1,813 |
15,075 |
1,821 |
− |
山東 |
13,654 |
1,650 |
13,654 |
1,650 |
− |
広東 |
16,990 |
2,053 |
17,011 |
2,055 |
− |
海南 |
8,655 |
1,046 |
8,395 |
1,014 |
↓ |
中部地区 |
山西 |
7,402 |
894 |
7,402 |
894 |
− |
吉林 |
9,334 |
1,128 |
9,335 |
1,128 |
− |
黒龍江 |
11,623 |
1,404 |
11,623 |
1,404 |
− |
安徽 |
6,889 |
832 |
6,233 |
753 |
↓ |
江西 |
6,677 |
807 |
6,678 |
807 |
− |
河南 |
7,530 |
910 |
7,288 |
881 |
↓ |
湖北 |
9,001 |
1,087 |
9,001 |
1,087 |
− |
湖南 |
7,546 |
912 |
6,972 |
842 |
↓ |
西部地区 |
内蒙古 |
8,734 |
1,055 |
8,796 |
1,063 |
− |
広西 |
5,964 |
721 |
5,648 |
682 |
↓ |
重慶 |
8,075 |
976 |
7,215 |
872 |
↓ |
四川 |
6,418 |
775 |
6,281 |
759 |
↓ |
貴州 |
3,601 |
435 |
3,489 |
421 |
↓ |
雲南 |
5,647 |
682 |
5,647 |
682 |
− |
チベット |
6,874 |
830 |
6,875 |
831 |
− |
陜西 |
6,480 |
783 |
6,514 |
787 |
− |
甘粛 |
4,984 |
602 |
5,008 |
605 |
− |
青海 |
7,276 |
879 |
7,341 |
887 |
− |
寧夏 |
6,685 |
808 |
6,682 |
807 |
− |
新疆 |
9,686 |
1,170 |
9,637 |
1,164 |
− |
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注1: *「総人口」による計算値の算出方法は以下のごとし。
総人口による一人当りGDP = (2003年GDP) / (2003年年央人口)
但し年央人口は(2002年末総人口+2003年末総人口)/2 にて算出。
注2: 『中国統計摘要』2004年発表値と計算値の異同については、100元以下の増減は「変化なし」と
みなした。
注3: 地方の一人当りGDPは地方の統計局発表に依拠していると思われるが、この計算結果から少なくとも
以下の2点を指摘できる。
@ 人口は戸籍人口と「総人口」とが混在している。北京、天津、上海などは戸籍人口を使用している。
また、遼寧、江蘇、浙江、福建などは「総人口」(常住人口と思われる)を使っている。
A 『中国統計摘要』や『中国統計年鑑』の地方の一人当り数値を横並びに比較する際には、以上の
問題点を含んでいることを加味しなければならない。
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