第20号 2005.12.1発行 by 中村 公省
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3.地域経済にとっての中国  ――中国特需と中国企業誘致――
 2003年以降、中国の高度成長によって素材をはじめとする対中輸出が急増し、それにともなって鉄鋼、化学、海運、造船、建設機械メーカーなどが潤い、低迷していた景気が回復し、いわゆる「中国特需」が生じた。2004年には日本の貿易額で中国(香港を含む)が米国を抜いて首位に躍り出て、日本の景気を中国の需要が直接左右することが明白になった。
 また、中国資本の「走出去」(海外にうって出る)が登場した。日本では上海電気集団が、倒産した工作機械メーカーの老舗・池貝を、中国一の製薬メーカー三九集団が富山の東亜製薬を買収した。欧米企業に対しては、中国のパソコンメーカーのレボノがIBMを呑み込み、南京汽車が上海汽車と競い合って英国のオフロード車の名門・ランドロバーをM&A(買収・合併)した。また、結局失敗に終わったが、中国海洋石油の米ユカルノ買収劇は、エネルギー・資源確保のために中国の「走出去」が本格化したことを印象付けた。
 この動きを見て、地方・地域の経済活性化を使命とする地方行政当局、中小企業支援組織、商工会議所などがにわかに色めきたった。産業空洞化を補完し、雇用機会を拡大する妙手は、中国企業の誘致にあり、と。各地で中国企業誘致の方策が練られ、中国詣でが盛んになった。
 
(1)造船ブームと常石造船の中国ビジネス
 ホリエモンこと、堀江貴文ライブドア社長が2005年衆院選に出馬、元自民党の実力者・亀井静香氏を敵に回して善戦したが、選挙区の広島6区でホリエモン支援に常石造船グループが関わったとの報道に接して、中国特需で造船業界が潤ったことを改めて実感した。風が吹けば桶屋が儲かる図式はこうだ。
 中国が鉄や化学素材を大量買い付けて、日本の製鉄、化学会社が大もうけした。世界の鉄・石油を運ぶ日本の海運会社もわが世の春を謳歌し、中国の高度成長の持続を見越して新造船舶を発注した。その結果、日本の新造船受注量は、2002年1294万トンが2003年2063万トン、前年比60%増と跳ね上がり、2004年は反動で減少したものの1551万トン・2002年比20%増となり、造船会社は未曾有の好況にめぐりあった。
 日本の造船会社は、70年代石油危機、80年代円高と二度の造船不況の大リストラを経て、大会社が後退し、中小造船会社の地位が高まった。瀬戸内、長崎の入り江に基地を置く常石造船(本社=広島県福山市、資本金3億2000万円、従業員830名)、今治造船(愛媛県今治市)、大島造船所(長崎県西海市大島町)、辻産業(長崎県佐世保市)などである(図表-2)。そのうち常石造船はトップリーダーで、新造船建造量世界第7位、2005年3月期の売上高は、前期比10%増で858億円にのぼった。
 造船業は、鋼材・部材を切断・加工、溶接して組み立てる労働集約的な産業で、地域経済への貢献も大きいが、海外進出のメリットも期待しうる。常石造船は為替変動のリスクをヘッジする意図をもって海外に目を向け、1994年フィリピンに同国最大の造船所を設立、2001年中国の江蘇省丹徒経済開発区内に艤装品工場の常石(鎮江)鋼装有限公司を設立した(艤装品とは航海に必要な装備のこと)。
そして、2003年、常石造船は浙江省の舟山群島の秀山島に二つの造船工場を一気に立ち上げたのである。

図表-2 瀬戸内・長崎の造船企業の中国進出
常石造船㈱ 広島県福山市 【資本金】 3億2000万円
常石集団(舟山)船業発展有限公司 浙江省舟山市
 【投資形態】 独資 【資本金】 650万米㌦ 【設立時期】 2003
常石集団(舟山)大型船体有限公司 浙江省舟山市
 【投資形態】 独資 【資本金】 750万米㌦ 【設立時期】 2003
常石(鎮江)鋼装有限公司 江蘇省鎮江市
 【投資形態】 独資 【資本金】 91万元 【設立時期】 2001
今治造船㈱[幸陽船渠、寺岡] 愛媛県今治市 【資本金】 9億7800万円             
大連今岡船務工程有限公司 遼寧省大連市
 【投資形態】 独資 【資本金】 1000万米㌦ 【設立時期】 2001
㈱大島造船所 長崎県西海市 【資本金】 56億円
天津新大特殊船舶有限公司 天津市
 【投資形態】 合弁 【資本金】 25万米㌦ 【設立時期】 1991
辻産業㈱ 長崎県佐世保市 【資本金】 3億円
辻産業重機(江蘇)有限公司 江蘇省張家港市
 【投資形態】 独資 【資本金】 1120万米㌦ 【設立時期】 2002

 ひとつは常石集団(舟山)船業発展有限公司。3月に設立、資本金650万米ドル、日本人6名、現地スタッフ及び技能職70名、協力会社約300。主に船舶用居住区ブロック、船尾ブロックを製造し常石造船の国内工場向けに出荷する。
 もうひとつは常石集団(舟山)大型船体有限公司。12月に設立、資本金750万米ドル、日本人15名、現地スタッフ及び技能職70名、協力会社約500名。主に船舶フォアボディー等の大型部品の設計、製造を行い、2004年9月に船首ブロックを初出荷した。
 両工場は国内造船所とリンクして自社内で国際分業を確立し、コスト削減を図ろうという構想のなかにある。
 2005年には常石造船は上海市と舟山市に設計部門の拠点を設置。20人の現地採用者を2010年には200人に増やす計画で、人材獲得のネライを秘めて、上海交通大(上海市)や大連理工大(大連市)など中国の8大学で、寄付講義をスタートさせた。
 常石造船は、あらゆる船種に対応できる技術力・営業力を備えたグローバル造船会社になることを目標にしているが、その一方で地域との共生を志向してやまない。同社のホームページでも、「過去の造船不況のおり、同業他社が相次いで人員削減した中でも、わが社は一切従業員を解雇しませんでした」「これからも人を大切にする、雇用を大切にする企業理念を引き継いでいきます」と誓っている。
 常石造船グループのなかには日中間定期コンテナ航路を運行する神原汽船(本社=広島県福山市、資本金2億円)がある。1994年日中航路を開設し、中国の上海、大連、青島、厦門等の主要港及び長江流域の各港より日本の瀬戸内、九州、日本海側の各港、北海道へとサービス網を広げている。
 なお蛇足ながら、常石造船グループはもともと宮沢喜一元首相の支援企業で、ホリエモンとの関係は、常石造船神原勝成社長の姉が経営するインターネット・サービス会社の社外取締役を堀江貴文社長が兼任している関係である(http://www.news2u.co.jp/corporate/officers.html)。造船会社は造船疑獄以来、政治とのかかわりが強く、政治の保護策を得て二度の不況を乗り切っている。ましていわんや中央に強力なパイプを持つことは地域おこしに不可欠の要件である。
 
(2)地方自治体の中国への熱いまなざし
①地方自治体の中国駐在事務所の展開
 日中間でヒト、モノ、カネの往来が拡大して、日本にとっての中国の影がますます大きくなるにつれて、地方自治体レベルでも中国への関心が広がり、中国駐在事務所の設置が盛んである。21世紀中国総研が調査したところ、全国47都道府県のうち26府県、6市が香港を含む中国に40拠点を築いている。地点は政治都市・北京は敬遠され、経済都市・上海に集中し(19拠点)、ついで日本との関連の深い大連(9拠点)、中国と東南アジアを両睨みする香港(6拠点)となっている。
 地方自治体の中国駐在事務所設置のネライは地場・地域企業の対中ビジネスの支援、中国からの観光客誘致、中国への物産販売などにあり、中国市場動向の調査・報告、商談会や見本市の開催、ビジネス人材交流などに加え、最近は中国企業の誘致にまで及んでいる。その活動の一端を知るには、各駐在事務所のホームページにアクセスするにしくはない。
 横浜産業振興公社上海事務所ホームページの産業集積に関する情報は秀逸である(http://sh.idec.or.jp/jp/index.html)。上海周辺の浙江、江蘇の地場産業の実態と特長を継続的にウオッチして、民営企業、中小企業、地方企業の活力を見出し、今後の中国産業が国有企業でもなく、大企業でもなく、中央企業でもないセクターによって主導されることを示唆している。
 福井県は、香港と上海に事務所を置き、それぞれのホームページを設けるという力の入れようである(http://www.fukui-iic.or.jp/kokusai/sh/)。世界有数の眼鏡の生産地でありながら、近年優れた生産コストを誇る中国の眼鏡メーカーに圧迫されている鯖江市を抱えているところから、眼鏡の生産・販売に関する情報に詳しい。中国が製造拠点から製品の販売市場に転換したことに着目して中国マーケットトレンド情報を週代わりで提供している。
 日中の姉妹都市をバックアップしている自治体国際化協会の北京事務所サイト(http://www.clair.org.cn/)は、地方自治体に有用な中国事情の調査・研究を主要業務にしていてコンテンツが豊富である。
 大阪市上海事務所のサイト(http://www.shanghai.or.jp/osaka-city/)も充実している。大阪から上海周辺へ進出している日系企業を紹介したり、上海周辺及び主要都市の主な開発区の所在地、面積、開発認可年、総投資額、交通インフラ、労働者人口、進出企業の業種、日系企業名、経費・土地代等を詳しく伝えたりしている。また中国主要都市(北京・上海・広州・成都・大連・沈陽・西安・香港・山東省)で開催予定の国際見本市展示会情報を提供している。
 茨城県上海事務所(http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/seikan/kokuko/shanghai/)のレポートは、力感のこもったものが多いが、そのひとつに山東省の野菜生産拠点のドキュメントがある。「展示会見て歩き」、「上海の社長さんに聞きました」など足で取材した生の情報があふれている。
 神奈川県の「大連神奈川経済貿易事務所信息」(http://www.ktpc.or.jp/dalian/menu.htm)は、大連の投資環境について詳しい。他に、神戸市、岐阜県、鹿児島県、沖縄県、北九州市、長野県などの現地サイトがあり、それぞれ地元企業のために奮闘している。


②神戸市の「上海・長江交易促進プロジェクト」
 地域の活性化策に中国をとりこんだ典型例は、神戸市の「上海・長江交易促進プロジェクト」であろう。同プロジェクトは震災復興策のひとつとして、上海・長江流域経済圏と神戸・阪神経済圏の交易・交流を促進して、神戸経済復興の突破口を開こうとするもので、地元自治体と企業・経済団体が中心となって大々的に組織化された。三大プロジェクトとして、①神戸と長江流域を結ぶ専用船(江海両用船)の開発・建造・運行、②神戸港に専用船による直接交易を図るための交易港区の設置、③交易港区の後背地に中国アジア関連ビジネスタウンである新たな中国人街の形成の三本柱が打ち立てられた。また、年間の交流事業としては、①日中経済連携案件のマッチング促進、②港湾交流の実施、③人材育成と交流、④神戸における「新たな中国人街」などが実行された。
 震災から10年を経て神戸は復興なったことを宣言したが、「上海・長江交易促進プロジェクト」のほうの成否はどんなものであったか。『神戸新聞』の「検証 経済復興の10年」(2004年5月12日)を読んでみると、プランの壮大さに比べて現実の成果は極めて乏しかったのではないかと疑われる。
 プロジェクトの牽引役の専用船「フォーチュンリバー号」(5600トン、重量フルコンテナ船、武漢まで遡上可能)は1997年2月に就航したが、2000年以降、わずか9回しか上海・長江流域を運航していなかったというのだ。言い訳があれこれ。曰く、長江流域の道路網の整備が進み上海で荷物を船に積み降ろすケースが増加して長江をさかのぼる必要がなくなった。曰く、巨大事業の三峡ダム開発で日本勢が受注できなかった。「フォーチュンリバー号」は、上海や青島など海岸部を回航するのがほとんどだった。
 この背後には、港湾としての神戸の地盤沈下がある。1994年の神戸港のコンテナ取扱量は世界第6位であったが、2003年には第28位に凋落している。2003年のベスト6は香港、シンガポール、釜山、上海、高雄、深圳。かつて神戸はアジア各地からの貨物を集めた貨物を大型船に積み替えて欧米に運ぶトランシップで隆盛を極めたが、大型コンテナ船の登場でアジア各地の港湾から直接欧米に運ばれるようになり、中継地・神戸を必要としなくなったのである。「上海・長江交易促進プロジェクト」は、この時代の変化を読めていなかったのではないのか。
 「上海・長江交易促進プロジェクト」のもうひとつの目玉であった日中経済連携案件のマッチング促進、新たな中国人街の形成の方はどうなったのか。中国企業の神戸進出を全面的に支援するサービスが実行され、同プロジェクト発足以来2005年までに36社の企業・団体が神戸へ進出したというが、すべて起業・小企業である。同プロジェクトの宣伝役を担っている剣豪集団㈱は、神戸大学留学の中国人が起業した資本金3000万円の商社であり、中国進出サポート、部品・資材の日中相互調達、中国での製造受託、中国市場調査、再生材料販売を生業としている。
 「検証 経済復興の10年」によれば、「ミナト回帰」は図らずも、中国特需からやってきたようである。
 家具・インテリア用品大手のニトリ(札幌市)が「関西物流センター」の建設を進めている。中国やアジアから輸入した家具などを保管し、西日本の店舗や配送センターに供給する。港運大手の上組は、延べ床面積約6万7000平方メートルの大型倉庫を整備する。森永乳業がコンテナヤード跡地を市から借り、神戸工場を建設、「西日本の最新鋭の基幹工場」としてカップ飲料やヨーグルト商品などを生産する。進出ラッシュの要因には、景気回復や中国貿易の拡大がある。(『神戸新聞』2004年9月1日)
 国土交通省は、アジアの主要港をしのぐ競争力獲得を目指す「スーパー中枢港湾」構想を打ち出し、これを受け神戸市は、神戸港活性化プランを練っている。「神戸港の港湾空間を物流ゾーンと親水ゾーンの二つの地域に大きく分けて再構築し、物流機能の強化を図り、また、親水機能として、港に新しい活力を生み出し、港の活性化を図る」。これが港湾リストラの骨格である。「ミナト回帰」はいまだ夢のなかにある。


③各地自治体の中国企業誘致構想の限界
 中国特需と中国企業の海外進出の動きをとらえて、地域活性化のために中国企業を誘致しようという地方自治体は少なくない。
 福岡県では、産業集積拠点としての「アジアビジネスゾーン」を打ち上げ、中国企業の上陸地として「21世紀中華街」を構想している。新潟県では、中国資本を呼び込むための事業報告を出して、中国ダイナミズムを取り込む企業環境づくりを模索している。山口県では、環黄海経済圏に位置する特性を生かし、山東省や青島市の企業を主眼において誘致活動に取り組みたいと考えている。
 中国企業誘致で最も先進的な取り組みをしたのは、大阪であろう。大阪商工会議所では、1998年に「外国企業の対日投資促進策に関する提言」を取りまとめ、その具体化の一例として、2001年に大阪府・市と共同で「大阪外国企業誘致センター(O-BIC)」を設置するなど、外国企業の誘致に積極的に取り組んでいる。
 実績はどうか。2004年度の誘致実績は、アジアからの進出が15件(全体の62.5%)、うち中国企業は9件。
 2005年度の事業はどうするか。「中国経済躍進の原動力として力をつけ、海外進出に強い関心を示す中国企業を重要な誘致ターゲットとし、大阪府・大阪市・大商の首脳が訪中する機会を捉えて、大阪の投資環境の魅力をPRし、中国企業の大阪進出を働きかける。」(記者発表資料より)
 意気込みに相違して、意図した成果が上がっていないことがにじみ出ている記者会見である。関志雄経済産業研究所コンサルティングフェローは「中国企業の実力は、規模はもちろんのこと、経営や技術開発などの面において、多国籍企業にはまだ遠く及ばないことから、中国企業が世界の直接投資の担い手になる条件をまだ満たしていないことは明らかである」と喝破している。(「本格的「走出去」は時期尚早」)
 財務省統計で中国(香港を除く)との間の対外・対内直接投資統計を見ると、2004年度の日本から中国への対外直接投資361件4909億円に対して中国から日本への直接投資はわずか24件9億円にすぎない。たった年間9億円の投資に地方自治体が、目の色を変えて、文飾を弄して、中国詣でをして、税金を使っているとしたら滑稽なことである。
 メインストリームは日本から中国への直接投資、すなわち中国進出である。地方自治体の地域おこし策は、労働集約的な地域・地場産業が中国へ中国へと工場移転していく中で産業空洞化の脅威にさらされながら、地域・地場産業の生産性・競争力を高め、知識・技術集約的産業へと産業構造を高度化して、地域の雇用・所得・税収を拡大するという苦難の宿命を課せられている。そうした営みのために、ここで推薦したい調査報告書がある。
 日本政策投資銀行新潟支店企画調査課『三条・燕地域の企業活力の源泉に学ぶ―地域産業振興に向けてのケーススタディ―』(http://www.dbj.go.jp/niigata/report/0623.html
 金属洋食器をはじめとする金属製品製造業の集積地として知られる新潟県三条・燕地域は、円高の大波でダメージを受け、韓国製品のパンチを食らい、ついに格安中国製品でダウン寸前に追い込まれ、もはや再起不能と見る向きが多かったが、どっこい生きている。上記レポートは苦闘する企業・関係機関や関係諸氏に日本政策投資銀行がヒアリングして、同地域の強み・弱み、企業における競争力の源泉などについて整理している。中国活用企業としては、パール金属工業(本社=三条市、資本金6000万円、家庭用品、アウトドア用品製造)の事例が興味深い。中国現地工場において、商品開発体制を構築する一方で、三条工場では人件費を抑えて労働力を確保しようと中国人研修生を受け入れているのである。「中国研修生」という名の低賃金労働力の導入は岐阜繊維業者の間においても行われている。地方・地域の産業・企業にとって、中国パワーを活用するには地についた現実的方法が模索されるべきであろう。

 
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