第35号 2007.2.8発行 by 中村 公省
    中国撤退企業一覧(2006年) <目次>へ戻る
 
1.日系企業の撤退率は4割
  21世紀中国総研の事業の一つである『中国進出企業一覧』2007-2008年版・上場会社篇の調査データ整理が今一歩でまとまりつつある。日本の出資本社1700余社の中国ビジネス拠点(現地法人や駐在員事務所)を約8000拠点、現地法人を約6000社収録する予定で、4月出版を目指して編集作業を急いでいる。
  しかし、進出があれば撤退があり、「中国撤退企業一覧」も必要なのではないか。成功より、失敗のほうが、学ぶべきことが多い。余裕が出来たら、『中国撤退企業一覧』を編集してみようかとも思う。
  中国進出企業の撤退率を計算したことがあるが、日本企業の撤退率は最近は4割近い高率になっている(残存登録企業数÷累積契約件数×100で計算)。90年代後半は2割前後であったものが、急激に高まっている。WTO公約の履行による市場環境の激変、欧米外資や地場資本との競争が激化のため、中国市場裡における競争に堪えられなくなった企業が増えているからである。それでも、日系企業は奮闘しているほうで、各国の最近の撤退率は、韓国企業4割余、米国企業5割、台湾企業6割弱、香港企業6割という計算結果が出ており、中国市場の厳しさがあらわになっている(『中国進出企業地図』第2版29ページ)。
  進出情報に比較して撤退情報は入手が難しい。進出は期待混じりで情報開示するが、撤退は密かに静々と行われる。仮に情報が開示されても、「損害は軽微である」という釈明がつく。
  別表「中国撤退企業一覧(2006年)」は、2006年に判明した日系企業の中国からの撤退事例であるが、わずか59社にすぎない。2006年の日系企業の新規進出件数は、対前年比20.8%の減少ながら2590社あったから、相対的にあまりに少ない。これでは、『中国撤退企業一覧』を編むのは難しいであろう。
 
2.契約完了と中国リスク
  中国から撤退するケースでは、まず別表で(1)事業完了としたものがある。フジタの上海工業団地開発事業は販売を完了したので撤退した。リューベと中資との合弁(集中油潤滑装置の製造・販売会社)は、1994年6月設立したが、12年間の契約期間を経て、2006年11月に円満解散した。一般に中国側との合弁・合作の契約期間は、10年、15年、20年、25年、50年などさまざまあるが、改革開放も四半世紀余、80-90年代は合弁が主流を占めていたから、期限切れによる撤退ケースは相当な数に上ると見られる。
  最近の中国からの撤退のメインストリームは、当然のことながら経営が困難になった場合である。撤退の方法には、持分譲渡、解散、破産があるが、中国進出企業の場合は破産というのはほとんどなく、別表でも(2)以下はすべて持分譲渡か解散という形をとって撤退している。
  (2)の経営悪化と分類したケースでは、「得意先の経営方針が変更され安定受注確保が困難に」、「事業環境停滞の影響で業績低迷」「新規顧客の開拓や受注品の確保が進まず」などという事由が述べられている。カラオケ店経営の第一興商は北京で開店約5カ月間営業したが、当初の思惑が外れ、収支が計画を大幅に下回り、見切りをつけた。
  (3)は、中国的特殊に基づくもので、いわゆる中国リスクである。「業績不振、コーポレートガバナンスも機能せず」、「出資パートナーと事業接点がなくなった」「経営資源の投入がかさみ中国側との意見齟齬」など、中国側との共同経営が、ついに破綻にいたったものが多い。かつては合弁でなければ進出が許可されず、中国側の無理をのんで、ギクシャクした経営をすることが少なくなかったが、最近は、独資経営が開放され、こうした中国リスクは次第に減少しつつある。
  WTO公約の履行で市場は大いに開放されてきたが、それでも中国リスクは無尽蔵である。
  美津濃は瀋陽の旗艦店で、市政府が香港の開発業者に土地を売却、立ち退きを迫られた。キーナンバー33号(2006.12.11)で論じた「上海日系工場立ち退き問題における中国リスク」も最新の事例である。
  2005年には日本製紙による大型撤退劇が演じられ。日本製紙は北京に近い河北省承徳市で、民間企業・承徳帝賢針紡と合弁で洋紙を生産すると基本合意していた。資本金約60 億円(日本製紙側55%)、総投資額約100 億円。ところが、その後合弁先の資金繰りがつかず経営悪化していることが判明し、日本製紙側は2005 年9 月撤退に追いこまれた。出資持分はすべて承徳帝賢針紡の日本における子会社に譲渡された。
  中国に大きく事業を展開する大商社も中国リスクの餌食になることに例外でない。
「丸紅は2005年10月に日本国内で紙・板紙の販売を行う株式会社CMJを山東晨鳴紙業と合弁で設立することで合意したと発表した。しかし山東晨鳴紙業が資本金1500万円を払い込まなかったことや、製造した紙のサイズが規格に合わないなどのトラブルが発生。更に円安が進行したことなどから丸紅は06年10月に合弁断念を決定した。丸紅広報部は中国国内での山東晨鳴紙業との取り引きは継続するとしている。」(中国情報局2007年2月5日)
 
3.技術的陳腐化による再編
 (4)の技術的陳腐化は、デジカメの出現で、カメラ・フィルム業界に生じた大異変に典型例を見ることが出来よう。コニカ・ミノルタはカメラ事業及びフィルム事業から完全撤退し、中国においても事務機械に特化して建て直しを図っている。アグファフォトは破産、コダックも斜陽化、富士写真フィルムは写真部門を大削減して社名も富士フィルムとして再編中である。
  テレビにおいては液晶やプラズマが急激にブラウン管テレビにとって代わっている。すでに日本国内でブラウン管を作っているメーカーはない。日中友好の象徴として語られる松下電器の北京カラーブラウン管工場は、もっぱら中国農村市場向けや旧ソ連各国などの後進市場に特化している。ブラウン管用ガラスの大メーカーであった日本電気硝子や旭硝子は、市場の変化に対応して国内工場を中国に移転したが、その中国工場も再編を余儀なくされ、ともに2006年に合弁解消、中国側に譲渡となった。両社の生き残りの道は、液晶用板ガラスにあり、それぞれ新規工場を北京、上海に設立している。イーヤマの販売会社の撤退もこの激流のなかにある。
 
4.市場競争敗退による撤退
  中国における携帯電話の生産は2006年に前年比50%伸びで4億5000万台に達し、世界の出荷量の40%以上を占めた。中国国内市場における販売も急激に増大し、販売台数は前年比40%増の1億2000万台を記録したと伝えられる。この市場を制しているのは、米モトローラ、韓国サムスン、フィンランドのノキア、スウェーデンのエリクソン、オランダのフィリップスの外資勢であり、民族系メーカーも近年急激に台頭している。

  しかし、日本勢は中国市場において惨敗を喫し、いまや見る影もない。

◇東芝は2005 年4 月合弁を解消撤退。
◇三菱電機は2006 年3 月末で(発表は2 月)中国での開発・販売部門の閉鎖を表明(中国情報局)。
◇松下電器産業は2005 年12 月携帯電話端末の海外事業構造改革を発表し、販売の重点を中国の2.5 世代(GMS 規格)から第三世代に特化する。
◇NEC は中国の携帯電話事業を立て直すため現地法人の増資をした。
(『中国進出企業地図 改訂新版』128ページ)

  このあとNECが2006年11月に、武漢工場(湖北省)で生産を停止、中国の携帯電話市場から撤退すると発表した。かろうじて残っているのはエリクソンと組んでいるソニーエリクソンと京セラのみである。
  2006年末には、日本ビクターの上海合弁会社が撤退するというビックニュースが流れた。「当社の連結子会社である上海JVC電器有限公司は、平成 18 年 12 月 26 日開催の董事会に おいて下記のとおり解散決議を行いましたのでお知らせいたします」。事由は、中国メーカー などの台頭で価格下落が激しく、採算が合わないと判断したため。2007年2月から、DVDプレーヤーとレコーダーの生産を中止する。工場閉鎖は中国の法律手順を踏んで実行するとしている。
 
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