第42号 2007.10.11発行 by 中村 公省
    政熱経冷――「寒寒冷冷」の日本の対中投資 <目次>へ戻る
 福田首相の就任で来年は日中両首脳の相互訪問が実現し、かつて人口に膾炙した「政冷経熱」の「政冷」は「政熱」に転換しそうである。しかし、実はその一方ですでに「経熱」も転換していて、日中関係は「政熱経冷」になりそうな雲行きにある。
(1)対中投資の失速
 「経熱」は日中貿易では持続していると見られる。2007年には中国が輸出入をあわせた貿易総額で米国を抜いて日本の貿易相手国第一位に踊り出るであろう。
 しかしながら、対中投資では極めて厳しい状況が続いている。中国商務部データで見ると、日本の対中投資は後退局面に転換している。先行指標の契約では件数ベースで、2004年3454件をピークにして下降し、2006年は2590件(対前年比マイナス20.8%)となった。実行ベース金額は一年遅れのサイクルを描き、2005年65億ドル余がピークで2006年は対前年比マイナス29.7%という大きな落ち込みを示した。
http://www.21ccs.jp/china_perfoemance/performance2006_02.html
 この趨勢は07年上半期も変わりない。世界の対中投資(実行額)の対前年同期比はプラス(12.2%)であったにもかかわらず、日本の対中投資はマイナス19.5%である。バージン諸島などのタックスヘイブン(租税回避地)を経由したバブル中国からの不動産への迂回投資は急増しているが、製造業を中心とした日本や台湾の直接投資は失速しているのである。
http://www.21ccs.jp/jhand_websokuho/jhand_websok_06.html
 日本の対中投資データではどうか。財務省の対外投資調査が取りやめになって、全国レベルのデータを欠いているので、「2006年における愛知県内企業の海外事業活動調査」で代替してみよう。愛知県は海外投資で東京、大阪に次ぐ地位にあり、トヨタ自動車関連の企業がひしめいており、日本の対中投資の縮図であると言い得る。
www.pref.aichi.jp/ricchitsusho/boeki/kaigai/gaiyou2006.pdf
 愛知県企業の対中投資新規件数は、1997年以降毎年の図表1のように動いている。1999年に底を打ったあとの上昇トレンドは2003年を頂点にして下降し、2006年にストンと失速した。件数では2000年35件、2003年116件、2006年34件である。
図表1 愛知県中国新規進出拠点数の推移 
愛知県中国新規進出拠点数の推移のグラフ
(資料)「2006年における愛知県内企業の海外事業活動調査」
 愛知県企業の対中投資累積である2006年末企業数は772拠点に上るが、その業種別内訳は、製造業が526拠点で68.1%を占める。製造業の内訳では、自動車をはじめとする輸送機器が約4分1強(27.2%)の143拠点にも上る。愛知県企業の対中投資は自動車関連製造業企業によって牽引されている。非製造業においても、製造業者に素材や部品を調達し製品を販売する卸売業(商社)が圧倒的多数で、全246拠点中4分の3近く(80拠点)に及んでいる。
 したがって、愛知県企業の対中投資データは中国商務部データとほぼ軌を一つにしていて、明らかに日本の対中投資は失速して「寒寒冷冷」した状態にある。
(2)「付和雷同的中国投資」
 日本企業の対中投資のトレンドを解明したものに「付和雷同的中国投資」という説がある。
 「従来日本企業の対中投資は、ともすると日本でのライバル企業や取引先企業の動きに左右される『付和雷同的投資』ともいうべき動きを見せてきた。」(丸川知雄著『現代中国の産業』中公新書242ページ)
 根拠としているのは日本国際協力銀行開発金融研究所が毎年行っている海外直接投資アンケート調査「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」
http://www.jbic.go.jp/autocontents/japanese/news/2006/000169/index.htm)に示されている「中期的(3年程度)有望事業展開先国・地域の推移」データである。「日本企業の中国投資に対する中期・長期の有望度評価が上下するとその一~二年後に投資額がそれに並行して上下する」と言う。(同上243ぺージ)
 そこで、同上報告の1995年以来の「中期的有望事業展開先国・地域の推移」を追調査してみよう。中国は毎年一貫して第一位に挙がっているが、その得票率が図表2のごとくにアップ・ダウンしている。
図表2 中期的有望事業展開先国・地域の推移のうち中国得票率
中期的有望事業展開先国・地域の推移のうち中国得票率のグラフ
注)「中期的」とは、今後3年程度。
(資料)「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」各年版
 さらにこの図表2と中国商務部データによる「日本の対中投資実行額の推移(1987-2006年)」
http://www.21ccs.jp/china_perfoemance/performance2006_02.html)の近年のトレンドを比較してみよう。図表2における1998年、1999年の谷は「対中投資実行額の推移」の2000年、2001年の谷と照応している。また、前者の2003-2004年の山は後者の2005年の山と照応している。これまでの経験で、契約額は先行指標で実行額より約1年先行する法則性があるので、丸川教授の指摘は契約額、実行額の両者を加味すると、妥当であると言えよう。
 「付和雷同的中国投資」は、かつては「バスに乗り遅れるな」という言葉で揶揄された日本企業の対中投資行動の特徴で、中国の改革開放以来30年近くのトレンドを特徴付けている。こうした日本企業の投資行動について丸川教授は手厳しく反省を迫っているのである。
 「中国はダメだという判断は、日本の各企業が中国市場や自社の状況を客観的に分析して下したものではなく、他社が行かないようだからたぶん中国はダメなのだろうという付和雷同的なものではなかったのだろうか。……日本企業が付和雷同的判断に傾くのは、中国に進出してもライバルと取引先は日本企業と考えてきたからだ。」(同上244-245ぺージ)
(3)愛知県企業の対中投資の方向性
 2007年以降の対中投資の行方を占うに際して、手がかりになりそうなのが、先に見た「2006年における愛知県内企業の海外事業活動調査」にある「中国への進出の方向性」である。これは、2006年において海外進出している企業579社に対してアンケートして497社の回答を得たものである(回答率86%)。
 中国への進出の方向性としては、「新規に進出したい」とする企業が28社(6%)、「拠点を増加、規模を拡大する」とする企業が77社(16%)、「維持する」とした企業が224社(46%)あり、「拠点を撤退、規模を縮小する」の8社(2%)と比べて大きいため、中国での拠点を維持、拡充する方向性にあることがうかがえる。
http://www.pref.aichi.jp/cmsfiles/contents/0000002/2516/shosai2006.pdf
 「新規に進出したい」とする企業がわずか28社(6%)にすぎないとところから推論すると、2007年以降3年程度(中期展望)の新規進出は極めて少ないと見ざるを得ない。
 既存の「拠点を増加、規模を拡大する」とする企業も77社(16%)で、事業拡大にも抑制した警戒感を持っていることが察せられる。
 半分近く(224社、46%)は、既存の拠点・事業規模を「維持する」としており、「撤退、縮小」が微小であるところから、大勢は現状維持であると判断される。
 前言したように愛知県企業の対中投資は自動車関連製造業企業によって牽引されている。端的には組み立てメーカーであるトヨタ自動車によって主導されていると見られるところから、愛知県内企業の中国投資のトレンドはトヨタ自動車の対中事業活動と、トヨタ自動車関連企業(ケイレツ)の対中事業活動の検証を必要とするであろう。
(4)トヨタ自動車の対中事業
 中国は超高度成長が持続する中でWTOに加盟し(2001年)、5年ほどの間に国内市場を開放する公約をしたために、外資の中国市への期待が一気に高まった。また、折しも21世紀に入るやいなやモータリゼーションが始まって、世界の自動車メーカーがこぞって「最後の大市場」に熱い視線を投じた。
トヨタは、この間に天津、長春、四川、広州の4カ所で乗用車、SUV車、小型バスの生産をはじめ、中国において「本格的生産」段階に突入した。(図表3
図表3 トヨタ自動車の中国事業動向(2000―2007年)
年月 動向
2000年6月 天津豊田汽車有限公司(のち天津一汽豊田汽車有限公司)
12月 四川一汽トヨタで小型バス・コースター生産開始
2001年7月 統括会社・豊田汽車(中国)投資有限公司設立
12月 物流会社・豊田汽車倉儲貿易(上海)有限公司設立
2002年8月 第一汽車、トヨタ、中国での自動車事業で協力関係構築へ
10月 天津トヨタ、新型車ヴィオスを生産開始
2003年10月 一汽と車両販売会社・一汽豊田汽車銷售有限公司を設立
11月 ランドクルーザー、同プラドなど発売
2004年2月 カローラ発売
3月 広汽集団、エンジン合弁生産会社を設立
3月 天津に大物プレス金型の生産会社を設立
3月 一汽と中国長春にエンジン合弁生産会社を設立
9月 広州での合弁生産販売会社・広州州豊田汽車有限公司を設立
2005年2月 レクサス販売1号店開業
3月 天津一汽トヨタ、第2工場でクラウンの生産を開始
10月 天津一汽トヨタ、第2工場でレイツ(マークX)の生産を開始
12月 四川一汽トヨタ、長春でハイブリッドカー・プリウスの生産を開始
2006年5月 広州トヨタ、カムリの生産を開始
12月 広州トヨタでヤリス(ヴィッツ)の生産を決定
2007年5月 天津一汽トヨタ、第3工場で新型カローラの生産を開始
10月 一汽、広汽、トヨタ、3社合弁で中国に物流管理会社を設立
(資料)トヨタ自動車サイトから作成
 天津では第一汽車と合弁で、乗用車のヴィオス(2002年10月生産開始)、カローラ(2004年2月)、クラウン(2005年3月)、新型カローラ(2007年5月)と続けざまに生産を開始した。キーコンポーネントの天津第一エンジン工場(1998年7月)、天津第二エンジン工場(2007年4月)も稼動している。
 第一汽車の本拠の長春では、SUV車ランドクルーザー(2003年9月)と乗用車プリウス(2005年)、また四川では小型バス・コースター(2000年12月)とランドクルーザー(2003年10月)がラインオフした。
 そして広州では2004年に広州汽車とエンジン合弁生産を設立すると同時に生産販売会社・広州州豊田汽車有限公司を設立した。2006年5月カムリを生産開始するとともに同年12月にはヤリス生産も決定している。ともに欧州への輸出を狙っている。
 そして、2001年7月には中国事業を統括する豊田汽車(中国)投資有限公司を設けて、製造だけでなく、販売、物流、そして金融会社を設立して中国市場制圧の戦略的布陣を敷いている。
 トヨタ本社に追随して「トヨタグループ」が対中投資を一段と加速したのは言うまでもない。トヨタ自動車が「トヨタグループ」と呼んでいるメーカーは、アイシン精機、デンソー、豊田工機、豊田合成、トヨタ紡織など10数社に限られており、そのほとんどは愛知県本社企業である。「トヨタグループ」に次ぐ組織は協豊会で、1車種2万を超える部品を提供するサプライヤーで、日本全国に208社を数え、うち半数以上の116社が愛知県を中心とする東海地区に存在する。トヨタと直接取引きする系列メーカーの下層には第二次、第三次サプライヤーが裾野状に広がっており、世界に君臨するトヨタ城は、愛知県を中心に広がる地域・地場部品サプライヤーによって持っていると言って過言でない。
 トヨタが海外に進出するとき、「トヨタグループ」のアイシン精機、デンソー、豊田工機などの基幹部品メーカーがトヨタにつきしたがってワンセットで異郷の地に赴くのは理の当然であるが、数百にものぼる協豊会レベル以下のサプライヤーはそうはいかない。サプライヤーの方の事情はさておき、現地では国産化率を向上し、現地産業・企業の育成を願望しているから、可能な限り現地調達する。親会社は、どうしても現地調達が出来ない部品について、系列サプライヤーに一緒に海外進出することを要請する。親会社に声をかけられるにしろ、かけられないにしろ、協豊会レベル以下のサプライヤーは海外に行くべきか、いかざるべきか、逡巡する羽目になる。その一方でトヨタ系列外のサプライヤーにとっては、これは新たにトヨタに売り込む千載一遇のチャンスであり、機先を制して海外進出を敢行することにもなる。
 こうしたケイレツを前提にしての海外投資事業を展開するところに、丸川教授が言うところの「付和雷同的中国投資」が生じる原因があるが、各企業がまるで中国市場や自社の状況を客観的に分析をしていないわけではない。日本企業の対中投資のトレンドをポジティブに特徴づけているのは、各社の中国投資の有望性への客観的分析の結果でもあるとも言い得る。
(5)次の山への踊り場
 ともあれ、トヨタ自動車に主導された愛知県内企業の中国投資のトレンドは、図表1のごとくに結果した。投資件数が2000年に上昇をはじめ2002、2003、2004、2005年の4年間で対中投資ブームを形作り、2006年に至ってその熱気がさっと引いた。景気循環の常套句を使うなら、自動車を中心とする完成車、部品、素材及びその販売に関連する対中投資が一巡したということになろうが、中国が超高度成長を驀進するまっさなかに、何故ストンと失速したのかの経済内的・合理的理由を見出すのは難しい。
 次の山への踊り場はまだ用意されていない。2000-2005年の間に投下された資本は、これから次々に生産力化してくるが、最終製品の自動車にしろ、部品にしろ、素材にしろ需要の拡大が見えない状態にある。きわめて重大なのは、中国市場においてトヨタの車がいまなお低シェアにあえいでいることである。2006年の中国自動車(セダン)販売台数ベストテンを見ると、以下のとおりである。
①上海通用(GM)シェア9.5%、②一汽大衆(FW)シェア8.9%、③上海大衆(FW)シェア98.9%、④奇瑞(国産)シェア7.1%、⑤北京現代(韓国現代)シェア6.8%、⑥広州本田(ホンダ)シェア5.9%、⑦一汽豊田(トヨタ)シェア5.5%、⑧吉利(国産)シェア5.3%、⑨神龍(シトロエン)シェア5.3%、⑩東風日産(日産)シェア5.2%。(中国汽車工業会)
 トヨタ車の中国自動車市場におけるシェアの上昇なくしては、今後の愛知県内企業の中国投資の再上昇は展望し得ないと思われる。また、自動車関連産業によって牽引されてきた2000年以降の日本の中国投資の回復も、トヨタ、ホンダ、日産をはじめとするメーカーの中国市場における販売の伸張如何のかかっていると推察するばかりである。
補注
 2007年の中国自動車販売市場においても日系メーカーは欧米メーカー、中国国産メーカーに大きく水を開けられている。日中経済通信2007/10/11によれば、以下のような情勢にある。
  1. 2007年全四半期中最も好調なメーカーは、上から①上海通用(上海GM)、②上海大衆(上海VW)、③一汽大衆(一汽VW)、④奇瑞汽车(CHERY)で、トップは欧米系3社の競い合いである。上海GM、上海VW、一汽VWの第3四半期までの販売台数を見ると、各メーカー間の差がわずか1000-2000台しかない。上位4社の販売台数は共に40万台から50万台の間である。
  2. しかし、第2グループに着けている広州本田(ホンダ)、一汽豊田(トヨタ)、北京現代(現代)の販売台数は30万台と、上位メーカーに大きく水を開けられる形となっている。
 
 
このページの上へ <目次>へ戻る