第44号 2007.12.10発行 by 中村 公省
    日本製造業の中国投資中期展望 <目次>へ戻る
  日本の対中投資が後退局面にあることを先に指摘したが(キーナンバー第42号 2007.10.11発行)、国際協力銀行の「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告~2007年度海外直接投資アンケート調査結果(第19回)」が発表されたので、これを解読して、いま一歩立ち入った中期展望を試みてみよう。
 同調査は2007年7月~8月に実施。調査対象は製造業で海外現地法人を3社以上(うち、生産拠点1社以上を含む)有する会社で、600社から回答を得ている(回答率61.9%)。国際協力銀行ウェブ・サイトには、1999年以来の調査報告も掲載されており(http://www.jbic.go.jp/japanese/index.php)、以下の図表はそれらからデータを抽出して作成したものである。
(1)連年にわたる中国得票率の低下
 国際協力銀行調査報告で最も注目されるのは、「中期的有望事業展開先国・地域の推移」のうち中国得票率である。「中期的」とは今後3年程度のことだが、得票率のほうは多少説明を要する。本調査では、「拠点や事業計画の有無に関わらず中期的(今後3年程度)に有望と考える事業展開先国・地域」名を一企業あたり五つまで記述してもらっている。得票率とは、記述のあった国・地域の数(得票数)と、同票数を同設問への回答企業数で割った比率(得票率)を示したものである。
 さて、この得票率で中国は一貫して他国・地域を圧倒してトップを走り続けている。しかし、中国得票率の推移を見ると、アップ・ダウンを描いている(図1)。近年では1998-99年をボトムにして、WTO加盟前後に急上昇したが、2003年をピークにして低下し始め、2004、2005、2006、2007年と連続して低下し続けている。ちなみに、その間の得票率は93.1%、91.1%、82.0%、77.0%、68.0%で、減少幅は25ポイントにもなる。
 中国の低下に対して上昇傾向にあるのが、インド、ベトナムなどで、2006、2007年はインド47%、50%、ベトナム33%、35%となっている。3年程度の中期ではなく、10年程度の長期展望では、2006年中国74%、インド67%が、2007年インド70%、中国67%とインドが中国を押さえて初めてトップに立った。
 国際協力銀行調査報告は「投資先では、中国へ集中していた関心が他の新興国へ分散する傾向が続く。特に、インドへの関心が一層高まる」と分析しているが、妥当であろう。日本製造業企業から見れば、圧倒的人気のあった中国投資は、相対的に魅力が薄らぎ、中国周辺のインド、ベトナム、タイなどのアジアへの投資に関心が移っていくトレンドにあると見られる。
 日本企業の対中投資は横並びの付和雷同的傾向があり、「日本企業の中国投資に対する中期・長期の有望度評価が上下するとその一~二年後に投資額がそれに並行して上下する」という丸川知雄東大教授の説(『現代中国の産業』中公新書243ページ)が正しいとすると、日本製造業の対中投資は2010年頃までは後退局面にあると見ておいたほうがよさそうである。
 しかしながら、国際協力銀行の調査報告の「中期的有望事業展開先国・地域」の調査方法は、中国という大国とベトナム、タイなど中国の省レベル地域と市場スケールが違わないところを同格の「展開先国・地域」としている無理を含んでいることも承知しておくべきであろう。中国はひとつの世界であり、低所得から高所得までの経済発展レベルを包含した市場であるが、質問回答者が中国のどの地域を念頭に置いて「中国」と言っているのか定かでないところがある。同報告の別の箇所では、中国を五つに分割して「東北」「華北」「華東」「華南」「内陸」と分けた設問をしており、調査のフレームワークが用意されているだけに、今後の調査方法の改良を望みたい。
図1 中期的有望事業展開先国・地域の推移のうち中国得票率
中期的有望事業展開先国・地域の推移のうち中国得票率のグラフ
注(1)「中期的」とは、今後3年程度。
注(2)本調査では、「拠点や事業計画の有無に関わらず中期的(今後3年程度)に有望と考える事業展開先国・地域」名を一企業5つまで記述してもらっている。
得票率とは、記述のあった国・地域の数(得票数)と、同票数を同設問への回答企業数で割った比率(得票率)を示したもの。
(資料)「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」各年版
(2)中国の魅力は市場の成長性に、中国離れはコスト上昇にあり
 国際協力銀行の調査報告では、事業展開先国・地域を中期的に有望とする理由を聞いている。その理由としては例年20項目近くの選択肢を設けているが、そのうち中国で注目すべき項目を8項目抽出して2001年以来の推移を見たのが表1である。
表1 中国が有望な理由の推移
有望理由詳細 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年
コスト 安価な労働力 71.3 68.9 74.9 66.1 62.8 57.2 50.3
安価な部材・原材料 29.3 30.0 34.2 21.4 23.7 23.5 24.7
販売・製造環境 組み立てメーカーへの供給拠点 20.7 28.7 28.6 28.6 27.5 27.3 28.3
産業集積がある 14.3 16.1 16.5 16.6 19.9
輸出拠点 対日輸出拠点として 22.5 26.8 22.4 19.4 18.5 15.2 16.4
第三国輸出拠点として 22.8 25.2 21.9 20.8 24.2 19.3 19.0
マーケット 現地マーケットの現状規模 16.7 17.2 19.7 23.9 27.0 24.9 30.1
現地マーケットの今後の成長性 81.2 86.3 82.3 83.3 80.2 82.3 79.8
 表1で2001年以後、一貫して中国が非常に高く評価されているのは、「現地マーケットの今後の成長性」であり、80%前後をキープしている。いわゆる急成長する「13億の市場」に対する熱い期待である。また、「現地マーケットの現状規模」は2001年16.7%から2007年30.1%へと倍増している。所得の向上に伴って、現実のものとし得る市場が徐々にたち現れていることを反映している。中国経済成長の長期持続傾向から推して、この「現地マーケットの現状規模」は今後も上昇傾向が続くと見てよい。
 「マーケット」と同様に得票率が安定しているのは「販売・製造環境」である。そのうち「組み立てメーカーへの供給拠点」が27、28%を維持している。電機や輸送機器などの最終組み立てメーカーへ素材、部品を供給する中間財メーカーと思われる。最終組み立てメーカーは日本メーカー(ケイレツ上位会社)だけでなく、高級素材、基幹部品を外資企業に依存する中国地場メーカーも含んでいる。また、多くの外資メーカーが進出し、中国地場企業が力をつけつるなかで、産業クラスターに広がりと厚みが増し、「産業集積がある」状態が徐々に出来てきている。
 その一方で、中国の評価が顕著に落ちてきているのは、「コスト」である。「安価な労働力」が2001年71.3%から2007年50.3%へと21ポイントも低下している。沿海部を中心とする賃金の上昇、貧富の格差是正のための社会保障費の増額などを直接的に反映し、労務費アップの先行きを懸念したものであろう。ベトナムなどと比べて安価でなくなったという相対的な評価もかかわっていよう。また、「安価な部材・原材料」も、低下傾向にあると見られる。
 対日輸出あるいは第三国輸出の「輸出拠点」の得票率は、ともに減少している。「対日輸出拠点として」は2001年22.5%から2007年16.4%へ、「第三国輸出拠点として」は、2001年22.8%から2007年19.04%へと低下している。中国を世界市場への供給拠点とし得る最大の武器である安価な「コスト」が保証されなったことと密接に関連していよう。
 以上からコスト上昇が日本製造業に中国離れを引き起こす一方で、市場の成長性が中国に魅力を感じさせている、と総括できよう。長期トレンドとして、「製造拠点としての中国」から「市場としての中国」への転換の流れのなかに収まるデータである。
 しかしながら、この評価も、かなり曖昧な部分を含んでいることを加味しておくべきであろう。さきにもふれたが、中国は低所得から高所得までの経済発展レベルを包含した懐の深い大陸国家であり、ベトナムより安価な労働力を内陸部や農村部に求めることが容易に可能である。また、中国市場の中長期的成長は楽観してよいと思われるが、日本メーカーが獲得可能なハイエンド市場の広がりは、21世紀に入ってからの経験則では楽観的な予測を許していないように思われる。
(3)中国の課題は、法制の不透明、知的財産権の不安、賃金上昇、熾烈な競争にある
 国際協力銀行のアンケートでは、事業展開先国・地域の課題も聞いている。その課題としては例年20項目余の選択肢を設けているが、そのうち中国で注目すべき項目を13項目抽出して2001年以来の推移を見たのが表2である。
表2 中国の課題の推移
課題詳細 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年
法律・税務 法制が未整備 30.0 29.3 28.4 21.9 23.7
法制の運用が不透明 65.6 63.4 69.2 65 64.9
税制の運用が不透明 41.0 38.5 40.0 33.9 39.1
行政全般 外資規制 33.0 32.4 33.2 29.3 27.1
投資許認可手続きが煩雑・不透明 26.9 20.6 25.8 22.5 27.1
知的財産権の保護が不十分 46.1 52.0 53.2 47.6 54.5
為替規制・送金規制 41.0 41.6 45.3 41.9 34.2
労務問題 技術系人材確保が困難 3.5 4.2 19.1 16.6
管理職クラスの人材確保が困難 26.0 28.4 29.2 24.5 27.1
労働コストの上昇 19.9 32.4 38.7 43.9 53.5
労務問題 14.1 16.8 19.5 17.9 19.4
一般的課題 他社との厳しい競争 37.2 41.8 44.5 45.9 44.9
インフラが未整備 15.7 39.2 35.3 26.8 27.7
 
  中国の課題として高い指摘率を受けているのは、「法律・税制」である。WTO加盟後に公約が実行されて、法の整備に転じ、法制は「未整備」でなくなりつつあるが、「法制の運用が不透明」の状態はあいもかわらず。法治ではなく人治の社会が健在である。「政策があれば対策あり」で、法律は融通無碍に運用され、運用に際しては権力を持ったものとの関係学がものいう。「法制の運用が不透明」が一貫して64、65%を維持している。
「知的財産権の保護が不十分」が高率なのは、当然であろう。2003年46.1%が2007年54.4%に跳ね上がっている。知的財産権を否定した社会主義社会の伝統で、悪貨が良貨を駆逐するごとく、知的財産権侵害が広範にはびこって、これは容易に改まりそうにない。
 「労働コストの上昇」につては、さきに触れたが、2003年19.91%が2007年53.5%と急上昇しているのが印象的である。
 「一般的課題」のなかでは「他社との厳しい競争」が44.9%と高得票率を得ている。これは、日本(外資)メーカー同士の競争のほかに中国地場メーカーとの競争を含んでいよう。一般に中国市場においては、日本(外資)メーカーと中国地場メーカーとの間には、技術的難度に応じてローエンド市場は中国地場メーカー、ハイエンド市場は日本(外資)メーカーというすみわけが出来ている。しかし、両者の境界の接するところで、中国地場メーカーの日本(外資)メーカーへの侵食が続いており、技術が市場を制することが出来ないでいる。
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