第50号 2008.10.03発行 by 中村 公省
    冷凍ギョーザ事件の責任者 <目次>へ戻る
(1)メラミン入り粉ミルク事件の責任者処分
 メラミン投入による乳製品汚染事件の余波が広がる中で、9月22日、国家質量監督検験検疫総局の李長江総局長(党組書記)が罷免された。正確には「国務院国家工作人員が李長江の辞任に同意した」という形になっているが、実質的な引責辞任である。
 メラミン入り粉ミルクで死者3名、重症急性腎機能衰弱者158名、臨床診断患者6244例を出した石家荘三鹿集団股份〔株式〕公司に対しても、企業責任者、石家荘市当局者に対して処分が下りた。三鹿集団董事長・総経理の田文華(女)は解任、河北省公安局によって刑事拘留された。監督官の石家荘市食品薬品監督管理局局長・党組書記の張毅、同市貭量技術監督局局長・党組書記李志国は免職。行政官の石家荘市農業生産担当副市長の張発旺、畜牧水産局局長の孫任虎は免職。そして、9月22日、石家荘市呉顕国書記と冀純堂市長の首がとんだ。呉顕国は河北省常務委員、第17期中共中央委員でもある。
 この一連の処分を直接指揮しているのは幼児粉ミルク事件領導小組組長の陳竺衛生部長である。衛生部は乳製品汚染事件を機に新たに国家食品薬品監督管理局、国家中医薬管理局貭量技術監督局を管轄下に置き、食品汚染に対する権限を掌握している。
(2)李長江総局長は冷凍ギョーザ事件の責任者でもある

 メラミン入り粉ミルク事件における責任体制は、さきの冷凍ギョーザ事件と通底している。
 李長江同総局局長は魏伝忠副局長とともに有機リン系殺虫剤メタミドホスが冷凍ギョーザに「中国で混入した可能性は極めて少ない」と組織的な論陣をはった張本人である。当時、この男が日本人に対して言い放った言葉は忘れるべきではない。
 「中国の食品は安全であり広範な日本国民は懸念する必要はない。」「中国食品は完全に安心して食べることができる」「最近日本国内の一部の人が不安を抱いているのは主に、一部メディアが中国食品について客観的で公正な事実に基づく報道をしていないためだ。」(3 月13 日、千葉県警の再捜査結果発表時の発言。http://www.fmprc.gov.cn/ce/cejp/jpn/xwdt/t414708.htm
 この有り難い御宣託は、中華人民共和国駐日本国大使館のWEB サイトに掲げられ、日本の消費者が熟読玩味して幻影を醒ますのを期待されていたものだ。
 1月末発覚した中国製冷凍ギョーザ中毒事件は、6月になって製造元の河北省食品輸出入(集団)天洋食品工場(石家荘市)が事件後に回収したギョーザが中国国内で流通して、中国でも中毒患者が4名出ていた事実が明らかになった。中国外務省が日本の外務省にリークしたものだが、その後、それ以上の事実は一切秘匿されている。これは何故か。

(3)冷凍ギョーザ中毒事件の責任者及び罪状

 状況証拠から推察すると、冷凍ギョーザ中毒事件の責任者及び罪状は以下のごとくである。
1.天洋食品工場内で冷凍ギョーザにメタドボスの原液がふりかけられた。犯人は同工場に恨みを抱いているものと推測報道されたが、中国公安当局はこの犯人を取り逃がした。
2.天洋食品の底夢路工場長は、工場内での毒物汚染は「不可能」と断言し、「われわれこそ事件の最大の被害者だ」と居直った。しかし天洋食品が回収したギョーザが中国国内に流通し中毒患者が4名出た事実によって、工場内での毒物混入が確実となった。とすれば、底夢路工場長は事件発生後に証拠隠滅を図り、衛生管理体制の整った工場を仕立てあげ、事件の隠蔽を図る偽証工作をした第二の犯罪者である。
3.河北省の監督官、公安及び中央の監督官、公安は底夢路工場長の偽証工作を見抜けず、「中国での混入の可能性は極めて少ない」と喧伝した。この職務怠慢者、職務能力無能者は、第三の犯罪者であると言って過言でない。名前を挙げれば、付志方河北省副省長、国家質量監督検験検疫総局の李長江同総局局長、魏伝忠副局長、余新民公安部副局長である。
4.回収したギョーザを中国国内で流通させたのは誰か。天洋食品関係者以外に考えられない。その経営者の責任は免れがたく、底夢路工場長の新たな犯罪が疑われる。天洋食品は営業停止していると伝えられるが、果たして彼が刑事拘留されるということがあり得るか。
5.底夢路工場長―付志方河北省副省長―余新民公安部副局長―李長江同総局局長、魏伝忠副局長は一蓮托生で、官僚機構の無責任の連鎖の中にある。責任者たちの罪状は不問にふされる可能性が高い。中国製冷凍ギョーザ中毒事件は迷宮入りであろう。

(4)李長江国家質量監督検験検疫総局長その人

 以下に、李長江国家質量監督検験検疫総局長その人の経歴を掲げておく。この国家の忠僕に対して私は以下のように断じたことがある。
 「国家品質監督検査検疫総局の李長江局長や魏伝忠副局長の知性と行動から拝察すると、二人は中国製製品の安全性に対する信念堅固な愛国的宣伝マンに徹している。おまけに、『何者かが他の国や地域から不法に農薬を購入して日本に持ち込む可能性は排除できない』という幻想にふける空想家でもある。」(『中国情報源』2008-2009年版)
 水に落ちた犬から打て!

写真:李長江国家質量監督検験検疫総局長
李長江国家質量監督検験検疫総局長


男。漢族。1944年8月21日生まれ。黒龍江省双城県の人。
1965年12月中国共産党に入党。1970年8月就職。長春光学精密機械学院一系光学機器設計・製造専攻を卒業。大学の学歴。副研究員。
1965年9月―1970年8月:長春光学精密機械学院一系光学機器設計・製造専攻で学ぶ。
1970年8月―1973年11月:長春二二八工場幹部。
1973年11月―1980年9月:長春光学精密機械学院共産主義青年団委員会副書記・書記。
1980年9月―1984年9月:長春光学精密機械学院共産主義青年団委員会書記兼院学生工作部副部長・部長。
1984年9月―1985年4月:長春光学精密機械学院党委員会常務委員・院党委員会弁公室主任。
1985年4月―1986年11月:長春光学精密機械学院党委員会常務委員・院紀律検査委員会書記。
1986年11月―1987年3月:共産主義青年団中央青運史研究室幹部。
1987年3月―1990年8月:共産主義青年団中央青運史研究室副主任。
1990年8月―1991年8月:共産主義青年団中央青運史研究室主任兼中国青年政治学院党委員会常務委員・青年政治学院副院長。
1991年8月―1992年8月:中国青少年研究中心主任兼中国青年政治学院党委員会副書記(その間、1992年3月至7月中共中央党校研修二班で学ぶ)。
1992年8月―1995年11月:国家土地管理局副局長・党組成員(1991年3月―1993年6月中共中央党校政治経済学専攻通信教育で学ぶ)。
1995年11月―1998年1月:浙江省省長助理。
1998年1月―1999年9月:浙江省副省長(その間、1999年3月―5月中共中央党校研修一班で学ぶ)。
1999年9月―2001年3月:海関〔税関〕総署副署長・党組成員・国家出入境検験検疫局局長・党組書記。
2001年3月―2008年3月:国家質量監督検験検疫総局局長・党組副書記。
2008年3月―:国家質量監督検験検疫総局局長・党組書記。
2008年9月22日:国務院国家工作人員が李長江の国家質量監督検験検疫総局局長辞任に同意(後任は国務院副秘書長の王勇)。
④中共第十六期・第十七期中央委員。

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