第53号 2009.07.19発行 by 中村 公省
    2008年中国の省レベル一人当たりGDP異聞
―日本経済新聞「ゼミナール」と『通商白書』2009年版への疑問―
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1.日本経済新聞経済教室「ゼミナール」(2009年7月1日)への疑問
 日本経済新聞の経済教室「ゼミナール」には教えられることが少なくないが、2009年7月1日付「台頭するアジア経済」⑧には面喰った。冒頭最上部のグラフ(図1)を一見するや異常を感じた。読者はどうであろうか。

図1
『日本経済新聞』2009年7月1日の記事
『日本経済新聞』2009年7月1日より

 左軸の目盛に注目されたい。
 中国が年率10%程度の経済成長をしており、しかも人口増が続いているのは、中学生でも知っている常識であろう。ところが、このグラフは中国の大部分の省の一人当たりGDPが年率15%以上の成長をしていることを示している。
 左軸の目盛最上部を見ると、中国の省レベル行政区で最も貧しい貴州省の一人当たりGDPが年率25%以上の成長をしているらしい。25%の成長が3年も続けば一人当たりGDPは倍増する。このグラフを描いた人は初等的算術も経済のイロハも知っていないのではないか。

 ゼミナール本文を読むと、さらに疑問が増す。
「通商白書によると、一人当たりGDPの推移で中国の市や省を比べてみると、内陸部の人口規模の大きい都市が3000ドルを超える時期に差し掛かっており、今後、国内消費が加速度的に増えることが予想されるという。」
 この一文は、「ゼミナール」の執筆者の見解ではなく、通商白書の受け売りであるが、言っていることがまるで分からない。「内陸部の人口規模の大きい都市」とは、いったいどこなのか。上記のグラフは中国31省・自治区・直轄市(一級行政区)レベルの比較であり都市レベルの比較ではない。内陸部の都市の数字などどこにも見当たらない。大都市レベルのGDPは別ものであり、中国主要40都市の一人当たりGDPは、とっくの昔に3000ドルを超えているである(『中国情報ハンドブック』各年版所収の「重要40都市の主要経済指標」を参照)。
 ともあれ、「台頭するアジア経済」⑧は常識を欠いた「ゼミナール」を行っている。21世紀総研矢吹晋ディレクターに「最近の若い記者は」と愚痴をもらしたら、「最近は中国のことを知らない記者が多いんでねえ」と応じた。
 そうこうするうちに、常識を欠いているのは経済記者ばかりではないことに気づいた。実は、先のグラフは日本経済新聞がオリジナルに作ったものではなく、『通商白書』2009年版から転用したものだったことが分かった。『通商白書』2009年版97ページ掲載のグラフ(第1-2-35図)を図2として、以下に掲げる。

図2
『通産白書』2009年版より  中国の省市別1人当たり名目GDP(2008年)のグラフ
『通産白書』2009年版より


 図1と図2のグラフはほとんど同じですね。
 日本経済新聞の経済教室「ゼミナール」は『通商白書』2009年版のグラフを盗用したのである。引用であることが明記してなければ、人様のものを自分のものとしたに等しく、これを著作権法上で「盗用」という。先に指摘した異常な左軸目盛がそっくり引き継がれていることが何よりの証拠である。
 間違ったグラフをオリジナルに描き、間違ったコメントを書き加えたのは『通商白書』の執筆者だったのである。
間違いはだれにでもある。21世紀総研編『中国情報ハンドブック』も毎年、大きな間違いを犯して頭を抱え、平身低頭して「お詫びと訂正」を発する破目に陥っている。『通商白書』2009年版も「お詫びと訂正」をすれば済むことと思う。
 『通商白書』を頭から信じて、盗用した日本経済新聞の経済教室「ゼミナール」執筆記者も深く反省し、読者に詫びるべきであろう。過ちて改めざる、是を過ちと謂う。
2.『通商白書』2009年版掲載の「中国の省市別一人当たり名目GDP(2008年)」を正す
 しかし私は懸念するのであるが、経済産業省の役人は「お詫びと訂正」を出さないのではないか。『通商白書』2009年版97ページ掲載の第1-2-35図は、一人の官庁エコノミストが描き、執筆集団全体で検討し、編集集団で考察し、多くの官僚の目を経て出来上がったものである。「おかみのやることに間違いはない」。
おかみが正さず、天下の日本経済新聞がまる写しにして流布しているのであるから、嘘も本当になる、間違いも真理となるかもしれない。
 21世紀総研が誤りを正すしかないか。
 私は、21世紀総研編『中国情報ハンドブック』2009年版の最終編集工程で急遽、思い立ち、『通商白書』2009年版掲載の「中国の省市別一人当たり名目GDP(2008年)」を正す作業を敢行した。図3がその結果である。

図3
『中国情報ハンドブック』2009年版より 省市自治区の1人当たり名目GDP(2008年)のグラフ
『中国情報ハンドブック』2009年版より


 以下、図3「31省市自治区の一人当たりGDP(2008年)」について、若干の補足をしておく。
(1) 作図の手法は同じだがデータはアップデートした。
 X軸、Y軸とバブルグラフの手法は、『通商白書』2009年版第1-2-35図の手法をそのまま踏襲した。データはすべて2008年にアップデートした。その結果、Y軸と(縦主軸)の目盛りが大きく変わった。
 『通商白書』2009年版のグラフに記入された大きな矢印の右側の「人口規模の大きな都市が今後3000ドルを超える」というコメントはタワゴトである。悔い改めそうもない経済産業省エコノミストのために、「人口規模の大きな都市」の2008年一人当たりGDPを一覧表にしておく(表1)。

表1
 重要39都市の一人当たりGDP(2008年)
都市 元ベース 米㌦ベース
北京 63,029 9,075
天津 55,473 7,987
石家荘 29,368 4,229
太原 42,378 6,102
瀋陽 54,106 7,791
大連 63,198 9,099
ハルビン 29,012 4,177
上海 73,124 10,529
南京 50,327 7,246
蘇州 106,547 15,341
無錫 73,053 10,689
南通 35,040 5,045
杭州 70,832 10,199
寧波 69,997 10,079
合肥 34,482 4,965
福州 33,615 4,840
厦門 62,651 9,017
南昌 36,105 5,199
済南 45,724 6,584
青島 58,251 8,387
煙台 49,012 7,171
鄭州 40,617 5,848
武漢 47,526 6,843
長沙 45,765 6,590
広州 80,690 11,618
深圳 89,814 13,153
東莞 53,285 7,672
仏山 72,975 10,507
汕頭 19,384 2,791
珠海 67,951 9,733
南寧 19,142 2,756
海口 24,815 3,573
重慶 18,025 2,595
成都 30,855 4,443
貴陽 20,638 2,972
昆明 25,826 3,719
西安 26,259 3,781
銀川 31,436 4,526
ウルムチ 38,776 5,583
(資料)21世紀総研編『中国情報ハンドブック』2009年版


(2)グラフ解読用の補助線を変更した。
 『通商白書』2009年版第1-2-35図には、3000ドルの縦補助線が引かれている。3000ドルとは何を意味しているのか。
 日本経済新聞の経済教室「ゼミナール」を先に引用したが、『通商白書』2009年版を正確に引用してみよう。

 「2008年に中国の1人当たりGDPは3,000ドルに達し、今後、自動車や家電等の耐久消費財の消費が活発化する可能性が高いと考えられる。我が国も高度成長期の1970年代に1人当たりGDPが3,000ドルを超え、自動車や家電等の消費が活発化した。ある国や地域の1人当たりGDPが3,000ドルを超えると、都市化や工業化の速度が高まり、住民の消費行動の特徴や行為にも大きな変化があらわれ、これは中国の成長維持、内需拡大、構造調整にとって有利だとの見方66もある(第1-2-3-35 図)。」

 「との見方もある」という歯切れの悪さはどうしたことであろう。注番号66を参照してみると、こうある。

 「中国国家統計局元局長の3月6日全国政治協商会議での記者会見。」
 元局長とは李徳水のことである。彼は記者会見で、「国際的な経験を見てみると、ひとつの国や地域の一人当たりのGDPが3000ドルを超えると、都市化や工業化の速度が高まり、住民消費のタイプや行為にも大きな変化があらわれる」と語っているが、何の論拠も示していない(http://j.peopledaily.com.cn/94476/6608519.html)。
 思えば、一人当たり1000ドルを超えたときにも、2000ドルを超えたときにも、同じ言い草が中国の内外で流布したものだ。これはマスコミの常套句なのである。


 「と言われている」と日本経済新聞の経済教室「ゼミナール」記者は『通商白書』に責任を転嫁して、経済産業省エリートは中国国家統計局元局長に論拠を放り、当の元局長のは「随便談談」である。つまるところ、ニュースつくりのための、人の気を引く宣伝論法である。こうしたあやふやな尺度を使って、目玉の「中間所得層」市場の分析・提言を行った『通商白書』2009年版については改めて論究することにして先を急ごう。
 われわれの補助線は、世界銀行が用意している世界の一人当たり国民総所得(GNI)による。世界銀行では長らく世界の経済圏を低所得、中所得(下位、上位)、高所得に分類している。2007年データに基づく2009年版分類は、①低所得=935ドル以下、②下位中所得=936ドル以上3705ドル以下、③上位中所得=3706ドル以上1万1455ドル以下、④高所得=1万1456ドル以上である(World Bank Indicators 2009)。
 この2009年世界銀行GNI分類を中国の省レベルに適用したものが、21世紀総研の図3「31省市自治区の一人当たりGDP(2008年)」である。
3.「31省市自治区の一人当たりGDP(2008年)」から読み取れること

 図から何を読むかは、読み手の勝手で問題意識いかんだが、図の作り手が読んでいる一般的なことを提示しておいても無駄にはなるまい。
(1)2000年に計画した一人当たりGDP倍増計画は2年繰り上げ達成された。
 全国レベルで見て、GDPは2000年を100とする実質指数で2008年は217であり、8年間で倍増した。その間の年率成長率は10.2%であった。一人当たりGDPは人口増があるから当然GDPより成長がゆるいが、2000年を100とする実質指数でみると2008年は207である。2000年に計画した一人当たりGDP倍増計画は2年繰り上げ達成された。改革開放の始まった1978年から30年間で一人当たりGDPは11.9倍、すなわち約12倍になった。また、1990年を起点とすれば2008年は5.0倍である。
(2)中国の省レベルの一人当たりGDPがすべて低所得レベルを脱した。
 2007年には貴州省1省のみが低所得レベルにあったが、2008年にはその貴州省も8,824元=1,271ドルとなり、低所得レベルを脱した。これは画期的なことと言っていいだろう。
 ここまでに至る経緯は『中国情報ハンドブック』各年版所収の第Ⅳ部2-C に図示し続けてあるので参照されたい。
(3)西部、中部、東北の大部分の省市自治区は下位中所得レベルにある。
 西部、中部、東北のうち内蒙古自治区のみは、すでに上位中所得レベルにある(32,214元=4,638ドル)。陝西省と新疆ウイグル自治区は全国平均レベル(3,268ドル)を超えて、上位中所得レベルをうかがう位置にある。
(4)東部の大部分の省市は上位中所得のレベルにあり、先進地区は高所得レベルをうかがう位置にある。
 河北省、海南省を除く東部の10省市は上位中所得のレベルにある。そのうち上海は1万ドルを凌駕しており(73,124元=10,529ドル)、本年中にも高所得入りするであろう。上海に続いているのは、北京(63,029元=9,075ドル)、天津(55,473元=7,987ドル)である。

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