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     第4号 2004.8.6発行 by 藤野 彰
    ケ小平同志誕辰100周年 <目次>へ戻る
 中国はいまちょっとした“ケ小平ブーム”に沸いている。8月22日が改革・開放の総設計師、ケ小平の生誕百周年だからだ。新聞、テレビ、出版、映画などの世界では“ケ小平同志誕辰100周年”と銘打った特集、特番、記念出版・制作が目白押しである。ケ小平が文化大革命中に妻や義母と一緒に下放させられていた江西省新建県での日々を描いた連続テレビドラマも制作に入った。このころの状況は、三女、ケ榕(毛毛)の書いた伝記や関係者の回想録などでおおよそ明らかになっているが、ケ小平「失意の時代」がいよいよドラマ化されるということは、諸々の政治的タブーを超えてもはや歴史になったのか、との思いを抱かせる。もっとも、昔の話だから何もかもオープンになり、現場であれ関係者であれ、自由に取材させてもらえるかというと、実際の事情はまったく異なり、相変わらず制約が多いのだが……。
  
ケ小平
http://cyc7.cycnet.com:8091/leaders/dxp より
 
 さて、中国では主要な元指導者の生誕○○周年といった場合には、党中央の音頭取りで数々の記念出版が行われるのが常である。ケ小平生誕百周年がらみの記念出版はさすがに豪華で、「重点図書目録」だけでも百点を数える。北京の大型書店には早々とケ小平コーナーが設置され、関連本が所狭しと並べられている。資料的価値の乏しい駄本も少なくないが、個人的に発売日を待ち焦がれていた本があった。中共中央文献研究室編『ケ小平年譜(1975−1977)』(上下巻)(中央文献出版社)である。
 周知のように、中共中央文献研究室の編集による公式の指導者年譜には、それまで未公開だった談話や動静記録がかなり収録されており、その出版自体が一種の「情報公開」を意味している。もちろんすでに公開済みの情報がたくさん入っているので、何がニュースかは、過去に公刊された資料、文献といちいち照合しながら判断しなければならない。時間はかかるものの、河原の石と石の間に隠れているかもしれない玉を探すようなもので、それなりに楽しい作業である。
  『ケ小平年譜』は、入手後、真っ先に1989年の天安門事件前後の記録を調べた。初公開の談話、動静記録がいくつかあったが、目を引いたのは5月20日の記述だった。「午前、自宅で陳雲、李先念、彭真、楊尚昆、王震、李鵬、姚依林、宋平らと会議。江沢民を中共中央総書記に任命するよう提議する」。主語は省かれているが、言うまでもなくケ小平である(ちなみに、1998年に発行された、ケ小平の初の年譜、中共中央文献研究室編『ケ小平思想年譜』には89年5月20日の項目はない)。
 これを読んで、すぐ思い出したのは2000年に出版された『陳雲年譜』の、同じ89年5月20日の記述だった。「ケ小平宅を訪れ会議」としか書いてなかったが、北京戒厳令布告当日に、保守派重鎮の陳雲がわざわざケ小平宅まで行って会談した事実に注目し、同書発行当時、「会議はポスト趙紫陽を協議する、長老らの『党最高首脳会議』だったと見られる」との記事を書いた(『読売新聞』2000年6月25日)。
 『ケ小平年譜』で新たに判明したのは、@李先念ら他の主だった長老たちも出席A政治局常務委員会から保守派の李鵬、姚依林が出席B民主化運動に同情的で、失脚することになる趙紫陽、胡啓立は欠席(呼ばれなかったと推測される)C政治局員兼組織部長で、天安門事件後、政治局常務委員に昇格する宋平が出席C席上、ケ小平が江沢民の次期総書記就任を提議――の四点だ。これらのデータから導き出されるのは、この時の会議が間違いなく「党最高首脳会議」で、総書記人事を協議したこと、そしてケ小平が直々に江沢民を指名したこと、である(参考記事『読売新聞』2004年8月2日)。
 『年譜』には、江沢民の総書記任命についてケ小平が「提議」したとしか書いていないが、総書記人事はこの会議の場で事実上内定したと理解できる。なぜなら、ケ小平が人事案をただ提議しただけで、他の出席者からは異なる人事案(例えば李鵬の総書記昇格など)が出されて討議が紛糾したと仮定するならば、党の公式年譜にわざわざ「江沢民を中共中央総書記に任命するよう提議する」と記すはずがないからだ。当時、党指導部はただでさえ民主化運動への対応を巡って分裂していたわけで、そうした危機的な状況下、ケ小平の「提議」は大局を決する重みを持つものだったと判断するのが妥当だろう。
 共産党の情報公開はカメの歩みのようにのろのろとではあるが、一応は前進している。公式確認された情報のかけらをひとつひとつ組み合わせるジグソーパズルを厭わなければ、「竹のカーテン」の向こう側がおぼろげながら見えてくることもある。2005年は陳雲生誕百周年、2007年は楊尚昆生誕百周年である。情報公開の扉がさらに開いていくことを期待したい。

参考リンク
  新華社「1904-2004 記念ケ小平誕辰100周年」
  http://news.xinhuanet.com/newscenter/2004-08/02/content_1693819.htm

 
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