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     第6号 2004.10.12発行 by 藤野 彰
    胡錦濤同志為総書記的党中央 <目次>へ戻る
 胡錦濤総書記は、果たして、まだ中国共産党の「核心」ではないのだろうか?「胡錦濤同志を総書記とする党中央」。共産党が公式文書や指導者演説の中で胡錦濤に言及する際、必ず用いるお決まりの――それ自体は当たり前すぎて面白くも何ともない――言葉である。第16回党大会で胡錦濤が総書記に就任してから定着した政治用語であるが、前任者の江沢民の場合はずっと「江沢民同志為核心的党中央(江沢民同志を核心とする党中央)」との表現が用いられてきた。ところが、今年9月の党第16期中央委員会第4回総会(4中総会)で、江沢民から中央軍事委員会主席のポストを譲り受けた胡錦濤の位置付けについて、党の公式の発表や報道ではいまだに「核心」との言葉が使われておらず、江沢民の軍権掌握時との相違を浮き彫りにしている。

江沢民の軍委主席辞任願
http://www.jscourt.gov.cn より

 江沢民の場合、ケ小平が1989年9月4日付で政治局に送った軍事委主席辞任願の中で「江沢民同志為首的領導核心(江沢民同志をリーダーとする指導核心)」との表現を使用。これに続いて、江沢民が同11月の第13期中央委員会第5回総会で軍事委主席に選出された時には、すでに「江沢民同志を核心とする党中央」との表現が定着していた。これは、同6月の天安門事件後、政権安定を第一に考えたケ小平が「いかなる指導グループにも核心が必要だ。核心のない指導は当てにならない。第一世代指導グループの核心は毛沢東主席、第二世代は実際上、私が核心だった。第三世代の指導グループにも必ず核心がいなければならない。すなわち、今みなさんが同意した江沢民同志だ」と指示した結果だった(6月16日、江沢民、李鵬、喬石、姚依林、宋平ら指導幹部を集めて行った講話)。
 胡錦濤が総書記、国家主席に就任した後、「核心」と形容されてこなかったのは、権力の究極の基盤である軍権を掌握していないのが主要な理由ではないかと見られてきた。つまり、16回党大会後も江沢民が軍事委主席に居座ったため、中国指導部は事実上の二重権力状態となり、胡錦濤を「核心」と位置付けるのは時期尚早と判断されたのではないか、という観測である。従って、江沢民の完全引退と胡錦濤の軍権掌握により、「胡錦濤同志を核心とする党中央」との表現がいよいよ登場するかと注目していたのだが、9月19日の4中総会コミュニケは引き続き「総書記とする」との表現を踏襲、江沢民も辞任あいさつの中で胡錦濤について「核心」との言葉を用いなかった。9月30日の建国55周年レセプションにおける温家宝演説もこれまでの表現を繰り返すにとどまった。
 ケ小平の指示に基づけば、「第四世代の指導グループにも必ず核心がいなければならない」はずで、第四世代の代表である胡錦濤が党・国家・軍の三権を握り、文字通り「中国の顔」となった現在、「胡錦濤同志を核心とする党中央」との表現が出てきてもおかしくない。江沢民が退いたからには、誰にも異論がないはずだ。にもかかわらず、江沢民に使われた「核心」という言葉が、胡錦濤にはなぜ使われないのか。どんな政治的理由があるのか。今後も「総書記とする」との言い方に変化はないのか。以下、想定される状況をいくつか並べてみた。

@ 江沢民の総書記抜てきは、天安門事件直前の政治混乱の中、ケ小平の鶴の一声により緊急避難的に決定された。分裂した党内を、上からの強力な圧力でまとめていくには、無理をしてでも江沢民を「核心」に祭り上げる必要があった。「江沢民同志を核心とする党中央」は当時の特殊な権力状況から生まれた政治用語であり、“平時”に権力を継承した胡錦濤にはそのまま適用されない。
A 胡錦濤の政治スタイルは、目立ちたがり屋の江沢民が毛沢東、ケ小平と肩を並べようと背伸びしたのに比べると、かなり色合いが異なる。どちらかというと、自然体の実務型で気張ったところがなく、自らが突出しないよう慎重に行動している。いわば、集団指導重視型と見ることができ、あえて自らを「核心」と形容することを避けている。
B 16回党大会後の2年間は半引退の江沢民が一方の権力を握っていたため、胡錦濤を「核心」とすることについて党内のコンセンサスができなかった。胡錦濤自身も江沢民への遠慮があり、「核心」と称するのをはばかった。ただ、権力継承が完了した(国家軍事委主席継承は来春になる)以上、いずれタイミングを見て、「核心」へと移行する。

 いずれにせよ、共産党の言葉選びは厳格である。ほんの数文字の言葉であれ、そこには重大な政治的意味が込められていることがある。胡錦濤政権の今後の性格を占う上で、「胡錦濤同志を総書記とする党中央」か「胡錦濤同志を核心とする党中央」かは、なお注視していく必要がある。
 
 蛇足をひとつ。胡錦濤が江沢民を「当代の共産党人の主要な代表」と形容した(8月22日のケ小平生誕百周年記念演説)ことについて、一部メディアは「江沢民がなお事実上の最高指導者だとの見解を示唆した」と解釈しているが、この場合の「当代」とは「今現在」のことではなく、89年の13期5中総会後の十数年間を指していると見るべきだ。「事実上の最高指導者」うんぬんということではなく、胡錦濤は前任者に「敬意」を表しつつ、事実を淡々と述べたに過ぎない。
 
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