中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第2号 2008.8.5発行 by 渡辺 浩平
    プロパガンダも分衆化 <目次>へ戻る
 6月20日、胡錦濤総書記は人民日報創刊60周年を記念し同社を訪問した。その際、人民日報のウェブサイト「人民網」で、フォーラム「強国論壇」のユーザーに直接かたりかけたのである。
写真:パソコンを見る胡錦涛
出所  http://politics.people.com.cn/GB/7406621.html
総書記@人民網
 人民網は、総書記の人民網訪問の記事を「総書記@人民網」というタイトルでまとめ、訪問1ヶ月後の7月20日に掲載した 1
 人民網は特集を組んだ目的を以下のように説明する。「一ヵ月後の今日、総書記の優しさや、真摯な答えを思い起こし、わが党が更に透明度を増し、開放された執政がなされていることを理解し、同時に多くの幹部がネットにちかづき、ネットの力で中国を前進させることを期待するからである」
 胡錦濤はいかなる「優しさ」や「真摯な答え」をしめしたのか。
 まず「ネットを見るか」というユーザーの問いに、胡は「見る」と答え、ユーザーの書き込みにも眼を通すとし、以下のようにつづける。「ネットユーザーから出された提言や意見をたいへん重視している。私たちは『以人為本(人を以って本となす)』『執政為民(民のための執政)』を提起しており、問題の発見、政策の決定・実施を行う際に、広く人民の意見を聞き、人民の智恵を集めねばならない。ネットを通じて民情を理解し、民の知恵を集約することは、その重要なチャネルである」。
 最後にこのように語る。「時間の関係で今日はさらなる交流ができないが、みなさんが我々に寄せる書き込みは丹念に読んでおり、検討している」と。
 人民網は、総書記とネットユーザーとの交流を歴史的なさきがけ(歴史先河)とした。中国の幹部は、海外メディアの取材はうけるが、国内メディアの単独取材をほとんどうけなかったという。それゆえ、総書記がネットユーザーと直接対話をはかったことは、画期的なことだとするのである。
 
中国の報道の自由に問題がある? それは誤解
 胡訪問の二週間後、活字メディアを所管する新聞出版總署署長の柳斌傑が強国論壇に登場した 2。胡の出演は22分間と短時間であったが、柳は中国のメディア改革の進捗について十分な時間を使ってのべた。柳は言う。改革開放政策が実施されたこの30年の間に、メディアの改革がおおいに進展した。今後は中国の出版業の改革の歩みを加速すべき、と。
 柳は新聞出版總署副署長の時代から踏み込んだ発言する人物だ。例えば、メディアの市場化がすすめば、編集を含めた最高意思決定機関は董事会となり、その董事会は株主からのチェックをうけるといった趣旨のことをのべていた。
 中国では現在、メディアの市場化・産業化がすすめられている。中国共産党にとって頭の痛い問題は、党のメディア管理をどう維持するかということだ。そのために、新聞社を、党機関紙を冠とするメディアグループに再編し、党機関紙には党の「喉と舌(代弁者)」としての機能をもたせ、傘下の商業紙は営利部門として金を稼がせるという分業体制をつくりあげてきた。
 メディアの株式が上場される際は、広告や発行などの経営部門と編集部門を分けて、経営部門のみ上場をおこなうという便法がとられてきた。そのようにして、編集権への資本の介入をはばんできたのである。
 現在メディアの編集権は、その媒体の党委員会が握っている。仮にメディアを市場化し株式公開をすれば、経営を統括する董事会が編集にも口を出しかねない。柳はそれもよしとする発言をしていたのである。
 昨年末より、出版業の編集部門を含めたメディアの株式上場が認められるようになった。柳がかねてから語っていた、編集を含めた市場化がおしすすめられたのである。柳の発言はその流れを加速すべしというものである。
 出版業の改革とは、いくつかの出版社を統合し、株式上場を果たすことを意味する。WTOの加盟によって、メディア業界も漸次市場開放を行わねばならなくなった。今後、海外からメディア産業と資本の流入が見込まれ、国内メディア各社の体力向上をはからねばならない、そのための措置である。
 柳は、出版社を統合し、100億ドルの売上規模の出版グループをつくるべきと発言している。講談社、小学館の売上げが1500億円弱だから、それを超える出版社が中国に誕生するということだ。
 出版業の株式上場を含めたメディアの産業化については、今後もこのコラムで見ていく。今号は、6月20日の胡錦濤講話をどう読むかがテーマなので、その問題にしぼって書く。
 珍妙な発言もあった。柳は、「中国の報道の自由に問題があると考えるのは誤解だ」と答えている。
 中国において、党中央宣伝部がメディアを厳しく管理していることは周知の事実である。
 多くのユーザーはネットの論壇においても、検閲が行われていることを知っており、ユーザーは検閲をかいくぐろうとさまざまな努力を行っている 3。柳は、それらのことをわかった上で、事実と異なる発言をしている。しかし、ここまでハッキリと言われると、中国に表現の自由があるのではないかと勘違いをしてしまうネットユーザーもでてくるのかもしれない。
 
メディアの分衆化・対象化という新たな情勢
 胡も柳も強国論壇のユーザーに対して融和的だ。それは、ネットユーザーの意見が、政策決定にすくなからず影響をあたえる「輿論」となっているからとも言えるだろう。
 しかし、胡錦濤が人民日報社で行った講話を読むと、中国のメディアが、宣伝のための武器であるという原則に変化がないことがわかる。 
 胡は講話のなかで、これまで人民日報が党の宣伝機関として果たしてきた貢献をたたえ、そのうえで、今後の指針を五点あげている 4
 一番目が党性原則の堅持だ。つまり党の主張を民に知らしめる「喉と舌」の機能のことだ。二番目が「以人為本」という人本主義の堅持。さらには2003年SARSが蔓延する前に提出された生活と実際と民衆に接近するという「三貼近」の徹底である。つまりは、メディアが人々の暮らしに近い情報を提供しなければならないという親民主義が二番目の主張である。三番が改革とイノベーションの継続。四番目が、メディアの分衆化・対象化への対応。そして、五つ目がメディアの組織や人材の強化だ。
 四番目が新鮮だった。
 胡は言う。「輿論が多様化している現実から出発し、メディアの分衆化・対象化という新たな情勢を把握せねばならない」それは「党機関誌・紙や放送メディアを主流メディアとし、そこに都市メディアやネットといった資源を統合し、コンセプトを明確にし、特色を鮮明にし、機能を補完しあい、カバーエリアを広範にした輿論誘導の新たな枠組み(輿論引導新格局)をつくりあげねばならない」とするのである。都市メディアとは、1990年代半ばから陸続と誕生した「都市報」などの商業紙・誌をさしている。
 ネットについては以下のように語る。「インターネットは思想文化情報の集散地であり、輿論の拡声器であり、ネットを代表とする新興メディアの影響力を十分に認識せねばならない。ネットの建設・運用・管理を重視し、ネットを社会主義先進文化伝播の前線基地とし、さらには公共文化サービスの有効なプラットフォームとする。人々の精神生活の健康な発展を促す広大な空間とせねばならない」
 ここで主張されていることは、メディアが多様化した現在、宣伝(プロパガンダ)も分衆化・対象化が必要であり、ネットなどの新興メディアを有効活用すべきという主張である。そのように考えると、胡が人民網で語った「優しい、真摯な答え」も、違った意味に聞こえてくる。うるさがたのネットには、懐柔的・融和的に接するという姿勢だ。
 その姿勢は柳にも言えることだろう。
 
プロパガンダ戦術も進化?
 メディアの分衆化・対象化に対応したメディアの使い分け、つまりはターゲットにそくしたメディア戦略は、日本であれば誰でも知っていることだ。
 札幌のわが家のそばの事例を紹介しておこう。ここからはお笑いだ。
 最寄駅北24条は、かつて地下鉄南北線の終点であった。駅上にはバスターミナルがあり、そこから札幌北郊の住宅地行のバスが出る。居酒屋やパブ、スナックが入るビルが、駅の北側に広がっている。
 「北ススキノ」という異名が語るように、北24条には飲食店だけではなく、風俗店も少なからずある。わが娘が小学校時代、総合学習の職業体験でみならいをしたペットショップの二軒先には「うきうきさろん♪団地妻」などという店もある。
 音符マークが気になる看板のはす向かいには、サラリーマン金融のライトボックスが光をはなっている。
 風俗街のサラ金看板は、対象を鮮明にしたメディア・プレースメントの代表例だ。居酒屋でいっぱいひっかけ、見あげれば「うきうきさろん♪」。ふりむけばサラ金の無人契約機。給料前でふところはさびしいが、無人契約機で金を借りれば……、という心理的流れを見越したものだ。
 余談だが、飲食店街の中心には、なぜか24時間営業の駐車場があり、駐車場の横には「北24条飲食店マップ」なる飲み屋街の紹介地図がかかげられている。前任地の名古屋もそうだったが、街はずれの飲み屋街には、駐車スペースがあるということを、地方暮らしで知った。
 中国において1990年代まで、メディアは基本的に万民向けのものであった。農民と都市住民、平民と幹部は分衆化されてはいたが、現在のように性別、世代、所得をこまかく分けたメディアは存在していなかったし、双方向メディアであるネットはまだ普及していなかった。中間層をターゲットとした新聞が生まれたのは、1990年代後半になってからだ。さらに、貧富の格差や若い層へのネット普及が、メディアの分衆化・対象化をおしすすめていった。
 以前、山口文憲は、1980年代初頭の経済特区・深センへの訪問記の中で、資本主義香港と社会主義本土の間に、経済特区を置いた知恵を以下のような比喩でえがいた5
 「これは、以前ポルノ弾圧反対運動をしていた私の友人たちが考えついた戦術なのだが、まず胸毛と陰毛がひとつづきになった毛深い男を探してきて、この男の正面写真を数十枚のパネルにする。しかるのちに、一番目のパネルは胸だけを見せて、以下の部分は黒ベタにする。同様に、二番目はみぞおちまで、三番目はへそまでという具合にして、一寸きざみに露出させてゆけば、警察はさぞかし取締まりに困るだろうというのである」
 そして、「このアイディアを、北京でしゃべったやつがおそらくいるのではあるまいか」と。
 深センを胸毛と陰毛の中間の「グレーゾーン」にみたてた巧みなたとえだ。
 陰毛のメディア掲載が解禁となった今日、この胸毛陰毛作戦そのものは、過去、世の男性が「毛」にいかに執着をしていたかという事実と、ポルノ弾圧反対運動をかかげる勢力が公権力に果敢にたたかいをいどんでいたという史実をしめす昔語りでしかなくなってしまった。
 しかし、山口の類比は、経済特区という珍妙さと中国本土と香港が一国でありながら、二制度を保っているという不思議さ(胸毛も陰毛も同じ毛のはず)を十二分に語るエピソードとなっている。
 名文家・文憲氏のひそみにならうと、わがご近所の風俗街のサラ金看板で実践されているメディア戦略の常道を、隣国の総書記殿にひそかにご進講したアド・マン(あるいはウーマン)がいるのかもしれない……。
 中国共産党のプロパガンダ戦術も進化している―、のである。
 
 
 1 「総書記@人民網」『人民網』http://politics.people.com.cn/GB/1025/7533649.html、2008年7月20日
 2 「新聞出版總署署長柳斌傑做客人民網強国論壇」『人民網』
http://media.people.com.cn/GB/40699/7467550.html、2008年7月4日
 3 祁景瀅『中国のインターネットにおける対日言論分析』日本僑報社、2004年
 4 胡錦濤「在人民日報社考察時的報告」『人民日報』、2008年6月21日
 5 山口文憲『香港世界』筑摩書店、1984年

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