中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第3号 2008.9.8発行 by 渡辺 浩平
    五輪からみえるメディアの不思議 <目次>へ戻る
写真:オリンピックヘッド
 ついつい北京オリンピックを見てしまった。五輪を心待ちにしているという方ではない。開会式も録画予約をして寝た。北京で行われていなかったら、録画もしなかっただろう。
 新聞で日本人選手の活躍がカラー写真で紹介され、NHKがテーマソングを頻繁にながしはじめると、こちらも五輪気分となってくる。学校は休みにはいり、さほど忙しくなかったので、リモコンをつい五輪番組にあわせてしまう。特に球技の団体戦の決勝トーナメントに日本チームが残ったりすると、抑制がきかなくなってくるのはいつものことだ。
 アナウンサーの言葉や語気は普段だったら腹立たしくなるほど大仰なのだが、眼の前のアスリートの戦いぶりを見ると、違和感を持つことなく受け入れてしまい、時に涙腺もゆるんでくる。五輪観戦は、久方ぶりにあった友人との酒席で、杯が止まらなくなるのに似ている。
 日本人の私がそうなのだから、主催国である中国の人々は、ずいぶん熱くなったことと思う。51の金に100個のメダル。熱くならないほうがおかしい。
 「避運」などといって、交通や治安維持のための規制を嫌い、一時的に北京を逃れる人もかなりいたという。避運者のなかには外地でテレビを見ながら、あの熱狂を北京で味わいたかったと後悔した人も少なくなかったのではないか。
 「運」は「奥林匹克運動会(オリンピックゲーム、略称『奥運』)」の「運」。逆に五輪を北京で楽しむことを「受運」というそうだ。
 「避運」の音は「避妊」と同音。「運(奥運)」と「妊(妊娠)」。自分たちの暮らしをことのほか大切にする中国の都市部の若者にとって、五輪も妊娠もどちらも慶事に違いないが、自らの暮らしを制約するものでもあり、敬して遠ざける人もいるということか。
世界が賛嘆
 五輪を迎えるにあたって、出稼ぎ労働者や陳情者は北京から排除され、周囲に地対空ミサイルが配備された。バスに乗車する際には検問、街の辻々には、居民委員会のおばさん、おじさんが眼を光らせる。乗用車は制限され、五輪専用レーンがつくられた。そのような厳しい管理により、五輪の運営は極めて順調で、新記録ラッシュが生まれたこともあって、大成功とする声も多い。
 2008年の北京五輪が世界にとって、そして、中国にとっていかなる意味をもったのか、軽々に判断できることではない。ひきつづきかの国の状況を観察しながら結論をだすしかしかたがないだろう。私が観察対象とするメディアについて、一点だけ記しておきたい。五輪を伝えるメディアのありようについてだ。
 中国のマスメディアは当然、五輪に美辞麗句をつかい賛辞をおくる。人民日報本紙で見てみよう。開幕式(8月8日)の朝、人民日報の社説(「同一個世界、同一個夢想)は、以下のようにはじまる。
 「今夜、五星紅旗と五輪旗が国家体育場にゆっくりと掲揚され、五輪の壮大な一章に新たなページが開かれた。今夜、五輪歌が数万の観客の見守るなか悠揚と奏でられ、五輪の理想は、古い歴史を持つ中華の大地にときはなたれた。今夜、第29回オリンピックの聖火が北京の星空にともり、人類文明の長い河が東方から流れ出た泉の水流に注ぐのである 1
 「今夜」を冒頭におき語調の整えられた三つの文章は、「五星紅旗」からはじまり、「東方から流れ出た泉の水流」で終わる。オリンピックが「古い歴史を持つ中華の大地」「東方の沃土」にやってきたという高揚感をうたいあげる。
 同社説にも述べられているが、一世紀前の1908年、「中国でいつ五輪が開催できるのか」という言葉がとある知識人によって発せられてから、五輪は中国にとって夢であった。「同一個夢想(One dream)」の「夢想」には、この「100年の夢」という含意もあるのだということを、開幕式の日の社説をよんでおくればせながら知った。
 開幕後の中国メディアの過熱した報道は、語る必要はないだろう。感嘆・賛辞の嵐だった。当初、45個あたりを狙っていた金メダルを2 、予定を超えるペースで獲得できたのだから。五輪至上類例のない記録の達成、スムーズの試合進行とあいまって、中国メディアが賛辞をおくらないはずがない。
 外電も今回の五輪に賛嘆の声をあげていると伝える。人民日報本紙は、海外メディアの報道について、私が見た限り三本の記事を掲載する。
 一本目は8月11日。開幕式についてだ。海外メディアが、張芸謀が監督をした開幕式を「精美な視覚芸術」であり「世界が賛嘆」したと報じた3
 二本目は閉幕式の翌日。東京特派員の于青は、北京五輪について日本の報道は「高い評価」をあたえ、中国にとって「巨大な成功」であり、五輪は「民心を獲得した」と述べたとする4 。翌日も外電をつかった自賛記事は続いた 5。8月25日の日本の朝刊紙面を支配した、五輪の偽装演出を揶揄し、少数民族・社会不安・経済の行く末にマイナスの評価を与える冷ややかな空気とは180度異なる報道がなされていた。
 
「北朝鮮の監督に頼んだほうがふさわしかったのでは……」
写真:人海戦術
人海戦術
http://hi.baidu.com/362907286/album/item/91b80439beafefebb311c78f.html#IMG=f66f93d786948a3606088b8e
 開幕式の翌日、録画を見る前に、人民網にアクセスした。人民網は五輪仕様の華やかな画面に変わっていた。多くの動画がうめこまれ動きも遅い。強国論壇を見ると、トップに「五輪の開幕式の演出、みんなどう思う?一緒に点数をつけよう」というスレッドがたてられていた。時間は8月8日の20時36分06秒。開幕式がはじまって半時間ほどたった時刻だ。コメントが700本超ならんでいた。
 ざっとながめてゆくと、意外や否定的なコメントが眼につく。まずトップがこうだ。「なんだってんだ、わけがわからない」、演出が理解できないというのだろう。
 「浪費」「失望」「華やかだけど実がない」「視覚汚染」「至極一般的」……。
 上記のものは「至極一般的」なコメントで、あまり批評性はない。
 「とっても中国、とっても張芸謀、とっても社会主義」
 「一点も大国の気概がない」
 「超級『人海芸術』の開幕式」時代がかったマスゲーム(人海芸術)を批判するコメントはほかにもあったが、以下のものが最も辛辣だった。
 「個人的な感想だが、北朝鮮の監督に頼んだほうがふさわしかったのでは……」
 三点リーダーが効いている。

写真:人海戦術
人海戦術
http://hi.baidu.com/362907286/album/item/641e968a9afebccafc1f10ba.html

 
 
 ただ、張芸謀を弁護すると、このような批判は彼にとっては折込済みだろう。マスゲームは、欧米人の眼には個のない集団主義にうつる。同時に、オリエンタリズムを強調する記号であることもハリウッドを知る張であったら百も承知だ。そのような中国への錯綜した視線を十二分に意識して、張は開幕式を演出したと考える。
 社会性のあるものも多数あった。
 「農民がいない」「五輪は9億の農民と無関係なのか」
 「学校に行けない多くの子供がいることを張芸謀は知らないのか」
 都会の育ちのよさそうな子を多くつかった演出への違和感は、後に明らかになる「口パク」にもつながる指摘だ。
 以下のようなまっとうな意見もあった。
 「中国はいまなお発展途上国であり、人々の暮らしもきびしい。なぜあのようにたくさんのお金をつかい、あのように豪華な競技場を建設し、あのように華美な演出をするのか。これが『科学的発展観』にふさわしいといえるのか?」
 上記のコメントは「農民不在」とも結びついている。
 開幕式の株式下落も話題となった。
 「感想はといえば、とっても『緑』で、とっても健康的、まるで8月の株式のように『緑』で、同じように健康的だ」
 「緑」は環境保全、持続可能な発展につながり、まさに健全であることの代名詞だ。今回の五輪を中国政府は「緑色五輪」と位置づけていた。下落する株価へのあてこすりだ。
 株式と関連づけた書き込みでは以下のようなものもあった。
 「申し訳ない。株が大幅下落し、『五輪』を見る気になれない」
 このコメントの五輪の中国語は「奥運」ではなく、「奥暈」という文字をつかっていた。「暈」は「運」の同音の声調違い。つまり、株式が下がって、眩暈(めまい)がしたというのである。先の「避運」も含めて、五輪関連の新語をあつめたらさぞや面白いだろう。
 否定的なコメントは多数派ではない。マイナス意見に異議を述べる肯定派・称賛派の書き込みも多くあった。
 「私は良いと思うが、なぜネットユーザーはこんなに厳しいのだ」
 「中国を醜悪化する奴は地獄に落ちろ。俺は(私は)100点をつける」
 
面妖な関係
 このような批評はどこの国にもあるものだ。感情を吐露できるようになった(むろん、制約はかなりあるが)ことは、中国にとってよいことだし、中国社会の変化をあらわす一例だとも言える。
 言うまでもないが、五輪開幕式への批評が強国論壇にすべて掲出されているわけではない。「ウェブマスター、どうして反対意見を載せないのだ」というコメントに象徴されるように、否定的意見はかなりの数が削除されている、と想像される。
 問題は、前回書いた6月20日の胡錦涛の強国論壇での発言だ。みなさんの発言を読み、重視している、と胡は言う。
 政権支持率の世論調査も、国家政策の検証報道も、社会的不正の調査報道も許されないこの国で、責任をともなわない無署名書き込みを、一国の首脳が重視すると語る不思議。ネット世論を戦略的にとりこむためのパフォーマンスなのではあろうが。
 さらに、そのような声が人民日報本紙にいささかもあらわれないというこれまた不可思議。言うまでもなく、強国論壇を運営する人民網は、人民日報傘下の企業だ。同じ社内のメディアに併存する、斜にかまえたコメントと鼻白む自画自賛。そして、ネットユーザーの声に耳を傾けるとしれっと語るトップ。
 中国共産党・中華人民共和国、そしてメディアとオーディエンスの面妖な関係がそこにある。これが、2008年現在の中国のメディアのおかれたありようだ。
 
 1 「同一個世界、同一個夢想」『人民日報』2008年8月8日
 2 「中国瞄準45金争天下第一」『亜洲週刊』2008年8月3日
 3 「海外媒体称賛北京奥運会開幕式令世界傾倒」『人民日報』8月11日
 4 「外国媒体盛賛北京奥運会」『人民日報』2008年8月25日
 5 「外国媒体盛賛北京奥運会」『人民日報』2008年8月26日

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