中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第4号 2008.10.03発行 by 渡辺 浩平
    粉ミルク事件とメディア <目次>へ戻る
  9月11日、衛生部新聞弁公室は「三鹿ブランドの粉ミルクが汚染されている疑いがあり、国務院の関係部門が現在調査中である」とする通知をだした。甘粛省などで発生した乳児の腎結石は、粉ミルクに混入されたメラミンによるものであり、メーカーの三鹿集団(河北省石家荘市)は2008年8月6日以前に生産された粉ミルクをすべて回収することを決めたという。さらに、衛生部より世界保健機関(WHO)と関係国にもその旨通知したとする。
 三鹿の粉ミルクについては、本年3月に消費者からのクレームやネットの書き込みがあり、7月段階で甘粛省の衛生部門は乳児の泌尿器系の疾患の多発を把握していた。衛生部通知の数日前から、メディアは乳児の腎結石と三鹿の粉ミルクとの関係を示唆する報道を行っていた。衛生部の発表は遅きに失したものだった。
ひと月遅れたリコール
 通知のなかの8月6日とは何か? それ以降の製品の回収を指示しなかったということは、8月6日以降に生産された粉ミルクにメラミンは含まれていないということだ。つまり、8月6日段階で三鹿はメラミン混入を把握していたこととなる。では、なぜ事件の発表にひと月を超える時間がかかったのか。その答えは、衛生部通知の4日後の9月15日に、中国から遠く離れたニュージーランドから伝わってきた。
 ニュージーランドの乳業会社フォンテラ(中国名:恒天然Fonterra)は三鹿の株式43%を保有していた。8月2日、中国に常駐するフォンテラの社員は、三鹿の粉ミルクがメラミンに汚染されていることを知る。ただちに、三鹿側に製品の回収をもとめた。しかし、マジョリティーを握っていないフォンテラの主張は却下される。フォンテラの在中スタッフは、石家荘市と中国のニュージーランド大使館に本件を報告。ニュージーランド大使館は石家荘政府に働きかけるが、製品リコールの訴えは退けられるのである。つまりは、石家荘市と三鹿がメラミン粉ミルクの公表をしぶり、三鹿は隠密裏に処理すべく汚染粉ミルクの生産を停止したのである。
 フォンテラは本社を通じてニュージーランド政府に直訴。ヘレン・クラーク首相が本件を知ったのは9月5日、ただちに外交ルートを通じて中国政府に働きかけ、9月11日の衛生部の公表にいたった。
 9月15日、クラーク総理は「フォンテラは早期のリコール実現のために努力したが、地方政府によって阻まれた」と語り、さらに「このスキャンダルがフォンテラの名声に影響をあたえないことを望む」とする。フォンテラは、ニュージーランド酪農公社が酪農組合と合併してできたニュージーランド最大の企業だ。彼女の懸念は、同社が「ニュージーランドではありえない」ことに関与し、それによって企業価値が低下することにあった。そのため中国に対して強い働きかけをおこなったのである。
 このニュースを私は法輪功のサイト大紀元で知った1。外交ルートによって事件が露見した事実は当然のことながら中国メディアは報じていない。人民網から、人民日報系列の新聞を検索してみたが、「ニュージーランド」に触れているのは、9月17日に外交部報道官の定例記者会見の席で、ニュージーランドからの情報を中央政府がいつ知ったのかという質問に、外交部の報道官が答えた時だけだ。
 香港誌・亜州週刊によれば9月14日からこの問題に対する報道規制が引かれたという2。新華社の記事を使えとするいつもの「統一配信」の指示である。ネットにおいても、新華社や人民日報などの中央のメディアの記事を転載し、この問題を「トップに掲げることなく、特集ページをつくってはなら」ず「政府がとっている処置や進捗状況、医療部門が幼児を積極的に助ける姿を重点的に報道せよ」という指示がくだったというのだ。さらに、「網絡評論員」というネット工作員が世論誘導を行っているという。
 
「中国政府に、食品の安全を監督する能力があるのか?」
 マスメディアでは報じられていないが、個人のブログでは「ひと月遅れのリコール」については触れられている。海豚氏のブログもその一つだ3。そこに掲載されたリンクからニュージーランドの新聞社の記事にたどりついた。
 フォンテラが事実を知ってからの経緯をおいつつ、海豚氏は言う。ニュージーランド政府がわれ関せずの態度をとっていたら、事件は明るみにでなかったであろう、とし以下のように文章をむすぶ。「お茶の問題で、中国人民を助けてくれたのはEUであった。歯磨きの問題で中国人民を助けてくれたのは米国政府だった。餃子問題で中国人民を助けてくれたのは日本政府だ。粉ミルク問題で中国人民を助けてくれたのはニュージーランド政府である。今度はどこの国がわれわれ中国人民の救世主となるのか? 中国食品の安全は自らの政府によって守られねばならない。中国人民の生命安全を外国政府にたのむわけにはいかない。中国政府に、食品の安全を監督する能力があるのか? いつになったら、有効な食品の安全管理が行われるのか?」
 もうひとつネット発の興味深い事象を書き留めておく。衛生部が三鹿と幼児の腎疾患の関係を認めた二日後、9月13日の午前、あるネットフォーラムに「三鹿集団への広報戦略提案」なる書き込みがあらわれた。北京涛瀾通略国際広告有限公司という広告会社が三鹿に対しておこなった危機管理のための提案なるものである。「提案」の日付は8月11日とあるので、三鹿が生産停止を指示した数日後のことである。
 提案は言う。現在は五輪期間中なので、政府はマイナス報道を規制しており、三鹿にとっては好機だ。よって以下の対策を講ずるべきだ。三鹿は、被害者の要求をすべて飲み、かわりに被害者に口外させないようにする。さらに、検索エンジンの「百度」に300万元の広告を出稿し、その見返りとして三鹿関連のマイナス報道を消去させる。つまりは、三鹿への不祥事もみ消し戦略の提案とおぼしきものが、ネットに流出したのである。
 書き込みが現れたのち、北京涛瀾通略国際広告有限公司はこのようなものはまったたくの捏造だと否定。しかし、「百度」は同社からの提案はあったが断わったと主張するのである。この書き込みの真偽のほどは私にはわからない。しかし、このようなものがネットに現れ、転載されていく現象は、現在の中国のメディア環境を考える上で興味深いものだ。9月14日のメディア統制の指示も、ネットにおける風評を抑える措置であるとも言える。
 事件を握りつぶそうとした石家荘市と三鹿、及びその後メラミン混入が露見した他の乳業メーカーに対する中国の人々の憤懣はやるかたないものであろう。その怒りを党中央に向かわせないために、中国政府は、事件に関係した幹部を逮捕し、役人を解任、人心の安寧につとめている。呉軍華の言う聖君を求める心理から生まれる「水戸黄門メンタリティー」を刺激する手法である4
 先の亜州週刊の記事を記者の張潔平はこう締めくくった。「民族ブランドが信用を失い、中国政府の信頼と五輪で築きあげた中国の国際イメージは地に落ちた。いったい誰が責任をとるのか? 国民の信頼感はそこなわれ、誰が責任をとるのか? 五輪年を待って誕生した乳幼児の健康を、誰が責任をとるのか?」
 メラミン問題により、中国が五輪でうちたてた国際イメージが大きくそこなわれたと感ずる人は少なくないだろう。乳幼児の命が奪われ、多くの子供が被害にあっている。公表がひと月前であれば、被害の拡大を少しでも抑えられたはずだ。海豚氏が言うようにニュージーランド政府が動かなければ、メラミン問題は闇から闇に葬り去られていたかもしれない。冷凍餃子問題のように。
 かつて日本にも森永の粉ミルクがヒ素に汚染され、多くの子供たちが被害を受けた。いまでも苦しみに堪えている被害者は少なくない。森永ヒ素は今回のメラミンミルクよりもはるかに甚大な被害をもたらした企業犯罪であった。しかし、今回の事件は、中国社会にそれ以上のインパクトを与えるのではないか。情報の透明度のわるさが、悪をはびこらせ、いかほどの社会的損失を引き起こすのか、人々に知らしめたからだ。
 
 
 1 「中共に『三鹿』粉ミルク問題伝えていた」大紀元2008年9月16日
http://jp.epochtimes.com/jp/2008/09/html/d19846.html  
「中国汚染ミルク事件、手を焼くニュージーランド乳業大手」大紀元2008年9月16日
http://jp.epochtimes.com/jp/2008/09/html/d59317.html
 2 「毒奶禍害中国公信力」『亜洲週刊』2008年9月28日
 3 http://wlcscience.blogbus.com/logs/29373204.html
 4 呉軍華『中国静かなる革命』日本経済新聞社、2008年

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