中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第5号 2008.11.06発行 by 渡辺 浩平
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  10月の半ばに、長沙と合肥に行った。今年度、財団法人放送文化基金から助成金をもらって、中国の地方テレビ局の調査をしている。なぜそのようなことをしているのか説明が必要だろう。
現在、中国の省・自治区・直轄市の省級テレビ局はすべて衛星放送チャンネルを持ち、全国放送を行っている。衛星チャンネル化はもともと難視聴地域解消のためであった。しかし、財政支援が漸次けずられているテレビ局が衛星チャンネルをもてば、全国の視聴率獲得に邁進することは至極当然だ。省外でも視聴率を稼ぐことができれば、ナショナルクライアントの広告がとれるからだ。
省級衛視のパイオニア
 そのため衛星チャンネルはコンセプト、視聴者層を明確にし、広告が出しやすい番組編成をしはじめた。若者向けの娯楽路線で成功したのが湖南衛視(湖南衛星チャンネル)だ。現在、湖南衛視は、北京、上海、広州の三大都市で視聴率トップ10に入っている。上位10チャンネルの内訳は、中央電視台の総合チャンネルやスポーツチャンネルに、北京であれば北京電視台、上海であれば東方電視台といったご当地のチャンネルが複数ならび、他省のテレビ局として唯一湖南衛視が入っているのが通例だ。中央電視台は複数チャンネルを衛星で流し、省級の地上波も複数ある。
 湖南がなぜ成功したのか。NHK放送文化研究所の山田賢一によると以下の通りだ。「広東省のすぐ北に位置する湖南省は、香港から比較的近いにもかかわらず香港のテレビ電波は届かなかったことから、経営に悪影響を及ぼすことはなく、香港のスタイルを取り入れた番組を発信するパイオニアになれた 1」。なお、広東省は香港のテレビ局が受信できることから、香港テレビが市場を席巻してしまった。
 湖南の成功を全国放送の中央電視台が指をくわえて見ていたわけではない。そのあたりの事情については、拙著『変わる中国 変わるメディア』(講談社、2008)の4章と5章で述べた。中国の地方テレビ局調査とは、湖南に続くテレビ局はどこか、他の省級衛視はいかなる戦略をもって全国の視聴者の耳目をひきつけようとしているのかをさぐるためのものだ。
 実は私は湖南テレビ局に行ったことがなかった。声を大にして言えることではないのだが、これまで私が書いた湖南テレビ論は、NHKの山田賢一氏と和賀正幸氏のレポートや中国の週刊誌の特集記事に基づいたものだった。今回はじめて念願がかなった。が、詳細は別の機会にゆずる。、今号では簡単に、安徽衛視を中心とした印象記を書く。
 
貧困省のソープオペラ
 なぜ安徽なのか。実は、安徽衛視が、全国的な視聴率調査で見ると、省級衛視として、湖南の次、ないし3位に位置するチャンネルなのである。湖南が若者向けのエンターテイメントならば、安徽衛視はドラマだ。それも、女性同士の葛藤を描くドロドロしたソープオペラが安徽衛視の得意とする番組である。
 私が合肥に行った時、夜のゴールデンタイムの「第一劇場」で放映されていたのは、「女はなぜ女を苦しめるのか」という租界上海を舞台とした正妻とお妾さんの愛憎劇だった。題名からおおよその筋は想像できるだろう。 安徽テレビが衛星放送を開始したのは1997年。当初は報道を中心とした総合チャンネルであったが、それでは他省で視聴率はとれない。02年に「電視劇大賣場(ドラママーケット)」というスローガンを掲げ、04年からは現行の「劇行天下(ドラマは天下に行く)」で全国市場を意識した路線を打ち出した。
 一億元を投じて北京に番組制作センターを設立したという資料で読んでいたので、ドラマはほとんどが自社製作であると思っていたが、なんとドラマの内製率は数パーセントとのこと。ほとんどのドラマは制作プロダクションから買っているというのである。
 数年前から民間の制作プロダクションが北京や上海などに多く誕生しており、「制播分離(制作と放送の分離)」と呼ばれる番組外注化が中国の放送業界でも進んでいるという話は聞いていた。しかし、自社の目玉番組までも制作プロダクションに外注しているとは想像していなかったのだ。自社製作(自産自銷)だと、駄作ができても放送せねばならない。制播分離であれば、仕上がり具合を見て買い付けの決定ができる。加えて、制作コストが大幅に削減できるのである。
 では、局は何をするのかと聞くと、言下に広告主へのサービスだという。その中身も、以前のようなデスクに座って仕事が来るのを待っているのではなく、広告主のところへ出向いて提案をするコンサルティング型サービスだというのである。番組制作は外注先にまかせ、広告主の意向を受けて、広告枠を決定し、さらにイベントやセールスプロモーションなどの諸活動を提案するのだそうだ。話を聞いた安徽テレビの副社長は「広告主との関係がもっとも大切」と言い切った。
 安徽衛星チャンネルの平日の編成は現在、大きく三つの枠に分けられる。一つが先のゴールデンタイムの「第一劇場」。これは、再放送ではなく「独播劇」と呼ばれる独占放送だ。ターゲットは都市部の勤労者。流れるCMも都市部のホワイトカラー層向けのものだ。平日の午前は「男性劇場」、午後は「女性劇場」と視聴者層をセグメントしている。私が合肥へ行った際に流れていた男性劇場は、「軍刀」という抗日戦争ものだった。なお、中国のドラマは、日本と異なり、周一ではなく、連日放映される。
 昼間のドラマは、引退したお年寄りが視聴者と思われるが、広告需要はあるのかと意地悪な質問をすると、同席していた広告部の主任が、昼間の番組の視聴者の中には農民も多く、それらの視聴者層の向けの広告の引き合いが少なくない、という答えがもどってきた。
 農民向けの番組とは、まったく考えていなかった。確かに、外資の消費財メーカーは数年前から農村向け商品の開発や販売に力を入れている。省級衛視が農村視聴者向けの番組編成を行うことは時代の要請なのであろう。
 しかし、副社長の話を聞きながら、不思議な感慨をもったことも事実だ。安徽は貧しい省だ。それは、副社長自身も幾度か触れていたことだ。安徽省の一人あたりのGDPは12015元、全国平均18934元よりもかなり低い。湖南も豊かではない(14405元)がそれよりも低い。北京は56044元、上海が65347元。安徽の一人あたりの経済レベルは、北京上海の2割である。安徽と同レベルの省をあげると、江西12562元、広西12408元、四川12893元、チベット12109元といった地名があがる 2
 中国で発禁となった『中国農民調査』 3で描かれる安徽の農村は、さまざまな課徴金が課せられ、救いようのない貧困のなかにある。そのような貧困省の省級テレビが、ソープオペラ路線をとり、農民購買層を意識した番組編成を組み「広告主第一」を掲げ、湖南衛星チャンネルに次ぐ視聴率を稼いでいる。いったいこれはいかなることなのか。
 
湖南の競合はネット?
 帰りがけ、上海で以前働いていた広告会社の現地法人に寄った。マーケティングを担当している知人と話している折、話がテレビに及んだ。若者が大型テレビを買う際、パソコンとの接続端子があることが必須だという。動画サイドでダウンロードをしたコンテンツを、家族や友人で見るためだという。
 数年前、北京の知り合いの家を訪ねた時、その家の20代前半の娘さんが、ジャニーズファンで、動画サイトから、日本の歌番組をせっせとDVDに落としていた。中国のネット上の知的財産のずさんな管理が、若い人々のマスメディア離れ、ネット依存を加速させているのである。
 そう考えると、若者路線の湖南テレビの競合は、むしろネットにあるのかもしれない。上海に駐在する元同僚(中国人)に安徽テレビに行ってきたと話すと、あんな田舎くさい番組ばかりを流している安徽テレビにブランド力はないのでは一蹴されたが、それは、孤島上海にいる人々の感覚なのではないかと思う。
 CNNICの調査でも明らかだが、非ネットユーザー10億人強(ネットユーザー2億5千万人、2008年7月)のメディア接触は、テレビが圧倒的で接触率も信頼度も高い。そのような意味で、安徽衛視の戦略のほうが、湖南衛視よりも中国の国情に合ったものと言えるかもしれない。
 これまで私は、「都市報」と都市住民、「フォーカスメディア」とホワイトカラーといった、小金をもった人々をセグメントするメディアを主に追っていた。北京や上海におけるメディア経営の要諦は、金をもったオーディエンスの囲い込みにあるからだ。
 10月12日に閉幕した三中全会では「都市と農村の二元構造による深層的矛盾の突出」が指摘され、農民の所得倍増がうたわれた。10月20日に発表された「農村の改革発展を進める若干の重大問題に関する決定」でも、農村における文化事業、教育事業の重要性が指摘されている。安徽電視台に行き、非ネットユーザーとメディア、農村とテレビという、これまで、意識してこなかった問題の重要性を考えさせられた。
 
 
 1 山田賢一「中国の“改革派”放送とメディア」『放送研究と調査』2006年3月号
 2 21世紀中国総研編『中国情報ハンドブック』390頁、蒼蒼社、2008年
 3 陳桂棣、春桃『中国農民調査』文藝春秋、2005年(原書:人民文学出版社、2004年)

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