中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第7号 2009.1.27発行 by 渡辺 浩平
    「皇民化の影」か「多元的民主社会の相貌」か <目次>へ戻る
 正月に帰省していた台湾の留学生から「海角七号」のDVDを貸してもらった。海角七号とは、昨年大ヒットした台湾映画、興行収益は5億台湾ドルとタイタニックに次ぐ歴代二位の成績を残したという。
 昨年の11月初旬に訪台した海峡両岸関係協会会長の陳雲林は「海角七号」を見て答礼宴の席で以下のように語っていた。「台湾の海はきれいだ、(舞台となった)恒春はきれいな街だ。私も一度行ってみたい」。前後して大陸の中国電影集団が12月から上映をすると発表した。
 しかしながら陳は、11月28日に行われた台湾関連の座談会で「海角七号は皇民化と関係しており、もし中国で放映したら、民族感情が高まり、中台の融和ムードに不利益だ」と語ったという。同時に、配給会社の中国電影集団は字幕などの技術的な問題で、正月上映は間に合わないと発表した。
「本土意識が足りない」
 その夜早速DVDを見た。正直なところいま一つ楽しめなかった。情感のこもるしっとりとしたシーンとドタバタとしたところが併存し、物語のなかにスッとはいってゆけないのだ。翌日、台湾の留学生に話しを聞くと、彼も「役者の演技もこなれておらず、あまり良い映画とは思わなかった」とのこと。そのことを、台湾の友達に話すと「おまえは『本土意識』が足りない」と怒られたという。友人の中には、海角七号を幾度も見た熱烈なファンもいるが、自分にはその気持ちがわからない、というのだ。
 巨費をつかった大作ではなく、監督が私財をなげうって撮った作品なので、1945年の引き上げ船が安手のCGだったり、役者の演技にシリアスさがなく、それが全体の緊張感を失わせていたりと、アラが目についてしまう。日本統治時代を愛惜をもってみるような空気がただよっており、陳が「皇民化の影」という言葉をつかったのもわからないではないと感じた。
 海角七号のあらすじはこうだ。舞台は二つ。ひとつが台湾光復の際の日本への引き上げ船。植民地台湾から離れる日本人の男性教師がいる。男性教師が、台湾に残る恋人・友子(台湾人)に書く恋文がナレーションとしてかさなる。船の中で書かれた恋文は七通。その恋文は、男性の存命中に投函されることはなかった。男性の死後、それを見つけた彼の娘が、かつての恋人・友子にその手紙を送る。宛先は恒春の「海角七号(岬七号)」。
 もうひとつの舞台は現代の台湾、南部の街・恒春だ。台北でロック歌手としての成功を夢見るが、夢かなわず失意のうちに故郷・恒春に戻ってきた青年。臨時に頼まれた郵便配達のバイトで、海角七号宛の郵便物を受け取るが、その住所はいまや存在しない。もてあました彼はその郵便を開封してしまう。
 恒春の街で、日本人の歌手(中耕介)がコンサートを開くこととなり、青年を含めた恒春の個性的な面々が集まって前座バンドが結成される。そのマネージャーについたのが、恒春を訪れていたトウのたったモデルの日本人女性・友子(現代日本人女性)だ。
 七通の恋文は友子(植民地時代の台湾人)に届けられるのか、にわかバンドは無事、前座をつとめられるのか…、というのが物語の前段だ。
 
多元的民主社会の相貌 
 DVDを見てから台湾での反響をネットで拾い読みした。陳雲林の内部での「皇民化の影」という発言に民進党の議員からは怒りの声があがっていた。中国大陸の官僚は言うこととやることが違う。北京に戻ると、掌をかえすように、前言をひるがえす。民進党議員ならずとも怒るのは当然だろう。ただ、陳もそのあたりはうわてで、答礼宴の席で映画そのものの批評はさけている。台湾の海と、恒春と、そして映画にでてくる地元のお酒を誉めているにすぎない。
 民進党の文化宣伝部主任は以下のように語る。「中国は文化や芸術という視点から映画を見ているのではない。政治の視点から厳格に粗暴に映画を審査しているにすぎない。それでは、台湾の多元的民主社会の相貌を理解することはできない
 国民党の議員は、たかが映画、目くじらをたてることではないと中台関係への配慮をにじませる。元国民党の党機関紙・中央日報(電子版)も以下のようにオピニオンを述べる。「現在、両岸関係は1949年の国共分裂以来最良の状態にあり、双方がそのことを重視している。もし、大陸に現在の状況を擁護する考えがあり、『海角七号』の上映が不適切だと考えるのであれば、それを責めるべきではない 」。
 文化宣伝部主任が語った「多元的民主社会の相貌」という言葉をあたまに入れてもう一度映画を見た。今度は印象が違った。映画は台湾南部の南国の空気に満ち、でてくる人々は、南部の本省人に、山地同胞(少数民族)、客家人、さらに中国語を話す日本人と、人種が混淆している。
 現代日本人女性・友子の描き方が面白い。にわかバンドのメンバーに、マネージャーとしていらだちをぶつけるばかりで、彼ら、彼女たちとしっかりとコミュニケーションをとろうとしない。だが、事務所の上司からの連絡(日本語)には、ヘーコラ口調で、バンドの仕上がりが良好だと、適当なことを言う。せっかちで、自分よりも下の立場の人間には何かと威圧的な態度をとる現代日本人への風刺がきいている。画面全体にただようザワザワとした空気が、学生の友人が言う「本土意識」という言葉と重なって見えた。
 
「復興中華」と「弘揚中華文明」 
 中央日報が言う通り、中台関係は昨年後半から良好だ。これは国民党政権の政権奪取による。陳雲林の訪台で、懸案であった三通がみのった。昨年11月下旬にはAPEC首脳会議で、胡錦濤総書記と連戦国民党名誉主席が会談し、両岸関係の友好的な発展が確認された。さらに、12月31日に行われた「『台湾同胞に告げる書』30周年記念座談会」で胡錦濤は、台湾に向けて配備されているミサイルの削減を示唆し、中台の軍事交流を通じた安全保障の相互信頼システムの検討にまで踏み込んだ。ついこの間まで、台湾の金門島と対岸の福建省では、朝な夕なにミサイルをうちあっていたことを考えると隔世の感がある。共産党と国民党による中台関係の政治と安全保障上の緊張緩和は、想像以上に早いスピードで進展するのかもしれない。
 胡は両岸関係発展の六つの提案の一つとして「中華文明の発揚」をあげる。「中華文明を発揚し、精神的紐帯を強める。両岸同胞が共同で中華文明の秀でた伝統を継承せねばならない」と。
 「弘揚中華文明(中華文明の発揚)」という言葉を聞いて、1980年に初めて行った台湾で、当時の台湾ビールのラベルに書かれていた「復興中華」というスローガンを思い出した。そのあとの言葉は「反攻大陸」だった。誰も心の中では不可能だと思っていたであろうが、その段になっても国民党は大陸奪回を掲げていたのだ。
 台湾ビールのラベルを見ながら、中華民国(台湾)の「中華」とは何か、それは、中華人民共和国が掲げる「中華」とは何が違うのかと考えてしまったことがある。前年の1979年に私ははじめて中国大陸を訪れていた。父の友人(台湾人)がご馳走してくれる台湾の中華料理は大陸と違い格段に美味だった。邱永漢の名著「食は広州にあり」「象牙の箸」を読めば、台湾出身の人々がいかに食に対して貪欲で、尋常ならざる執着心をもっているかがわかる。私の眼に映った「中華」の伝統は、食べ物だったが、それ以外も、大陸から渡ってきた外省人政権は、自らが中華を継承しているという気概をもっていた。そうであるがゆえに、台湾独自の文化には抑圧的に接し、中華の府が台北にあるという非常事態ゆえに、自由な言論も封殺されていた。
 しかし、1980年代後半に戒厳令解除が解除され、台湾に民主化がおこる。李登輝、陳水扁時代を経て台湾アイデンティティーが強まり、中華意識は希薄になった。大半の台湾の人々は「中華を復興する」ことに執心したいとは思わなくなった。胡が「中華文明の発揚」を掲げる意図はどこにあるのか。
 そんなことをつらつら考えていたら、中影集団が海角七号の上映を正式に発表したという。2月14日のバレンタインデーからだ。上映初日、北京の若い男女は、海角七号に「皇民化の影」を見るのか、あるいは、台湾の「多元的民主社会の相貌」を見るのか。もしかしたら、中国の若者は、そのような色眼鏡ではなく、ただただ台湾南部の愛すべき人々のドタバタに抱腹するだけかもしれないが。
 
 
  「称海角七号有皇民化遺毒 緑批陳雲海」『自由時報』電子版2008年12月1日
  「本報点評-陳雲林與海角七号」『中央日報』電子版2008年12月2日
  「紀念『告台湾同胞書』30周年座談会隆重挙行」『人民日報』2009年1月1日

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