中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第8号 2009.4.12発行 by 渡辺 浩平
    河蟹、AV、三里塚 <目次>へ戻る
 「河蟹」という言葉がはやっているという。「河蟹」の中国語は、胡錦濤がとなえる「和諧」の声調違いの同音。1月初旬からはじまったウェブサイトの閉鎖や削除を指して「『河蟹』されてしまった」といった使い方をするという。「和諧」も地に落ちた感がある。「河蟹」と敵対するのが「草泥馬」。「草泥馬」は架空の動物で、その音はかなり品の悪い罵語に近い。日中友好新聞に連載されている及川淳子さんのコラム「中国を読む関鍵詞第4回(09年4月5日号)」で、二つの言葉を知った。
 YOUTUBEに草泥馬のアニメ動画が掲載されている。草泥馬で検索すると、他にも香港のフェニックステレビなどの草泥馬関連のニュースがアップされていた。河蟹は党・政府といったお上、草泥馬は草の根のネットユーザーという位置づけのようだ。「草泥馬」の動画は140万ほどのアクセスを得たが、「『河蟹』されてしまった」という。
 「山寨新聞聯播」を知ったのはサーチナで連載が始まった内藤康さんのコラム「ネットの向こうの中国」でだ。「新聞聯播」とはご存じの通り、中央電視台の夜7時のネットワークニュース。それの「山寨(ニセモノ)」である。YOUTUBEに掲載されたくだんのニセモノニュースは「新聞聯播」と同じ音楽で始まり、タイトルバックも貧相ながら新聞聯播を似せている。キャスターはTシャツにネクタイをゆるく結んだクリエイターの胡戈だ。キャスター役の胡は神妙な面持ちでニュースを読み上げるが、そのニュースたるや、とある雑居部屋で大学生たちが「経済工作会議」を開いて、共同トイレの使い方について議論したなど、完全なおふざけ。トイレの混雑を緩和するために、証明書の番号を単数と複数に分けて入場を許可するなど、北京五輪の自動車規制を茶化す。全篇抱腹、ギャグのパワーは最盛期の天才バカボンなみだ。胡戈は陳凱歌の「プロミス」をパロッたショートフィルムで一躍有名になったクリエイターだ。
自作動画の投稿も禁止?
  しかし、「和諧」や政府の重要会議のパロディーはちょっとまずいんじゃないのと思っていたら、やっぱりきた。3月30日に広播電影電視總局からネットのコンテンツの管理強化の通知が出たのである。全五条からなる通知の一条では、掲載できないコンテンツが10項目あがっており、二条ではサイト管理者が削除すべきコンテンツが21項目明記されている。第二条第一項では「悪意に中華文明や歴史を歪曲する」内容が禁じられ、二項では「革命英雄のパロディー化」が禁止されている。さらに、性に関連する内容や自然災害のパロディー化なども削除対象。ということは、先の「草泥馬」やニセモノニュースもそのまま掲載され続ければ、管理者側の責任となるということだろう。
 第三条では、ウェブ管理者側に迅速なる対応を求め、四条においては、ドラマ(電視劇)放映に際しても放送部門が出す「許可証」を取得せねばならないとする。
 4月3日付の金融時報の記事によると、自作コンテンツも映像部門の許可が必要となると、動画共有サイト側にとって大きな打撃となり、中国のクリエイティブ産業の発展に脅威となる点が指摘されている
 中国の動画サイトには、版権をとっていない映画やドラマが掲載されていることはご存じの通り。しかしながら、広電總局の通知の眼目は、その文面を見るかぎり、知的財産の保護にあるよりも、動画サイトでアクセス数が伸びているパロディーやギャグ、エロ動画などを取り締まるほうに重点があるように見受けられる。
 さらに、4月6日の人民日報の報道によると、中央宣伝部は全国民を対象に「本を読め」とする読書促進キャンペーンをはるという。中国としては、1月以来「低俗」サイトを閉鎖し、若者を少しでもネットから引き離したいと苦心をしているようだ。

 
映像のインパクト 
 話は変わる。3月中旬に久方ぶりに広州へ行った。広東省のメディアの発展史を調べようとかねてから思っており、まずは下調べと北京、上海で用事を済ませたあとに広州に寄った。南方報業集団の「南方都市報」に対する圧力は近年ずっと続いているようだが、昨年から再び強化され、昨年末にはトップが更迭されるという異変が起こっていた。南方都市報の先進的な報道姿勢と、それを抑えようとする党中央宣伝部、広東省委との対立の歴史は、知り合いの記者の言を借りると「一晩や二晩で語りつくせるものではない」という。そのあたりの事情については、調べてから改めてご報告する。
 今日の話はもっと気楽なものだ。広州のとある大学のメディア専攻を訪ねた。そこの先生が、北京に住む知り合いのテレビ関係者の友人で、一度会っておきたい人物だった。仮に彼の名前をR氏とする。彼とメディア専攻の若い教員、それにR氏の元指導学生(女性)と私の4人で食事をした。
 元指導学生は、そのメディア専攻の修士課程を昨年修了し、現在テレビ局でインターンシップ中、まもなくアメリカの大学の博士課程に留学する。
 私が彼女と話をしていたら、教員2人から「AV」という言葉が聞こえた。「日本のアダルトビデオのこと?」とたずねるとそうだという返事。以前から中国で日本のアダルトビデオがどの程度普及しているのか興味があったので、そのことを問うと、「うちの男子学生100人に見たことがあるか聞いたら、99人があるってこたえるんじゃない」とR先生は言う。そして「そうだよね」と自分の元指導学生に同意を求める。
 彼女はちょっと困ったような顔をして「わからない」と首をかしげると、先生は「僕も嫌いではないし」とケロっとした顔。R先生のかもし出す雰囲気は、日本の映像関係者に通じるどこか軽みのあるもので、AVうんぬんの話をしてもあまりいやらしくない。そう感ずるのは、彼の風貌が、学生時代に京都でつきあいのあったボブディランの詞の訳者として著名な英文学者にそっくりだったからかもしれない。私の京都でのつきあいは、べ兵連だった叔父の知り合いで、アメリカのカウンターカルチャーの影響を受けた左派系の人々が多かった。R氏にはそのような空気があった。
 大学は広州郊外の新開地にある。そう書くと広州に明るい人はだいたいわかってしまうが、「ここはいつごろ開発されたのか」と聞くと、R氏は「日本の三里塚みたいなところだろ」と言う。三里塚という中国語の音が聞き取れず聞き返した。「成田空港の三里塚だよ」との補足の後、「三里塚」をとった小川紳介は中国のドキュメンタリー映画に大きな影響を与えたんだという話になった。
 彼によると、中国のドキュメンタリー映画の先駆者である呉文光は、小川紳介の弟子で、彼により小川のドキュメンタリー映画が中国にもたらされ、自分も強く心を動かされたというのだ。
 呉文光という名に思いあたる節があり、帰って調べてみたら「流浪北京」の作者だった。「流浪北京」は1990年に呉がとったドキュメンタリーで、北京に住むボヘミアン芸術家の日常を切り取ったビデオ作品、その後に始まる「新紀録片運動(新ドキュメンタリー映画運動)」のさきがけとなった作品だ。
 呉は1991年に、小川の提案ではじまった山形のドキュメンタリー映画祭に参加し、小川と会う。小川がガンで死ぬ前年だ。呉文光はその時、「三里塚」を含めた小川の作品をあずかり北京に戻る。R先生が見た小川作品はその時持ち帰られたものだ。
 呉文光については、1993年と94年の二度にわたりNHKが彼を主人公にして番組をつくっている。その後も山形のドキュメンタリー映画祭に参加しているそうなので、ドキュメンタリー映画に明るい方はご存知の話なのだろう。が、私は全く知らなかった。左派の小川紳介の作品が、中国においては、自由主義的志向の強い1990年代以降の中国のドキュメンタリー映画に多大な影響を残したという話が新鮮だった。
 小川作品、アダルトビデオ、「草泥馬と河蟹の決戦」、「ニセモノ新聞聯播」などなど、映像の持つ力はすさまじいものがあると思う。それが、「『河蟹』されていない」ものであればあるほど。であるからこその広電總局のコンテンツ規制だ。
 映像は多くの人の心を動かし、社会を変えていったはずだ。がそれが中国社会にどの程度のインパクトを与えたのか、日本で暮らすものにとっては、いまひとつわからない。今度広州に行くとき、R氏にそのあたりについて話を聞こうと思う。
 
 
 
  関於加強互聯網視聴節目内容管理的通知」広播電影電視総局 09年3月30日
  「『無証』影視劇網上禁播 互聯網視聴新規打撃了誰」『金融時報』 09年4月3日
  「推動全民閲読多読書読好書」『人民日報』09年4月6日

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