中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第9号 2009.5.10発行 by 渡辺 浩平
    出版の「走出去」戦略とグーグルブック <目次>へ戻る
 メディアの市場化に関する新たな通達が出た。
 4月初旬、国家新聞出版總署は「報道出版体制改革の一層の推進に関する指導意見(以下「指導意見」と略称)」を出した。同署の柳斌傑署長は、4月19日中央電視台の番組に出演し、指導意見を30年の報道出版改革の総括であるとした。
小学館、講談社レベルの出版社を6,7社に
 指導意見はまず報道出版体制改革の成功を振り返り、さらに報道出版体制改革の重要性と緊急性を強調する。その上で、「公益性新聞出版事業」の体制改革を推進し、「経営性新聞出版産業」の「企業」への体制転換をはかるとするのである。公益性と経営性という二分法は16回党大会で文化体制改革が提起された際にも使われていた語だ。文化の中心領域は公共サービスを提供する「事業(公的部門)」とし、それ以外は、営利を追求する企業として育てるとするもの。公共サービスとは言うものの、公益性とはイデオロギー統制に関わる宣伝(プロパガンダ)を中心的に担う部門であり、要は宣伝を党・政府の支配下に維持することが目的である。公益性新聞出版事業のリストは改めて公表するとしているが、新華社、人民日報、中央電視台は上記に入ることは間違いない。
 それ以外の経営型と認定された省級の国有出版社は2009年末までに、全国級の国有出版社は2010年末までに、企業へ制度転換をはかるとするのである。現在、省レベルの出版社は各省・自治区に主管機関があるため、域外での経営活動は行えない。しかし、企業への制度転換の後に、出版社は地域を超え、業種を超えた活動が可能となるのだ。さらに、株式上場で資金調達をはかり、3年から5年以内に100億元を超える「世界一流の国際的な知名度を持つ大型出版メディア企業」を6,7社誕生させると指導意見は言う。
 売上100億元と言えば1500億円、日本で言えば、小学館、講談社レベルの出版社である。
 中国はかねてから、文化体制改革をすすめている。16回党大会で提起され、17党大会で改革の加速がうたわれた。メディアの改革も文化体制改革のなかに位置づけられる。その際に問題となったのが先にも触れたイデオロギー管理の問題だ。
 公益と経営という二分法の他に、宣伝を市場の介入から守る方法の一つが、編集と経営(発行・広告)の分離だ。後者のみ企業化するという手法である。新聞社の改革の一部にその方法がとられた。しかし、同じ組織体の一部を切り離して上場をすることは、まっとうな方法とは思えない。投資家からは不満が起こり、変則的な改革はストップした。
 一昨年末から出版業で、編集と経営を一体化した上場がなされるようになった。そのことは、本コラムの昨年の12月19日号で触れた。出版業は新聞やテレビよりも、宣伝としての機能はやや希薄だ。だが、民間資本の介入により、「正しい世論の誘導」に反するような書籍の出版を許すことは断じてあってはならない。
 一昨年末に遼寧出版集団が上場したが、その際集団(グループ企業)に入ったのは、遼寧美術出版社や遼寧科学技術出版社など傘下の一部の出版社であり、「一定の政策的任務を負う」とされる遼寧人民出版社や遼寧教育出版社、遼寧民族出版社などはグループ企業から除外されたのである。
 つまり、先の指導意見のこころは、党の喉と舌の役割を担う出版社は「公益性事業」として守り、それ以外の周辺領域を「経営性産業」として、そこを母体に、株式上場で資金調達を行い、既存の国有企業を小学館講談社レベルに育てよというのである。その背後にはむろん、出版業の体力増強と同時に、中国の対外プロパガンダの強化という要請がある。
 
編集プロダクションは市民権を得られるのか 
  今回の指導意見で特筆すべきことは、これまで黒子の存在だった、民営の編集プロダクション(非公有出版工作室)に指導意見が言及した点であろう。4月7日付の新京報で、は「民営出版がグレーゾーンから脱出する」という見出しをつけていたが、これまで日陰の存在であった編集プロダクションが日向に出るチャンスが生まれたと言える。
 中国においては、出版社(国有)が書籍を好き勝手に出版することはできない。出版コードが一定数出版社に割り当てられるのである。表向き、編集プロダクションは出版社の業務を一部請け負って仕事をすることとなっている。が、丸投げがほとんどだ。つまり、出版コードを編集プロダクションが買い取り、すべてをプロダクションが請け負うのである。大手の国有出版社には、まったく本を作らないのに、出版コードを打って収入を得ている「編集者」がウヨウヨいると聞く。
 雑誌とて同様だ。新たな雑誌を立ち上げる際、出版コードを主管部門から買って、雑誌を出す。その時使われるのはほぼ休眠状態だったどこぞの業界誌だ。色鮮やかなグラビア誌の奥付の「主管部門」に、いかめしい名前の国有企業の名前が載っていたりする。そういう場合は、そこがいくばくかのコード貸借料をせしめているのである。
 むろん、出版コードの売買は違法だが、公然と行われている。現在の出版業は、編集プロダクションなくしては成り立たない。近年、ベストセラー本のほとんどが編集プロダクション制作と言われている。話題の「中国不高興(中国は不機嫌)」も、出版元は江蘇人民出版社だが、編集は北京聯動図書公司という編集プロダクションだ。
 同社は、近年躍進中の会社で、ネットに書き込まれた文革時代の純愛物語を書籍化した「山楂樹之恋(さんざしの木の恋)」などのヒット作を出している。また、同社の社長・張小波は、張蔵蔵の筆名でも著名な作家、彼は1990年代半ばに話題となった「ノーと言える中国」の企画者であり、執筆者の一人だ。「ノー」が「不機嫌」となったのである。
 そして今回の指導意見では、「国有出版企業の正しい方向性の確保と国有資本の主導を前提に、非公有出版工作室と資本、案件などさまざまな方法の協力を進めることを奨励する」としている。正しい方向性の確保とはむろん思想の問題だ。共産党の政策に沿った正しい思想に立つという意味だ。さらには、国有出版社が資本出資においてマジョリティーをとるという前提の上で、編集プロダクションは、国有企業と提携をし、新たな企業を興すことも可能となるということである。
 
中国図書対外普及計画とグーグルブック 
 今回の指導意見で、もう一つ重要な点は、出版業の海外進出の積極的展開が強く求められた点だ。中国は近年、出版業の「走出去(海外進出)」強化策をとっている。その背後には、先に書いた通り、中国の国際社会のイメージ悪さを克服するための対外プロパガンダの強化の動きがある。具体的に出版業の海外進出とは、これまでは書籍の実物輸出と版権輸出だった。そして、今後は、中国の出版社の海外におけるメディアの買収や新興メディアの発行が加わる。
 書籍の輸出についてみてみよう。書籍貿易を点数ベースでみると中国は黒字だ。たとえば、2006年の図書輸出は約143万点で、輸入は約56万点、数量でも輸出量は輸入量の倍だ。問題は版権の売買である。2006年の輸出2050件に比して、輸入が10920件、輸入が5倍を超える入超である。これでも、近年貿易不均衡は是正されてきている。2002年は8倍近い差が、03年は15倍の差があった。是正されてきたのにはわけがある。中国政府が、海外の中国書籍の翻訳に助成金を与えるなどして、中国書籍の普及活動をおこなっているからだ。
 中国は2006年に「中国図書対外推広計画(中国図書対外普及計画)」と呼ばれる事業を立ち上げる。初年度の2006年は19カ国49の出版社と提携を結び1000元強の出版助成がなされたという。近年、日本において中国書籍の翻訳が多くなったとかねてから感じていたが、その背後に中国の出版業の「走出去」戦略があったのである。ちなみに、日本への版権輸出は、03年15件、04年22件、05年15件と二ケタであったものが、06年に120件に膨れ上がっている。その背後に、どのていど図書普及計画の資金援助があったのかはわからない。同計画のウェブサイトを見ても、どの書籍に助成がなされたかの詳細はでていない。
 もう一つ興味深い話がある。2007年に中国図書対外推広計画はグーグル社と提携を結んでいる。同計画の推薦する図書を、グーグルブックを通じてプロモーションをするためである
 グーグルは、ご存じの通り、米国の大学の図書館の書籍をスキャンして巨大な電子図書館を構築している。それに対し米国の作家組合や有力な出版社は著作権の侵害に当たるとして訴訟を起こしていた。が、08年秋に両者に和解が成立した。この和解は、国際条約であるベルヌ条約に基づいているので、日本の著作権者にも及ぶという。私も多少著作があるので出版社から「『グーグルブック訴訟検索和解』に関する重要なお知らせ」という文書をもらった。が、読んでもいま一つその意味がわからなかった。
 ただグーグルブックで、自分の名前を入力してみて、その持つ意味が理解できた。自分が20代半ばに「思想の科学」に発表した拙い文章がPDFで目の前に現れてきたのだ。カリフォルニアの大学の図書館でスキャンしたものだそうだ。むろん、著作権保護のためPDFは一部チラ見せである。しかし、てめえが書いたことも忘れていた文章が、ネット上で公開する準備をグーグルブックは整えているのである。正直、戦慄を覚えた。
 グーグル検索訴訟和解の持つ意味を私は今一つ理解していないが、電子上の巨大な図書館というグーグルブックの発想は十二分に理解できる。そして、新聞出版總署と国務院新聞弁公室が共同ですすめる中国図書対外推広計画では、米国で訴訟が行われているさなかに、グーグルと提携関係を結んでいるのである。
 今後、中国の出版業が、編集プロダクションという新たなパワーを自らの隊列に加えて、世界市場に向かってどう動きだすのか、注目に値する。
 
 
  「関於進一歩推進新聞体制改革的指導意見」国家新聞出版總署
  魏玉山「中国出版『走出去』的問題与対策」『中国傳媒産業発展報告(2007~2008)』社会科学文献出版社
  「2007年中国大陸出版巡礼」『中国傳媒産業発展報告(2007~2008)』社会科学文献出版社

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