中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第10号 2009.7.7発行 by 渡辺 浩平
    鄧玉嬌事件、
グリーンダム問題から見るネット世論の力
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 6月16日、湖北省巴東県の人民法院で鄧玉嬌への判決が下った。ホテルのカラオケ店で働いていた鄧は、巴東県野三関鎮の招商局の主任を殺し、もう一人に怪我を負わせ、起訴されていたのである。判決は、過剰防衛として有罪とするも、心神喪失を理由に刑事処罰は免除するというものであった。
過剰防衛か正当防衛か
 21歳の鄧玉嬌はいまや時の人だ。中国で頻繁にネットにアクセスするユーザーで彼女を知らない人はいないのではないか。なぜ鄧玉嬌は地方官吏を殺したのか。事件が起こったのは5月10日の夜のことだった。巴東県野三関鎮の招商局の三人は食事をした後、ほろ酔いで雄風賓館の娯楽施設・夢幻城に行った。カラオケ店の服務員であった鄧玉嬌はその時、洗濯をしていたという。男たちは彼女に、「特殊服務」を求めた。彼女は拒否、逃げる彼女を幾度か押し倒し、主任は鄧に「金はあるんだ」といって札びらでひっぱたいたという。もみあったすえに、鄧は持っていた刃渡り10センチの果物ナイフで、主任を刺す。頚部と胸の二か所が致命傷となった。もう一人の男も刺された。夢幻城には、水療区と呼ばれる風俗施設があった。男三人は、鄧玉嬌をそこの女性と勘違いしたようだ。
 鄧玉嬌は自首し逮捕。ネットユーザーが動いたのは、5月18日のことだった。警察が、彼女を傷害罪の容疑で捜査中であることを明らかにしたからだ。殺人罪が適用されれば、その先には死刑しかない。彼女は「淫官」に襲われ、必死に抵抗し自らを守るために相手を刺したに過ぎない。それは正当防衛ではないか。声をあげたネットユーザーの意識の背後にあったのは、地方官吏の近年の眼にあまる腐敗があった。サービスに従事する女性が、地方官吏から買春を強要されることもしばしば起こっていた。
 鄧玉嬌を弁護するボランティア弁護団が結成され、彼女の写真をあしらったTシャツが販売され、芸術家は裁判の不当性をアピールするパフォーマンスを演じた。ネットを発信元として、都市報や地方のテレビ局も事件を大きく報ずるようになる。警察は彼女が心神喪失状態にあるとし、薬を常用していたと発表。事件後、彼女は病院に入れられた。
 そして、中国国民注視のなかで、6月16日に判決がくだされたのである。しかし、ネットユーザーが主張していた正当防衛は認められなかった。
 
正しい司法への介入 
 公民社会を作り上げるためには、メディアによる監督(ウオッチドッグ)機能が欠かせないと主張している中国青年政治学院新聞系主任の展江によると、判決は、当局とネットユーザーの妥協の産物であり、それは双方にとって悪いものではないと言う。仮に判決が正当防衛とすると、招商局の男三名は強姦を働いたこととなる。過剰防衛とすることにより、三名の罪を軽減することができる。しかし、ネット世論を配慮し、心神喪失を理由に、彼女に刑事処分を加えることは避けたというのだ。BBCの中国語版の「中国叢談」で展江はそう語っている。
 6月22日に配信されたその中国叢談のなかで、アナウンサーの凱路(中国音での記載)が、先進国から見ると、今回の裁判は、世論の司法への介入ではないかと問うと、展江は、「たしかにそうだ」としながらも、中国の地方裁判所にはもともと公正さが保障されていないので、公民からの圧力が求められたのだという。世論の圧力があったがゆえに、新華社は事件を詳細に報じ、また、彼女が判決を受ける写真は、新華社発行の週刊誌の表紙を飾った。新華社が報じたということは、党中央に本件の報道を許可する指示があったからではあろう。そのような世論とメディアの圧力があったからこそ、ある程度公正な判決がだされた、と彼はいう。そしてそれは、公民の勝利だとする。
 
ネットユーザーの勝利 
 6月30日、鄧玉嬌事件同様に、ネットユーザーが自らの力の強大さに自信を深める事象が起きた。工業和信息化部(以下工信部と略称)が、「緑貝(ひだりは土)-花季護航、英名:Green dam」と呼ばれるフィルターの装着義務化を延期すると発表したのである。
 グリーンダム問題が起こったのは、6月9日のことだった。青少年を不良サイトにアクセスさせないために、中国で販売するすべてのパソコンに7月1日より同フィルターの装着の義務化が発表されたである 。同フィルターは、2008年に、一般入札をはかり、鄭州と北京の二社のソフトウェアの企画が採用され、4170万元(約6億円)の資金が使われ開発が進められた。
 ネットユーザーは一斉に反発。青少年保護を目的とするなら、保護者が購入してインストールすればよいではないか、なぜすべてのパソコンに義務付けるのか、という意見が澎湃と巻き起こったのである。なお、同フィルターは、購買後、アンインストールは可能。また、費用は、1年は無料とするも、それ以降は有償か無償かは決まっていなという。フィルターの導入は、青少年保護を口実として、当局に都合の悪いサイトをブロックするための端末管理の奇策であることは、誰の目にも明らかだった。
 ネット上ではグリーンダムをパロディー化したキャラクターが自己増殖を繰り返し、ネットユーザーの権利を高らかにうたう宣言が飛び交い、7月1日を、ネットにつなげないネットストライキの日にしようというが呼びかけがなされた。
 先に述べた通り、6月30日に突然、メーカーのフィルター装着の対応の遅れを理由に工信部は延期を告げたのである。なお、工信部はメーカーにフィルター装着を指示したのは、5月下旬とのこと。メーカーが対応におおわらわであったことは想像にかたくない。
 鄧玉嬌事件とグリーンダム、この二つの事件で明らかになったことは、ネットユーザーが中国においては端倪すべからざる力を有する存在になったことだ。展江の語るように、それは、公民の勝利であり、ネットストを呼び掛けた芸術家の艾未未が言うように、ネットユーザーの勝利であることは間違いない。
 同時併行的に、6月20日に当局はグーグルに対して、不良サイトへのアクセス可能を理由に、厳しい警告を発しており、劉暁波は、6月23日に国家転覆の容疑で正式に逮捕された。劉はご存知の通り、昨年12月に発表された「08憲章」の起草者の一人で、憲章公開後、拘束されていた。鄧玉嬌事件やグリーンダムの問題とは異なり、劉暁波問題は強い情報統制がなされており、当面、知識人以外の一般のネットユーザーが集団的な意義申し立てをとなえることは困難であろう。
 延期されたグリーンダムは、どのような形で再度、その実施の日程が発表されるのか。その時、ネットユーザーはいかなる対応をとるのか。端倪すべからざる力となったネットユーザーの世論は今後どこに向かうのであろうか。
 
 
  「工業和信息化部「関於計算機預装緑色上網過濾軟件的通知」2009年6月9日

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