中国、市場とメディア (MARKET & MEDIA IN CHINA)
     第11号 2010.3.26発行 by 渡辺 浩平
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 3月22日、グーグルの中国からの撤退が発表された。今後は中国専用サイトを香港に移管するという。1月中旬、同社がネットに対する検閲と中国からの組織的なサイバー攻撃を理由に撤退示唆を表明後、同社と中国の工業和信息化部(工業情報省)、国務院新聞弁公室は、二度話し合いをもったが平行線をたどったとのことだ。グーグルは当初から中国がネット検閲を止めねば撤退することを言明。3月11日行われた米議会の公聴会でも、同社の副総裁で法律顧問のニコル・ウオンが、すでに準備はできている、と述べていた。対する工業和信息化部の部長・李毅中は「いかなる国もネットを管理する法規がある。もしグーグルが中国での業務を続けたいのであれば、中国の法律を順守すべき」とし、問題はグーグルの出方しだい、と述べていた。グーグル社と中国政府の決裂は明らかであった。グーグル中国撤退表明に対して、国務院新聞弁公室の担当者はただちに、グーグルの「理のない指摘と行為」に対して不満と憤慨を示した。米国政府はWTOへの提訴を視野にいれているという。今後の行方が注目される。
「網絡問政」
 グーグル撤退か否かが世の注目を浴びていた3月前半、中国では政治協商会議と人民代表大会が開かれていた。メディアでは、しばしばネットによる「参政」「議政」が取り上げられていた。参政とは、文字通り政治に参加をすること、議政は政治を議論することだ。政協や全人代の委員がネットで意見表明を行い、ユーザーから意見をもとめる。政府系のサイトがネット投稿欄を設け、問題提起や提言をつのる。
 私は3月8日の週に所用で訪中しており、その間、中央電視台の朝のニュース番組「朝聞天下」を見ていた。政治協商会議閉幕の早朝、同番組のレポーターは、人民大会堂の廊下から中継で、今回の「両会」ではネットにより万民が発言するようになったことが特筆すべき、と高揚した様子で伝えていた。
 「問政」という言葉も聞かれた。この言葉は「参政」「議政」よりも、議論の双方向性をさらに強調するニュアンスがこめられている。全人代が開幕した翌日の3月6日、ネットポータルの「騰訊網」は、在香港のジャーナリスト曹景行の司会のもと、北京外国語大学のメディア研究者・展江と人民網網絡中心輿情観察室秘書長・祝華新を交えて「網絡問政」について鼎談が開き、その映像を配信した。
 展江によれば、「網絡問政」の主体は公衆であり、公衆がネットを通じて国政や公衆の利益にかかわる問題を理解し、時に自分の意見を表明し、特殊な状況下では「公民記者」が情報を公開する。それが彼の「問政」の解釈だという。これまでの政治は「ブラックボックス(黒箱)」だったが、IT技術や政府の情報公開により、現在は「グレーボックス(灰箱)」となったというのだ。
 祝華新によると、「問政」を動かす要素は三つあるという。ひとつは4億に届こうとするネットユーザー、二つ目がネットの管理者、三つ目が地方政府のネットに対する態度だ。その例として、山西省の炭鉱で発生した奴隷労働事件をあげる。児童を含む労働者予備軍が拉致されたのは主に河南省。同省の「大河網」というネットに、拉致された子供たちの父親の声が掲載され、それが、ネットフォーラムとして大きな力を持つ「天涯」のトップに掲載され、政治局委員の気づくこととなり、中央が調査隊を派遣、問題が解決にむかったという。祝の言わんとするところは、ネットユーザーとネット管理者、中央の認識が一致し、地方がそれに対して開かれた態度をとる、そうすることによって、ネットと政治の好循環関係がうまれた、というものであろう。
 「ネットが開かれた政治を動かすもの」という認識の背後には、昨今の中国の指導者層のネット重視の姿勢がある。直近では、2月27日に総理の温家宝が「中国政府網」「新華網」共催のネットユーザーとの交流に出演。温は大学生の就職や不動産の高騰など民生にかかわる問題や、腐敗の撲滅についてネットユーザーからの質問に答えた。そのなかで温は「政府は政治や施策を民に問わねばならず(問政於民、問計於民)、政治の公開と政策決定の民主化を進めねばならない」と述べた。温は政府活動報告のなかでも、「人民が政府を批判し、監督する条件を整え、同時に新聞の輿論監督機能を充実させ、権力の執行を白日のもとにさらさねばならない」と述べていた。
 両会におけるネットの利用を含めて、ネットによる民意の反映という問題が、昨年以上に大きな意味をもってきたといえる。
 
 「破壊活動を浸透し拡大する重要な手段」 
 ではこの「網絡問政」を是認する姿勢と、先のグーグル問題のネット検閲の間にはどのような関係があるのであろうか。「政策決定の民主化」の進展を考えるのであれば、当然、検閲は行うべきではないはずだ。それを理解するひとつの鍵が、昨年末の「求是」に掲載された公安部長・孟建柱の以下のような発言にある。「ネットはすでに反中国勢力がわれわれに対して破壊活動を浸透し拡大する重要な手段となっている、それは公安組織が国家の安全と安定を維持するために向けられた新たな挑戦である」。国外の反中国勢力と結託し、ネットを利用した破壊活動に対しては断固たる態度でのぞまねばならない。「グーグル撤退」が喧しく騒がれ始めた3月19日、新華社が発した「中国は『政治的グーグル』と『グーグル政治』を拒否する」とする論評記事において、グーグルにアメリカ的価値を押しつける政治的意図があることを激しく批判していた。
 中国の姿勢は明確だ。自らの価値観を強要する米国と、その手先となる反中勢力にネットを譲り渡すことはできない。しかしながら、内政に眼を向ければ、地方官吏の腐敗は目にあまり、民生問題は深刻で、国民の不満も沸騰点に達している。ネットを使って、民意をくみ取る努力をせねば統治の根幹がゆるぎかねない。統制された中において、ネットを有効に活用し、輿論を誘導せねばならないということだ。
 「網絡問政」と「破壊活動」を分かつ境界線の解釈権はむろん中国共産党の手にゆだねられている。かつ、その境界線も、指導部の中では統一した見方がなされていないように見受けられる。それが問題をさらに難しくしている。
 3月1日、中国の13紙の都市報に掲載された共同社説の処分に見られるように、民生の部分においても、「問政」は封殺されている。共同社説の主張は、農村と都市を分かつ戸籍制度を不平等として、廃止すべきというものだ。この戸籍問題は、すでに2月27日の温家宝のネットユーザーとの交流で、都市で生まれ育った新世代の農民工が抱えている「特殊な困難」への関心が示され、戸籍制度改革についても言及されていた。そのような姿勢は、政府工作報告に記載された「人民の生活を更に幸福にし、尊厳を持てるようにせねばならない」という言葉にも通じる。共同社説の主張は、政府工作報告にはじめて記載された「人民の尊厳」と通じるものがある。
 共同社説を取りまとめた「経済観察報」の記者・張宏は解任された。総理が戸籍改革を口にし、政府工作報告で「人民の尊厳」が触れられているのに、その方向で書かれた社説がなぜ処分対象になるのか。共同社説という徒党行為が指導部の虎の尾を踏んだ、ということなのだろう。
 なお、この共同社説のアイディアは、昨年末、COP15の直前、英国のガーディアン紙が取りまとめたメディア56社による共同社説から来たものだという。56社に中国からは「経済観察報」と「南方都市報」が参加していた。
 共同社説処分のニュースに接し、昨年、広東省のゴミ焼却工場の反対運動で述べられた「不被代表(代表されない)」というスローガンの意味を身に近いこととして感ずるようになった。社会的な問題に対して、徒党を組んで政府に反旗を翻すことは、反体制行動に通じ極めて危険なことだ。それゆえ社会問題については「代表されない」個人の意見がことさら主張される。
 確かにネットは中国を変えた。先の、山西省の奴隷労働問題もネットがなければ、世に知られることはなかった。ネットにより中国政治は「黒箱」から「灰箱」となったと言える。しかし、そこにおける意見表明が、反中勢力の破壊活動に手を貸す行為と認定されれば、厳しい処分が待っている。「08憲章」を起草した劉暁波に言い渡された11年の刑がそのことを如実にものがたっている。国内における民生にかかわる問題でも、どこまでがとがを受けずにすむ境界線か曖昧にされている。為政者から見れば、曖昧にしておいたがほうが萎縮効果を期待できるというものだろう。そしてその背後には、指導部のメディアに対する認識の不一致があるように見うけられる。
 その問題を、中国のネットユーザー、さらには、ネットでの意見表明をなりわいとするオピニオンリーダーの視点からみると、彼ら彼女たちは、その境界線を手でさぐりながら、発言をしているということになる。
 

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