第1号 2004.5.15発行 by 渡辺 浩平
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  「方便麺大国」?
 中国語のインターネットニュースでこんなタイトルの記事を見つけた。ご存知の通り「方便」とは「便利」の謂、「方便麺」とはインスタントラーメンのことだ。
 記事によると、世界人口4分の1の中国人が、世界消費量の4割のインスタントラーメンを食べているとのこと。中国は即席麺の世界でも大国なのである。 
日清食品のカップヌードルと焼きそば

カップヌードル

焼きそば 

 年500億食市場に

 3月中旬、上海で「世界ラーメンサミット(中国名:世界方便麺高峰会)」http://www.instantramen.or.jp/japanese/event/ summit/4.htmlなるものが開かれ、そこで、2003年の中国におけるインスタントラーメン消費量277億食という数字が発表された。全世界の消費量は652・5億食。中国人の胃袋に入った即席麺は、世界消費量の42%とということになる。もちろん一国単位で中国はダントツ。二位以下には、インドネシア、日本、米国、韓国という名がならぶ。
 中国は、一国あたりの消費量で見ればトップだが、しかし一人当たりのそれは、日本のほぼ半分の年21食。日本なみになれば、年消費量500億食を超える巨大市場となる。500億という数字は、インスタントラーメン開発の鼻祖、日清食品の安藤宏基社長も言及しているものだ。
 ラーメンサミットは、1997年東京、99年パリ、01年バンコクにつぐ4回目。サミットの実施母体は、1997年に設立された世界ラーメン協会(中国名:世界方便麺協会、略称:IRMA=International Ramen Manufacturers Association)で、会長は先の宏基氏の父君、チキンラーメン生みの親の百福氏である。御歳92歳になられる百福氏も上海サミットで元気な姿を見せた。
 数々の事業での挫折を経た後、1958年に即席麺の開発に成功、ラーメンひとつで日清食品を年商2500億円の企業にまで育てあげた百福氏の成功譚はつとに有名だが、しかし、百福氏の父祖の地、中国における同社のシェアは、10%にも満たない。

 トップブランド、康師傅

 中国における即席麺のトップブランドは、言わずと知れた康師傅(カンシーフ)だ。台湾彰化の家族経営の零細企業が、中国大陸で巨大企業に成長をしたサクセスストーリーもこれまたつとに有名。即席麺市場で5割近くの市場占有率を獲得し、菓子、飲料にも手を伸ばし総合食品会社と言えるまでになった。
 
康師傳面館ホームページより
http://www.masterkong.com.cn/mg/index.htm

康師傅を育てた頂新は、六四天安門事件が起こった1989年に大陸進出を果たした。当初、本業の製油がかんばしくなく、92年からカン親方(康師傅)なる親しみのあるブランド名で、インスタントラーメンを販売、これが大ヒットとなったのだ。いまでもそうだが、90年代、列車の中、空港の待合室と、人が集まるところで、康師傅が食べられていた。
 台湾の食品会社の雄、統一集団も少し遅れて大陸に進出。96年からテレビCFを大量に流して即席麺の販売を開始するが、時すでに遅く、康師傅の味と名前が、中国都市部の人口に膾炙していたのである。よって統一は、中国市場で康師傅の3割のシェアしか取れていない。康師傅は02年には台湾に里帰りを果たし、そこでも統一と熾烈な戦いを演じている。
 90年代初頭、日清食品の出前一丁の市場導入にかかわったことがある。広告会社博報堂の駐在員として、上海にいた時のことだ。合弁会社設立前のことで、上海事務所の日本人社員は私ひとり、制作やマーケティングのスタッフは香港、東京に散らばっていたので、上海で、広告企画立案の基本となる当地の即席麺市場の市場環境レポートをまとめた。市場環境分析には競合商品分析が欠かせぬと、康師傅を初めとする合弁メーカーの商品の一覧表を片手に、ラーメンを食べた。
 康師傅は、まだ市場導入2,3年しか経っていなかったが、すでに市場を席巻していた。当時の康師傅は袋状の、お湯かけタイプが主流。つまり、チキンラーメンと同様だが、調味料は別の、スープ別添型。これまたチキンラーメン同様煮込んでもいいのだが、当時の上海ではほとんどの人が、ドンブリにメンと調味料を入れてお湯かけ3分で食していた。

 試食で発熱

 事務所の会議机にドンブリを用意して、秘書に合弁製品全銘柄と湯を用意させ、試食開始。20食ぐらいあっただろうか。うち半分以上が康師傅だったので、それからはじめた。レンゲでスープをすする。「ウッ!?」、スパイスの強さと味の濃さがまず舌にきて、それがひいた後も、動物性の油分が油膜をつくって舌から離れない。
 別添えの調味料は液状で、透明ビニールの中に、濃い色の調味料と明らかに動物性と思われる油が分離して入っており、そこに、粒状のスパイスが見える。白濁した油は固まっており、お湯かけ3分では、スープに溶けない。
 試食であるので1アイテム、スープひとすすり、スープとの絡まりぐあいをみるべく、メンを数本食べるだけなのだが、5銘柄ぐらい食べたあたりから脂汗がでてきた。明日から香港で広告戦略の企画会議が始まるというので、今夜中に競合商品分析レポートは仕上げねばならないのだが、体が火照ってきて汗が止まらない。「テレビチャンピオン」のチャレンジャーよろしく、決死の思いでラーメンドンブリに立ち向かった。
 夜10時過ぎに、味覚比較の報告書を書き終わったが、自宅に戻ってから発熱した。胃は強いほうなのだが、前々から動物性脂肪には弱く、食べ過ぎると体調を崩すほうだった。溶けない動物性の油が、自律神経を麻痺させてしまったようだ。
 康師傅愛食者の名誉のために言っておくと、康師傅の祖型である台湾の即席麺に私はかなり親しんでいるほうだった。学生時代、台北の知り合いの家で食べたインスタントビーフンが気に入り、台湾に行くと、いつも、箱一杯買って土産としていた。調味料は、康師傅のそれにつらなるもので、調味料には、液状の動物性の油と八角の香りと、粒上のナッツが入っており、なんとも南国の異国情緒をかきたてる味だった。母も気に入り、家族で好きだと台北の知り合いに話すと、時々送ってもくれ、我が家には常時、そのインスタントビーフンがあった。もちろん、その時は、しっかりと煮込んで、動物性油脂を溶かして食べていたが。

 バースデイプレゼントに康師傅

 私がつとめている北海道大学の中国人留学生何人かに話を聞くと、康師傅好きが結構いた。親から送ってもらっている学生もいるとのこと。ある学生は、誕生日に欲しいものはないかと聞かれ、康師傅と答え、常備している留学生からプレゼントしてもらい、誕生日に二人して食べたという。彼女(医学部博士課程)によると、康師傅は「ふるさとの味」であり、日本の即席麺は「味が薄い」とのことだ。
 なお、今後この連載で使用する「定性調査」の被験者は、「札幌近郊の留学生」が中心となる。教員家業になってからの中国行は年一、二回。さらに、現場との接点がないので、悲しいかな自前のマーケティングデータを持ち合わせていない。
 康師傅が、かくのごとく中国の人々の味覚に食い込んでいることに正直驚いた。中国の人々は、簡便だから、旅行先や出張時、そして忙しい時に、しかたなく食べているのではと思っていたからだ。
 自分の身を振り返ってみると、似た経験がある。
 学生時代、上海でのんきな留学生活を送っていたころ、知り合いから、日本のインスタントラーメンを一袋もらった。宿舎の部屋で、禁止されている電気コンロを使って湯を沸かし、自由市場で買ってきたネギを入れて食べた。うまかった。当時上海ではカレーラーメンなるものが市場に出回っていたが、化学調味料の味が前面に出て、口にあわなかった。日本のは味がまろやかで、メンもスープとからみ、メンに適度なコシもある。食べ終わった後、その袋を机の前にテープで張った。パッケージの「シズル感」が目に鮮やかで、しばし余韻を楽しんだ。
 インスタント食品というのは、蠱惑的な存在だ。おそらく、われわれの味覚形成において、「サッポロ一番」や「出前一丁」が果たす役割(人によってはマルタイラーメンか?)はかなりのものであったのではないか。そして、90年代以降、中国の都市部に住む人々の舌に、康師傅のパンチのある味が極めて強い影響を与えた。
 先のIRMA上海サミットの宣言には、「ラーメンを通じて、世界に幸福感を提供する」という文言がみえる。この問題の当否はおくとして、インスタント食品と幸福感との間には関連性があるようだ。

 中台日の合従連衡

 劣勢に立たされた日本勢は、自力でメジャーになることは困難だと判断したのであろう、サンヨー食品は康師傅に出資をし、日清は統一と組むと宣言、しかし、その後統一との縁組を解消、昨年、統一をシェアで抜いた民族ブランド華龍と提携するとの情報が流れている。即席麺市場をめぐる攻防は、中台日の合従連衡によって、年500億食というさらなる巨大マーケット形成に向けてつきすすんでいるのである。
 今後の中国の即席麺の争点は二つ。高価格化と農村市場だ。現行の数元という低価格商品から、付加価値の高い商品にシフトせねばならないと、世界ラーメン会議で、主幹事をつとめた統一の副会長は語っている。そうなってくると、日本には、明星食品の「中華三昧」や日清「ラ王」といった成功例があり、技術力で日本勢有利だ。農村市場開拓に向けて康師傅は、民族企業と手を組み、新たな生産、販売体制の構築を行っている。
  「われわれの台所には革命があった。しかもその動乱はまだ続いて居る」とは『明治大正史世相篇』での柳田国男の名句。1990年代の中国の台所には、その名にし負う「文化大革命」があった。
 本コラムでは、中国の消費やくらしのありようをめぐって、ビジネスの現場の方々に多少参考になるような話を、過去の私の経験談を含めて紹介してゆきたい。
 Marketing in Chinaなどという大仰なタイトルを掲げたが、きわめて俗流、我流の中国マーケティング考だ。あと何回か、中国の「台所革命」について書く。請う御批評。

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