第4号 2004.9.28発行 by 渡辺 浩平
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 あまりの人の多さに眩暈がするほどだった。
 このところ、とんと御姿を拝見することのない毛沢東像のたつ成都市の中心、市政府前広場から東に10分ほど歩くと、繁華街「春熙路」にいたる。イトーヨーカ堂の栄えある一号店は、ここ春熙路にたつ。9月初めの土曜日の午後、伊藤洋華堂春熙路店の正面玄関は、入口と出口の人波を分けてはいるが、長い列ができ、加えて、玄関横に張られたチラシを見る一群が、人の流れをさえぎっていた。今日日の日本であれば、この客の多さは、目玉商品がならぶ開店セールか、「閉店売り尽くし市」ぐらいでしか見られないのではないか。流通業者垂涎の光景。
 
成都伊藤洋堂有限公司ホームページより

 9月はじめに成都に行ってきた。
 本サイトに連載をしている高井潔司さんを代表として、現在、中国マスメディアの変化をテーマとして研究をすすめており、かの地の新聞事情はいかなることになっているかを取材しに、上海、北京を回るついでに成都にも寄ってきたのである。中国メディア事情については、まとまったところで、研究グループとして発表をするが、今回は趣向を変えて、成都の消費事情について。

 春熙路戦争

 店内に入ると、客はいくらかまばらにはなるが、商品が通路にせり出すようにならび、客はどこの売り場でも商品に見入っているので、まっすぐ歩くことができない。エスカレーターで上階にのぼる。家庭用品のコーナーはいくらか人が少ないので、近寄って商品をながめると、ほとんどが国内製品で、価格もこなれたものが多い。ディスプレイともども、成都のヨーカ堂はきわめて「現地化」している。
 
 
 特にその傾向が顕著なのが、最上階の飲食店街と、地下の食料品売り場だ。飲食店街は、かつてここ春熙路にあった屋台街さながら、四川名物の「火鍋」を筆頭に、さまざまな飲食物がならび、席にほとんど空きがない。鍋から発する唐辛子と山椒の香味が目にしみる。地下の食料品には、まさに天府の国四川のありとあらゆる食材が売られている。しかしながら、かつての国営デパートと違うところは、店員の動きがキビキビしている点だ。ご当地の消費者がのぞむ商品を、日本的経営管理のもとに販売する、というヨーカ堂の姿勢がうかがえる。
 ヨーカ堂春熙路店の開店は、1997年11月のこと。前年、イトーヨーカ堂、伊藤忠商事に、中国側からは中国糖業酒類集団公司が出資し合弁会社が設立された。開店当初は、商品調達がままならず、日本で販売されている商品をまわして売っていたそうだが、大半が売れ残り、売り上げは計画比の3〜4割減となった。それを、家庭訪問で、現地の消費者の需要をさぐり、競合店の品揃えと価格を調べたとのことだ。(週刊東洋経済」04年4月10日号)
 その後、営業成績は好調で、99年の同店の売り上げは前年比7割増となった。2003年9月に第二環状路沿いに二号店である双楠店をオープン。双楠店は周囲に「花園」の名がつく高級分譲集合住宅がならぶ好立地である。
 東洋経済の記事によれば、春熙路店の売り上げは、年商90億円。レジ通過者が一日2.7万人、平均客単価が70元とのこと。とすると、一日の平均売り上げが、約190万元ということとなる。春熙路店の売り場面積は1.2万平米、一平米あたりの一日の売り上げは約160元、円価にして約2000円である。このあたりの数字に明るくないが、入店者数に比べれば、けっして芳しい数字とはいえない。先に、商品の配列に上品さが足りないような書き方をしたが、客単価の低さを考えた場合、かくのごとき販売方法が最も適切なのだと想像される。
 春熙路は歩行者専用の道路だ。中央には中山広場があり、通りの周囲に、百盛(パークソン)、太平洋百貨、王府井百貨などの大型商業施設や、地元の商店が軒をつらねている。百盛、太平洋、王府井もまわってみたが、当日、客の入りでヨーカ堂を超えるところはなかった。但し、他の三店はスーパーマーケットではないので単価が高く、いちがいに比較はできない。ヨーカ堂春熙路店は、昨年11月の開店6周年記念セールで、一日の販売額1000万元という成都の商業施設の最高記録を達成した。
 成都には他に、米独仏や台湾系の流通各社が、二環路沿いに大型の売り場面積を誇る店舗を持ち、熾烈な戦いを演じている。そして、外資の流通業の雄、米ウォールマートが、近々、春熙路のすぐ南の東大街に出店予定との報道がある。春熙路の流通をめぐる戦いはますます激化する。

 自動車世帯保有率一割

 しかし、なにゆえに成都に流通各社がかくも進出しているのであろうか。
 天府の国とはいえ、四川省を市場経済の尺度ではかれば、さほど豊かなところとは言いがたい。一次産業の比率が高く、二次産業が低い。ということはGDPも低い。四川の人口の全国比は、6.7%だが、GDPは全国比4.7%。経済規模は、全国平均よりもかなり劣っている。ならば成都はどうか。
 成都は、直轄市の下のランクの「副省級都市」15都市のうち、GDPで広州、深セン、杭州に続き四番目。社会消費小売総額は第三位である。内陸部の街としては、経済力も消費力もトップ。近年、西部大開発で内資、外資とも流入し、成都の経済を潤している。
 成都に行く前に、北京広播学院が編集した中国都市部の消費者データ「消費行為与生活形態年鑑03−04」をめくっていたら、商品やサービスの保有・接触率で、大都市のうち、成都が二つほど首位を誇るものを見つけた。
 「この三ヶ月、百貨店やショッピングセンターに行ったことがある」という人の割合と、自家用車の保有率である。前者は、ここ数年、成都に商業施設があまた出現したことと関係があると推測されるが、自動車の保有率トップはいかなることか。
 成都の世帯あたりの自家用車保有率は10・8%、二位は北京で10.1%、三位はぐっと下がって広州で4%である。保有車種は重慶で生産しているアルトがトップで、小型車が多い。がそれにしても世帯保有率1割という数字は、驚きだ。
 ヨーカ堂の総経理も、「少なくとも500台止まれる駐車スペースが必要、できれば1000台は欲しい」とインタビューに答えていた。成都の市街を一周する二環路沿いに、カラフールやヨーカ堂などの外資流通が進出したのは、郊外に分譲マンションがたち、自家用車が普及したことと軌を一にした動きと言える。
 他で興味を引く数字は、デジタルカメラの保有率。トップは広州で5.8%、二位が重慶で5.4%、成都が5.3%である。ちなみに、北京が3.8%、上海が5%だ。成都や重慶で、デジカメの保有率が高いというのも面白い。春熙路のデパートに、ソニーの最高機種のデジカメの幟がぶら下がっていた。

 ここからは、かなり根拠の薄いヨタ話になるが、四川省はわが北海道にどこか似ている。先に記した通り、四川省の人口は全国比で6.7%。GDPは4.7%。ご存知の通り、北海道は人口、経済規模とも日本の約5%だ。そこに、10%の公共事業が投下されている。四川に1割の公共事業が来ていることはなかろうが、政府の西部大開発の恩恵を受けていることは間違いない。
 似ているのは全国比の数字だけではない。四川は盆地で外部と遮断をされており、それゆえ、数々の政治的実験がなされてきた。70年代後半の趙紫陽の農村改革しかり。市場経済化以降、外資の企業が新商品を販売する際に、しばしばここをテストマーケティングの実験場として使った。外部とのつながりがないゆえ、消費者の購買行動を探るには格好の場所だった。
 北海道も津軽海峡で本州と別れ、四川同様、消費財のテストマーケティングにしばしば使われる土地だ。道民は、伝統から切り離され、進取の気性に富んでいる点も、新商品の食いつきを探るにはうってつけだ。
 成都で会った新聞社の副社長も、四川人は「あたらしもん好き」だと言っていた。同時に、粘っこさがないが、とも。そこも、ドサンコと似ている。先のデジカメ普及率も、四川人の「あたらしもん好き」を感じさせる。

 剣呑な空気

 成都行は今回で3回目。1990年代の初頭に仕事で一回と、97年に個人の旅行で一回来たことがある。90年代初頭の成都の記憶は、平屋づくりの家が広がり、そこかしこに竹が生えていて、茶館で、鳥籠をもったお年寄りが、ひねもすお茶をすすっている、なんともしっとりとした街というものだった。「しっとり」という感覚は、その湿潤な気候も影響していた。
 そのような印象は私だけのものではない。読売新聞の藤野彰さんも同種の感想を書いている。
 「黒い屋根がわらの民家、うっそうとした竹やぶ、緑いっぱいの野菜畑……。いつもながら、成都にくると何となく日本に“里帰り”したような気分になってホッとしてしまう。北京の冷たい乾いた町並みとも、上海の息詰まる雑踏とも無縁のやすらぎがここにはある。」(読売新聞1989年4月18日「『成都』地についた庶民の生活ぶり」)
 97年に成都を再び訪れた時、外資の小売店は百盛だけで、その横にホリデイインがあり、その二つの建物が飛び切り異彩を放っており、それだけで、「成都は変わった」と思った。裏手には屋台街が広がっていた。そこを取り壊して、いまの春熙路の歩行者街ができた。
 今回、街を歩きながら、空気が変わったと思った。街行く人に落ち着きがなく、街が妙にガサガサしている。特に、通行人に名詞大の広告ビラを押し付けるビラ配りのニイチャンのなんとも険悪な目つきが気になった。ビラの中身は、昼は旅行関連、夜は「風俗」だった。
 古い家並は残っていないのかと、タクシーの運転手に聞き、市政府前広場の今度は西、同仁路の「窄巷子」「寛巷子」といった路地を歩いたが、崩れかけた民国以前の建物が、なんとも無残な姿でたっていた。そこも、再開発が決まっているという。同仁路の南、琴台路には、北京の瑠璃廠のように、民族様式を模した新しい建物があるにはあるが、「やすらぎ」を感じさせるほどではない。
 帰りの飛行機のなかで、北京空港で買った「瞭望東方週刊」9月9日号をめくっていたら成都の記事が目に付いた。「成都で発砲事件が頻発」。通りや茶館で、白昼堂堂、発砲騒ぎが起きているという。8月にも発表されているだけで3件発生。暴力団関係者の事件ではあるが、拳銃は、青海省や広西壮族自治区、貴州省の貧困村の密造工場からのもので、それが、成都で取引されているというのだ。成都はウラ社会においても、西部地区の要の位置にある。
 街をおおう剣呑な空気の原因がわかったような気がした。


  
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