第6号 2005.2.16発行 by 渡辺 浩平
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 札幌市郊外の北海道文教大学というところに週一回、非常勤講師として通っている。二学期の担当科目は異文化コミュニケーション論なるもので、資料を読みつつ、日中の文化差やコミュニケーションの問題について議論をしている。大学院ゆえ受講者は7名と少なく、うち5名は中国人留学生で、互いに相手国の文化に感ずる素直な違和感をだしあい、疑問に答えあう形で授業をすすめている。学期末に、あらたまって「テーマを決めて発表を」といったら、留学生3人が「面子」を主題としてきた。

 死んでも面子は守りたい

 うち一人の題目はその名もズバリ「死んでも面子は守りたい」。
 面子に異常にこだわる中国人の性癖を、事例を通じて明らかにするものだった。くだんの発表で、昨今の「聘礼」「聘金」の価格の高さが事例としてあげられた。「聘礼」とは結納品、「聘金」は結納金。「聘礼」では、家電や衣類、宝飾品などが新郎から新婦の家にわたり、「聘金」も数千元はかかるとのことだった。
 
 別の男子留学生から、新郎の結婚資金は4,5万元ぐらい必要という発言があった。自身の心積もりのようだ。女子学生からは、今日日は、車や家も男性が準備するものだという、厳しい意見もだされた。披露宴については参加者からの「喜銭(お祝い)」でまかなえるので、結婚費用の大半は、新郎側の「聘礼」「聘金」が主たるものとなるとのこと。
 農村と都市の格差のみならず、地域差、また、個人差が拡大する現在の中国にあっては、結婚費用の平均像を出すのは難しいであろうが、新郎5万元、という数字は、現在の物価水準から見ると都市部の下限といえるのではないか。では新婦は何を、と聞くと、寝具や一部家電を準備するといった意見が聞かれた。
 北海道文教大学の中国人留学生は、提携校がある西安周辺の出身者が多く、結婚費用の負担の仕方も、沿海部の大都市と異なる点もあるだろう。北京や上海あたりでは、婚約指輪は雅ではないとする考えや、披露宴も新郎新婦が考えた形式にとらわれないものもあると聞く。

 日本人のプラチナ好き

 本題にはいる。
 聘礼においては、「三金」と呼ばれる宝飾品三点、指輪、ネックレス、ピアスを渡すという話になり、私から、日本におけるプラチナの成功事例を話した。
 日本ではプラチナの台座にダイヤが施されたものが、ティファニーなどで売られ、婚約指輪の定番となった。そして、それを強力に推し進めたのが、ダイヤモンド流通の大半と価格決定権を握る世界に冠たるユダヤ資本デビアス社の「婚約指輪は給料の3ヶ月分」というキャッチフレーズであったという、広く人口に膾炙した話をしたのである。そして、日本人はプラチナがことのほか好きで、宝飾利用のプラチナの過半数を輸入している。日本におけるプラチナの成功はきわめて特殊なもので、中国では受け入れられないのではないか、と言ってしまったのだ。
 すると、留学生から、婚約指輪も、結婚指輪も、いまはプラチナが主流で、金などというヤボなものを昨今は贈らないという返事が返ってきたのである。
 このサイトを読まれている方には、北京、上海の流通関係の方もいらっしゃるであろうから、現在の中国において、プラチナが婚約指輪、結婚指輪の主流となっていることはとうにご存知で、そのようなことも知らずに、中国の消費事情を偉そうにネットで書いている人間がいるのかと、呆れられそうだが、恥を忍んで申し上げると、正直知らなかったのである。
 ただ、言い訳をさせていただくと、そう考えたのにはいくつかの理由がある。
 私が現役で働いていた90年代後半までは、プラチナの宝飾需要の半分近くが日本で消費されていた。そして、日本人の、華美な装飾を嫌いシンプルな美しさを好む気質が、プラチナ好きとなり、日本は特異なプラチナ消費大国となった、と聞かされていたのだ。
 もう一つの理由は、90年代半ばに、上海で、ジュエリーについての意識調査を行ったことがあった。上海の20代、30代、40代の女性に集まってもらい、宝飾品についてあれこれ聞くというグループインタビューである。ほとんどの女性が、プラチナの名前は知っていたが、ホワイトゴールドや、シルバーとの違いがはっきりせず、華やかさという点で、ゴールドに落つるという感想を語った。「中華世界はやっぱり金、プラチナは時期尚早」という感想を持った。

 プラチナ消費大国

 家にもどって調べてみた。宝飾需要のプラチナ消費は2000年、中国が日本を抜いてトップにたっている。2003年のプラチナ市場を見ると、世界全体で約200トンの需要があり、うち宝飾が計75トン、うち中国が37トン、日本が21トンである。つまり、宝飾需要の半分が中国で発生しており、そして、日中の二カ国で、8割近くになるのである。ちなみに、日本における宝飾プラチナは、99年41トンだったものが、03年には半減している。宝飾プラチナ需要も、日中の経済成長の格差を象徴しているということか。
 中国が今世紀にはいってから、プラチナ消費大国になったことは商品先物に詳しい向きにとっては常識なのであろうが、これまたお恥ずかしい話、私はわかっていなかったのだ。
 プラチナの同業者組合ともいうべきPGI(プラチナギルドインターナショナル)の中国語サイトを見てみた。サイトのデザインは世界共通であるが、中国語のそれには、日本版にはない男性用の購買指南のページ(米国版にもある、また、米国版同様、男性向け頁には、ウェディングドレスに身を包んだ白人の男女が抱擁し、情熱的なキスをする写真が掲載されている)があり、婚約指輪は、「結婚3ヶ月前には購入すべき」、「その選択には1〜3ヶ月の時間を費やすべき」「予算は給料の二ヶ月分」など、ことこまかなアドバイスが紹介されている。

 どうして受け入れられたのか?

 プラチナの需要は、ご存知の通り宝飾品だけではない。先の2003年の数字で見ると、200トン中、宝飾品75トン、自動車触媒80トンである。その二つが、プラチナにとっての二大需要だ。
 自動車触媒とは、自動車の排出ガスに含まれる一酸化酸素などの有毒ガスを、プラチナを表面に施したフィルターに通すことによって、二酸化炭素や酸素などに変えることをいう。中国の自動車需要は急勾配の右肩上がりだから、そちらの需要も活発だ。
 触媒を含めた工業需要も含めて、中国はすでに最大のプラチナ消費国となっている。つまり、中国の自動車需要と、これまた、中国の男性諸氏の結婚願望が、世界のプラチナ価格の大きな変動要因と言えるのである。
 触媒需要はさておき、日本における特殊な現象と考えられてきたプラチナの指輪がなぜ、中国人に受け入れられたのか。日本は、デビアスとPGI、ティファニーなどのブランドの密接な連携によって、長い時間をかけて「永遠の愛の誓い=プラチナ+ダイヤ=給料の三ヶ月分」という結婚方程式が人々の心のなかに浸透してきたからだと理解していた。私も、薄暗い映画館のなかで、あのCFを見せられ、結婚するときは、三ヶ月分のダイヤを買わねばならないのかと暗い気持ちになったことがある。結婚費用5万元を語ったかの留学生と同じ心理であろう。
 それが、なぜ、10年という短い月日で、エンゲージはプラチナという常識ができてしまったのか? なぜ、あれだけ支持を集めてきた金が若者から見はなされてしまったのか? 90年代半ばの上海で、幅広い世代の女性が、貴金属はなんといっても金、と語っていたのに…。
 この原稿を書きかけていたところに、中国人の女子学生が用事で研究室にやってきた。春休みに瀋陽に里帰りをするという。彼女の指には、プラチナの台座に小粒のダイヤがひかるリングがおさまっていた。彼女は、昨年結婚していたのだ。聞けば、瀋陽でプラチナの婚約指輪が主流となったのは、この2,3年とのことだ。なぜ、中国の人々がプラチナを、かくも容易に受け入れたのかと聞くと、「日本人の若い人も、今はシルバーアクセが好きじゃないですか、中国人の若者にとって、今はプラチナが新鮮なんじゃないかなあ、いつかまた、金に戻りますよ」という答えが返ってきた。
 そういわれても、「中国人=18K」という先入観に固まったオジサンには解せないのである。どなたかご存知の向きはご教示願いたい。


  
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