第7号 2005.5.10発行 by 渡辺 浩平
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 手機短信

 「インターネットや携帯ショートメッセージを通じてデモを組織することもまた違法行為である」
 中央電視台「新聞聯播」のアナウンサーは語った。4月21日木曜日の日本時間20時のこと。三週間中国全土に吹き荒れた反日のデモを鎮静化すべく、4月19日、中国共産党中央宣伝部が主催する会議で、3500人の関係者に対して、李肇星外交部長は日中関係の重要性を述べ、冷静、理知的で合法的な手続きで感情を表すべきであり、未許可のデモに参加してはならない、と訴えた。町村外務大臣から持ち出された、過激化したデモによる外交施設への補償と謝罪をつっぱねた二日後のことだった。
 そのまた二日後の夜に、公安部の報道官の「談話」が発表された。「反日」デモを「渉日游行示威(日本に関わりのあるデモ行為)」と称していた。破壊行為を犯したのは、ごく一部の定職を持たない輩(極少数社会閑雑人員)として、「広範な群衆と学生の愛国的熱情は十分に理解ができる」とした。「広大群衆(広範な群衆)」と「極少数人員(ごく少数の人間)」を分けることは、中国政府がしばしば使う便法だ。
 デモの申請、実施については、「法により」行わねばならないとし、「依法」という言葉が何回も使われた後、冒頭あげたフレーズが続いた。「携帯のショートメッセージ(手機短信)」という言葉が耳に引っかかった。


 反日デモと携帯メール

 4月24日号の亜州週刊に掲載された4月9日の北京での反日デモのルポを見ると、参加者の若者の弁として、デモ三日前に「あらゆる愛国的中国人は」はデモに参加すべし、というショートメッセージが携帯に届けられ、同様のメールはネットでも流れてきたという。
 北京の知人によれば、「中国人が一日日本製品を買わねば、日本は千に及ぶ企業が倒産し、六ヶ月買わねば、半分の日本人が失業し、一年買わねば日本の経済は崩壊する…」という内容のメールがあちらこちらの携帯電話に届いたとのことだ。
 4月16日の上海でのデモの前に、上海市政府は、デモに参加をするなというメールを全市民の携帯電話に流したし、江蘇省の公安も、5月1日から7日までの連休中、デモを許可していないというメッセージを同省で登録されているすべての携帯電話に配信したという。上海では携帯メールで、デモ情報を流した会社員が社会秩序を乱した容疑で逮捕された。

2004年 省別携帯電話普及率(百人当り保有数)
  (資料)中国信息産業部

 携帯メールは反日デモを鼓舞する道具としても、また、鎮圧する道具としても使われた。
 今回の反日デモで、インターネットが重要な役割を果たしたと言われている。愛国サイトとしてアクセス数が多い「中国大陸保釣協会」や「九一八愛国者同盟網」のサイトが、反日デモの呼びかけを行った。ネットの力は強かったが、しかし、携帯電話がなかったら、はじまりは数百人に過ぎなかったがデモ隊が、数千人に、時に万を越す数にはならなかったのではないだろうかという想像がわいてくる。
 通常、デモというものは、主催者がいて、彼らの正当性を主張するためにも、暴徒化を恐れるものだが、かくも雪だるま式に人が膨れ上がったのには、ネット同様に、携帯メールのメッセージが大きな威力を発揮したからではないか。
 インターネットと携帯電話が同列に議論されているが、そこには役割のすみわけがあったのではないか。まず、愛国主義系のサイトやBBSでアジテーションが述べられ、それが、メールで送信され、同時に、携帯電話に短い文言で、アジメールが配信され…。
 「インターネットのほか、今回の反日デモ及び関連活動において、携帯での情報伝達も考えられるが、現在のところ、携帯電話が有効な連絡手段として利用されたとの関連の詳細情報はない」とするわが仮説を否定するコメントもある(「反日デモの組織化に活用されたネット事情」4月13日『中国情報局』)。
 しかしながら、私には、家で読むインターネットと、屋外で読む携帯メールでは、読み手の心に与える影響が違い、携帯メールが今回の一連の事件に与えた影響は少なくないという想念をぬぐいきれないのだ。


 天安門広場のメモ

 そんなことをつらつら考えたのには訳がある。1989年春、天安門広場に座り込んだ学生達の伝達手段の一つは、紙のメモだった。5月の半ば、車で長安街を走っていて信号につかまると、もう何日も風呂に入っていないのだろう、汚れたシャツを着た学生に窓から「広場は水が欠乏している」と書かれた名刺大のメモ書きを渡された。
 週末、広場に水を届けに行った。人民英雄記念碑の横には、北京市民が拠出したと思われるジュースや食べ物、水が積まれていた。あの時、携帯電話なるものがあったら、事の進展はずいぶんちがったものになったはずだ。
 5月半ばの百万人デモも、政法大学から天安門広場まで、デモ隊の横について歩いたが、その時、隊列の両横にいる学生は、学生のデモ隊と一般人を分ける紐を持ち、決して外部の人間を隊列に加えることはなかった。つまり、今回でいうところの「閑雑人員」が入ってこられぬように、公安に付け入り隙を与えぬように、厳しく、デモ隊を統制していたのだ。
 今回の反日デモは様相が異なった。報道によると、デモ隊は自然発生的に膨張し、数時間後に、一部の群衆が、日本料理店や広告への投石など、過激な行為に走ったという。今回は、いとも簡単に座が乱れた。「座の乱れ」をどのように解釈すればよいのか。
 公安当局が断固たる姿勢を示さなかったから、という側面はあろう。また、この十五年間、海外の情報がさまざまな形で入り、デモンストレーションというものが、成熟した社会における市民の当然の権利と考えられ、政府が掲げる「愛国」という文脈に沿って、怒れる若者を演じてみたという側面もあろう。3月、中国のメディアは、韓国の反日デモを盛んに伝えていた。
 同時に、巷間言われているところの、ネットの影響もあるだろう。マスメディアは、党の管理のもとに、社会の公器足りえていない、マスへの信頼度が低いがゆえに、ネットへの情報依存度は自然高まる。
 そして、携帯電話のSMS(ショートメッセージサービス)が、「座を乱す」要因の一つになったのではないか。携帯メールは、SARSの時にも大きな威力を発揮し、また、趙紫陽死去のニュースも、携帯メールによって北京中に伝播したといわれている。


 親指経済

 今回の反日デモがはじまる一ヶ月前、人民日報に「親指文化」なる言葉を掲げたコラムが載った(人民日報、2005年3月11日)。
 「親指文化」とはまさに携帯メール文化の謂い。記事では、2004年に中国の携帯電話のSMSは2200億件に達し、メール一通1角(1.3円)と計算すると、220億元の売上を通信業者は稼ぎだしたとし、経済波及効果を含めるとさらに大きな数字となり、経済学者が「親指経済」という言葉を使うのも道理があるとしている。
 前月の「亜州週刊」2月27日号も「親指経済」特集を組んでいる。というよりも、人民日報のコラム子は、亜州週刊の記事をネタにして書いたと想像される。
 亜州週刊の記事によると、中国の携帯電話保有者数は現在3億3400万。つまり、中国人の4人に一人が携帯を持っている。固定電話、移動電話をあわせた電話加入者数は2004年で6億とのことなので、携帯がすでに固定電話の契約数を超えている。
 中国の携帯メールは1998年にスタート、携帯の通話料が高く、メールの送信量が、一通1角と相対的に安かったため、メールの利用が急速に伸び、2000年は10億強であったメール送信量が、01年には189億通、02年には900億通、03年は1371億通、そして04年には2178億通と急激に膨れ上がった。
 つまり、04年のメール売上は210億元となったのである。中国の携帯メール数はもちろん世界一であり、03年の段階で、世界の携帯メール総数の四分の一を中国市場が占めている。
 近年は、春節(旧正月)の一斉送信の機能を使った年賀メールや、情人節(バレンタインデー)のメールが流行、05年の春節には、110億件のテキストメッセージがあったとのこと、春節期間中に、通信業者は、メール通信のみで、11億元を稼ぎだした。


 「誰が親指文化に関心を寄せているのか」

 記事によれば、SMS専門の書き手が育ってきており、彼ら彼女たちが作った含蓄のあるショートメールが転送されるケースが多く、また、携帯メール発の小説の出版化も起こっているという。中国版「電車男」といったところか。
 先の人民日報のコラムのタイトルは、「誰が親指文化に関心を寄せているのか」というもので、親指による経済波及効果のみならず、「親指族」がつくり出す文化を、琴や囲碁、書画といった中国古来の「親指文化」になぞられ、現在の親指文化のその品位の向上と、規範化を訴えかけたものだ。
 このコラムの作者が、品位と関連づけているのは、アダルトや賭博など、青少年に有害なサイトのことであろうが、その一ヶ月後、携帯電話は、過激なナショナリズムを鼓舞する道具の一つとなった。親指経済にばかり注意を払うのではなく、その文化にも関心を寄せるべし、というコラム子の指摘は正しいことが証明された。
中国人民の間に、1億あまりのインターネットと3億4千万にのぼる携帯のネットワークが形成されている。このネットワークは、これからも膨張し続ける。
 「党管媒体(党のメディア管理)」を掲げる中国共産党にとって、ネットと携帯という新たなメディアを、その経済効果を壊さぬようにしながら、いかに統制するかという問題は頭の痛い問題だ。
 さて、3月末から一ヶ月の騒ぎのなかで、通信業者は携帯メールでいくら稼いだのか、気になるところだ。

日本の親指族を紹介した「新新人類の親指文化」(人民網2001年8月29日)
  
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