第9号 2005.9.28発行 by 渡辺 浩平
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  忙しさにかまけ、前回の原稿を書いてから二ヶ月がたってしまった。
今回は、今年に入ってから起こった、工商行政管理総局による広告表現に対する引き締めと、その背後にある中国の消費者心理について考えてみたい。
 前回の原稿の最後に、6月末に起こったマクドナルドとP&Gの事件について書いた。マックの広告は、消費者に擬した男がひざまずき、安売りキャンペーンの継続をこいねがうもの。消費者への冒瀆だとのクレームがつき、CFは差し止められた。トヨタの広告事件以来、日本ペイント、ナイキと続く、広告の諧謔表現が中国の消費者に曲解され物議をかもす典型的な事例である。
 P&Gは、パンテーンを含めた4ブランドの広告が差し止められたもの。P&Gが得意とする製品効能をデータでうったえる広告表現が、虚偽にあたると浙江省工商行政管理局によって指摘されたのだ。その後、調査は北京にうつり、P&G側は反論を述べるも、その後続報は伝えられていない。
 P&G社に関わる問題で引き続き世の耳目を集めているのはSK-Ⅱ事件だ。
 本年1月、江西省のある消費者が、「連続28日使用により皺が47%減り、皮膚は12年若返る」という宣伝文句に誘われて、840元(約11000円)也のSK-Ⅱの皺とりクリームを購入した。しかし、一ヶ月使用したものの「47%、12年」の効果はあらわれず、逆に、肌に痒みが生じ、一部が爛れてしまったというのだ。
 
写真:P&GのSK-Ⅱの宣伝


P&GのSK-Ⅱの宣伝(写真は捜狐のホームページより)
詳細(中国語)は、つぎのURLを参照してください。
 http://business.sohu.com/20050410/n225112994.shtml
 
  くだんの消費者は3月に流通業者を訴える。原告は、同製品のイメージキャラクターのカリーナ・ラウ(劉嘉玲)に対する告訴も検討していると発表し、ちょうど、3月15日の消費者デーの前とあって、メディアは大きく同事件をとりあげた。P&Gは、広告の虚偽性について認め、南昌市工商局に対して20万元の罰金を払った。l
 民事裁判のその審理が進んでいるさなかに、先のパンテーン他の広告差し止め事件がおこった。中国メディアは、前回書いたネスレの事件とあわせて、外資製品のブランド失墜と煽った。SK-Ⅱ訴訟は、8月末に一審の判決がおり、原告側が敗訴。その判決を不服として、原告は上告したというのが現在までの状況である。
 
 広告整風
 今年に入ってから、「広告整風」と言えるような動きがある。本年5月下旬、国家工商行政管理総局は「虚偽違法広告取締りに関する通知」を出し、5月より一年間、虚偽違法広告取り締まりのキャンペーンを行うとした。その対象は、保健食品、薬品、医療、化粧品、美容サービスであり、さらに、以下3種の広告を厳格に処罰するとしたのだ。1、新聞報道の形を装った広告、2、消費者、患者、専門家の名前やイメージを使って製品効能を証明するかのような広告、3、誇大に効能をうたった広告。
 そして、「通知」に違反した広告主や広告経営者に対しては、広告掲載の禁止のみならず、業務の停止を求める場合もあるとした。
 工商行政管理局は6月末に16アイテムの違法広告の製品名をあげ、8月はじめには、第二四半期の「十大違法広告」を公表した。そのすべてが薬品や保健食品など医療関係だ。例えば、十大違法広告のトップに上げられた「百蘚康」なる薬品は、「世界遺産という名誉ある称号を得」「人類の皮膚病を完全に治癒することができ」「治癒率は91.63%であり」「治療効果は全世界最高である」と宣伝文にうたっていた。
 「中華人民共和国広報法」(1994年公布)の第4条では、「広告は虚偽の内容を含んではならず、消費者を騙し、誤解させてはならない」としており、第7条では、最大級表現の禁止が明示され、第10条では、「広告で使用するデータ、統計資料、調査活動、抄録、引用は、真実及び正確であり、かつ出所を明示しなければならない」としている。(日本語訳は、『中国経済六法』(日本貿易促進協会)を借用)
 「百蘚康」の虚偽性は誰がみても明らかだ。国内の悪質保健薬、薬品広告取締りの延長で、P&Gの広告は摘発された。しかしながら、SK-Ⅱ裁判は非公開となり、先に書いた通り、一審はP&G側勝訴、また、パンテーン他の広告問題も、8月に入り報道が途絶えてしまったところから見て、当局はP&Gのような巨大外資に対しては気遣いを見せているようである。
 また、先のカリーナ・ラウの例でも明らかなように、タレントや著名人が広告に出演し、効能をうったえる広告が多々見られる。特に近年、アナウンサーの出演が目立っていたが、昨年末に出された、「アナウンサー職業道徳準則」により、アナウンサーの広告への出演が改めて禁止され、9月15日に出されたアナウンサーの自主規制公約でも規制対象となった。
 6月下旬には、中国広告協会主催の「化粧品広告国際交流会」が北京で行われ、欧州から世界広告主連盟、米国から全国広告審査局、日本からは、日本広告審査機構(JARO)が参加し、JARO側から、日本における広告の自主規制のあり方が、出席した工商行政管理総局の幹部ほかの前で、紹介された。
市場化加速の流れのなかで、節操をなくしていた広告表現への規制が、役所の垣根をこえてはじまったと言える。
 
 前のめり消費
 中国のテレビを一度でも見たことがある方ならご存知だろうが、中国のテレビには薬品広告が極めて多い。薬品広告はカテゴリー別の広告費でトップだ。2004年の総広告費に占める薬品広告は9.68%。薬品以外でも、医療関連の広告はシェアが高く、保健食品3.8%、医療器械2.12%、医療サービス4.91%。医療関連で総広告費の2割を超える。
 日本の場合、薬品医療の広告費は、マス4媒体の広告費のうち約5%に過ぎない。
 なぜ、中国では、薬品医療関連の広告がかくも多いのか。一つには、医療費の高さがあげられるだろう。国有企業解体後、医療の市場化が発生した中国では、医療費が高騰し、人々は売薬に頼りがちになる。畢竟、医療保険関連の商品の競争が激化し、広告表現も虚偽、違法のぎりぎりのところに傾斜する。
 今夏、愛知万博で日本広報学会10周年のシンポジウムがあった。そのなかで、PR会社、ウィーバーシャンドウィックの中国MDデビッド劉氏が「中国におけるPR」についてプレゼンテーションを行い、そこで「中国消費者のホンネ」について述べた。
 10あるうちの一つに「若さが保てればそれだけで満足」という文言があった。医療費の高さとあいまって、老化防止にも、中国の消費者(もちろんこの場合は、都市の中間層)は強い関心を示しており、そこがまた、薬品医療関連広告を過熱させる要因の一つになっている。
 劉氏の10の指摘で面白かったのは、「ひけらかし消費」といえるような事例。「金持ちだということを誇示したい」「自分の持っている全てのものを友達が羨ましがるのを見るのは快感だ」という二点だ。現在の消費ブームの浮かれた気分を見事に表現している。
 9月はじめに上海に行った際、自動車の購入理由について知るべく、会う人にごとに「渋滞がひどく、ナンバープレートの登録料も高い上海で、なぜ自家用車が必要なのか」と聞いたところ、「子供の送り迎えのため」と答える人が結構多いよという話しを聞いた。
 中国ではもとより子供の送り迎えが常識のお国柄、かつ、誘拐事件も多い昨今、子女送迎は家族の重要な日課であることは間違いない。しかしながら、年間の世帯収入を超える高額商品を、なぜ子供の送り迎えのために買わねばならないのか。そこであえて、「子供の送り迎えのため」と言ってしまうところに、このフレーズの曰く言い難い含意があるのだろう。
 現在、北京や上海といった大都会に満ちているのは、「前のめり消費」といってもいいような時代の気分だ。実態はさほど多くはないにも関わらず、自分たちの暮しは「中」であると思っている人々が、「中」以上であることを誇示するために、高額商品に向かう。右肩あがりの経済は、人々の前傾姿勢をさらに後押しする。
 「前のめり消費」に向かう人々に対しては、どうしても広告も前のめりになり、表現も、ペンの先で、心を突くような、末梢神経刺激型のものになりがちになる。
 現在の中国の広告表現は、消費者との距離が近い。消費者もそれに慣れているので、先のマックのCFのような諧謔的表現に接すると、アイロニーが受け容れられず、逆に反発が帰ってくるのではないか。
 先に書いた通り、来年5月まで、工商行政管理総局主導の広告表現規制が行われる。しかし、9月はじめの上海で聞いたところでは、物議をかもしたきわどい広告がいまだ使われている例も少なくないという。
 広告表現は文化の所産だ。広告主、媒体社、広告会社の自覚と、消費者のリテラシーを高めることが、粗悪な広告表現を排除する最も有効な方法なのではないか。
9月上旬、「人民網」に、「和諧社会には、和諧広告が求められる」というコラムが掲載されていた。SK-Ⅱ事件に触れ、信頼に基づいた広告の必要性をうったえる至極まっとうな意見であった。
現在の無秩序な中国社会にとって、「和諧」は理想論としては心地よい響きをもった言葉であろうし、中国が進むべき社会の目標となりうるとも思う。
 しかしながら、他人よりも一歩でも二歩でも先に行くために、つんのめりそうになりながら、前に進みたいと思っている人々にとって、「和諧」を基調とした広告が受け入れられるかどうかは疑問だ。広告主もそれで満足できるのであろうか。だからといって、虚偽や違法の広告の跳梁を許しておいていいわけではない。
 虚偽や違法広告に対する規制は、上からのそれではなく、人々の足元からゆっくりとつくりあげていくしか仕様がないと思う。そういう意味でJAROの経験は貴重なはずだが、残念なことに、工商行政管理総局のお役人諸氏は、業界の自主規制という規制の枠組みに、あまり理解を示していないと仄聞する。


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