第11号 2005.12.22発行 by 渡辺 浩平
    デジカメ騒動異聞 <目次>へ戻る
 浙江省工商行政管理局はソニーのデジタルカメラ6機種の品質を不合格とし、省内における販売停止を命じた。12月13日のことだ。
 同局サイトの説明によれば、近年、大手多国籍企業のデジタルカメラへの消費者からの苦情が多数寄せられ、省内で販売されている6ブランド34機種のデジカメを検査したところ、13機種に品質基準を満たしていないものが見つかり、ソニーの6機種について「国家カメラ質量監督検験中心」による検査を行い改めて不合格が判明、同社の上海製造2機種と無錫製造4機種の販売中止を指示したというのである。
 ソニーは当初、アナログカメラとデジタルカメラの市場が並存しており、カメラの品質検査基準にも差がある、としていたが、二日後、6機種の販売停止を中国全土で行うことを発表し、申請されていた再審査請求も却下された。
中国メディアは本件を大きく取り上げ、なかには、浙江省の新聞社が新聞の大量購読と引き換えに、原稿の差し止めをもとめる「広報」活動が複数筋からなされたという、ソニーにとってはなんともよろしくないニュースも流れた。
 12月18日、同社は、品質不合格の原因は、担当者のミスにより、杭州の検査部門に提出したデータと実際の商品のデータが異なっていたことにあるとして、お詫びを表明、消費者からの返品に応じるとした。
 
写真:ソニーのデジカメ DSC-P200
問題となったソニーのデジカメの一機種:DSC-P200
(写真は、SONY Cyber-shotのページより)


なぜ浙江省工商行政管理局
 6機種の製品不合格の理由は、上海の二機種が画像のばらつき、ホワイトバランス、自動露出、液晶モニターの輝度の四点、無錫の4機種は画像と自動露出の二点と発表された。
 国の政府機関が検査を行ったのであるからして、6機種が中国の基準に合っていなかったことは明らかであろうし、ソニーが言うように、審査部門に提出したデータと実際の製品のそれが異なっていたというのであれば、そこには明らかなミスがあったと言える。しかし、今回の事の経緯と、同省の発表内容を仔細に見ると、釈然としない思いが残るのである。
 釈然としない第一点は、発表された日時だ。工商行政管理局の発表は12日夜、翌朝、浙江省の各紙は本件を報じた。なぜ、12月13日という南京大虐殺の記念日にこのような報道がなされなければならないのか。二ヶ月前の小泉靖国参拝が神舟6号の帰還日に行われた点に、中国政府が強く憤りをあらわにしていたことを、どうしても思い出してしまうのだ。
 もう一点は、不合格機種のうち発表されたのはソニーの6機種のみであった点だ。同局の説明によれば、ソニー6機種のみ更なる調査で不合格が確認されたので、国家カメラ質量監督検験中心の検査を経て、販売停止を指示したとしている。後にペンタックス製品2機種が含まれていたことが明らかになるが、なぜ、当初ソニーのみが名指しされたのか。問題が発覚した13機種のうち6機種がソニー製品であり、まずもって、ソニーの名をあげて中国消費者の注意を喚起するということが、行政当局によって行われることは、訝ることではないのかもしれないが、監督官庁が企業に対して公平性を欠いた行動をとる点に釈然としない思いが残るのだ。
 後で述べるが、中国においては、国内ブランドのデジタルカメラが発売されている。が、検査は国内ブランド製品に対しては行われなかったのか。ソニー製品の販売停止を命ずる通知の冒頭に「デジタルカメラの普及率は現在高く、庶民の生活に近い高級商品となっており、特に数社の多国籍企業のデジタルカメラのシェアが比較的高いが、近年、苦情が増えている」という文言がある。その文から推測するに、どうも、外資製品のみ品質検査を行ったようである。それはなぜか。
 こまかい点だがもう一つ気になることを書いておきたい。
 同局のサイトのトップ「今日工商」欄に掲載された12月16日付ニュースに「ソニーは『問題の携帯電話(中国語:手機)』の販売停止を発表した」というタイトル(それも『新聞晨報』の記事の転載)が掲載されていた。私は16日に同サイトでその記事に接し、ソニーは、携帯電話でも問題を起こしたのか、このように不祥事が続くと日系企業全体への信頼が低下するなと一瞬思ったが、本文に目を進めると、先の「デジカメ(相機)」のことであった。要は「相機」を「手機」と誤記していたのである。その誤りは12月21日朝まで続き、夕刻同サイトを見た際には、修正されていた。
 このような、一企業にとってビジネスの命運を決する重要な誤りを、監督官庁が行い、それが数日間ほったらかされるという杜撰さはどうにも理解に苦しむ。こういうことがなされると、検査そのものが、本当に理にかなったものであったのという疑念がわいてくる。
 もう一件指摘しておきたい点がある。
浙江省の工商局が、他地域で生産された外資製品の品質にケチをつけるのは、私の知る限り今年に入って三回目だ。
 一回目は、ネスレだった。ネスレの粉ミルクにヨード量の基準値オーバーが発見されたのである。メディアは大きく取り上げ、ネスレ問題は今年上期最大の企業スキャンダルとなった。次はP&Gだった。P&GのCFの製品効能データが虚偽ではないかという指摘である。パンテーンほか4製品のCFが差し止められた。その二つの判断を下したのが浙江省工商行政管理局だった。
 昨今「異地監督」なる言葉が使われる。異地監督は、主にメディアが他地域の不祥事や事件を告発することであると理解している。わが北海道大学大学院国際広報メディア研究科博士課程で中国のマスメディアについて研究を行っている西茹によれば、メディアの異地監督は地方政府からの反対により、今年に入ってから機能しなくなっているという。
 浙江省工商行政管理局が、黒龍江に工場があるネスレや、広州に本社のあるP&G、そして、上海と無錫で製造されたソニーのデジカメを告発したのも、異地監督といえるであろう。
しかしなぜ、かくのごとき、スタンドプレーを浙江省工商行政管理局が行うことができたのか。いかなる背景があるのか。どなたかご存知の向きはご教示いただきたい。
 
デジカメによる「産業報国」
 今回のソニーデジカメ販売停止のニュースに接して、まず思い出したのは「愛国者(aigo)」Vシリーズのデジタルカメラだった。愛国者Vシリーズとは、本年8月15日に、ファシスト勝利60周年を記念して発売された中国初の自主開発デジタルカメラである。VはもちろんVICTORY(勝利)のVだ。
 「愛国者」とは「花旗資訊」によるデジタル製品ブランドだ。同社は、若き経営者馮軍が指揮を執り、国慶節の折には社員が国旗掲揚に参加するなど、民族的色彩を前面に出した企業である。Vシリーズの記者会見では、「自主開発、産業報国」というスローガンがだされ、その広告コピーは「愛国者を、誇りとする」というストレートに民族意識をくすぐるものだった。同社のデジタル製品は神舟6号にも搭載された。
 Vシリーズの記者会見では、「新浪」のCEO汪廷が挨拶を行った。新浪は現在中国で最もアクセス数の多いポータルサイトだ。汪も民族意識を前面に出した経営者である。米国の華僑団体から端を発した、日本の国連安保理常任理事国入り反対署名運動を、新浪は中国大陸で引き受け、広く電子署名を集めた。また、本年7月7日の盧溝橋事件の日に、新浪は南京大虐殺史実サイトを開設し、その開設式で挨拶に立った汪は感極まって落涙している。南京大虐殺史実サイトの開設を、汪は企業の社会的責任であると述べている。
 汪CEOはその挨拶で、アテネオリンピックにカメラを携帯しなかったエピソードを披瀝し、それは「あまり好きではないカメラ」を持ちたくなかったからだと述べた。もちろん「好きではないカメラ」とは日本製を指す。その際に、同行した馮軍より「愛国者」の試作品を見せてもらったというのである。
 ここで私は「愛国者」シリーズの発売と、先の浙江省工商行政管理局の決定に連動性があるなどという、まさにゲスの勘繰りをしようとしているわけではない。今回の不祥事の原因は、まずもって、品質管理の不手際が指摘されたソニーの脇の甘さにあったと考えるのが、現下の情勢からみた理性的な判断といえるであろう。実際ソニーは、今秋発生したCCDの不具合が中国においても問題化しており、中国メディアもソニーCCD問題を大きく取り上げていた。同社に過誤がなかったというつもりはない。
 ただ、ここで断っておきたいことは、中国市場のほとんどをこれまで日本製デジタルカメラが席巻していたという事実であり、デジカメの普及に伴い低価格帯商品の販売合戦が起こり、先の工商局の通知でも述べられている通り、デジカメが庶民の手にも届くようになり、民族ブランドが市場に参入した、そのような状況のなかにソニーの不祥事が起ったということである。
 技術をわからぬ私が軽々しいコメントを述べるのは控えたほうがいい。少なくともここで言えることは、日本企業は、技術的に高い優位性を持ち、市場シェアの高い商品・サービスについては、細心の注意が必要だという点であろう。そのような領域においては、些細な瑕疵が大きな問題に発生する危険性があるということだ。
 技術優位の領域において、たやすく日本製品叩きがおこることは、近年しばしば見られる現象である。
 昨年起きた例だが、富士ゼロックス社の技術が中国の公民証に使われ、個人情報が日本に流出するとメディアが取り上げる事件があったが、磁気カードの印刷を受けおう企業が国内にはなく、日系企業一社に独占され、そこに「情報漏洩」と「民族的尊厳」という問題が絡まって問題化した。また、中国のポータルサイト「捜狐」のIT欄のBBSで「小霊通(日本のPHS)」は日本の技術なので買うなという大量の書き込みがなされたことがあったが、本件も、技術優位部門で起こった日本製品バッシングである。新幹線に対する導入反対運動も、日本の優位性のある部門と民族感情が重なったところで起こっている。サッカーアジア大会の日本チームへのブーイングも、技術優位部門で非難が起きやすいという原則はあてはまる。
 ただ、上記の問題と、今回のソニーデジカメ問題は様相を異にする。上記の事例はあくまで、メディアを含めた「民間」から烽火があがった事件だが、今回は行政当局が国家基準によって製品に不合格の烙印をおした。
 中国においても、民族感情と企業の問題を結び付けるべきではないという主張は、2000年の東芝事件の頃から見られ、その元となる狭隘な民族主義に対する批判が知識人の間で主張されてはいるが、なかなか社会の主流にはなりえないし、神舟6号の帰還と靖国参拝の同日化により、冷静な発言が通りにくくなったのではないか。
 日系企業と競合する新興企業の経営者は、「民族」を前面に押し立てて、中国消費者の心をひきよせようとする。そして、中国の行政当局はニュートラルな立場はとらないし、とれるはずもない。さらに、官庁間、中央地方の間に、さまざまな思惑の違いが生じ、空気を読めない日系企業がその間隙にはまるケースもある。
 12月20日付朝日新聞によれば、経済産業省による本件の聞き取り調査がはじまったという。
ソニーデジカメ問題はいましばらく事態の推移を見守る必要があるが、あらためて、日系企業が難しい課題をつきつけられたことは明らかだ。
 
<参考>
 ☆浙江省工商行政管理局のページ
 ☆「愛国者」のページ
 

<このページの上へ>
<目次>へ戻る