第12号 2006.3.13発行 by 渡辺 浩平
    CSRの制度整備と日系企業の対応 <目次>へ戻る
 前号で述べた通り、昨年12月、ソニーは浙江省工商行政管理局からデジタルカメラ六機種の同省内における販売停止を命じられた。それから二ヶ月もたたない2月9日、ソニーにあらたな問題が生じたのだ。
 2005年8月から11月に生産された液晶テレビ五機種のソフトウェアに「時間計測の過誤」があったというのである。具体的には、スイッチのオンオフが作動しない現象がおこるという。ソニーは、問題解決のためソフトウェアのバージョンアップを無償で提供する旨、9日付けで同社のサイトで、また翌日、中国消費報に公告を掲載した。
 メディアは、昨年のCCD、デジタルカメラの不具合と関連づけて報道した。今回の問題は、先のデジタルカメラとは異なり、検査機関の指摘を受けたではなく、自ら製品の瑕疵を明らかにしたものであったので、「今回のソニーの態度はまあまあ」というコメントを紹介する記事もあり、デジカメ問題が発生した時よりも、報道のトーンは穏やかであった。
 しかし、一部商店で販売停止がおこなわれているといった報道や、賠償問題に言及する記事もあり、同社は2月16日付けで、市場で売られている商品に欠陥がないことは調査済みであり、一部報道に誤りがあるとサイトに告知を掲示したのである。
 2月17日以降の報道には目新しいものはない。メディアを監督する当局も、ソニー問題については、かなり神経を使っていると仄聞するので、本件の報道はこれで幕引きとなるであろう。
 前号で、昨年の浙江省工商行政管理局の度重なる企業告発、デジカメ問題の発表日時、そして、昨夏発売された民族資本のデジタルカメラ「愛国者(aigo)」との関連性など、傍証に基づき、ソニーデジカメ問題をめぐる微妙な空気について書いた。
 はるか北海道から、中国大陸を眺めている人間にとっては、歯切れのよい回答を出すことは難しい問題である。まずもって、同社に脇の甘さがあったことは事実だが、ソニー製品のみを、それも微妙な時期を選んで販売中止とした浙江省工商行政管理局の行動は、穏当なものであったのかと言えば、決してそうとは言えないのではないか。北京のとある駐在員が書かれている「北京ビジネス最前線(http://plaza.rakuten.co.jp/beijing/)」というブログで、「愛国者」の「華旗資訊」は当初ソニーのディーラーとして成長した企業であるということを知った。
 ソニー製品の販売で体力をつけた会社が、民族色を前面に打ち出して、同社の競合製品を販売する。日系企業にとってよき教訓となった事件であった。
 
「軟競争力」
 ソニーの液晶テレビ問題が沈静化した2006年2月16日、17日の二日間、CSR(Corporate Social Responsibility)をテーマとする会合が商務部主催で開催された。初日の冒頭、商務部副部長ほか来賓の挨拶のあと、「中国公司責任報告編制大綱」「中国公司責任評価辦法」の二つの草稿が発表されたのである。
 前者は、今後、中国企業にも公表が求められる所謂CSRレポートの雛形であり、後者は、中国企業の社会的責任をどう評価するかというその基準だ。


「人民網の跨国公司中国論壇」のページの画像
「“中国企業・公司の責任・ソフト競争力”サミット」2006年2月16-17日開催)を報じる
人民網の跨国公司中国論壇(http://mnc.people.com.cn/GB/54849/58010/の画像)


 草案の発表が終わった後、初日の午前の部では、外資ではマイクロソフト中国、デュポン中国などが、民族系企業からは牛乳メーカーである蒙牛集団が基調報告を行い、そして、二日にわたって、「企業の責任強化と競争力」「企業の責任強化と政府、社会組織」「企業の責任強化と安全健康」「企業の責任強化と環境保護」「企業責任とCSRレポート」という五つのフォーラムが、多数の外資企業、民族系企業、中央官庁の担当者の参加のもとに開かれたのだ。
 上記二つの文書の編集にかかわった商務部多国籍企業研究センターは、ここ数年、積極的に海外にミッションを送り出し、多国籍企業のCSRの事例を調べている。同センターの主任王志楽が編集し2005年9月に出版された「軟競争力 多国籍企業の企業責任の理念」(中国経済出版社)によると、企業の社会的責任についての議論は、2002年からはじまり、その調査は2003年春からだという。2004年11月には欧州に、2005年7月には米国にミッションを送り出し、欧米企業、日系企業のCSRのさまざまな取り組みについて視察をしている。
 センター主任の王は、環境や社会への責任を含めたCSRつまり企業の社会的責任を、今後の中国企業に求められる「軟競争力」であると位置づけている。グローバルな企業間の競争は過去の「硬件(ハード)」の競争から、「軟件(ソフト)」の競争に移ったというのが王の認識だ。
 中国がCSRに対して当初から積極的であったというわけではない。2004年後半から海外視察がはじまった背景には、同年にSR(Social Responsibility)のISO(国際標準化機構)の規格化が決まり、先進国の企業がこぞって動き始めたことがある。中国企業はこれまでハードの競争に打ち勝つよう体力をつけてきたが、ソフトの力ははなはだ不十分であったことはご存知の通りである。
 いわゆるCSRといってもその含みこむところは広範囲だ。CSRというとすぐに社会貢献活動を思いだす。中国で言えば、未就学児童を就学させるために学校を建設したり図書を寄贈したりする「希望工程」のようなプロジェクトへの寄付と理解されがちだ。
 しかしながらCSRには、社員のモラル、組織の法令順守、取引先、関係先を含めたサプライチェーン全体の管理や、顧客に対する誠意ある対応、また、従業員への配慮といった、企業としてごくごく当たり前だが、細部まで徹底することは難しい課題も含まれている。相次ぐ炭鉱事故、また、松花江の化学工場爆発事故に象徴されるように中国企業は、社会への貢献が問われる以前に、安全管理といった企業経営の基本さえ危うい状態である。
 
CSRが障壁に
 2005年4月21日ザンビアで起った中国資本の火薬工場爆発事故では、51人が死亡している。その後の商務部の調査によれば、事故原因は、ずさんな生産管理にあったという。中国政府は、直ちに友好国ザンビアに50万米ドルの義捐金と6トンの慰問品を提供し、ことをおさめた。
 国連のアナン事務総長は、企業の社会的責任として、1999年にThe Global Compactを提唱し、先進国ではさまざまなガイドラインがうまれ、CSRの基準づくりには多くの非政府組織、非営利組織が関わっている。ISOでの規格化も間近にせまっている。
 国内で自足する企業はさておき、「海外に打って出る(走出去)」必要のある大手の民族企業にとって、CSRは先進国進出の大きな障壁となりかねない。本年1月には「公司法」が改正され、中国企業にも「社会的責任の履行」が求められるようになった。
 昨年のネスレから始まった外資系企業の不祥事摘発は、先進国と中国における外資系企業の安全確保や環境配慮に不一致がある点が指摘されたが、国内企業への注意喚起、啓蒙活動という要素もあったのではないか。
 商務部がCSRを強化している背景は二つだ。一つは、先に述べた通り、一部外資系企業に杜撰な製品管理があった、つまり、先進国の基準と中国のそれとの間にダブルスタンダードがあったという点だ。二つ目は、現在の中国企業の脆弱な「軟競争力」では、海外進出も、また、高まるサプライチェーン管理強化のなかで、特に欧州に製品を輸出している中国企業が、CSRの名のもとに、納入業者としての資格を失いかねない、そのことへの対策である。
 杭州市では、最近アパレル企業の社会責任についてのセミナーが開催された。同市のアパレル産業の輸出売上は36.67億ドル、同市の輸出総額に占める比率は27.2%にあたり、EUへの輸出はうち半分をしめる。
 現在、欧州では、納入業者のCSRの取り組みを厳しく審査する動きがある。例えば、BSCI(Business Social Compliance Initiative)というNPOが欧州の小売業、輸入業、メーカーを束ね、厳しいサプライチェーンの基準を決めている。私の知るブランドでは、エスプリやアドルフォ・ドミンゲスなどが、会員社だ。BSCIでは、18以下の労働者の雇用禁止、従業員の給与や社会保障、節水率、節電率などが細かく規定され、その基準をクリアしないと納入業者として認められない。報道によれば「わが市(杭州市)のほとんどのアパレル企業はBSCI基準と大きな隔たりがある」という。安全、労働者、環境への配慮といったCSRの基本を早急に構築せねば、18億ドルに及ぶ欧州へのアパレル輸出が危機に陥るかもしれない、そのための対策会議が、開かれたのである。
 中国の輸出基地広東省から伝わってきたニュースでは、米国のNGO、SAI(Social Accountability International)が実施する労働環境の改善を目的とする基準SA8000にそって給与を決めると、膨大なコストの増加を生むと悲鳴を上げている企業があるという。
 人民日報などの中央紙は、CSRは貿易障壁ではないとしきりに訴えてはいるが、地方のメーカーにとって、CSRは大きな試練となっているのだ。
 
求められる対応
 日系企業のCSR対策は、欧州に後塵を拝してはいるが、環境対策において技術力の高い会社が多いゆえ、概して日系企業のCSR指数は欧米系企業に比して遜色があるわけではない。
 下世話なもの言いだが、中国市場においてCSRは使えるのである。さらに、CSRは、胡錦濤政権が掲げる科学的発展観や和諧社会というスローガンにもぴったりとあてはまる。
 中国がCSR対策に乗り出したこの機に、日系企業は日本で行っているまたグローバルに展開している試みを中国において発信すべきだろう。かねていわれている、中国における社会貢献活動も黙して語らないのではなく、「陽徳」すべきことはいうまでもないが、むしろ、日系企業は、中国におけるCSRの基盤づくりに積極的に手を差し伸べるべきではないか。
 3月上旬、中国日本商会が開催した迎春会では、日系企業74社、287の中国における社会貢献活動を紹介した冊子が、マスコミや中国側関係者に配布されたという。日本の「陽徳」ははじまっているのだ。しかしながら、先の2月16,17日の商務部主催のCSRセミナーに出席した日系企業は、NEC一社のみであった。なんともさびしい話だ。
 9月に新しい総理大臣が決まるまでは、本業以外で、あまり目立った行動をとりたくないというのが多くの日系企業の本音なのではないか。しかし、日本と中国の間に、なべ底に焦げついたような問題があるからといって、日系企業までもが身を潜めるというのはおかしな話だ。中国のCSR制度整備への関与は、極めて重要な中国への「社会貢献」となりうるのではないか。
 

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