第14号 2006.7.3発行 by 渡辺 浩平
    総理の夢、乳業再論 <目次>へ戻る
 「私には夢がある、それは、全ての中国人、まず子供が、毎日500グラムの牛乳を飲むことだ」
 温家宝総理が、4月23日、重慶の乳牛飼育場で残した言葉だ。牧場の責任者に続けて、「みなさんが私の夢をかねえてくれることを希望する」と語ったという。
 ホワイトハウスの歓迎式典で、胡錦濤国家主席の演説が法輪功関係者により中断された翌日から、温総理は重慶にでかけた。初日は長安自動車などの生産現場を視察したが、二日目からは三峡ダムの建設により移住を強いられた農村を訪ね、農民の暮しに触れた。メディアは、牛乳のエピソードとともに、総理がある工事現場を視察した折に、労働者から「農民の良き総理」と書かれた「安全帽(ヘルメット)」が送られたことを伝えた。
 国家主席が国外で国の威信を示しているさなか、総理は、生産現場の安全性確保や、都市と農民の格差是正を国民に伝えるメッセージを発した。

重慶の「光大牛乳科技園養殖基地」を訪れた温家宝総理
重慶の「光大牛乳科技園養殖基地」を訪れた温家宝総理(news.qianlong.comより)
 
農村の牛乳消費は都市の10分の1
 この連載の3号「牛乳信仰」で、「学生牛乳飲用計画」に触れた。その発端が、日本人との平均身長の差であったとする部分が毎日新聞の「余録」に載った。ただ、ことわっておかねばならないが、拙文で述べた通り、この話のネタ元は、麗澤大学の三潴先生と外務省研修所の陳祖蓓先生が編集された「2004年度版時事中国語の教科書」である。毎日のコラムにはその点が触れられていない。その点について、余録掲載直後に毎日新聞社読者室に、引用の仕方が不適切ではないかとクレームを述べたが、返信がなかった。かねてから気になっていたので、書きとどめておく。
 本題にもどす。
 「総理の夢」は、牛乳消費から国力を伸ばすという先に紹介した考え方の延長線上にある。農業部の担当者(畜牧司副司長)は5月11日に記者会見を開き、中国政府は、「総理の夢」を実現するため、すでに「中国乳業11期五ヵ年発展計画と2020年長期目標」を策定したと発表した。その内容は、乳牛の品質改良、飼育の改善、乳業メーカーの大型化、乳製品の品質向上、そして乳牛飼育環境の保全よりなる。さらに、05年の乳製品生産量は2864.8万トン、1人あたりの消費量は21.7キロであり、中国の牛乳消費は世界平均の2割前後に過ぎないことを明らかにした。「総理の夢」を年計算にする182.5キロ、現在の消費量の9倍という規模だ。また、都市住民の乳製品消費量は24.8キロだが、農村部は2キロと10倍の開きがあることも明らかにされた。温総理の「すべての中国人」の意味は、牛乳消費の都市と農村の格差という問題なのだと理解できる。
 「学生牛乳飲用計画」の範囲は、現在52都市8862箇所の小学校に拡大され、毎日193万本の牛乳が提供されているという。ただ、3号で述べた数字(03年初め)は28都市、4468校で200万本配給とされていた。都市と学校の数は増えたが、消費量は増えていない。
 学校での消費量は頭打ちになっているが、国民全体の消費量は長足の発展を遂げている。02年の乳製品消費量が1400.4万トンだから、3年で倍近くになった。なお、中国の牛乳の主流は、「常温奶」と言われるロングライフミルクである。この点が日本と異なるところだ。
 一件、不思議なことがある。3号で触れた「一杯の牛乳が強い民族をつくる」というスローガンは、「学生牛乳飲用計画」が始まった際に、記事の中にしばしば使われていた言葉だ。中国側から出てきたスローガンと理解していた。しかしながら、5月11日の農業部の担当者の記者会見の記事では、このスローガンは、戦後、日本が、学校給食で牛乳を広める際に使用した言葉とされていた。「強い民族」の標語がいつのまにか日本のものにかわってしまっているのである。
 
乳業大手三社の業績
 農業部が乳業発展計画を改めて提起したのには、「光明乳業」の事故が関係している。
 昨年6月、上海の光明乳業の鄭州での分公司で、古い牛乳を回収し再処理して市場に出している事実が明らかになった。しかも、衛生環境の悪い工場での再処理の一部始終を河南テレビがスクープとして報道したにもかかわらず、光明乳業のトップは当初疑惑を一蹴し、十日以上たってから、不祥事を認めるという失策を演じた。光明乳業の信頼は失墜した。3号でも書いたが、光明は1950年代、一時江沢民が工場長をつとめていた会社だ、ながらく江の庇護を得ていたものと想像する。
 昨年は、これも以前書いた通り、ネスレの粉ミルクのヨード量の超過事件があり、人々の牛乳への信頼が崩れた年であった。乳業の振興策と温総理の発言は、そのような背景があってのことだ。
 現在の、乳業大手はまず、フフホトに本社を持つ「伊利乳業」がトップ。伊利は「回民」牛乳工場を前身とする。05年の売上は121億元。二位は同じくフフホトの「蒙牛乳業」。昨年108.25億元の売上をあげた。三位は、不祥事を起こした光明である。現在この三社が乳業大手三社だ。
 蒙牛は前回書いた「超級女声」のスポンサーである。同社は近年急成長を遂げた民営企業である。99年、創業したての頃の蒙牛の売り上げは4365万元に過ぎなかったが、00年に2.94億元、01年は8.5億元、02年は21億元という売上規模となった。(「蒙牛-高成長冠軍」蘆泰宏編『営銷在中国』企業管理出版社2003)
 05年は前年比5割増という破竹の勢いで、100億元の大台を突破した。108.25億元の売上には当然、「超級女声」の提供商品である「酸酸乳」の25億元が大きく貢献している。
 蒙牛乳業を起こした牛根牛もまた、昨今の中国の経営者にありがちな凡庸ではない人生を歩んできた人間だ。わずか50元で養父に売られた牛根生は、家業の牛飼いを継ぎ、伊利の前身「回民牛乳食品工場」で、牛乳瓶洗いの仕事をはじめる。伊利在籍の16年で、牛は瓶洗浄の単純労働から副総裁にまで登りつめるのである。その間、伊利のアイスキャンディーを97年には売上7億元のトップブランドに育てあげる。87年の段階では15万元の売上しかなかった商品である。
 牛は、1999年に100万元強の資本金で蒙牛乳業を設立、伊利の躍進の後をおいつつ、モンゴルの草原と乳業というイメージを巧みに利用し、昨年売上100億元の企業に蒙牛を育てた。
 と、私がかねてから蒙牛という会社に注目していたかのような書き方をしたが、実は「超級女声」を通じて、この会社を知ったに過ぎない。そこから調べはじめ、中国にはこのような会社があったのかと心底驚いた次第である。そして、さらに驚くべきことは、2002年に、モルガンスタンレーを含めたファンドが協同で、蒙牛に2.16億元を投資していたという事実だ。三社の資本比率は蒙牛全体の32%になる。
 2002年という年は、日本では雪印の解体が決まった年である。確かあの時、ネスレの出資意思表示に、政府が横槍を入れた。日本が乳業の保護政策を維持した年に、彼の地では、内モンゴルの新興乳業メーカーに、モルガンスタンレーが金をつぎ込んでいた。中国市場のダイナミズムをいまさらながら強く感ずる。
 
「超級女声」の広告効果
 5月末に北京に行った折に、「超級女声」を初めて見た。金曜日の夜ホテルに戻り、もしややっているのではと、地方テレビ局の衛星放送化によりやたらに多い中国のテレビチャンネルを、リモコンでカチャカチャかえてゆくと、視聴者参加の番組が多いことに気づいた。視聴者が披露する芸は、ダンスあり、演技あり、歌あり、モデルのようにただ舞台をすまして歩くだけのものもある。「超女」のパクリの番組が雨後の筍のように現れたのだ。
 派手なセットの画面が現れ、審査員のマイクにこれ見よがしに大きな「酸酸乳」とかかれたプレートがあったので、これだとチャンネルを止めた。
 「勝ち抜き」ではなく、「末位淘汰」と呼ばれる、審査員や観客の支持票の少ない選手が、去っていくというスタイルは、品はよくないが、意地悪な視聴者心理を強く刺激するものだ。流行語にもなった「PK(Player Kill)」がいかなることかもわかった。獲得票の一番下の選手が、下から二番目の人間と、また時に、彼女が指名した選手と一対一で勝負をするのである。もちろん歌でだ。そして、会場の観客が票を入れていくのである。投票の場面では、司会者はあれこれコメントを入れて引っ張り、CFはバンバン挟みこまれ、伸ばしに伸ばすのだが、思わずCFを待って見てしまう。
 「末位」の人間が去るシーンも見せる。選手達は一次予選からすでに一緒に戦ってきているので互いによく知っており、「淘汰」される選手と残った選手が泣きながら抱き合う姿は、思わずホロッときてしまう。番組は、そのように決勝戦へすすむ選手がしぼられてゆくのである。
 「瞭望東方週刊」(06年5月25日号)、中国新聞週刊(2006年6月5号)の記事によれば、今年の「超女」はおとなしめであり、審査員のコメントも昨年のように辛らつさがないという。前回紹介した劉忠徳の批判もあり、当局の指導もあり、テレビ局が自主規制をしているようだ。
 「藍皮書」と呼ばれる社会科学文献出版社が出版をしている分野ごとの調査報告書があるが、その『2006年中国文化発展報告』(張暁明他編、社会科学文献出版社2006)に「盤点『超級女声』」という「超女」の経済波及効果のレポートがあったので、「超女」の広告効果を記しておく。
 蒙牛が支払った費用はまず2000万元のスポンサー費に、1億元の広告費、その結果「酸酸乳」は25億元の売上をなし、その粗利は5.5億元と試算されている。売上は前年比三倍である。同レポートでは、「超女」は7億6650万元の利益を、関連する企業に提供し、間接的な経済波及効果を含めると何十億元にもなるという。
 蒙牛の今年のスポンサー費は6000万元に値上がった。湖南衛星テレビのスポットの料金も大幅に上がったそうである。しかし、先に述べた通り、類似のテレビ番組が陸続とあらわれ、さらに、中央電視台には「夢想中国」、東方衛星テレビには「我型我秀」などが「超級女声」を追っかけている。
 「超女」の成功を触れつつ、私は、1970年代の末の関西発の人気番組「ヤングOHOH」のことを思い出した。スポンサーは、日清食品、カップヌードルのCFが流れていた。この番組で、関東に住んでいた小学生の私は、吉本興業の芸人を知り、そして、カップヌードルも憧れの食べ物となった。
 ヨーグルトドリンク「酸酸乳」も「超女」という番組と共同歩調をとってヒットしたのだが、その背後に、政府の乳業振興策や、日本人との平均身長差といったエピソードが隠されているところが、興趣が尽きない点だ。
 話しがとりとめなくなってしまった。「総理の夢」に話を戻す。
 「総理の夢」を受けて、伊利乳業は早速、6月1日にSOS子供村という養護施設の子供たちへの牛乳の無償配布を行った。さらに6月7日には蒙牛も「総理の夢」に同調した社会貢献活動を発表。蒙牛のものは、一億元の予算を投じて、貧困地区500の小学校のべ5万から10万人の子供に250CCの牛乳を配るという計画だ。中国の民族企業は、かくのごとき「おべんちゃら」が実に見事だ。このように政策と連動し、メディアがとりあげざるをえない公益活動をすばやく実行することは、日系企業にはまねのできない芸当である。
 伊利は2008年のオリンピックのオフィシャルスポンサーに決まっている。蒙牛は、昨年、経営トップを公募すると発表し話題をあつめ(結果的に社内の人間に決まったが)、さらに今年は、香港ディズニーランドとパートナー契約を結んだ。
 さきの盧泰宏の書の蒙牛のケーススタディーの最後に、「蒙牛がネスレやダノンとの距離を縮めている」という一文があった。「総理の夢」が実現されれば、中国にも乳製品の巨大企業が誕生することとなるであろう。ただ、「学生牛乳飲用計画」の遅れやまた光明の不祥事を見ると、発展の障害が多いこともまた間違いはない。
 

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