第17号 2006.10.6発行 by 渡辺 浩平
    SK-Ⅱ事件をどう読めばよいのか <目次>へ戻る
 10月3日の朝日朝刊によると、韓国の食品医薬品安全庁は、10月2日、日本製化粧品SK-Ⅱから、微量の金属成分が検出されたが、健康に危害を及ぼす量ではないとして、事実上同製品の安全宣言を出した。
 台湾の薬物食品検査局は9月20日、シンガポールの健康科学院は22日、香港の税関当局は同22日に、同製品が人体に影響することはないと発表している。これで、「SK-Ⅱのすべての製品について、クロムとネオジムは原材料として配合しておりません」(SK-Ⅱサイト9月27日)というP&G社の声明がほぼ証明されたこととなる。
 
「覇王条款」
 SK-Ⅱ事件とは、広東省の検疫局により、マックスファクター(P&G)のSK-Ⅱ製品9品目から化粧品に使用が禁止されているクロムとネオジムが検出され、中国国家質量監督検査検疫總局(以下中国語と同様に「質検總局」と略称」)が日本からの輸入化粧品の検疫活動を強化するよう指示を出したことに端を発する。二種の重金属の含有量は、キログラムあたり0.77mgから2.0mgであったという。
 
「SK-Ⅱ事件を伝える人民網」のページの画像
SK-Ⅱ事件を伝える人民網のページの画像
 
 P&G社は、同日夜に二種の重金属の使用を否定、販売は中止しないとした。その後、同社はSK-Ⅱの返品に応ずるも、4つの条件を掲げる。1、医者の診断書、2、製品の領収書、3、製品が3分の1以上あること、4、処理の期間は10日以上、という4点であった。その後、返品を求めるユーザーがSK-Ⅱの販売コーナーに殺到し、同社が対応できない事態が発生。さらに、返品が出来ても、受取証のみが渡されるだけで、その場で返金に応じない同社の姿勢にも非難が集中、中国のメディアは、この条件を「覇王条款」「覇王協議」(横暴きわまりない条項、合意事項)」と報じた。
 9月22日には、上海の検疫当局もSK-Ⅱの三品目に使用禁止物質が混入されていたと発表し、P&G社は、事態の沈静化のために、製品の販売を暫定的に中止した。
 事件が拡大する中、中国メディアは、台湾、香港、韓国などで検査当局が同製品の調査を開始し、一部販売が見合わされている点は報じたが、検疫当局が、人体への影響なしと結論づけた点は、伝えなかった。
 P&G側が言うように、同製品から検出されたクロムとネオジムは「自然界に存在する」ものが混入したと考えるのが妥当なようだ。WHOの基準によれば、安全であると考えられる摂取最大量も、クロムが今回検出された量の100分の1、ネオジムは1000分の1であるという。分はP&G社の側にある。
 しかし、同社にまったく瑕疵がないともいえない。SK-Ⅱはしばしば消費者からのクレームを受けており、昨年は「28日の連続使用で皺が47%と減少」という広告文が誇大広告の疑いありと工商局からの指摘を受けていた。日本でも同様だが、SK-Ⅱは高額商品であり、大量の広告を投入し、ブランドイメージを築いてきた。所得の高い熱心なユーザーもいるが、高嶺の花で手が出せないと考える消費者が圧倒的多数であった。それだけに、有事の際の対応にわずかでも不手際があると、逆に、「覇王(横暴きわまりない)」と決め付けられることとなってしまうのである。
 SK-Ⅱ問題が発生する直前の9月13日に、同じく質検總局が魚肉ソーセージや沢庵など日本製食品30品目から、基準を超える防腐剤や細菌が検出されたと発表した。同總局は、21日にも、他の日本製食品から基準値を超える砒素などの物質が検出されたと発表した。日本から輸入された冷凍秋刀魚には、キロあたり2.22mgの砒素が検出され、これは、中国の最高限度量の22倍だという。
 メディアは、質検總局の発表を受けて、日本製品神話が崩壊した、否、そもそも、発展途上国に輸出する日本製品には、日本や欧米で販売する製品とは異なる品質基準があるのだ、と書きたてた。
 
中国の対日農産物輸出は前年比18%減少
 日本の新聞は、質検總局による一連の摘発は、「ポジティブリスト制度(中国名:肯定列表制度)」への報復措置ではないかと書いた。(例えば、毎日9月22日「食品・化粧品検査で日本製品を標的?」)
 ポジティブリスト制度とは、5月29日から実施された新しい残留農薬規制である。同制度により、これまで283品目に限られていた対象農薬が799品目に拡大し、規制量に国際基準がない場合は、一律に基準値が決められたのである。この措置により、農薬が風に運ばれて付着しても、違反となる場合が起り、日本でも、農協などが啓蒙活動を行い、神経を尖らせているという。(読売06年6月10日「食品の残留農薬規制、先月から強化 生産者も輸入業者も困惑」)
 中国にとって、農産品輸出の最大のマーケットは日本だ。2005年の年間売り上げは80億米ドルである。関連する農産品企業は6000社、1600万もの農民が対日農産品輸出に関わっている。
 中国においても、昨年末より、先の農協同様、同制度対策のために、企業への研修や、指導が行われてきたという。その音頭をとってきたのが、商務部と、そして、今回日本製品摘発を行った国家質量監督検査検疫總局であった。
 7月14日付けの人民日報日本版によれば、ポジティブリスト制度実施後、6月ひと月の対日農産品輸出額は、対前年同期比で18%減少したという。8月の減少もほぼ同様の値であり、ポジティブリスト制度は、対日農産品輸出に甚大な被害を及ぼした。
 この問題に関しては、商務部の薄煕来部長が5月末来日時に、当時の川崎厚労大臣に、
 1、中国の優良農産品企業への特別待遇の設置、検査項目・時間の縮小、2、中国側への技術的支援の提供、などを申し入れている。また、7月13日に北京で行われた第5回の日中経済パートナーシップ協議でも、中国側から、協議提案があったという。中国側は、日本のポジティブリスト制度を、表向きは理解を示しながらも、日本が貿易の技術障壁を高め、食料輸入を制限するために行った措置だと、と認識していた。
 日本と中国の報道を突き合わせると、質検總局の一連の日本製品摘発とポジティブリストの関連性は、否定できないものがあると考える。日中の経済と政治は不可分であることを、「政経分離」を掲げる安倍新政権に示すために投げた牽制球ともとれる。
 とはいいつも、かくのごとき政治的リスクを、ビジネスのなかでどうとらえればよいのかという問題は、なかなか悩ましい問題である。
 「中国情報局」の9月27日付け社説で、中国の一部の品質基準が日本よりも厳格である点を述べ、「曇りのない眼で中国市場に臨む」ことの必要性を訴えていたが、私も同感だ。
 P&G社の場合、店頭における騒ぎが大きくなり、「覇王」などいう言葉が使われた背景には、同社の中国の消費者へのコミュニケーションが、これまでいささか高飛車なものであった点が背景にあったし、仮に冤罪であったとしても、店頭対応は慎重であるべきだった。もちろん、それ以前に同社に運がなかった点は否定できないが。
 中国市場はなんとも扱いにくいところだ。その扱いにくさを回避するために、有事の際にいかなるリスクマネジメントが求められ、そのために平時にどのような準備をしておかねばならないかを、改めて私たちに知らしめたのが今回の事件ではなかったか。
 
浙江省工商行政管理局の悪のり
 ここで拙稿を終えてもいいのだが、SK-Ⅱ騒動に付随して、日本人にとっては気になる事件があったので書きとどめておく。
 またまた浙江省工商行政管理局である。同局が他地域企業の製品の品質摘発を昨今積極的に行っていることは、9号の「和諧広告」でネスレやP&Gの事例を、11号の「デジカメ騒動異聞」で、ソニーのケースを述べた。特に後者について、品質不合格の13機種のうちソニー製品6機種のみが名指しされ、さらに、南京大虐殺が行われた12月13日にプレスリリースが行われた点に疑問を述べた。
 今度は、9.18であった。柳条湖事件の起った9月18日に、仏系デパートカルフールで売られている寿司に、基準値を超える細菌が検出されたと発表したのである。たわいもない事件だが、工商局のプレスリリースは以下のような一文からはじまる。
 「寿司は日本の伝統食品であり、現在杭州の多くの消費者が食べている。しかしながら、寿司のような食品の品質に関心をよせる消費者は多くはない。」
 その後、寿司の摘発は、日本料理店に及び、同局より、寿司のような生ものは微生物が繁殖しやすく、消費者の健康を害することがある、という警告が発せられる。
 寿司が生ものであり、いたみやすいことは至極当たり前なことであり、事件前に、「寿司を食べてお腹を壊したという消費者からのクレームが多発した」のも、「三大鍋」と言われる杭州の夏の暑さや、いまだ悪しき流通の衛生管理を考えれば納得できないことではない。
 しかし、このようなことの発表になぜ9.18という日が選ばれねばならないのか。ソニーデジカメ問題を12.13に行ったことと同様、他意を感じてしまうのだ。
 同局のサイトで、ソニーのデジタルカメラ「相機」が、携帯電話「手機」と長い間誤記されていた点を11号で指摘したが、デジカメ問題から派生した消費者からの日本製品に対する罵言を、同サイトではなんの検証もなく、あたかも「2ちゃんねる」の掲示板のように掲載していたが、その点にもひっかかるものを感じた。
 公的機関が、このような児戯に等しいことをすることは、いま、中国がことのほか気にしている、対外イメージを著しく傷つけることになるのではないか。
 

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