第18号 2006.11.14発行 by 渡辺 浩平
    SK-Ⅱ事件の教訓 <目次>へ戻る
 10月23日、国家質量監督検査検疫總局(以下「質検總局」と略称)と衛生部は、微量のクロムとネオジムでは、消費者の健康に被害を及ぼすことはないとする声明を発した。翌日、P&G社は、SK-Ⅱの再出荷を数週間のうちに行うというコメントを出した。
 9月14日に、広東省の検疫当局が、SK‐Ⅱから化粧品に使用が禁止されているクロムとネオジムを検出し、質検總局が日本からの化粧品輸入の検査強化を指示してから、一ヶ月以上経った後の、同製品に対する事実上の安全宣言であった。
 
5000万元の損失
 前号で、台湾(9月20日)、シンガポール、香港(同22日)、そして韓国(10月2日)の検疫当局が、SK-Ⅱの人体への影響を否定した時点で、「SK-Ⅱのすべての製品について、クロムとネオジムは原材料として配合しておりません」(SK-Ⅱサイト9月27日)という、P&G社側の言い分は証明された、と書いた。安全宣言は、それから3週間もの時間が過ぎていた。
 質検總局と衛生部の声明はいう。
 「中国の国家基準及び多くの国において、クロムとネオジムは化粧品の禁止物質であるので、輸出入検疫当局がSK-Ⅱの9品目からクロムとネオジムを検出した事実を、今年9月14日に公表した。根拠は明確であり、検査結果は正しいものであった。しかしながら、化粧品の原料に微量のクロムとネオジムが混入されることは避けられないことである」。さらに、「P&G社は生産工程においてクロムとネオジムを混入しておらず、検出されたクロムとネオジムはもともと原料のなかに入っていたものだ。専門家によって、微量のクロムとネオジムは、消費者の健康に対するリスクは少ないことが確認された」。
 つまり、クロムとネオジムはもともと自然界にあったもので、それが原料に混入したのだというP&G社の主張を、質検總局が追認したということだ。
 10月28日の江南時報の記事によれば、この一ヶ月のSK-Ⅱの売上の損失は5000万元(日本円約7億5千万円)という。P&G社の中核であり、化粧品の外資ブランドとしてはトップの認知度を誇る玉蘭油(OLAY)の年間売り上げが約300億円とのことなので、その上のブランドのSK-Ⅱの売上が、月あたりそのぐらいというのは妥当な数字であろう。
 質検總局のミスにより、あるブランドが一ヶ月販売停止に追い込まれたという事実は、中国当局にとっても、企業側にとってもなんとも後味の悪い結果であった。質検總局と衛生部の声明の後、メディアは、「微量のクロムとネオジム」の存在をどうとらえればよいのか判断できないという、消費者の困惑した意見を多く報じていた。ユーザーの立場に立てば、そういう感想を持つのは至極当然のことであろう。販売再開となっても、元の売上規模に戻るまでには、かなりの時間がかかるであろう。
 客観的に見て、質検總局のフライイングに多く原因があると思える今回の事件だが、10月24日のP&G社が発した声明はいたって腰の低いものであった。
 「質検總局と衛生部の声明により、SK-Ⅱの安全性が明らかになり、中国政府の関係部門が本件に対して責任ある態度、慎重で科学的態度をとったことに対して、P&G社として感謝をし、今回の問題の解決の過程における合作精神を賞賛する」とし、同社の總経理は、「お客様の我々に対する忍耐と、パートナーの支持に感謝をし、同時に事件によって困惑をもたらせたことに深いお詫びをする」というものであった。
 前号で述べた通り、9月14日の質検総局の通知以降、同社が無条件に返品に応ずる姿勢を示さかなかったがゆえに、P&G側に批判的な報道がおこり、返品をもとめるユーザーに一部店舗が壊されるという事件が発生し、9月22日以降は、SK-Ⅱの販売を全面的に停止せざるをえない事態となった。「困惑」とは、危機に際しての同社の管理上の不手際による影響を指していると思われる。
 実は、化粧品にクロムとネオジムが検出されたのは、SK-Ⅱだけではなかった。9月22日の香港メディアの報道で明らかになったが、香港当局は輸入されたクリニーク、ランコム、ディオール、エスティローダーからも、クロムとネオジムを検出したというのである。広東省の港における、9月の化粧品輸入高は、前年同期比で7%減となった。輸入化粧品への影響は甚大であった。
 この一ヶ月、P&G社と中国当局の間にいかなる話し合いがなされたのかはわからないし、今後も明るみになることはないだろう。以前書いた、ソニーのデジタルカメラの問題では、中国当局から同社にお詫びの言葉が発せられたと聞く。今回の場合、経済的な補填が保証されたかどうかは定かではないが、中国当局から、同社に対して、なんらかの瑕疵を認める言葉が発せられたということは想像に難くない。
 
写真:店員のいなくなったSK-Ⅱの販売コーナー、上海華亭伊勢丹にて
店員のいなくなったSK-Ⅱの販売コーナー、上海華亭伊勢丹にて
 
製品ラインのポートフォリオ
 上の写真は、10月半ばに上海に行った折、淮海路の伊勢丹で写したものだ。伊勢丹のもう一店舗、南京路の梅龍鎮店では、資生堂が中国専用ブランドAupresの最上位ライン、Supreme Aupresの先行キャンペーンを行っていた。Aupresはご存知の通り、資生堂が中国の顧客向けに開発したブランドである。特に、生産拠点である北京では高い知名度を誇っている。Aupresは1994年の発売以来、目的別、顧客別に、さまざまな製品ラインが増えてきた。Supreme Aupresはその最上位に位置するものである。
 P&G社と資生堂を単純に比較するつもりはない。今回の事件は、さまざまな要因によってなりたっており、快刀乱麻を断つごとく整理ができる問題ではない。前号で書いた通り、今回の事件は、質検總局による日本のポジティブリスト制度への対抗措置という側面もあったであろうし、それを許した背景として、新政権が誕生したタイミングもあったと考えられる。ただ、そのあたりを詮索しても、はっきりとした結論を引き出すことは困難だ。
 ただ、ここで最低限言えることは、エンドユーザー向けの消費財において、最上位商品を、輸入にたよるということは、リスクをともなうということではないかということだ。現在中国で流通している化粧品で最も高級なブランドは、先のSK-Ⅱやランコム、エスティローダー、ディオールであろう。どれも、輸入品である。もちろん、資生堂もグローバルブランドを持ち、輸入もしている。そのマーケットに、資生堂は、中国専用ブランドのAupresにSupremeという名前を冠した商品を導入した。価格は、伊勢丹のプロモーション会場で見たものだが、300元検討といったところだった。上記の輸入品よりも安い価格だ。
 近年、化粧品市場が市場規模を拡大し、一部化粧品メーカーが時に関係法規に抵触するようなきわどい広告を出している背景としては二つのポイントがあげられるだろう。一つは、中国の女性の美容志向の高まりによる市場の伸び、もう一つは、中国のWTOへの加盟により、化粧品の輸入関税が順次引き下げられており、所得の増加とあいまって、高嶺の花であった欧米の化粧品が、中間層が手を伸ばせば、届かなくはない場所に降りてきたという点だ。中国における化粧品の市場規模は、05年の数字で80億米ドル。日本の数字が、04年で1兆4500億なので、早晩、中国の化粧品マーケットが日本の市場規模を抜く。世界の化粧品会社にとって、中国は主戦場となった。
 話を戻す。報道によれば、SK-Ⅱはかねてから、中国生産の準備があったという。おそらく、今回の事件後、現地生産の準備を加速するであろう。SK-Ⅱはマックスファクターが日本で開発したブランドである。P&G社は91年にマックスファクターを買収し、SK-ⅡはP&G社の傘下に入った。同社の化粧品の稼ぎがしらは、あくまでOLAYである。つまり、OLAYが同社にとっては実子であり、SK-Ⅱは養子のような存在であると言える。よって、今回の危機管理においても、P&Gらしからぬ、もたついたところがあったと想像する。
 外資をとりまく環境が変わってきたとしばしば言われる。私は中国の経済政策を丹念に見ている人間ではないので、偉そうなことは言えないが、外資と民族資本の法人税の不公平是正の動きや、民族資本側からの、関係省庁に対する外資引き締めの働きかけや、本国コラムでしばしば触れている、浙江省工商行政管理局の逸脱気味の企業摘発などから、外資をめぐる空気が、近年、変わってきたと感じてきた。まさに、「『外資歓迎』の終わり」(「週刊エコノミスト」臨時増刊号10月9日)ということなのだろう。
 消費財の製品ラインをどのようなポートフォリオで組むかという問題は、マーケティングの根幹に関わる。かねてから、中国において、品質の高い商品の発売を、欧米や日本に大幅に遅れて行うと反発を買うということが言われてきた。「日系企業は三流品を中国へ持ってくる」という故なき非難を受けかねないのである。
 外資歓迎の時代が終わった中国では、製品の最上級ラインを、中国製造することが、陰に陽に求められている。中国の求めにどう応ずるかは経営戦略の問題であるが、ただ、製品ラインのポートフォリオを考える際に、中国側の「歓迎度」を戦略的にいかに織り込むかという問題は、「外資選別」時代の新たな課題であることは間違いない。
 
 

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