第19号 2006.12.12発行 by 渡辺 浩平
    「超女碑」と「超男」 <目次>へ戻る
 「超女碑」のことを聞いたのは10月半ばの上海であった。
 日曜日の夜、知り合いを何人か食事に誘った。場所は、「蘇浙匯」の延安中路店とした。待ち合わせ時間は早いし、日曜日の夜なら予約をとらなくても平気だろうと踏んでいたら、さにあらず。18時で席は満杯、もと部下の王さんは「ここは予約を入れないとダメなのよ…」と、名刺交換をしたことがあるという店長を探すが不在、服務員はとりあってくれない。
 よその店に行こうということとなり、別の知人を待っている合間に「今回の用事は?」と聞かれた。「『加油!好男児』の取材、『超女』と今年の『好男児』についてまとめようと思って」と答えると、取材対象が、若者向けの素人オーディション番組だと知り、驚いた様子で「へえー、でも、碑が立つのはいくらなんでも…」という答えが返ってきたのだ。
 中国屋としてはお恥ずかしい話だが、小生、碑(bei一声)という音が聞き取れず、聞き返すと、レストランの予約はとらないは、碑などという単語も聞き取れないはと、王さん、教員などになって緊張感のなくなった元上司の私を、呆れ顔で見る。
 
英雄烈士のような「超女」
 昨年、ブームを巻き起こした「超級女声」の碑がいずこかに立ったことは分かったが、それ以上聞くことは忘れてしまった。忘れたというよりも、超女碑は、湖南テレビのお膝元である長沙にできたのであろうと勝手に想像していたのだ。また、11月25日に国際善隣協会主催の中国のテレビについてのシンポジウムが東京で開催され、そこに湖南テレビの人間も来ることとなっていたので、その時に聞けばいいとも思っていた。
 外務省の日中知的交流支援事業の助成を得たこのプログラムは私も関わっており、先の上海行もその仕事の一環であった。シンポについては、報道もなされ、中国研究の先達が企画者として多く関わっているので、詳細はその方々の報告にゆずる。
 パーティーの席上、湖南テレビのスタッフ(市場開発部)に、「超女碑って、長沙の中心部にあるの?」と聞くと、「あれはわれわれとは関係ない」と素っ気無い返事が返ってきた。つっけんどんな応対だったので、話題を変えた。
 札幌に戻ってから、ネットで調べると、10月半ばに、北京の郊外、通州宋庄なるところで開かれた芸術展で「超女紀念碑」が出展されたことを知った。そういえば、朝日の夕刊に掲載された中国の現代美術を紹介する記事で、中国の人気アイドルの彫像云々…、ということが書かれていたことを思い出した。
 超女碑は、深圳彫塑学院の院長をつとめる孫振華氏ともう一人の芸術家が創作をしたものだという。モデルは、2005年の超級女声グランプリの李宇春と二位の周筆暢。李は片手にとうもろこしを持ち(向かって右)、周筆暢(向かって左)は片手にマイク、もう一方の手でVサインをしている(とうもろこしの含意は、李宇春の「宇」と「玉」と音が近く、李宇春ファンを、「玉米(とうもろこし)」と呼ぶ、「米」とファンの意である「迷」も音が近い)。二人は並んで、片足を前方にぐっと踏み出しており、未来に向かって前進をするという体裁である。
 超女碑を伝える記事には、超女をあたかも英雄烈士のように描くことは、青少年にマイナスの影響を与えるという書き込みがネットに現れたことを伝えている。つまり、超女碑は、社会主義リアリズムの流れをくむ、英雄烈士像を模しているということだ。
 学院の所在地である、広東省の二紙、広州日報と南方日報が孫氏に直接インタビューをしている。南方日報の記事で孫氏は、超女はすでに文化現象となっており、超女は多くの「草根階層」を代表した存在であるので、「平民」の英雄として、定義したのだという。超女碑は文化への冒瀆ではないかという批判に対して、孫氏は、超女碑は所詮虚構の芸術なのだとかわす。そして、二紙のインタビューにおいて、北京での出展が終わった後、超女碑をぜひ、湖南テレビのビルの前に置きたいと主張をするのである。
超女は7億元の経済効果があったと書いた。湖南テレビの広告単価は、超女の放送以来、中央電視台に迫る勢いである。超女で湖南テレビが荒稼ぎしたことは周知の事実だ。さきのシンポで会った湖南テレビのテレビマンが、長女碑の話題に冷ややかな対応を示したのがわかった。
 
写真:超女碑
南方報のページに掲載された超女碑
 
「労働者とコルホーズの女性像」が修復できない理由
 そのインタビューを読んで思い出したのは、「幻影の時代」(東京創元社)の二章「英雄から有名人へ-人間的擬似イベントの氾濫」だ。「幻影の時代」はその副題「マスコミが製造する事実」が語っているように、「複製技術革命」以降、メディアはニュースを製造するために、さまざまな擬似イベントを作り出したことを、アメリカ史の専門家ブーアスティンが、多くの事例をもとに語っているマスコミ論の古典だ。二章では、現代という時代には、かつての英雄が、メディアがつくる有名人にとってかわった過程が描かれている。「中国彫塑史」という書籍もあり、論客としても知られる深圳彫塑学院の院長が描こうとしたのは、中国において、共産党が英雄烈士を作り出す時代が過去のものとなり、メディアが「消費される有名人」を作り出す時代に、変わった点なのではないかと思った。
 南方日報のインタビューのなかで、もう一つ、面白い発見があった。
「超女碑」のモチーフは、ソ連の彫像「コルホーズの労働者」だと孫氏が語っていると書かれていた点である。どこかで聞いたことがある名だと調べると、1937年のパリ万博のソ連館の前に飾られた「労働者とコルホーズの女性像」のことだとわかった。その像は24メートルという巨大なもので(超女碑は台座を入れて7メートル)、向かって左の労働者がハンマーを、右のコルホーズの女性が大鎌を持ち、二人は片方の足を大きく前に踏み出し、まさに、未来に向かって前進をするといった前傾姿勢をとっている。後に、モスクワに移され、国民経済達成博覧会場の前に置かれていた。
 英語のウィキペディアでさらに興味深いくだりにぶつかった。モスクワにあった「労働者とコルホーズの女性像」は2003年に修復のために解体されたという。修復の目的は、誘致が進められていた2010年のモスクワ万博のためであったが、万博が上海に決まり、モスクワ市もロシア政府も金の工面ができなくなり、解体された75トンのステンレススティールは修復の目処がたたなくなったというのだ。孫氏がその事情も含めて、超女碑を作成したのか否かは、インタビューからは読み取れない。
 これまた重箱の隅をつつくような指摘で恐縮だが、「労働者とコルホーズの女性像」はながらく、ソ連の映画会社、モスフィルムのタイトルの後ろの画像としても使われており、ソ連を代表する彫像であるにもかかわらず、南方日報の記者が、像の名前を誤記している点だ。「工人在集団農庄(コルホーズの労働者)」は明らかにおかしい。孫氏が言い間違えをしたのかもしれないが、記者氏は何も調べずに、記事を書いている。
 現代の中国の人々にとって、社会主義リアリズムも、かつてのソ連の栄華も、遠くなったということであり、孫氏の超女碑にこめた批評は、多くのネットユーザーはもちろんこと、記者氏にも伝わっていないようだ。
 
好男児VS超男
 本コラムはビジネスの役にたつヒントを書くのが本来の目的なのだが、今回は、文化にまつわる些事をあれこれ述べてしまった。最後に、少しお役に立つ情報を一件。
 11月25日のシンポジウムにおける、湖南テレビの報告では、同局が「快楽中国」という標語を掲げて、娯楽路線をとっていることが紹介されたが、そのなかで、来年3月から「超級男声」が始まるという紹介があった。ということは、東方衛星テレビの「加油!好男児」ともろにぶつかる。今度の「超男」では、出場者の年齢制限を設けないという。
 「加油!」について上海で行った取材については、稿を変えて改めて述べるが、興味深かった点は、「加油!」が、超女に対してなされた批判をかわすために、さまざまな仕掛けをしたという点だ。まず、番組の随所に奉仕活動などの社会貢献活動をいれ、出場者に年齢制限を設けた。批判回避の最も大きな仕掛けは、一位をチベット族の青年蒲巴甲に、二位を聾唖者の宋暁波に与えた点であろう。蒲巴甲のグランプリの後景には、「消費される男」でも指摘したが、青蔵鉄道の開通があろうし、また、宋暁波受賞の背景には、09年に上海で開幕されるパラリンピックがある。つまり、胡錦濤が述べる「和諧社会」の実現という音調が流れているのである。
 なお、蒲巴甲は、12月16日から東京で開かれる上海映画祭で来日する予定で、どんな「好男児」なのか見てみたいが、残念ながらその日は東京にいけそうもない。
 「消費される男」でも書いたが、「加油!」が競わせたものは「感覚」であったが、超男は「男声」と名乗る以上一応は歌であり(とはいいつも、李宇春はしばしば言われる通り、歌はうまくない)、求められるものが異なる。とはいいつも、現在、飛ぶ鳥を落とす勢いの湖南テレビと、映像メディアコングロマリットとしては中国最大の上海文広集団の看板番組が、来年3月から、イケメンオーディション番組で四つに組んで戦う。楽しみだ。
 
 

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