第21号 2007.4.4発行 by 渡辺 浩平
    信頼の喪失と宗教 <目次>へ戻る
 3月初旬に北京で買った「2007年中国社会形勢分析与予測」を読んだ。同書は、社会科学文献出版社が出している「社会藍皮書」と呼ばれるシリーズの一冊で、書名の通り、青色の表紙をしている。分野ごとの現状報告と予測が出ており、メディアや広告、文化産業など、自分の観察領域のものは、毎年目を通すようにしている。
「2007年中国社会形勢分析与予測」の執筆者の多くは社会科学院社会学研究所の研究者だ。数年前、同研究所の陸学芸が編集した中国の階層構造の研究は、日本でも話題になったのでご存知のかたも多いだろう。陸は、中国の社会階層が近年、低層が厚く、高層の先の尖ったピラミッド状態となっていることに警鐘をならし、それをオリーブ型の中間層の厚い構造に変えねばならないと唱えた。
 
 2007年中国経済形勢分析予測の本の表紙
 
「和諧穏定」を阻む要因
  同書の目的は、その冒頭の論文のタイトル(「中国は調和のとれた社会の全面的建設の新段階に入った」)が端的に示すように、「和諧社会」の実現が緒についたことを示すことでる。しかしながら、同書の二つ目の論文「2006年中国社会和諧穏定状況調査報告」を読むと、「和諧社会」の実現を阻む問題があまた存在し、中国の人々は不安を抱えて生きているのではないかと思えてくる。
 同論文の基礎データとなる「和諧穏定調査」は06年3月から7月にかけて中国全土で行われたもので、有効サンプル数は7061人。第一問として、「現在の中国の社会状況を概ねどう感じているか?」という問いがなされ、「たいへん調和がとれている」8.2%、「比較的調和がとれている」66.7%、「あまり調和がとれていない」15.1%、「全く調和がとれていない」1.8%、「わからない」8.2%という回答がなされている。
さらに、「現在の社会状況は安定的か否か」という設問には、「非常に安定している」10.6%、「比較的安定している」65.2%、「あまり安定していない」15.6%、「全く安定していない」1.8%、「わからない」6.7%と答えられており、中国の人々は、現在の社会を、「比較的調和がとれ(和諧)」、「比較的安定(穏定)している」ととらえていることが理解できる。
 生活の質についてみてみると、「5年前と比べて生活レベルは向上したか」という問いに、「とても向上した」9.7%、「まあまあ向上した」53.7%、「変化なし」22.1%、「いくらか下がった」9%、「かなり下がった」4.9%、「なんとも言えない」0.6%という結果となっている。下がったと認識している人々が、ほぼ14%いる。 
 また、内陸部と沿海部、農民と都市住民に代表される「社会群体(社会集団)」同士の矛盾についての認識では、「激しい衝突がある」4.8%、「比較的大きな衝突がある」18.2%、「いくらか衝突がある」44.9%と、社会集団同士の間に矛盾が生じていることを、過半数の人々が認めているのだ。そして、「2006年中国社会和諧穏定状況調査報告」の二章において、「和諧穏定」に影響を与える課題が指摘されている。「発展の不均衡」「収入、貧富の格差」、「医療問題」「就業難、失業問題」「不公平感」などである。
 どれも、しばしば語られる中国の社会問題であるが、「医療」がトップの社会問題として挙げられている点が興味深い。同論文では、「医療」「就業失業」「格差」が三大問題とされているが、その回答者の比率を見てみると、57.95%、33.45%、32.06%となり、一位の「医療」が突出している。4位の「汚職腐敗」が27.4%であるので、むしろ、医療は「一大問題」と呼んでもよい。
 
病院に行けない
「2007年中国社会形勢分析与予測」において、医療問題についても、一つの論文が掲載されている(「中国医療体制改革的探索」)。著者である北京師範大学の顧昕によれば、1990年から2005年の15年の間に、都市住民の所得は5倍から7倍に増加、農民の収入は平均4倍に増えたが、公立病院の治療費は平均12倍になったという。さらに、都市住民の65%、農民の79%がなんらの医療保険にも入っていないというのだ。
 昨今、中国の人々は、病気になっても、めったやたらなことでは医者に行かないと聞く。中国の病院では、診療費のとりっぱぐれがないよう、入院などの際に「押金(デポジット)」が要求される。デポを収めないと、治療が受けられない。私の友人(日本人)は日曜日に奥さんが激しい腹痛を起こし、病院に連れていったところ、盲腸と判明、数千元のデポジットを要求されたが、週末ゆえ持ち合わせがなく、苦しむ妻を病院に置いて、タクシーで金策に駆け回った。その病院が、日本の円借款で建てられたものであったがゆえに、その怒りはかなりのものであったが、彼の奥さんは事なきを得たので、幸運なケースと言えるであろう。病院でベッドさえ与えられず、人々が土足で行き交う廊下に寝かされ、金が払えないがゆえに、治療を受けられず死んでいく患者は少なくないと聞く。
 中国の病院が高いのは、治療費が引き上げられているからであろうと勝手に想像していたのだが、そうではないことを、顧論文で知った。診察に関わる費用は、政府の厳しい統制下にあり、治療費は、理髪師や、保安の仕事よりも安いと言う。では、何が高いのか、薬だそうだ。病院は、患者に処方する薬品に金を上乗せしている。病院収入の構成比を見ると、4割強が薬品の売上によってなりたっている。
同論文では、04年6月、雲南省宣威市で、市の衛生局が、関係者の反対を押し切って、薬の統一購入、統一販売を決定し、病院処方の薬価の価格引下げに成功した事例が紹介されている。「宣威モデル」の視察のために、他地域からの出張者が引きも切らずやってきたが、同モデルは、昆明市の区レベルで一部採用されたのみで、他の地域では、医療と薬品関係者の利益が考慮され、導入されていないというのだ。
 顧昕は、中国の医療制度の問題を、公共支出の少なさに求めている。中国では「衛生総費用」のうち、個人支出が33.7%、公共支出は66.3%であり、公共支出を高める必要があるというのが解決の一方策だ。ほかにも、社会保険の充実や、街医者と専門病院の分化、医療制度の政府と市場の役割の連動など、さまざま提案がなされているが、私は、医療制度問題には明るくはないので、ご興味の向きは、同論文にあたっていただきたい。
 ただ、医療問題のかなり大きな問題が、ここでは語られていない。公共支出の配分の不平等の問題だ。
 3月上旬に中国に行く直前に、インフルエンザにかかり、タミフルを飲み、ふらつく体で北京に行った。その話を旧知の記者(日本人)にすると、中国では、インフルエンザなどでは、病院に行かないと言われた。病院は、「多売薬、貴買薬(薬をたくさん売りつけ、高い薬を買う)」ところ、それゆえ、インフルエンザごときであれば、水分をとって、寝てればなおると多くの人は考える。であれば、いま日本で問題になっている10代の異常行動とタミフルの因果関係という問題も起きないであろうから、それはそれで健全なことなのかもしれない。しかし、人々が病院に行かないがゆえに、小さな病気が発見されず、大病化し、そのことにより、医療費の膨張を助けているという指摘もある。
 記者氏によれば、医療の公共支出のうち、多くの金が、高級幹部の医療費に使われているという報告が衛生部より出ているという。確かに、中国の都市には幹部専用の病院があり、一般病院とは異なり、設備も整っている。一例として、退職した高級幹部が、郊外の病院で、数日、定期健康診断と称した「療養」をする。その手の金が馬鹿にできないそうだ。高級幹部の病気は、美食による成人病が大方、と彼女は言っていたが、あながち間違ってはいない指摘であろう。
 廊下に寝かされる病人と、郊外の医療施設で、ボーリングに打ち興じながら、健康診断をする幹部、それが、身銭ではなく、あくまで、職業に付随するフリンジベネフィットによる格差であるという点が、先の「不公平感」という問題につながっている。
 
不安感と宗教
 なんとも主観的な表現で恐縮だが、現在の中国社会には何か剣呑な空気がただよい、不安感を抱えた人が多いような気がする。先の「和諧穏定調査」は居民委員会を通じた、有効回答率99%という強制性の高いアンケート調査であり、どれだけ率直な民意が反映されているか疑わしいが、それでも、現状に対する不安や不満というものの片鱗が読み取れる。
 中国ビジネスに関わる人々は、この不安感や不公平感というものを意識しておいたほうがいいだろう。しばしば指摘される、「民族主義的感情」という問題も、この種の不安感と関係していると思える。改革から取り残され、行き場のない感情を持った人が、かなりの割合で存在するという中国社会の現実を頭のどこかにおいておくべきだ。
 中国社会に漂う不安感といったものは、容易に語れる問題ではないが、一件だけ述べて本コラムを終えたい。宗教との関係だ。
 中国には四半期に一度ぐらいのペースで行くようにはしているが、このところ、書店に宗教書が多くなったと感じていた。2,3年前からか、「励志」と呼ばれる自己啓発本が増えたことが気になっていた。どの本屋でも、ほぼ書棚一列を使って、ビジネスや人生における成功のノウハウを伝授する書籍がならんでいるのだ。本の表紙には、とりつくろった笑顔をした著者の写真が掲載されているのも、日本のその手の本と同様だ。
 自己啓発本の横に、宗教関係のコーナーがこれまた同じぐらいのスペースで現れるようになった。仏教、道教、キリスト教など宗教の区別はなく、時に雑多におかれているが、以前の宗教本と異なる点は、先の自己啓発本同様、装丁の色使いが派手な点だ。
 昨今、北京の知識人の間で、キリスト教信者が増え、彼ら彼女たちは、既存の協会ではく、家庭教会に行くという話を聞かせてくれたのは、中央宣伝部を激烈に批判したあの著名な知識人である。ビジネスで超多忙な友人は、風水に凝っており、出張中でも方角を気にし、途中で出張ルートを変えることもある。
 社会科学院の孫立平は、中国の社会問題を描いた三部作の第一作「断裂」(社会科学文献出版社03年10月)で、「信任危機(信頼の喪失)」が社会秩序を破壊している点を指摘した。
信頼の危機を埋める一助として、宗教が求められている。
 3月3日、人民代表大会に二日先んじて始まった政治協商会議において、主席の賈慶林は、その政治活動報告において、「社会の和諧を促進するために、宗教の積極的機能を発揮せねばならない」と語った。中国政府も、民心の安定のために、宗教の機能に注目している。
 信頼の喪失と、蔓延する不安感にどう対処するか、中国ビジネスに関わる人々にとっても、危機管理という側面から、心しておくべき中国社会の課題であろう。
 
 

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