第24号 2007.7.10発行 by 渡辺 浩平
    山西省レンガ工場事件と民主的権利 <目次>へ戻る
 以前、イギリスの外務大臣だったと思うが、現在、中国がアフリカで行っていることは、かつて帝国主義が植民地に対してやったことと同じだと断じた時、中国政府は、われわれは奴隷貿易をしたことはないと強く反発をしていたが、中国国内で長年にわたって、奴隷の売買に等しいことが、地元政府の黙認のもと、行われていたことが明らかになった。
 6月の半ばから中央のメディアが報じはじめた山西省のレンガ工場での「童工(児童労働者)」の強制労働事件である。
 私はこのニュースに接した際に、一工場の話であろうと早合点をしていたが、「亜洲週刊」の特集記事を読むと、人身売買による強制労働が行われているレンガ工場は、河北省の定州や、山西省の南部から河南省の北部の地域、さらには広東省にも広がっており、それも、十数年前からメディアが散発的に報道をしていた「周知の秘密」であったというのである1
 
5.27事件
 今回、当該地域のレンガ工場での強制労働が「秘密」でなくなったのは、失踪した子どもたちを持つ河南省の親たちが、連帯して声をあげたことによる。
 本年3月8日、16歳の息子が行方知れずになった河南省鄭州市に住む羊愛枝は、当初、ネットカフェを探し回り、何千枚ものハリガミをし、行方を追ったがわからず希望を失っていたところ、ある親から自分の二人の子どもが山西省のレンガ工場で強制的に働かされ、逃げてきたという話を聞き、羊はレンガ工場を回った。そこで目にしたものは、ハダカ裸足の垢まみれの子どもたちが、見張りにムチで打たれながらレンガを運ぶ光景であったと言う。
 河南に戻った羊母さんは、被害者家族と連絡を取り、メディアと接触をはかり、山西省の公安局に捜査の依頼をする。記者のルポが河南テレビで放映されるに及び「童工」問題は多くの人々が知るところとなった。
 しかし、レンガ工場は、親たちが動きはじめた当初、子どもを引き渡そうとせずに、工場間で連絡を取り合い、子どもたちを他所に移し、多くの「童工」は再び行方知れずになってしてしまったというのである。さらに驚くべきことは、一旦解放された子どもが、長距離バスで故郷に戻ろうとする際に、当地の労働局の監察員がその子を別の工場に連れて行き、仲介料をせしめていたという例もあるという 2
 強制連行された子どもたちは河南省が中心であり、その多くは鄭州駅やバスターミナルなどで誘拐されたという。現在わかっているだけで1000を下らない子どもたちが、失踪している。被害者家族の声が、ネットで流れ、河南テレビが報道するに及び大きな社会的反響を呼び起こした。
 1000人以上の子どもたちがいまも中国国内でまともな食料も与えられず、1日10数時間にわたって、暴力を振るわれながら働かされているという事実は、同胞に尋常ならざるショックを与えたことは想像に難くない。金正日が拉致を認めた時の日本人の衝撃の比ではないだろう。
 事態が大きく動いたのは、5月27日だ。山西省洪洞県のレンガ工場が摘発され、31人の奴隷工が解放されたのだ。くだんのレンガ工場は、村の党書記の息子が経営しており、河南省出身の男が仕事を請負、河南であつめた労働者を使ってレンガを生産していたという。請負人はレンガ1万個を380元で党書記の息子におろし、レンガの市場価格は、1万個で2000元から3000元ということなので、党書記の息子の儲けはなかなかのものであったと想像される。解放された31人のうち、9人は精神に障害を持っており、彼ら奴隷工は、6月に入って、交通費と慰問金を渡され故郷に返された3
 中央のメディアが、山西レンガ工場の事件を正式に伝えるようになったのは、中華全国總工会主席の王兆国が指示を出し、總工会記処書記の張鳴起の一行が、6月13日、9.27事件の現場を視察して後のことだ。
 
奴隷売買の産業連関
 先の亜洲週刊の記事によると、レンガ工場の奴隷工売買には、長年できあがった産業連関があるという。まず人さらいの実行犯がおり、さらった人間を監禁しておく中間業者がおり、さらに「包工頭」と呼ばれる頭がおり、レンガ工場のオーナーがいるという構図だ。包工頭が人一人を買う値段は、400元程度だそうだ。レンガ工場には、拘束されない正規の労働者や(それにしても、一日の給与は30元ほどで、給与は半年か一年に一度の支払い)、日雇いとして働きにでる農民もいるが、人さらいによって集められた障害者や児童を含めた奴隷工が多く働かされているというのである。先に書いた通り、彼らはまともな食事も与えられず、監視のもとに一日10数時間働かされていたという。洪洞のレンガ工場でも、1人がすでに死んでいることが明らかになっている。
 奴隷工の問題は、10数年前から記事がでており、中央も調査の指示を幾度となくだしていたという、しかし山西省の公安は積極的に動かなかった。
 洪洞県の例でも明らかなように、レンガ工場と地元の共産党幹部や公安は通じていた。被害者の親の証言によると、同郷の子どもをレンガ工場から連れて帰ろうとした際に、公安が「この子は数百元で買ってきたものだから、(中略)余計なことはするな」と言って止めたという証言もでている4
 山西省の公安は、中央のメディアがこのニュースを報道しはじめた6月半ばより、レンガ工場の摘発の強化をはじめ、同省の省長は謝罪し、自己批判を行い5 、6月28日時点で、568人の奴隷工が解放されたという6 。しかし、「童工」の多くはまだ見つかっていない。
 いま、私は奴隷工などという扇情的な語を使ったが、むろん、中国のメディアでは、そのような語は使われてはいない。先の亜洲週刊の記事によれば、「黒奴工」「拐賣(人をさらって売る)」「包身工(旧時代あった身売りによる奉公)」という語を使わずに、「非法用工(不法雇用労働者)」「強制労働」などの言葉を使用するようにとの当局の指示があり、また、ネットにおいても、「プラス報道」を増やすようにとの指示が出たという。
 しかし同時に、メディアは、山西省の公安当局が事件の捜査に積極的ではなく、また、先に示したように、地元の公安や労働監督部門が、工場主と通じているという被害者の親たちの証言をかなり自由に流している。
 中央では、王兆国の指示の前に何らかの意思決定があり、總工会書記の洪洞県の事件現場への視察があり、同時に、中央メディアに対して、扇情的な表現を避けての報道解禁のお触れがあったものと想像される。
 
認可行政の失政と民主的権利の保障
 5月末、薬品会社から645万元の賄賂を受け取り、GMP認証を乱発し、多くの薬害被害を引き起こした罪で、国家食品薬品監督局の元局長張篠萸に死刑判決が下された。ジエチレングリコール入りの歯磨きが国外で問題になっているが、全国牙病防治指導組(牙防組)という虫歯予防を促進する非営利機関が、本来は所管業務でない認証を乱発し、収賄の罪で改組された。
 中国の認可行政の失政があいついで明らかになっており、一連の食品薬品の不祥事と、衛生部部長の非党員起用は少なからぬ関係があることは間違いない。
 中央のお墨付きがあるからであろう、メディアは被害者の立場にたった報道をするようになった。「情報公開法」の施行や、また突発事件報道のメディアに対する罰則事項の撤廃が、この現象を加速させることは間違いない。
 胡錦濤は、6月25日の中央党学校の演説で、「社会主義民主政治」をおしすすめ、人民が直接、民主的権利を行使できるよう保障すると述べた。同時に、「中国の特色ある社会主義の偉大な道をしっかりと歩み、小康社会を全面的に建設する新たな勝利を得るために戦い抜こう」と述べ、中国共産党が現在掲げる中国の特色ある社会主義の道が、中国の発展と中国の人々が団結する方向であることを改めて確認した7
 「偉大」であるかどうかは私には判然としないが、共産党の一党独裁による「特色ある社会主義」を堅持し、いかにして人民の民主的権利の行使を保障するのか。食品薬品監督局の元局長や、「牙防組」の汚職から見えるのは、認可行政の明らかな失敗であり、唐山で明らかになったヤクザ社会と公安の癒着、また、山西省のレンガ工場の事件から見えるのは、人道にまったく反する共産党地方政府による略奪市場経済の一端だ。
 
 1 「掲開人口現代中国奴工産業鏈真相」『亜洲週刊』2007年7月1日号
 2 「山西河南成功解救379人」『京華時報』2007年6月16日
 3 「31名『黒窯工』重見陽光」『人民日報』2007年6月15日
 4 「労働観察部門渉嫌倒売童工」『江南時報』2007年6月14日
 5 「絶不譲一個犯罪分子逍遥法外!」『人民日報』2007年6月23日
 6 「『黒心工頭』老母幇我逃離黒窯」『江南時報』2007年6月28日
 7 「堅定不移走中国特色社会主義偉大道路、為奪取全面建設小康社会新勝利而奮闘」新華社2007年6月25日

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