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     第3号 2004.9.22発行 松 平  徳 仁
  (現代台湾法・政治 研究者)
    台湾における「文化的脱中国」の動きをどう見るべきか
 一、 来年の台湾総統選は、中国と縁を切るための文化革命を遂行しようとする「台湾主体派」と、自分たちの文化的アイデンティティーをやはり中国に求めようとする「中国主体派」の争いでもある。

1. 文化という視点から見れば、来年3月の台湾総統選の争点は、台湾国家を維持――見方によってはあらたに建設――するためには、政治面での反中国だけではダメで、文化面での「脱中国」もしなければならないと考えるか否か、との一点に帰着する。現職の陳水扁総統(「汎緑」連合=民進党・台湾団結連盟)は、「中国的なもの」に対する文化闘争もやむをえないという考え方に傾いているが、挑戦者の連戦・宋楚瑜(「汎藍」連合=国民党・親民党・新党)は、この「文化的脱中国」の動きに反対する。

2. 近代国家をつくるには二通りのやり方が考えられる。すなわち、人々が社会集団から国家へと自己統合するというやり方と、国家権力を握った政治勢力が人々を国家中心的な社会の構成員(国民)に改造するというやり方である。前者の文脈でいえば、現在の台湾には、日本の植民地支配が終結した1945年当時台湾の住民であった先住民と中国系の「福老人」「客家人」、そして1945年以降国民党政権とともに台湾に移住した「外省人」という四つの社会集団が存在する。しかし東アジアでは、現実に起こったのは後者のケースである(明治維新を想起せよ)。この場合、「国民」全員に同じアイデンティティーをもつことが求められ、それが必然的にある種の「文化大革命」を随伴してくる。

3. 国家権力による文化革命の試みは、すでに李登輝政権の後期に始まっていた。1997年、「台湾化」政策の一環として、中学校教科書『認識台湾』が編纂された。それまでの歴史教科書は中国史が中心で、台湾の歴史が中国史の一部として簡単に紹介されるにとどまっていた。これに対し、『認識台湾』では、台湾主体の歴史観、つまりオランダと日本の植民地だった歴史をも台湾史として認知する歴史観が表明されている。筆者の一人である呉文星・台湾師範大学教授は、歴史教育の目的は「国民のコンセンサスを結集し、国民の自尊心を打ちたて、国民のアイデンティティーを強化し、国民意識を形成することにある」と述べているが、これほど台湾主体派の意図をみごとに代弁した発言はないであろう。彼のいう「国民」には、中国人が含まれていない。

二 また、この文化革命に対する賛否は、それぞれ複雑な内部分裂を抱えこんでいる与野党の双方にとって、もっともコンセンサスを結集しやすいテーマである。

4. 「汎緑」(オール・グリーン)は、「台湾主体」への意志を最大公約数とする緩やかな連合である。陳水扁政権を支えているのは、民進党内の諸派閥、親民進党の企業家と知識人、李登輝派(台湾団結連盟・群策会)、「中国人」に強いエスニックな違和感や反発をおぼえる長老派プロテスタント教会など、互いに緊張関係にあるが、台湾を主体として考える点では一致している。

5. 他方、野党連合である「汎藍」(オール・ブルー)は、従来の「本省人」と「外省人」の緊張関係を引きずったかたちで、中国との政治的統一については積極的なグループ(統一派)と消極的なグループ(本土派)に分かれている。しかし双方は、ラディカルな「文化的脱中国」には反対するという点では一致している。

6. ここで注意すべきは、従来の「本省人」対「外省人」という図式がすでに有効性を失いはじめていることだ。たとえば、現政権の要人のうち、陳水扁の側近である馬永成・総統府秘書室主任、陳師孟・前総統府秘書長、林全・財政部長(財務相)ら三人は「外省人」である。なかでも陳師孟は、国民党の長老で、蒋介石の側近の中の側近と知られる陳布雷の孫でありながら、民進党員で強硬な台湾主体派である。また、「台湾映画」の代表的な作家である楊徳昌(エドワード・ヤン)と侯孝賢も、「台湾語」(福老人の言葉)を話す「外省人」である。他方、中国主体派の代表的な論客として知られる許介鱗・台湾大学教授は、「本省人」である。

三、 では、この「文化革命」の具体的な内容はなんであろうか。

7. 台湾主体派にとって、中国との一体化は台湾の独自性の消滅を意味する。また、歴史的にみても、「中国」「中華」という枠組の中では、台湾は中国の辺境、すなわち「鄙」にすぎず、中国からせいぜい(海からの侵略を防ぐ意味で)番犬の役割を与えられていたにすぎない。陸の帝国である中国の覇権と、その閉鎖的な「大陸性文明」から台湾を救出しなければならない。そこで、台湾主体派は、移民の島、そして海の帝国の植民地であった時代との連続性を強調することによって、「多様性に富む、開かれた海洋文明圏」に属する台湾を、描いてみせる。台湾主体派は、李登輝政権時代に始まった「中国脱出」の初歩的成果が、台湾の民主化であるという。そして、今後の課題は、「母なる台湾」を虐げた「中国の悪い文化」、つまり言語と歴史的影響を排除することだと主張するのである。

. これに対して、中国主体派はつぎのように反論する。国家概念の相対化により、中国との政治的統合は台湾の独自性の否定を意味しないはずである。そして、台湾の民主化は、「文化的脱中国」の成果としてではなく、むしろ中国における民主化の可能性を立証した貴重な経験として理解すべきではなかろうか。その意味で台湾は、すべての華人社会にとってお手本になる存在なのだ。また、植民地時期の歴史は、台湾主体の史観に立ったとしても恥辱の一頁であり、研究対象にはなりえても肯定的に受けとめることはできない。中国主体派は、さらに、海洋文明云々はひっきょう、「海の帝国主義」列強(オランダ・日本・アメリカ)の走狗に甘んじてきた台湾史の翳りの部分を隠蔽するための詭弁でしかない、と批判する。

9. 国家を社会の自己統合としてとらえる場合、文化的脱中国の是非については、社会集団の間で合意が得られなかったことが明白である。しかし、国家を、権力による社会改造の結果としてとらえる場合、合意がないことはさほど問題ではない。革命とは、つねに、権力を握った少数派が多数派に自分たちの理想を押しつける一連の出来事だからである。じじつ、陳政権下の台湾では、この二つの問題状況が同時に進行している。陳自身がこの文化革命にどこまで自覚的なのかは不明だが、2000年の総統選以降の論功行賞人事で、考試院(人事院に相当)など政治的中立が要求されている機関に乗りこんだ人たちのなかに、急進的な台湾主体派が多いことだけは断言できる。この人たちの独断で、国家試験から中国史・中国語をはずしたり、また逆に台湾史・台湾語を出題したりする事例が頻発している。そして、陳水扁がこれらの措置を容認したことで、文化革命の方向性はいっそう明確になってきたのである。

四、 最後に、この文化革命の外延について。文化的脱中国が政治の課題になった背景には、国際社会および華人社会の両方における「中国代表権」の争奪戦に共産党の中国が最終的に勝利した現実に対する、台湾の苛立ちや焦りがある。

10. 文化的アイデンティティーを中国と共有し続けると、台湾が中国から独立した国家として存続する正当性は危うくなるという意識が、すでに、『認識台湾』が刊行された李登輝政権時代から、あった。そしていま、陳水扁政権は、「台湾独立」の宣言と違い、文化政策の変更は純然たる内政問題なのだから、他国から文句をいわれる筋合はないと考えている。また、文化革命は、中国に対する関係で時間との競争であり、急がねばならないとも考えているだろう。

11. そして、陳政権の予想どおり、最大の「敵」である中国も、そして最大の「味方」であるアメリカも、いまのところ、台湾で進められている文化革命への態度表明を避けている。とはいっても、しかし、台湾から北京語が消えてなくなるような事態までを、中国が黙認し、もしくはアメリカが支持するとは、考えにくい。

12. 日本では、台湾は「反中親日」だからとこの動きに好感と同情を示す識者もいるようだが、認識が甘いというべきだろう。台湾と中国の対立は、本質的には、近親憎悪から政治的敵味方関係にグレード・アップした抗争であり、崇高な理念のために裏切りも欺瞞も辞さずという、普通の日本人には理解されない「硬性」をもっている。すなわち、政治的敵味方関係においては、いかなる感情論も打算も妥協も成り立たない。にもかかわらず、この動きにコミットしたいというなら、覚悟が必要である。

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