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     第4号 2005.3.25発行 by 村田忠禧
    中国学術情報データベース(CNKI)を使ってみて

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 CNKIを中国学術情報データベースと東方書店では名付けているし、それはそれで分かりやすいことだが、中国側の公式の説明だとChina National Knowledge Infrastructureの略称で、世界銀行の『一九九八年度世界発展報告』が、発展途上国における知識面での基盤整備に力を入れ、知識や技術における創造力における先進諸国との格差縮小を目指すべきことを提起したことに由来するとのこと。一九九九年六月からCNKIプロジェクトが始まり、これまでにも日本のいつくかの大学、研究機関に導入されているが、なにせ費用が高いため、私の所属する横浜国立大学のごときレベルではおいそれと導入することができない。それが今回、プリペードカード方式での利用が可能となり、ついでも、どこからでも自在に活用できるようになった。これは大変ありがたいことである。私のように実際の研究活動を主として自宅で行なっているもの(かなりの人文・社会科学研究者がそうであろう)にとって、とりわけ嬉しい知らせである。さっそくいくつか試してみたので、その結果を紹介したい。


 学術雑誌の収録の範囲について

 私が試してみたのは学術雑誌(中国期刊全文数拠庫)である。こちらは一九九四年以降の六四八五点におよぶ重要雑誌の全文データベースで、データは毎月末に更新されるとのこと。まずは自分に関係することから調べてみた。中国の雑誌に発表された私自身の論文がはたして登場するのだろうか。結果は七件と出た。その中には今回初めてその存在を知ったものもあった。上海市委党校発行の『上海党史与党建』一九九六年一期に私の東京大学博士論文として「井岡山時期毛沢東与中共中央」が訳載されているのである。これは一九八五年七月発行の『現代中国』五九号に発表した論文の抄訳である。私は訳者の陶柏康という人物を知らないし、博士論文などと詐称した覚えもない。さらに『中共党史研究』二〇〇三年一期に発表した「従改革開放以来的党代会政治報告的詞語変化来看中共十六大特点」が筆者に無断のまま『中共石家荘市委党校学報』二〇〇三年四期に転載されていることもわかった。この論文は『福建教育学院学報』にも転載されたが、こちらについては先方から転載の申し入れがあった。転載を除くと五本になる。しかしこの他に中国で発表されたにも関わらず検索結果には登場しないものがある。『百年潮』二〇〇四年六期に「尖閣列島・釣魚島争議」と題する拙論が掲載されている。これは私自身の書いた内容から編集部が独自の判断で一部削除して掲載したもので、本来のものとは必ずしも一致しないものだが、ともかくそれが検索結果として登場しない。同じく『百年潮』に掲載された矢吹晋さんの「田中角栄与毛沢東談判的真相」も、それを転載している『新華文摘』、『領導文萃』をも含め、まったく登場しない。同様に私が『中共党史研究』に発表した論文のうちの二本は『中国社会科学文摘』に掲載されているが、これも出てこない。
いったいこのデータベースの採用基準はどういうものなのだろうか、疑問が湧いてきた。他にも登場しない雑誌があるのだろうかといろいろ調べたところ、『全国新書目』、『党員文摘』、『読書文摘』、『青年文摘』、『知識窓』、『東西南北』、『海外文摘』など、いわゆる文摘ものがすべて対象外となっていた。全文テキストデータベースという性格であることと、論文のダブルカウントを防ぐための措置と思われる。東方書店の川崎さんに教えてもらったことだが、『百年潮』の他にも『中国語文』が交渉中ということでまだ収録されていないとのこと。『百年潮』は「期刊網」(www.qikan.com)で有料にてダウンロード可能になっているので、おそらくこれらは近い将来収録されることであろう。


 論文件数から見えてくるもの

検索する項目としては論文名、作者、刊名、関鍵詞などいろいろあるが、機構というのが発行元ではなく、論文筆者の所属を示すものであることが判明したので、大学ごとの論文件数を調べてみた。(以下の数値はすべて二〇〇四年一一月末段階の調査データ、したがって二〇〇四年についてはまだ変化する可能性がある)。一九九四年から二〇〇四年までの文理すべての全分野を対象とした場合、中国の大学で論文件数が一番多いのは浙江大学(五九九一二本)であった。北京大学(五二五五五本)は二位、清華大学が三位(五〇五八八本)、四位は武漢大学(四三〇七八本)であって、復旦大学(三七七六二本)よりも多い。浙江大学が首位というのは意外な結果であるが、おそらく大学の合併効果が出ているのだろう。
日本を含む海外の大学を中国語刊行物で見た場合、東京大学(六一三本)がカリフォルニア州立大学(五八一本)、ハーバード大学(五五〇本)、オックスフォード大学(一九二本)、スタンフォード大学(一五三本)、ケンブリッジ大学(一一七本)など世界の著名大学よりも多いというのも、正直なところ意外な結果である。日本の大学で東京大学に次いで多いのは京都大学(三七二本)、大阪大学(二六〇本)、東北大学(二五六本、なお検索する時には日本東北大学)、名古屋大学(二四七本)、九州大学(二四二本)、北海道大学(二一三本)と旧帝大系が圧倒的に多かった。私立大学では早稲田大学が一四四本でトップ。この数はケンブリッジ大学よりも多い。
大学・研究機関の所属する国別に調べてみると、中国語論文を対象にした場合、アメリカが一二六六二本、日本は一一三八五本、ドイツが三五四六本、ロシアが一六〇九本、イギリスが一三七一本と続き、日本の健闘ぶりが目につく。しかし英文刊行物をも加えるとアメリカと日本との格差(一五五四九本対一二三〇六本)は広がる。理工・医系でみると、中国語雑誌では日本(八〇七三本)がアメリカ(七二一五本)より多いが、英文雑誌ではアメリカ(二六五三本)、ドイツ(一二九六本)、日本(八五〇本)と日本の劣勢が顕著である。
中国国内には研究機構として各種のアメリカ研究所、日本研究所があるが、それら研究機構所属者の論文数からみると、アメリカ研究所関係は四二七本であるのに対し、日本研究所関係は一二三四本とはるかに多い。これらの事実を総合すれば、中国で発行された学術雑誌という角度から見た限りでは、中国の近年の学術の発展に日本はかなり貢献していることが見えてくる。しかし質的にどうかはこれらの数値からだけでは判断できない。


 キーワードとして登場する指導者

 毛沢東、周恩来、ケ小平、江沢民、胡錦涛、温家宝(朱鎔基は「鎔」がGBコード外なので除外せざるを得なかった)をキーワードにしている論文を検索してみると、面白い結果が見えてくる。表1を参照のこと。
 
表1
 キーワード 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 平均
毛沢東 3897 2195 2159 1933 1800 1988 2051 2606 2785 3556 2075 2459
周恩来 367 386 471 380 1346 442 337 338 359 366 184 452
ケ小平 5777 4413 3759 5828 6687 6521 4951 4550 4397 3895 2773 4868
江沢民 1006 1047 1826 2172 2423 1935 2701 4696 6234 4010 897 2632
胡錦涛 14 30 56 33 25 51 35 52 92 1212 630 206
温家宝 15 20 34 7 53 65 82 86 116 704 582 160

 一九九四年から二〇〇四年(一一月末段階の調査結果)を一年単位で調べると、毛沢東をキーワードとする論文が最も多いのは一九九四年、二番目は二〇〇三年となる。これは毛沢東の生誕一〇〇周年、一一〇周年と密接に関係する。同様に周恩来についても生誕一〇〇周年の一九九八年がピークになっている。ケ小平をキーワードとする論文は年平均で四八六八本に達し、この一〇年間、他の指導者を圧倒しているが、なかでも彼が死去し、一五回党大会で「ケ小平理論」が提起された一九九七年から一九九九年までは高頻度の状態が続いている。江沢民がケ小平より多くなるのは二〇〇一年からで、それは「三つの代表」の提起と密接に関係する。江沢民のピークは一六回党大会の開かれた二〇〇二年で、その後の下落ぶりは著しく、二〇〇四年の数値はまだ完結したものではないが、彼がもはや「賞味期限切れ」であることは明白だ。二〇〇四年はケ小平の生誕一〇〇周年ということもあるため、ケ小平がまた最高値を示すことは間違いなかろうが、胡錦涛、温家宝の数値も今後それなりに伸びるであろう。これらキーワードの出現頻度の変動は中国の学術論文の政治との連動性を反映しており、政治の動向を知るうえではそれなりに役立つが、科学的で客観的な学問の発展という視点からはとても歓迎できる事態ではない。


 「以人為本」をめぐって

 最近の中国の文献には「以人為本」(人間を出発点とする)というキーワードがよく登場する。経済、政治、法律関係の論文においてこれがキーワードとしてどのように現れているのかを調べてみた。一九九四年から二〇〇四年(一一月末調査段階)までに合計で四七八一本の論文が「以人為本」をキーワードとして使っていた。論文の表題に組み込んだものとなると一八四〇本ある。CNKIの高級検索では複数の組み合わせ検索が可能となるが、ここでは単純に「以人為本」というキーワードともう一つのキーワードが同時に使われている論文の現れ方を年単位で調べてみた。比較的出現頻度の高い語彙を選んでみると表2のようになる。


表2 キーワード「以人為本」の現れ方(1)
以人為本 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
組み合わせなし 64 102 179 196 221 257 462 572 679 894 1155
経済 18 26 68 47 65 70 127 167 190 267 393
思想 16 24 43 50 50 49 103 117 170 193 318
管理 33 68 102 99 119 133 195 230 290 360 296
企業 41 73 106 95 106 116 186 224 292 359 281
政治 8 8 20 15 17 12 42 54 78 86 112


 この現れ方を見て興味深いことは、第一には「以人為本」は確かに二〇〇〇年以降に急速に増大しているが、「三つの代表」のように突如として提起されたものではないことである。もう一つは「企業」「管理」など企業経営との関連で取り上げられることが多く、「政治」との関連で「以人為本」が大きく取り上げられるのは二〇〇〇年以降であり、とりわけ二〇〇四年に増えているという点である。
 「以人為本」の出現傾向をより具体的に把握するために、いくつかの語彙について三年間(二〇〇三〜〇四年はほぼ二年間)の平均値を示すと以下の通りとなる。


表3 キーワード「以人為本」の現れ方(2)

以人為本

1994-1996

1997-1999

2000-2002

2003-2004

経営

22

109

58

83

競争

12

68

61

92

質量

10

71

37

58

10

50

67

88

能力

7

22

32

52

服務

6

49

47

85

教育

6

47

41

59

幹部

6

32

19

41

規範

6

26

17

38

知識

3

31

55

65

人事

2

16

14

13

行政

2

10

8

30

民主

2

9

12

19

法律

1

7

8

26

公平

1

3

3

16

権利

0

3

2

15

誠信

0

0

6

13

人権

0

0

1

13

執政

0

0

0

39


 われわれは「以人為本、以法為民」という現在提唱されているスローガンを出発点にしてものごとを考えがちだが、「以人為本」というキーワードは実際には企業経営の面で先ず取り上げられ、法律や政治の分野で注目されるようになったのはつい最近のことである。
これらの数値の現れ方から、中国における改革は経済が先行し、政治の分野における改革はまだ初歩的な段階であること、しかし同時に企業経営活動における現代化が進展すれば、必ずや政治や行政の分野にも波及していくことが見て取れる。当たり前といえばその通りだが、それが学術論文の動向にも反映されていることは大切なことである。

 ここで紹介したのは論文の内容に立ち入った分析ではなく、表面的、形式的な情報の整理に過ぎない。ただこのような操作を通すと問題点の所在がそれなりに見えてくる。研究のための導入作業としてはきわめて有効なものといえよう。幸いなことにここまで紹介した操作だけでは、CNKIの使用料はかからない。プリペードカードを有効に使うためにも、ぜひこのような分析をしたうえで対象とする論文を探し当てることをお薦めしたい。



原載は東方書店発行『東方』第289号 2005年3月

 
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