第06号 2004.10.18発行 by 高井 潔司
    「国益」損ないかねない拙劣なODA論議 <目次>へ戻る
 日本の政府開発援助(ODA)が10月で50周年を迎え、ODAの見直し論議が盛んに繰り広げられている。日本の経済低迷で、援助に対する“疲労感”が広がり、ODA予算自体、年々、下降線をたどっている。2004年度のODA予算総額は1997年水準の70%という落ち込みだ。見直し論議は当然、どこを削るべきかという流れになる。
 そこで最も問題になるのが、対中ODAである。「中国の経済発展が目覚しい。軍事力が強化されつつある。独裁体制が続いている」――などの理由から、その継続に疑問の声が高まっているからだ。東京都内で10月3日、開かれたODAに関するタウンミーティングでも、そうした疑問が提起され、出席していた町村信孝外相は、中国向けODAについて「どこかの時点で卒業していただく時期が来る」と述べ、援助が環境対策や人材育成などの分野に絞り込まれつつあることを強調したという。新聞各紙をみても簡単な報道なので、町村外相がどこまで語ったのか不明だが、「どこかの時点」といった表現は何ともあいまいで、歯がゆい議論である。一番詳しい報道でも「中国の内陸部はまだ貧しい。そういった部分にも着目しなくてはならない」と述べた程度で、長期的な、あるいは戦略的な観点から述べたものではないことは間違いない。「卒業していただく」という言葉だけが独り歩きしてしまう。さっそく中国側から反発の声を招いている。
日本の対中資金協力支出総額
「中国情報ハンドブック2004年版」548ページ:蒼蒼社


 対中強硬論に媚びるODA論議
 朝日新聞は10月5日、6日の解説面で、上下にわたって「ODA50年検証と課題」を掲載したが、上編は「援助の歩み岐路に」の主見出しのもとに、中見出し4段で「『対中国』効果に疑問」と、対中ODAについて解説している。中国に関する部分を引用しておこう。近年、国民の間に「援助疲れ」の空気が広がっているとの指摘の後の部分だ。
 「長引く不況と、巨額の財政赤字、年金制度をはじめ将来への不安などが背景にある。対中国援助への疑問や、相次いで発覚する不祥事、無駄遣いに嫌気がさしていることもあるだろう。80年に本格化した対中国援助の累計は円借款を中心に03年度までに約3兆3千億円に達する。ODA大綱は「途上国の軍事支出、大量破壊兵器などの動向に十分注意を払う」との原則を掲げるが、中国は核兵器を保有し、国防費を大幅に増加させている。「民主化の促進」の原則にも相いれない体制だ、との指摘もある。経済大国化してきたうえ、第三国にも援助を続けている。「中国国民に援助が知らされておらず、感謝されていない」との批判に加え、サッカー・アジアカップでの反日騒動もあって、対中ODAは日中関係の改善に役立っていないとの見方もある。」
 これがODA50年、対中ODA4半世紀を検証する解説といえるのだろうか。3兆3千億円のODAが中国に対してどのような効果をもたらしたか、何も書いていない。中国はODAで核兵器を保有したわけでも、国防費を増加させたわけではないから、これで「効果に疑問」などというのは全く議論にならない。そもそも中国はODAを供与する前から、「核兵器を保有」していたし、「民主化と相いれない体制」であった。そのような国に、ODAを供与した目的は何か、そしてその目的はどう達成されたのか、されなかったかを検証することが本来のこの記事の目的であるべきではないのか。アジアカップでの反日暴動の抑止などODAに課せられた目的でも任務でもない。朝日のこの記事は、対中ODAを軍国主義化につながっているなどと偏見で対中強硬論を展開する産経論調に媚びるような内容だといっても過言ではない。
 読売新聞の社説(10月6日)に至っては、ODA50周年を論じた内容にもかかわらず、見出しがいきなり「対中円借款は打ち切る時だ」と、対中ODAを目の敵にしたような論調だ。この社説は50周年を振り返り、総括しながら、真ん中あたりから、「取り組むべき課題は、援助の企画・立案・実施体制の抜本的な見直しから国別やテーマ別援助のあり方まで、多岐にわたる。中でも急ぐ必要があるのは、対中援助の根幹を占める円借款の扱いだ」と述べ、対中円借款を俎上に上げる。その上で「これまで四半世紀にわたった対中円借款は累計で約3兆円にのぼり、経済発展に貢献した。だが中国は、今や世界第七位の経済大国に成長し、巨額の民間直接投資を海外から受け入れるまでになった。軍備増強を続けている。周辺国に対する援助拡大で影響力を強めてもいる」と、対中円借款見直しの理由を説明している。読売社説は「経済発展に貢献した」と書き、一応、ODAの成果に触れた上で見直し論を展開しているから、朝日の解説より、まだ筋が通っている。
 しかし、「だが」という接続詞の使用法は不適切というほかない。のちに詳しく述べるように、経済大国になったことは悪いことでもなんでもなく、そもそもそれが日本の利益にもつながるからODAによって経済建設を支援してきたわけで、この部分もODAの成果である。しかも、読売などが普段批判しているようにこの世界第七位の経済大国は、一方で広大な貧困層も抱えているし、環境やエネルギーという面でも大きな矛盾を抱えている。そもそも人口が13億という国家であるから、経済の全体規模は七位かもしれないが、一人当たりにしてみればまだまだ世界でも最下位のグループに属している。だが、「軍備増強も続けている」し、それなりの経済発展を遂げたのだから見直し論は当然であると筆者も考える。しかし、読売社説の結論のように「対中ODAは速やかに終止符を打ち、他に振り向けて有効活用すべきだ」とはいかない。まだまだ中国がODAを必要としているし、日本がODAを供与することによって得られるメリットも多いからだ。
 いずれの議論も結局、まず「卒業」ありきで、日本はいかなる戦略で巨額の円借款中国に投じたのか――という視点がない点が共通している。したがってどう卒業してもらうことが、お互いにとって利益になるか、落としどころを示せないで終わっている。


 確固とした戦略のあった対中ODA

 日本の対中ODAにはもともと確固とした戦略があった。日本の対中ODA開始は1979年12月に決定される。大平内閣の時である。当時中国は、前の年にケ小平氏が実権を掌握し、それまでの革命建設から経済建設に重点を転換すると宣言をしていたが、「改革・開放」といった方針もまだ定着しておらず、中国が政治、経済、外交など各方面、どのような道に進むか、不透明であった。その不透明さは、現在の中国の比ではない。したがって、対中ODA供与には、日本国内でも反対の声が強かったし、近隣諸国も、中国の不安定さ、そしてその一方で巨大さに警戒心を抱いていた。唯一アメリカ政府が国交を正常化させた直後で、日本の対中ODA供与に暗黙の了解を与えていた程度である。
 ODA供与は同月、大平首相が訪中し、中国側との首脳会談の後、決定される。この時、大平首相は北京で演説し、決断に至った経緯や理由について以下のように述べている。*1
 「今日、世界の各国が当面している問題はただ一国をもってして解決のできるものではなくなりました。今日の国際社会は深く相互に依存しなければ存立し得ない時代に入っているのであります」
 大平首相はポスト冷戦の国際協調の時代を見据えていたのかも知れない。
「今回、中国首脳各位との会談を通じ、中国が国際場裏においても、国際社会の平和と安定のため一層積極的な役割を果たそうとする用意を示されつつあることをうかがいました」
 その中で、中国もそれまでの毛沢東時代の孤立主義とは違って、国際協調の輪の中に入りたいという意欲を、ケ小平らとの首脳会談を通じて感じ取ったというわけだ。
 「世界の国々が貴国の近代化政策を祝福すべきものとして受けとめているのは、この政策に国際協調の心棒が通っており、より豊かな中国の出現がよりよき世界に繋がるとの期待が持てるからに外なりません」
 そして、国際協調を通じて、中国が発展することは、中国だけでなく、国際社会にとっても有利であるとの認識を表明し、日本がそれに協力する、つまりODAの供与を行うという決定をくだしたのである。
 つまり、中国が核保有国であり、民主主義とは相いれない体制ではあるが、この国を国際協調に取り込み、その経済発展に協力することは日本にとっても利益であること、そして中国自身それに意欲を持っているとの認識から、ODA供与の決定に至ったのだ。ODA供与によって、経済の発展を促し、国際協調と民主化への機運を高めよう、それこそが日本をはじめとした中国を取り巻く国々の利益にもつながるという認識だ。それがODA決定の戦略である。 


 中国の経済発展を支えたODA 
 ODAは中国の経済発展の基礎をなすインフラ整備を中心に展開した。中国の対外貿易を発展させるための港湾の整備、石炭をはじめ資源輸送のための鉄道の敷設や電化などに占める円借款のウェートは大きい。
中国側の資料*2をよっても、1981年から始まる第6次5か年計画から1995年に終わる第7次5か年計画までの15年間に、円借款は以下のような中国のインフラ整備に貢献している。
1、 鉄道建設(851億日本円)
電化した鉄道の総延長10、875キロのうち4407キロ(40.52%)
2、 道路(239億円)
高速道路(海南島235キロ、青島―黄島68キロ、合肥―銅陵136キロ)、重慶、武漢、黄石、銅陵の揚子江にかかる橋など。
3、 航空(670億円)
北京首都空港、武漢空港建設。全国空中交通管制システム
4、 港湾(7877億円)
石炭輸出用の石臼所港、秦皇島港。青島、連雲港などの海洋運輸用港など8港。1万トン級バース48か所。
5、 電力(2681億円)
新たに建設された発電所の総発電量5820万キロワットのうち648万キロワット(11.13%)
6、 電信(968億円)
敷設された光ファイーバーのうち16%。


 2004年版の日本政府によるODA白書は「日本のODAは、インフラ整備により投資環境を改善させ、教育、保健、衛生分野への支援等ともあいまって、海外直接投資の流入、輸出産業の振興につながり、これら諸国の経済発展に貢献した」と述べている。まさに上記のような貢献を指したものだ。
 このほか、水利、化学肥料工場建設、環境保護などにも利用された。この時期は中国が高度成長に向かう離陸期にあり、インフラ設備が重要であった。それに対する円借款の貢献の大きさがわかる。しかもそのインフラ施設の多くは日本の対中企業進出や貿易拡大のためにも大いに役立つものであった。



 優等生だった対中ODA
 こうして大平首相が描いたような中国経済の発展がなされたわけだが、それは結果としても決して日本にとってマイナスとなっているわけでも脅威になっているわけでもない。小泉首相は10月初旬、ベトナムで開催されたASEMの際、記者会見して以下のように述べている。
 「3年前に総理大臣に就任以来、中国の目覚ましい経済発展は日本政府として、また日本国民として、脅威と受け止めるべきではない、むしろチャンスである、機会が広がるのである、積極的にこれから日中の交流を拡大していくチャンスと捉えるべきであるということを表明してきた。当時はまだ、中国から日本に対する輸出、日本からとれば、中国製品の輸入がどんどん増え、日本の企業が打撃を受けるという見方が多かった。しかし、3年経ってみて、今や中国のめざましい経済発展によって、中国から入ってくる日本に対する輸入品のみならず、日本から中国へ輸出する品目もずいぶん増えている。貿易額も極めて大きくなっている。3年前に比べても大きくなっているし、10年前の日中貿易と比べると3倍に広がっている。現在でも日本の最大の貿易相手国は米であるが、おそらく来年あたりには日本の最大の貿易相手国は米を抜いて中国になるのではないかと、そう見込まれる状況になっている。それを考えると、日中関係は単に日本と中国の二国間関係のみではない。今回のアジア欧州会議(ASEM)会合の合間をぬって、温家宝総理とも控えの間で短時間ではあったが、懇談する機会があった。温家宝総理も日中関係は単に、二国間関係にとどまらず、アジアにとっても、ASEMにとっても、また世界にとっても日中関係は需要であるという認識を共有することができた」
 小泉首相は今日の中国の経済発展は日本にとっても利益であることを確認している。対中ODAは以上のように、経済的には申し分ないほどに成果を挙げた。日本のODAは、幾つかの国で指導者の不正蓄財の温床になったり、また活用されないまま無駄遣いされ、しかも回収不能になったプロジェクトもある。その意味でも、対中ODAはODAの中の“優等生”である。優等生は、表彰されて卒業されるのが普通であり、なぜ「効果に疑問」などという評価を受け、途中退学処分のような扱いを受けるのか、不思議でならない。これでは3兆3000億円を無駄に投じたと言う様なもので、自らの戦略を自己否定したも同然だ。外務当局やODAの関係機関もっとは反論や釈明の必要があろう。それをしないのは、対中ODA批判でお茶を濁しいておいてくれれば、中国以上に効果が疑問視されるODAについて批判を受けないですむと、だんまりを決めているのではないかと邪推したくなる。


 国際協調の立場に立つ中国
 もちろん、ODAによって経済大国化した中国は、軍事大国化した、独裁体制だという声は出てくるだろう。この点は全く問題がないなどというつもりはない。しかし、この間の中国の軍事予算の増大は、一つは発展した経済に見合うための防衛力の拡充であり、二つ目には台湾の独立傾向に対する備えであろう。この点について、評価は様々であろうが、それとは別にこの間に中国が国際協調の下、多国間の対話の枠組みに参加し、責任大国の役割を果たし始めたということを忘れてはならない。天安門事件や核実験などに際しては、日本はODAの一時停止などの措置によって、中国に直接是正を求めてきた。日本の強い要請によって、核拡散防止条約(NPT)に参加したし、ASEAN地域フォーラムにも加入した。包括的核実験禁止条約の批准にも前向きになった。軍事問題や安全保障、環境・エネルギーなどに関して、国際社会との対話に積極的になったのである。朝鮮半島の核問題をめぐる六か国協議を中国が積極的に推進していることはいうまでもない。軍事予算の伸びだけをことさら取り上げるのは、ためにする議論であろう。責任大国への道を歩んでいる。
 ところで大平首相は先の演説の締めくくりとして以下のように述べている。
 「相手を知る努力は、決して容易な業ではないのであります。日中両国は一衣帯水にして二千年の歴史的、文化的なつながりがありますが、このことのみをもって、両国民が十分な努力なくして理解しあえると安易に考えることは極めて危険なことではないかと思います。ものの考え方、人間の生き方、物事に対する対処の仕方に日本人と中国人の間には明らかに大きな違いがあるように見受けられます。我々はこのことをしっかり認識しておかなければなりません。体制も違い流儀も異なる日中 両国において、なおさらこのような自覚的努力が厳しく求められるのであります。このことを忘れ、一時的なムードや情緒的な親近感、さらには経済上の利害、打算のみの上に日中関係の諸局面を築き上げようとするならば、それは所詮砂上の楼閣に似た、はかなく、ぜい弱なものに終わるでありましょう」


 「国益」をないがしろにする「国益派」
 日本が戦後、ODAを受ける国から与える国に変ったように中国もそういう時期に入ることもあるだろう。見直しに反対しているわけではない。当然、卒業もある。しかし、ODAには多様な評価がある。
 慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科は、21世紀COEプログラムとして、読売、産経、朝日、毎日の4紙を対象に、「対中国ODAに関するメディア報道の分析」を行っている。それよると、4紙の基本的スタンスを「ODAに対する基本理念(国益か国際貢献か)」および「日中関係に対する基本姿勢(強硬か友好か)」によって分類すると、読売が「国益・強硬」、産経が「強硬・国益」、朝日が「友好・国際貢献」、毎日が「国際貢献・友好」という特徴が明らかになったという。つまり、読売はODAを、国益を重視した戦略援助と位置付け、国益にもとる援助は停止すべきとする。産経はまず中国脅威論の立場から対中強硬論を唱え、したがって援助を打ち切れという立場だという。
 ここでは朝日、毎日について触れないが、大平首相の決断から実際のODAの供与による効果の分析を踏まえるなら、対中ODAを、国益を重視した戦略援助という読売の観点から見ても、この4半世紀の対中ODAは、国益を十分確保した戦略援助であったといえよう。
 まず4半世紀の成果をきちんと評価すべきである。成果を互いに認識することによって、感謝もされるだろう。その上で、どう見直すべきか、議論すればよい。そもそも、効果に疑問を呈しておいて「感謝しろ」という国益派、強硬派の議論は奇妙な議論だ。3兆円が無駄だったという物言いは、効果を無にする議論であり、それこそが国益を損ねる。
 中国の軍事大国化を指摘して、ODAを打ち切った場合、今後いかなる戦略をもって中国の軍事大国化を抑止していくというのだろうか。ODAが十分なカードとして機能したかどうかは別として、一つのカードであったことは疑いない。犬の遠吠えのように軍事力の増強を非難し、脅威論を訴えれば訴えるほど、双方の溝が深まり、軍拡競争をもたらすだけである。まず新たなカードを示すべきであろう。それ以前に、環境問題やエネルギー問題、格差の是正の上で、中国がまだまだODAを必要とする発展途上国であることを思い起こすべきだろう。


 おわりに
 筆者自身は日頃、それほど国益について意識しているわけではない。しかし、マスコミで交わされるODA論議を見聞きしていると、ふだん「国益」「国益」といっている人物や組織ほど、本論で展開したように国益を損ないかねない議論をしていることがわかる。戦前の歴史を紐解くまでもなく、われわれは「国益」といった表現に弱い。「国益」を掲げられると、何も反対もできず、萎縮し、それにひきずられてしまう。だが、問題の本質は、何が本当の「国益」かということである。「国益」「国益」と言いながら、実は「国益」に反する言動を展開するものが結構いる。「友好派」「国際貢献派」も、「国益」論議から逃げず、何が本当の「国益」かをきちんと論じるべきで、「国益」を掲げて、「私益」を図る動きを抑えなくてはならない。




*1 大平首相のいずれの引用も『日中関係基本資料集一九七〇年―一九九二年』207ページ、霞山会発行
*2 林曉光『日本政府開発援助与中日関係』249ページ、世界知識出版社

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