第07号 2004.11.17発行 by 高井 潔司
    日中摩擦の深層解明を−相互報道の分析視角 <目次>へ戻る
 日常化する報道摩擦
 サッカー摩擦が一段落すると、次は東シナ海での中国による資源開発問題、さらに中国海軍と見られる潜水艦による領海侵犯事件と、日中間の摩擦に“種は尽きまじ”の状況となっている。一連の摩擦に共通するのは、マスメディアによる報道が摩擦を過熱化し、ケースによっては、マスメディア自身が摩擦の当事者になる場合もあるという点だ。
 例えば、アジアカップサッカーをめぐる摩擦では、日本代表チームに対する中国のサッカーファンによる執拗なブーイングなどを報じた日本の新聞、テレビの報道について、中国外務省報道官は「一部の日本のメディアは少数の人たちの行動を、ことさらセンセーショナルに書き立て、誇張した」と、日本メディアを批判した。*〔1〕
 こうした中国政府の態度表明を受けて、中国メディアが日本のメディア批判を展開するパターンは、2002年5月に瀋陽の日本総領事館で発生した北朝鮮からの脱北者による駆け込み事件でも見られた。逆に、中国側の報道でも、日本企業のサービスや欠陥問題をめぐって、マスメディアの商業主義化に伴うセンセーショナルな報道が問題となっている。
 両国間において、メディアが相互理解を促すどころか、相互不信を増幅する役割を果たしているのだ。こうした状況に対して、筆者らは99年から両国のメディア研究者やマスコミ関係者に呼び掛け、「日中コミュニケーション研究会」を設立し、様々な提言を行ってきた。また私の所属する北大の大学院国際広報メディア研究科には、現状の改善策を研究したいと入学を目指して来る中国人留学生も増えている。


 限界のある友好報道
 初歩的な提言は、摩擦を高めるセンセーショナルな報道を指摘しながら、もっと相互理解の報道に徹するべきだとか、日中間の経済交流の高まりとそれに伴う相互利益のため、メディアはもっと日中友好を大切にすべきという意見である。だが、相互理解、友好第一といっても抽象的過ぎるし、事態はその程度の提言で改善されるほどなま易しくない。そもそも摩擦の種となる問題が発生しているのに、友好という“蓋”をかぶせることでは問題の解決につながらない。一時的に蓋ができても、蓋がいったん外されるとますます問題をこじらせることになる。そもそも友好、不友好の基準は一体何か、それを誰が決めるのか、といった問題も残る。
 言論が統制されている中国ならともかく、「言論の自由」をたてまえとする日本の社会では、友好的でない報道を規制するといった発想はなじまない。やはり具体的な報道を分析して、その問題点を指摘し、是正策を考えていくほかないようである。


 全てを「反日教育」に帰す誤り
 サッカー摩擦報道で、中国系のメディアやメディア研究者に、最も槍玉に挙げられたのは、読売新聞8月5日付の「“愛国”教育が生んだ反日民族主義」という社説だった。*〔2〕
 「中国で開かれているサッカーアジアカップが、「反日」一色に染まっている」という書き出しで始まるこの社説は、「反日意識がとりわけむき出しとなった重慶のゲームでは、日本人サポーターに物を投げつけ、日本チームを載せたバスを囲んで罵声を浴びせる、といった不穏な動きまであった」と指摘し、その背景について、「こうした偏狭なナショナリズムは、中国自身が育てたものだ」と断じる。その上で「とりわけ戦後五十年の節目となった九五年、江沢民政権は、「愛国団結」を訴える「抗日戦勝キャンペーン」を大展開した。新聞、テレビは、旧日本軍の侵略、残虐行為を検証する報道であふれ、その後「反日」は愛国教育の基調となる。アジアカップのスタンドを埋めたサポーターの大半は、この「愛国世代」の若者たちだ。彼らにとって反日は、「自明の理」という感覚になってしまった」と、「愛国教育」を批判した。
 この社説は、ブーイング=反日=愛国教育と、あまりにも単純化してしまったがために、たちまち中国系のメディアの餌食になった。例えば、卓南生・北京大学国際関係学院客員教授は、かつて自身が東京特派員を務めていたシンガポール連合報に2日間にわたって、サッカー摩擦などをめぐる日本メディアの報道を批判した。
 「中国の“反日愛国主義”教育の具体的な内容は一体いかなるものか。北京当局は戦後50年を経た1995年になぜ特別に歴史教育を重視したのか。これは中国独特の現象だったのか、あるいはアジア各国に普遍的な傾向だったのか。同じ時期、日本の国内ではどのような動きがあったのか。日本は第2次世界大戦をどのような態度で総括したのか。話にもならない日本の国会の“非戦決議”や一部の地方議会が採択した“皇軍”に“感謝する”決議案などが、いかにアジアを刺激したか、どんな反応があったか、残念ながら日本の有力紙には全く反映されなかった。(日本)各紙の誇張と攻撃の重点は、“諸悪の根源”である中国の反日教育に置かれた」 
 卓氏にいわせると、中国だけでなくアジア全体が「反日」ということになる。こうなると、もう泥仕合である。
 まず読売社説の問題点を指摘しておこう。すでに述べたようにあまりにも議論を単純化している。中国当局の教育やメディアを通した“宣伝”がそれほどストレートに効果を持つものかどうか。マスコミュニケーション理論の研究分野においても、いまやマスメディアの報道が「強力な効果」持つという「弾丸モデル」で全てを説明する研究者は皆無に等しい。マスメディアの報道には限定的な効果しかないというのが通説だ。実際、天安門事件や法輪功という反体制運動を持ち出すまでもなく、宣伝教育を浸透させるのは、当局にとっても至難の業である。ましてや中国国民からもそれほど信頼されていなかったとされる江沢民政権であれば、その反日教育が効果を持つとしたら、単なる宣伝や教育だけでなく、中国国民の側から積極的に受け入れる何かがなくてはなるまい。それは、卓氏がいう「日本側の動き」つまり歴史教科書や靖国参拝といった問題かもしれない。95年に至って初めて反日感情が生じたのではなく、それ以前から 培われてきたものかもしれない。
 しかも、読売社説が言うように、中国国民の間に、「反日は、「自明の理」という感覚」が本当にあるのだろうか。筆者は事件の後、北京や上海、成都などを調査し、関係者にインタビューしたが、北京でも、「反日という動きがあったのは、日本・中国戦のあった「工人体育場」だけでしょう」という声が圧倒的だった。成都の大衆紙は重慶でのブーイング事件を全く報じなかった。それは成都の市民にとって何の関心もないことだからとの説明だった。中国外務省スポークスマンのいうようにまさに「少数の人たちの行動」であったといえよう。 
 問題は反日を確信する「少数の人々の行動」が、その場にいる人びとをも巻き込み、過激な行動へとエスカレートする構造である。北京である日本企業を取材した際、日本人支店長は、「ここにいる中国人社員から聞いたのだが、彼らもサッカーを見に行って、サッカー場ではブーイングしたそうだ。あの場ではそこの雰囲気に合わせて行動せざるを得ないという。この職場では日本企業の一員として協力的だが、サッカー場ではそういう空気があったという」と証言する。


 対日コンプレックスと反日の構造
ここ数年、反日的な動きに発展した事件を振り返ってみると、本来、一部の不心得な日本人の行動や日本企業の対応のまずさが、「日中間の問題」と格上げされ、「日本たたき」に発展した。一連の事件では、日本側の行動が、中国人の対日コンプレックスを刺激し、中国人及び中国が侮辱されたという過剰な反応へと発展する。だが、当事者でない多くの日本人からみると、一体なぜ批判の対象が「日本」なのかといぶかることになる。例えば西安の大学の文化祭で発生した日本人留学生たちのみだらなパーフォーマンスをめぐる暴動事件では、あくまで留学生たちの行為が問題なのに、なぜ「反日」デモや日本料理店への襲撃へと発展するのか、日本国内にいる者にとって理解できないし、それが反日教育のせいだと解釈されると、逆に「嫌中感」を高める結果となる。
 つまり、中国人の間に、日常的に「反日」という感情が充満しているわけではなく、戦争被害の記憶や民族蔑視に伴う被差別意識といった対日コンプレックスが存在しており、それが刺激されるような出来事に直面すると、「反日感情」として爆発するのである。このコンプレックスの醸成に、反日教育もひと役買ったということはいえよう。だがそれが全てではない。「反日」感情の爆発には引き金となる小泉首相の靖国参拝や集団買春、日本人留学生による卑猥なパーフォーマンスといった事件があった。それに加えて、「反日」を煽る中国のマスメディアの報道やインターネット論壇の存在がある。全てを反日教育に帰するのではなく、このような構造を明らかにしていってこそ、問題への対策も立てることができる。相互報道のあり方もこうした構造を解明する中で、検討すべき課題である。以上はまだ初歩的なアイデアである。ここで確認しておきたいのは、日中摩擦の背景には複合的な要因が絡まっているという点だ。


 日本メディア批判の問題点
この点では、反日はアジア全体の声だという卓氏の議論も、単純化という意味では同じ穴のムジナである。卓氏は、中国では日本メディア研究者として知られる。最近の一連の日中摩擦の事件では、必ずといってよいほど日本メディアを批判する論調を掲げて登場する。卓氏はいまや中国メディアの反日論調をリードするブレーン的な存在ともいえる。
 本論で取り上げた評論でも、日本メディアを厳しく批判した。そこでは産経新聞も朝日新聞も同列である。長文にわたるので、一部だけを引用してみよう。彼は朝日新聞にも、他の日本の新聞論調同様に、中国の大国主義的傾向、愛国主義教育を糾弾する部分があると紹介した上で、以下のようにいう。
「日本のメディアはこの機会を利用し、日本のタカ派政治家の指揮棒に従って、北京やその他の国家に圧力をかけ、アジア各国の歴史教科書の書き換えを要求し、日本の侵略と「抗日」の史実の叙述を和らげようとしているのではないだろうか。こうした論調は、「愛国主義教育」改革の強化を進める日本の今  後の歩む日本の方向を観察する者として、注目するところである」
日本軍国主義復活への警戒心が強すぎるのであろう。日本のすべての論調を同一視し、単純化して、軍国主義復活の一翼を担っていると非難してしまう。
 彼のもう一つの問題点は、事件の発端となっている中国の一部サッカーファンの動きについては、何の批判もしないことだ。対日新思考論議の際にも、同じような立場で登場した。彼の発想には、敵が譲歩しない限り、こちらから譲歩しない、こちらに非があっても、先に相手が非を認めない限り、自分は認めないという民族主義者特有の発想がある。サッカー摩擦では、まず中国の一部ファンによる非礼なブーイングや試合後の暴力という非があって、その上で彼の論理に従えば日本側の“過剰な”報道があったわけだが、そもそもの原因となった、中国外務省報道官でさえ認める中国側の非を認めないのである。
 日本メディアを批判する目で、時には中国メディアの現状を振り返って見ることも必要だ。卓氏の目は日本の非、日本の欠陥にしか向けられない。自身の足元を見ることがない。これでは、せっかくの評論も説得力を持たなくなる。


 多様な視点を、そして寛容な精神を
 筆者は2002年5月、日本新聞協会と中国国務院新聞弁公室が共催した「日中メディアシンポジウム」で基調講演を行った。その最後に以下のように述べたことを思い起こす。

 最後にいま私は大学院の授業で学生たちと、前世紀を代表するアメリカの著名なジャーナリストであるウォルター・リップマンの『世論』を読んでいます。1922年に書かれた文章ですが、以下のようなくだりがあります。それを紹介して私の報告を終わりにしたいと思います。
 自分たちの意見は、自分たちのステレオタイプを通して見た一部の経験に過ぎない、と認める習慣が身につかなければ、われわれは対立者に対して真に寛容にはなれない。その習慣がなければ、自分自身の描くヴィジョンが絶対的なものであると信じ、ついにはあらゆる反論は裏切りの性格を帯びていると思いこんでしまう。人びとはいわゆる「問題」については裏表があるということは進んで認めるが、自分たちが「事実」とみなしているものについては両面があることを信じていないからである。「事実」の両面性が信じられるようになるのは、長い間批判的な目を養う教育を受けて、社会について自分たちがもっているデータがいかに間接的で主観的なものであるかを十分に悟ってからのことだ。 *〔3〕
 最後の部分をもう一度繰り返します。「事実」の両面性が信じられるようになるのは、長い間、批判的な目を養う教育を受けて、社会について自分たちがもっているデータがいかに間接的で主観的なものであるかを十分に悟ってからのことだということです。両国の特派員たちはそうした問題を理解できるほど十分な教育と経験を持っているはずです。相互理解に向けた努力を期待したいと思います。
 「事実の両面性」を信じるどころか、事実を単純化する報道や評論では、対立者に寛容になれるはずもなく、対話さえままならなくなる。もちろん新聞報道には紙幅という制約があり、多様な事実、多様な側面を盛り込むことは難しい。だが、続報や検証報道などで、後日、別の側面を伝えることも可能なのだ。その努力を捨ててはならない。多様な報道を実現するには、「報道の自由」が不可欠である。その点で、中国側の報道規制が、今後、市場化の波を受けてどう変わっていくのか、注目したい。
 
 

        
*〔1〕 8月4日新華社報道「外交部呼吁文明观看亚洲杯中日决赛
*〔2〕 代表的なものは、8月6日シンガポール連合報HP「赢球后 日本保守派抗议中国历史教科书」(勝利の後、日本の保守派は中国の歴史教科書に抗議)符祝慧同紙東京特派員、8月13日同「罪首是中国的「爱国教育」——日本对球迷「反日」论调分析之一」(主犯は中国の「愛国主義」――サッカーファンの反日に対する日本の論調分析)同8月14日「分析之二」卓南生清華大学客員教授。8月8日香港明報社説「中國輸了球賽 日本輸了道理」(中国は試合に敗れ、日本は道理で敗れる)。ちなみに中国紙は押さえ気味で、インターネットの論壇を中心に日本メディア批判が展開された。
*〔3〕 W・リップマン『世論』掛川トミ子訳、岩波文庫上巻172ページ


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