第8号 2005.1.1発行 by 高井 潔司
    靖国は感情の問題ではなく、国際的信義の
問題ではないか
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 11月に、小泉純一郎首相と中国の胡錦濤国家主席、温家宝首相との間で、相次いで開かれた日中首脳会談で、中国側から小泉首相の靖国参拝問題が「日中関係の政治面での停滞と困難の最大の原因」と明確に指摘され、靖国参拝は両国の最大の懸案としてクローズアップされるようになった。靖国問題だけでなく、この夏以降でも、アジアカップサッカーをめぐる反日感情の爆発、東シナ海での資源開発問題、中国潜水艦の領海侵犯事件、李登輝前台湾総統へのビザ発給など、日中間において摩擦や対立が絶えない。しかも、この間、両国で実施された意識調査で、相手国に対する信頼度や好感度が急落し、冷たい関係は政治面だけでなくこれまで良好とされた経済面など様々な分野に波及することも懸念されるようになっている。小泉首相が「適切に対応する」と約束した靖国参拝問題の決着の方向があらためて注目される。靖国問題は多くの研究者が研究、分析し、マスコミも様々な角度から取り上げている。筆者はこの問題の専門家でもないが、学生の論文指導のために、幾つかの研究概説書や報道を読んでみて、「靖国は感情の問題」「靖国は国内問題」という取り上げ方にこそ、その紛糾の原因があり、また決着の落としどころも、そこから見えてくるのではないかと考える。〔1〕


靖国神社概要
http://www.yasukuni.or.jp/annai/index.html

 果てしなき「感情論争」

 「小泉首相の靖国参拝は中国人民の感情を著しく傷つける」――中国の指導者は靖国問題を取り上げる際、こう述べるのが一つの常套句になっている。靖国参拝を感情の問題として取り上げるのである。これに対して、小泉首相も参拝の理由を「心ならずも戦場に行かれ、亡くなられた方に心から哀悼の誠をささげ、不戦の誓いをする」と、これまた「哀悼の誠を捧げる」という感情で応酬する。そこで中国側は一般の兵士への追悼ならまだ許せるとして、靖国にはA級戦犯が合祀されていることを問題視する。胡錦濤主席は「少数ではあるが、A級戦犯は違う。中国が(A級戦犯を)嫌っていることを理解してほしい」〔2〕と述べたと報じられている。これに対して、小泉首相は明確な回答はしていないと見られるが、日本のマスコミでは、読売や産経社説がこうしたやり取りを「内政干渉」と決め付け、感情的対立を煽る結果となっている。また合祀を支持する人々は、日本人は鬼籍に入ると、神様や仏様になり、一般兵士であれ、A級戦犯であれ、靖国においてはすべて神様として祀られると、日本人の伝統的な文化、思考であると、中国側の主張を退ける。これに対して、中国側は中国では死んでも悪人は悪人だと、果てしない「文化論争」「感情論争」に陥ってしまうのである。
 国民間の感情的対立に陥ると、これを解きほぐすことは難しい。これを3年も続けていると、他の問題にも波及してしまう。小泉―温家宝会談での対中ODA打ち切り論議がそれだ。日本の新聞報道によると、小泉首相や町村外相の中国ODA卒業論について温首相は、「(ODA打ち切りの議論が)政府の責任者から出るのは理解しがたい。仮に、ODAを中止すれば、両国関係は、はじける状況になる」と批判したという。〔3〕対中ODAについては、筆者(高井潔司)のシリーズで取り上げたように中国の近代化に貢献し、日中経済交流にも貢献して、中国が一定の経済発展を遂げたいま、そろそろ卒業をという議論が出てくるのは自然であり、どの時点で卒業するかはあらためて協議すれば済む問題で、もし、「両国関係ははじける」などといった発言があったとしたら、これまでの両国の間の感情的なやり取りが、そうした感情的発言につながっているといえよう。李登輝台湾前総統の訪日ビザ発給問題も、本来訪日はそれほどの政治的効果を持つとは思えないのに、感情論に持ち込まれることで大きな効果を持ってしまう。感情論に持ち込むのは簡単だが、それは解決策になるどころか、摩擦や対立を拡大してしまう。


 東京裁判の否定――A級戦犯合祀の背景

 首相の靖国参拝については、すでにいくつも違憲判決、判断が出ているように、国内的には決して感情の問題だけではない。法的な問題でもある。また、決して内政問題にとどまらない。なぜなら、@A級戦犯の合祀については、その意図が彼らの追悼に留まらず、極東軍事裁判(東京裁判)を否定するという政治的な意図で進められたA中曽根首相は85年の公式参拝の後、86年、「アジア近隣諸国の国民感情を傷つけた」ことを反省して内外に向けて、公式参拝の断念を表明しているB靖国神社には、一部遺族の取り消し申し入れにもかかわらず、5万人近い韓国人、台湾人が合祀されている――といった事実があるからだ。したがって、国際的にみれば、歴史認識の問題であり、信義の問題ともいえる。
 まずA級戦犯合祀の経過を見てみよう。『靖国の戦後史』(田中伸尚著、岩波新書)によると、A級戦犯の合祀が明るみにでた1979年4月、靖国神社の藤田勝重権宮司は、その背景について「国民感情の面から延び延びになっていたが、戦後33年も経過していることや、明治以来の伝統から靖国へまつることが適当である、と神社内で判断した。A級戦犯とはいえ、それぞれの国のために尽くした人であるのは間違いなく、遺族の心情も思い、いつまでも放置しておくわけにはいかなかった」と説明したという。だが、これは表向きの説明である。同書は、A級戦犯の合祀が、「外国の手によってなされた一方的な裁判に屈することになり、神社としての責任は大きい」という崇敬者総代会の意思によってなされたとの当時の松平永芳宮司の経緯説明を明らかにしている。松平宮司の説明は雑誌『諸君』の92年12月号に掲載されている。この文章は、「誰が御霊を汚したのか――『靖国』奉仕十四年の無念」と題した中曽根首相の「公式参拝」を批判したものだが、合祀に踏み切った宮司自身がその経緯を説明したという点でも注目される。松平宮司はこう説明する。
 「いわゆるA級戦犯合祀のことですが、私は就任前から、「すべて日本が悪い」という東京裁判史観を否定しないかぎり、日本の精神復興はできないと考えておりました。それで、就任早々書類や総代会議事録を調べますと、その数年前に、総代さんのほうから「最終的にA級はどうするんだ」という質問があって、合祀は既定のこと、ただその時期が宮司預りとなっていたんですね。私の就任したのは五十三年七月で、十月には、年に一度の合祀祭がある。合祀するときは、昔は上奏してご裁可をいただいたのですが、今でも慣習によって上奏簿を御所へもっていく、そういう書類をつくる関係があるので、九月の少し前でしたが、「まだ間にあうか」と係に聞いたところ、大丈夫だという。それならと千数百柱をお祀りした中に、思いきって十四柱をお入れしたわけです」
 また松平宮司は、合祀の根拠として、「(昭和)二十八年の十六国会では、超党派で援護法が一部改正されました。それで、いわゆる戦犯死亡者も一般の戦没者と全く同じ取り扱いをするから、すぐ手続きをしなさいという通知を厚生省が出しているんですね」「国際法的にも認められない東京裁判で戦犯とされ、処刑された方々を、国内法によって戦死者と同じ扱いをすると、政府が公文書で通達しているんですから、合祀するのに何の不都合もない」と述べている。〔4〕
 こうした説明を読んでみると、合祀が「東京裁判」を否定する松平宮司や総代会の意図によって進められたことがわかる。ちなみに「国際法的にも認められない東京裁判」というのはあくまで松平宮司の個人的な史観である。
 日本政府の立場は明らかに異なる。サンフランシスコ講和条約の第11条で、「日本国は、極東国際軍事裁判(東京裁判)所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」とされ、日本は極東国際軍事裁判所の裁判を受諾している。
 もちろん宗教法人である靖国神社が総代会の意思として、東京裁判を拒絶する意味を込めてA級戦犯を合祀するのは自由であろうが、それはあくまで宗教法人としての行為であり、それを総理大臣が公式に参拝すれば大きな疑念が出てくるだろう。東京裁判を受諾している日本政府の立場と矛盾するからだ。ちなみに日中国交正常化自体、戦前の侵略行為について、日本側は反省の意思を明確に表明する一方で、中国側が侵略の歴史を一部の軍国主義者による犯罪的な行為であり、多くの日本人もその被害者というまさに「東京裁判」の枠組みの下で、実現したということも想起しなければならない。
 靖国神社に付設されている「遊就館」の展示を見ても、アジアの犠牲者、日本国内での空襲による多数の犠牲者などにはほとんど触れていない。それどころか、アジアへの侵略を植民地解放を促した行為として美化している。こうした自己主張をしている「宗教法人」への公式参拝について、アジアからの批判を、「戦没者をどう追悼するか、それぞれの国の内政問題」とはねつけることは説得力がない。もし、世界の首脳が進んで戦没者を追悼するため参拝してくる施設が欲しいというのであれば、全く靖国神社はふさわしくないだろう。靖国神社は、自身の歴史観を表明している宗教法人であるからだ。A級戦犯を合祀して以降、天皇陛下が参拝を自粛していることがよく理解できる。
 むろん東京裁判については様々な議論がある。だが、もしこれを否定するなら、「戦没者が今日の日本の繁栄」という以上に、今日の日本の前提条件を外すことになってしまう。いまから先の戦争の責任について、改めて議論するという際限のない混乱状態を引き起こすことになろう。


 国際的信義の問題――中曽根首相の公式参拝断念

 戦後四十周年の85年、中曽根首相は戦後の総決算として靖国神社の公式参拝を実行した。しかし、この公式参拝は内外の厳しい批判にさらされ、翌86年以降、中曽根首相は参拝を取りやめている。いまでこそ、積極的な靖国参拝支持派と目されている読売新聞の社説ですら、当時は「靖国神社公式参拝への疑念」という見出しで、「憲法上の議論がある靖国神社の公式参拝を、なぜしなければならないか、という疑問は消えない」「公式参拝から靖国神社の国家護持へと、ずるずると歯止めもなく進むことは、断じて許されない」「極東裁判でA級戦犯とされた人たちが合祀されていることに対する国民感情にも配慮すべきだ」「第二次世界大戦で三百十万人もの同胞を死に至らした東条元首相らは、戦争の犠牲者というよりは、加害者ともいうべき指導者で、多くの遺族の中にも拒否反応は強いはずである」「将来に向かって、公共のため殉職した人たちも含めた、宗教にかかわりのない慰霊のあり方を検討してもらいたい」と指摘していた。〔5〕
 さて、中曽根首相はなぜ公式参拝を断念したのか。それは当時の中国の胡耀邦中国共産党総書記に宛てた書簡で明らかにしている。 
 「私は戦後四十年の節目にあたる昨年(一九八五年)の終戦記念日に、わが国戦没者の遺族会その関係方面の永年の悲願に基づき、首相として初めて靖国神社の公式参拝をしましたがその目的は戦争や軍国主義の肯定とは全く正反対のものであり、わが国の国民感情を尊重し、国のため犠牲となった一般戦没者の追悼と国際平和を祈願するためのものでありました。しかしながら、戦後四十たったとはいえ不幸な歴史の傷痕はいまなおとりわけアジア近隣諸国民の心中深く残されており、侵略戦争の責任を持つ特定の指導者が祀られている靖国神社を参拝することにより、貴国をはじめとするアジア近隣諸国の国民感情を結果的に傷つけることは避けなければならないと考え、今年は靖国神社の公式参拝は行わないという高度の政治決断を致しました」〔6〕
 中曽根書簡で読み取れるのは、靖国問題が内政問題だけではなく国際問題であるとの認識である。中曽根氏は最近では、中国国内で当時批判にさらされ、失脚の恐れも出ていた胡耀邦総書記を窮地に陥れないため、この書簡を書いたと弁明しているようだが、書簡でも明らかなように公式参拝批判は中国国内だけから起きていたわけではない。しかも公式参拝断念は官房長官談話として公式に表明された。また中曽根首相は1986年の8月15日、A級戦犯合祀の取り扱いについては新たな具体策を検討中だと、記者団に述べている。つまり、分祀や他の追悼施設の設置ということであろうが、中曽根公式参拝からまもなく20年経とうというのに、日本政府はなんらその対応策を取っていないのである。ちなみに小泉首相も最初の公式参拝の後、福田官房長官(当時)に改善策を指示したが、何も具体的な成果を出せなかった。これでは中国や韓国から批判を受けるのは自然の流れであろう。
 一方、「日中関係の正常な発展を阻害しているのは、中国の「内政干渉」ではないか」と、中国側の批判を拒絶する読売社説(2004年11月23日)は 、「いわゆるA級戦犯合祀が公になった一九七九年以降も、大平、鈴木両首相らの参拝に中国はまったく抗議しなかった。首脳交流も続いていた。小泉首相の参拝を問題視し、対日外交カードに使うのは政治的ご都合主義ではないか」と指摘する。 しかし、この社説では見事に「中曽根隠し」をやっている。この方がよほどご都合主義ではないのか。


 遺族の意思無視の韓国・台湾人合祀

 『靖国の戦後史』によると、戦時中、日本国民として動員された台湾・韓国・朝鮮人の戦没者らが靖国神社に合祀されていて、その数は台湾出身者が27,863人、朝鮮出身者が21,181人に上るという。李登輝台湾前総統のように兄弟が靖国に祀られており参拝したいと政治的に利用しようとする人もいるが、合祀通知も受け取っておらず、また侵略戦争の犠牲になりながら、そのシンボルでる靖国神社に合祀されるのは耐えられないと「合祀取り下げ」を求める韓国、台湾の遺族も多い。
 同書によると、こうした遺族の要求を、靖国神社側は、「戦死した時点で日本人だったのだから、死後日本人でなくなることはあり得ない。また、日本の兵隊として、死んだら靖国にまつってもらんうんだという気持ちで戦って死んだのだから遺族の申し出で取り下げるわけにはいかない」(227ページ)と拒否しているという。
 A級戦犯を合祀する時は、「遺族の心情」を尊重するのに、取り下げを求める韓国や朝鮮、台湾の遺族の意思は無視されるのである。戦後補償から除外される一方で、靖国で「英霊」として祀られることに遺族たちは怒りが収まらず、日本政府や靖国神社を相手取り、不十分な戦後補償とともに、合祀取り下げを求めて、裁判を提起している。
 韓国や朝鮮、台湾の人々にとって、靖国問題は内政問題ではあり得ない。明確な国際問題である。そして、感情的には、韓国や台湾の遺族からみれば、政府も靖国神社もない。日本の信義の問題が問われている。
 靖国参拝=軍国主義復活という中国の大衆メディアのステレオタイプな日本批判には根拠は薄いが、靖国は国内問題だと、問答無用で参拝を重ねたら、問題がますます感情化して統御不可能になってしまう。靖国を国際問題として真摯に受け止め、日本の信義を明らかにしていくことが必要であろう。



                
〔1〕 友人の話によると、靖国問題で参拝を批判する有識者たちに右翼が街頭宣伝車を使って嫌がらせをするケースが目立っているという。また小泉首相に靖国問題で意見を具申した財界人に対し、安倍晋三前自民党幹事長は「いかに売り上げを増やすかということと引き換えにしていいのか」と批判したという。財界人がどのような意図で言ったのかを論じないで、財界人といえば金儲けと一括りにする政治家の発言は、まるで戦前の「言論統制」を思い起こさせる。
〔2〕 北海道新聞2004年11月26日付朝刊
〔3〕 読売新聞2004年12月4日付朝刊
〔4〕 『諸君』92年12月号167ページ
〔5〕 読売新聞85年8月10日付社説
〔6〕 これは書簡の一部であり、全文は『日中の風穴』(矢吹晋著、勉誠出版)参照。




  
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