第11号 2005.5.10発行 by 高井 潔司
            直面する日中関係の課題 <目次>へ戻る
 問題点は国民感情の対立ではなく、大国化に対する指導者間の警戒感にある

 前号で「党の統治能力が問われる「反日」報道の氾濫」と指摘した。しかし、事態は筆者の予想をはるかに上回るテンポで展開した。報道に留まらず、あれよあれよという間に、“反日感情”が中国全土に広がり、デモという形で表出してしまった。いびつな形で発達してきた「大衆世論」を、対日圧力に使おうとした中国当局の甘い判断が災いしたかっこうだ。かろうじて、外相会談、アジア・アフリカ会議首脳会議を利用した日中首脳会談によって、何とか、デモの拡大は食い止めることができた。だが、その後の小泉首相、町村外相の発言から見て、日中関係は今後も打開の見通しはなさそうだ。根底に、両国の大国化に対する互いの警戒感があり、事は外交戦略、安全保障戦略の違いにつながっている。両国の首脳が国民感情の問題にすり替え相手への牽制に終始し、その対立の溝を埋める努力を怠っていることが問題の本質であるといえよう。今回の「反日」デモの性格についてもより正確な分析が必要だが、本稿では直面する日中関係の課題について論じることにする。


 振り出しに戻った首脳会談

 険悪なムードの中で行われた外相会談で、日本側が破壊的行為と反日デモを分け、破壊的行為に対してのみ謝罪と賠償を求めたことで、中国側も振り上げたこぶしを下ろすことができた。デモを黙認し、対日圧力の一環にも使っていた中国当局にとっても、デモの勢いが予想を上回り、「危険水域」に向かっていたから、押さえ込む必要性もあった。そして、小泉首相が、過去の植民地支配と侵略の歴史を反省しお詫びするという「村山談話」を引っ張り出し、何とか、ジャカルタでの首脳会談にこぎつけた。こうして反日デモが沈静化したのは、周知の通りだ。だが、日中関係は振り出しに戻っただけで、打開の見通しは全く立っていない。首脳会談で、「歴史の反省とお詫び」は「行動で示して欲しい」と述べ、靖国参拝などで首相の決断を求めた。



平成17年4月23日、小泉総理は中国の胡錦濤国家主席と会談を行いました。日・中首脳会談で小泉総理は、「日中友好が両国のみならずアジア、世界にとって極めて重要だと確認し友好協力関係を発展させたい。」と述べ、胡錦濤国家主席は「当面困難があるが、中国として友好関係を強化させる方針に変わりない。中国の発展は脅威でなくチャンスだという首相の考えを積極的に評価する。」と応じました。(首相官邸サイトより。http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiphoto/2005/04/23asia_africa.html

 実は、筆者は昨年11月、約1年半ぶりに小泉首相―胡錦濤主席会談の際、「見守りたい首相の実行策」というタイトルで、こう書いた。小泉首相が靖国参拝について「適切に判断することに変わりない」と述べたに留まったことを受けた評論である。

 靖国問題を絶対条件にして、首脳会談を拒否する中国側の対応を、かたくなという議論もある。一見、もっともらしいが、問題を棚上げして会談に応じでもしたら、オポチュニスト首相は、靖国も歴史認識も中国は日本の主張を全て受け入れたと曲解してしまう――そんな懸念が中国側にあるのだろう。昨年(03年)の温家宝――小泉会談でそれが見られた。中国側の原則的振る舞いは、この会談における教訓だろう。
 小泉首相は会談後の記者会見で、「大局的見地から日中関係の強化を考える」と述べた。経済だけでなく、日中関係の安定は、両国だけでなく、アジア、世界の平和、安定、発展に関わっている。朝鮮半島にしても、あるいは国連安保理常任理事会入り問題にしても、中国の協力なしに前に進まない。真摯に地域の安定や国益を考えるなら、首相の発言は当然である。その実行策を見守っていきたい。(日中友好協会機関紙「日本と中国」2004年12月5日号)

 小泉首相は常に中国側からボールを投げ込まれているのに、その場しのぎの発言で、何ら具体的な行動を起こさず、今回のような事態を招いた。首脳会談で、再び「実行」が求められたわけだから、振り出しに戻ったともいえる。だが、その間に中国側の疑念はますます膨らんでしまし、中国全土にひろがった反日デモで日本の嫌中感情も否応なく高まった。小泉首相には、もともと「実行策」など取る気はないということではないか。それは今回の会談後の首相の発言などからも読み取れる。


 懸案は「靖国」から「台湾」へと発展

 例えば、最大の懸案となっている靖国参拝問題。首相本人は、昨年から参拝について口にしないからわかりにくいが、日本の各紙によると、首相に代わって町村外相が4月末、ニューヨークで政策演説を行い、悪化が懸念されている日中、日韓関係について、中国や韓国が、首相の靖国神社参拝が今の状況をもたらしていると主張しているのは、「誤解だ」とし、首相が参拝するのは、「日本は二度と戦争をしてはならないと誓い、心ならずも戦場に赴かなければならなかった方々に哀悼の誠をささげるためだ」と説明したという。
 これでは靖国参拝を正当化したのも同然であり、今後も継続するといっているようなものだ。戦争の犠牲者に哀悼の誠を捧げるのは結構だが、それがなぜ靖国神社でなければならないのか、いつまで経っても、何の説明がない。中国、韓国だけでなく、日本国内でも反対の声が賛成より多いのだから、きちんとした説明があってしかるべきだろう。すでに筆者が05年1月の本欄08号で指摘したように、靖国神社はアジアへの「侵略」を否定するためにA級戦犯を合祀したのであって、そこに小泉首相が参拝するのは、首相の「反省とお詫び」発言が本心でないと、中国や韓国の国民が疑念を持つには十分であろう。
 もっとも靖国参拝がいくら疑念を呼ぼうとも、それだけで日中関係をこれ以上悪化させるのは、中国にとっても得策ではないだろう。だから、中国側は国民感情を傷つけたという言い方で、日本に圧力を加えるに留まっている。
 しかし、根底には首脳間の率直な対話がないために、外交、安保をめぐって、双方の疑念が膨らんでいるのである。今後、靖国に代わって、より深刻な問題となるのは、台湾問題であろう。胡主席はジャカルタでの首脳会談の後、記者団に対して、「最近の歴史や台湾問題でのいくつかのやり方が中国とアジア関係国の人民の感情を傷つけた」と述べ、台湾問題に対する日本の姿勢について強い懸念を表明した。「最近の台湾問題に対する日本のやり方」とは、さる2月の日米の外務・防衛首脳による日米安保協議(2プラス2)で、日米の共同戦略目標に「台湾の平和的解決」を盛り込んだことにある。中国は、これを内政干渉として、とりわけ日本に対して強い反発を表明している。このあたりから、中国の大衆紙に夥しいほどの「反日報道」が掲載される。「反日」デモに至る中国国内の「反日」ムードは、この「2プラス2」あたりから始まっていることにもっと注目すべきだろう。
 ところが、町村外相は先に紹介した靖国問題に関する演説の席上、聴衆の質問に答える形で、台湾問題について、わざわざ「もともと台湾は日米安保条約の対象になっている」と言ってのけたのである。朝日新聞の報道によると、「同条約の極東条項の地理的な範囲に台湾が含まれると指摘した発言とみられるが、日本の外相が台湾を日米安保の対象と明言するのは異例だ」という。これに追い討ちをかけたのは、5月2日の欧州連合(EU)首脳との協議における小泉首相の発言である。読売新聞によると、協議では「軍事力増強を続ける中国を含めた東アジアの安全保障情勢について、日・EU間の戦略対話を強化していくことで一致した。小泉首相はEUが検討している対中武器禁輸の解除について『大きな懸念を持っている』と反対を表明した」という。この記事を受けた読売の解説記事では、中国が台湾の独立阻止を狙った「反国家分裂法」を制定したのに対して、日本は強い懸念を表明し、EUの武器禁輸解除が地域の軍事バランスを崩すと、禁輸解除見送りを日本が強く働きかけ、当面の禁輸解除合意が見送られたとの経緯が明らかにされている。大国化し、台湾にも攻勢に出始めた中国に対する小泉首相の強い警戒感が見え隠れする。こうした懸念を、日本の政治家が中国の指導者に対して直接、伝えたことはない。中国のいないところで、こぼしているに過ぎない。
 一連の発言を中国側が知らないわけはなく、当然のことながら、首脳会談での「日中友好重視」などいう小泉首相の発言が、その場しのぎであることを見抜いているに違いない。それによって、日本への疑念をどんどん膨らませてしまうことも見逃せない。したがって、京都で開かれたアジア欧州会議(ASEM)の席を利用した日中外相会談でも、中国側から台湾問題に関する町村発言に強い反発が表明された。
 台湾問題に対する日本の姿勢の背景にはアメリカの大きな影がある。2プラス2の共同戦略目標に台湾問題を含めたのも、アメリカ側の強い働きかけによるものだった。これに対し、中国側には、日米が台湾問題を口実に、「中国封じ込め」の動きに出ようとしているのではないかとの警戒感がある。それを阻止するには、日本を叩くことの方が効果的ということになろう。日本は歴史問題で傷を持つだけに、歴史問題や靖国問題が格好の攻撃材料となる。今回はこうした問題に関する日本批判、日本叩きが中国の大衆メディアを通じて、展開され、反日デモという形で表現された。台湾問題をめぐる日米中の3国の関係を以上のような構図で見る時、日中関係の打開策は首相の靖国参拝見送り程度では済まないより深刻なものだといえる。中国の大国化に対する警戒感の延長上にもあるからだ。


 疑念の連鎖を絶て

 しかし、以上は全く指導者間の無策、対話の不足から生じた疑念の連鎖であって、もともと中国の大国化、経済成長は、日本との相互協力、相互依存関係があってのことだ。両国の様々な対立、摩擦が、決定的な衝突に至らないのは、経済関係の太い絆があるからと言える。しかし、今回は反日デモによって、その将来に大きな陰りを作ってしまった。したがって、政治面での対話が緊急の課題となっている。
 実は日本の背後で、中国をにらむアメリカも、必ずしも中国封じ込めに動いているわけではない。例えば、アーミテージ前国務副長官は朝日新聞のインタビュー(5月1日付)に対して、「日中両国は、ともにほぼ対等という新しい状況に正面から向き合わなければならない」とした上で、「封じ込めはしたくない。むしろ国際社会への進出を支援したい。国際社会で有益な国になるよう、日米が支援しなければならない」と、“関与政策”を訴えている。
 関与政策と封じ込め政策では、「共存」と「敵対」のという180度の違いがあるが、相手側にしてみると、紙一重の違いであり、しばしば形を変えた封じ込めだと誤解される。90年代のアメリカの対中政策は「関与政策」であり、天安門事件、ソ連・東欧圏の崩壊で、過剰な警戒感を抱いていた中国を今日の曲がりなりにも国際協調路線に導いた。関与政策には、つねに対話が必要であり、民主主義や人権の改善などにおいて圧力を加えつつも、それが中国にとっても軟着陸する唯一の道であることを、説得する必要がある。現実に90年代の対中関与政策が、中国の今日の発展をもたらしている。
 この点で、安倍晋三自民党幹事長代理など中国への疑念で凝り固まってしまった自民党の次期指導者と違って、小泉首相にはまだ多少、中国との対話の余地があるように感じられる。小泉首相自身、「中国の経済発展は脅威ではない」と語り、中国側も、靖国問題とは対照的に、この小泉発言を異例なほど評価しているからだ。
 中国はすでに経済面においても重要なプレイヤーとなり、日本は国連安保理の常任理事国入りを目の前にしている。両国の大国化は否定できない現実である。両国の間に摩擦や対立は、両国の大国化と同時に、両国の接触の拡大に伴って生じているものであり、避けることのできないものだ。したがって、摩擦や対立の発生を前提にして、それを解消していくあらたな仕組みが必要になっている。と同時、不必要な疑念の拡大を防ぐために、まず率直な政治対話が必要であり、さらに国民レベルでも、互いの国の現状に関する情報の流通がもっと自由でなければならない。一方的な、偏った、疑念を煽る情報のみが流通するのでは、反日、嫌中感情が充満してしまう。当局のさじ加減一つで、「反日報道」から「親日報道」に切り替わるのではなく、よくも悪くも、日本の現状をありのままに伝える報道が必要だ。

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