第15号 2011.01.10発行 by 高井 潔司
    中国の「韜光養晦」の外交方針転換をめぐって
―対中認識ギャップの作られ方―
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問題の発端
 たまたま『週刊ポスト』(2011年1月 1-7日号)に掲載されていた「国民必読レポート 異形の大国・中国と自由主義陣営の闘い――ファシズム国家の蠢動に日本はどう立ち向かうべきなのか」という文章を見かけた。雑誌広告を通して激しい中国批判を書いている人との印象しかない評論家だから、大した話題にもならない文章であろうと思いつつ眺めていると、「09年7月、胡錦濤国家主席は全世界の大使を一堂に集めた場で、鄧小平氏の『韜光養晦』(姿勢を低く保ち、強くなるまで待つ)、日本風にいえば『脳(桜井の間違い――「能」)ある鷹は爪を隠す』の方針を大転換し、『有所作為』(なすべきことはなす)方針と宣言しました」と書いてある部分に目が止まった。
  「へぇー、そんなことがあったのか」と、一瞬驚いた。確かに、東シナ海での日本や韓国との摩擦、対立を見ても、最近の中国外交には傲慢さが目立ち、桜井氏の文章には説得力を感じる。だが、09年の大使会議で、このような大転換が本当にあったとしたら、日本の新聞でも大きく報道されていたはず。筆者が見逃していたのか、あるいは日本の特派員が怠慢で記事を書かなかったのか。これは、中国問題の専門家の力量が問われる問題である。
 そこで、まず、大使会議(中国では駐外使節会議)をキーワードに、中国の当時の報道を、インターネット上で検索し、本当に中国外交に「革命的転換」があったのかどうかを検証するとともに、鄧小平が提唱したとされる「韜光養晦」をめぐって、中国国内でどのような議論が交わされてきたのかを振り返り、中国外交の今後を展望してみた。その過程で、中国の大国化をめぐって、国際社会と中国との認識ギャップがどのように形成されるのかのプロセスの一端も見えてくる。

見つからない胡錦濤発言
 この会議について、国営新華社はかなり詳細に報道し、胡錦濤総書記兼国家主席の発言を伝えている。
「胡錦濤は演説の中で、2004年の第10回大使会議以来の外交活動を回顧し、深く当面する国際情勢の発展の趨勢と主要な特徴を分析した。そして胡錦濤は以下のように指摘した。当面の国際情勢は引き続き複雑、深刻な変化を引き起こしている。わが国はまさに国際金融危機の衝撃に対処しており、経済の安定的な比較的早いテンポの発展を保持できるかどうかの重要な時期を迎え、改革、発展、安定の重要方針は新たなチャンスと厳しい挑戦に直面している。外交活動が党と国家の全ての活動の中で占める地位と機能はさらに重要性を増し、さらにしっかりと改革、発展、安定の大局を固め、発展させ、国家の主権、安全、利益の発展を守るために尽くさなければならない」
 「胡錦濤はさらに以下の点を強調した。新世紀の新たな段階に入って以来、国際社会では、一連の国際情勢全般と戦略的に影響を与える重大な事件が発生している。国際政治、国際経済の各局面にも重大かつ深い影響を与える事件だ。世界のグローバル化、平和と発展は依然としてこの時代のテーマであるが、総合国力の競争も日増しに激化している。広大な発展途上国の国際事務に対する平等な関与の要求も日増しに強まっている。国際社会における関係の民主化の呼び声も高まっている。国際金融危機は、現行の国際経済・金融システム、世界経済の運営メカニズムに重大な衝撃を与えた。世界の多極化の前景はさらに明確になりつつあり、国際情勢にいくつかの高度に重視すべき新たな特徴、傾向が出現した。われわれは視野を広げ、時機をうかがい、情勢を推し量り、有害なものを避け、有利な方向に向かう必要がある。つねに新たな情勢の下で、国際情勢の局面に対処し、国際事務を処理する能力とレベルを高める必要がある」
 以上のように、新しい情勢に対応する外交を求めているが、「韜光養晦」、「有所作為」といった表現は、報道に全く現れていない。 大使会議に関係する記事のどれにもそのような表現はないし、胡錦濤演説の全文も公表されていない。そこで、この二つの言葉をキーワードに、あらためて論文を検索してみた。結構、これに関係する論文はあったが、胡主席がこの問題について語ったという論文はなかなか見つからなかった。

桜井氏の論拠
 そもそも桜井氏はどこからこの情報を得たのだろうか?
 ポストの記事では、韜晦外交からの転換に触れた後、この転換を「アメリカの気鋭の中国問題専門家エリザベス・エコノミーはこれを革命と呼びました」とある。桜井氏はその引用の出典を明らかにしていないが、2010年11-12月号の「フォーリンアフェアーズ」にエコノミー氏の「The Game Changer――Coping With China’sForeign policy Revolution」という論文が掲載されており、ここからの引用ではないかと推察できる。ただ、エコノミー論文では、この転換が、大使会議で行われたとは書いていない。さらに「Hide brightness, cherish obscurity(韜光養晦)」を 「go out strategy(走出去=対外進出)」に転換すると書いており、「有所作為」は別人の入れ智恵である可能性が高い。
 というのも、韜晦外交を調べるうち、よく考えたら、「有所作為」も、鄧小平が「韜光養晦」と対にして使用した概念であることを、私自身思い出したからだ。もしエコノミー氏が気鋭の中国専門家であるなら、二つの表現とも鄧小平の外交戦略の中に含まれていることは承知しているはずだ。実際、この論文でも、「韜光養晦」外交から、「走出去」外交に転換したと書いている。

鄧小平発言としても微妙な“韜光養晦”
 実はそもそも鄧小平の韜光養晦発言は、鄧氏の重要演説、発言を収めた「鄧小平文選」には採用されていない。91年6月、江沢民は当面する外交問題について報告した際、鄧小平の言葉として、「冷静観察,沈着応付,絶不当頭、有所作為」(冷静観察、沈着対応、出しゃばらず、為すべきことを為す)の方針を確認している。注1また98年の大使会議でも、鄧小平外交の方針を貫徹しなければならないと述べた上で、「引き続き長期的に“冷静観察、沈着応対、絶不当頭、有所作為”の戦略方針を堅持し、“韜光養晦”、慎重を期し、自身を守り、発展の時を待たねばならない」と語っている。この江沢民発言を読めば、鄧小平の外交思想の中で、“韜光養晦”と“有所作為”は、いずれも重要な方針であり、また対立した観念として捉えられていないことがわかる。
 そもそも「韜光養晦」という表現は、天安門事件(1989年)に加え、事件直後のソ連・東欧圏が崩壊し、文化大革命時と同様世界的に孤立状態に陥った中国外交を支えるために、鄧小平がそれを使って、鄧小平が示した戦略である。江沢民主席(当時)が鄧小平の外交思想の核心として紹介したものの、鄧小平に関する著作では、唯一、2004年に刊行された『鄧小平年譜』に、1992年4月、側近の職員との会話で中国の発展問題を語った時、「“韜光養晦”をもう何年かやって、やっと本当に比較的大きな政治勢力を築くことができる」と述べたとあるのみだ。注2“韜光養晦”について、実際には、その数年前に語ったのだが、公式文書から外され、いつどこで語ったのかさえ、公式には明らかにされていない。
 ただ、1989年9月4日、党中央の数人の責任者との談話の要旨として、鄧小平文選第3巻に掲載された「改革・開放政策が安定すれば、中国は大いに期待が持てる」の中で、「要するに、国際情勢について概括すると、次の3点である。まず『冷静観察』。第2点は『穏住陣脚(足場をしっかり固めること)』、3点目は『沈着対処』である」と語っている。注3そこには“韜光養晦”と“有所作為”はないものの、江沢民が明かした残りの表現がほとんど盛り込まれており、おそらくこの時に“韜光養晦”と“有所作為”について語ったものと推察される。当時は、「臥薪嘗胆」(復讐のために困難に耐える)に通じるところもあって微妙な表現して公にされてこなかったものと見られる。注4実際、「能ある鷹は爪を隠す」と桜井氏が誤解するように、実はこれまでも対外的に様々な誤解を招いてきた。
 そして大事なことは、この3点に続いて、鄧小平が語ったことだ。
 「急ぐ必要はないし、急ぐこともできない。冷静に、冷静に、かつわき目も振らず、一所懸命に一つの事を立派にやりぬくこと、われわれ自身のことをやり遂げることである」。
 この「われわれ自身のことをやり遂げる」ことが「有所作為」にあたるのだろう。ところが桜井氏にかかると、それは「私たちが大事だと思っている自由や人権、民主主義、国際ルールを守るといった価値観を、中国の手法や価値観に塗り替える。現在の国際社会に挑戦し、国際社会の力関係をダイナミックに変えるということです」となってしまう。
 ちなみに、鄧小平の発言が完全に公表されなかったため、中国国内の研究者の中でも、楚樹竜・清華大学教授のように、“韜光養晦”が、中国外交が孤立していた特殊な時期の一時的な考えに過ぎず、長期的な外交方針ではないと主張する論文もある。注5
 それはともかく、胡錦濤が大使会議の席上、鄧小平の方針を捨てて、あらたに自身の方針を打ち立てることなどの事実がなかったことが分かる。

胡錦濤には革命的転換はできない相談
 では、胡錦濤は09年の大使会議で、“韜光養晦”について語らなかったのか?インターネットで、“韜光養晦”をキーワードに検索してみると、予想外にさまざまな文章がひっかかり、さまざまな議論が展開されている。とくに大使会議の後、時事専門雑誌上に登場していることがわかった。
 例えば、大使会議直後に刊行された国営新華社通信傘下の「瞭望新聞週刊」7月29日号は、「新時期の中国外交の大きな方向」との論文を掲載し、「急激に変化し、複雑錯綜する昨今の国際情勢と、内外の大局と緊密に連動する様々なレベルの世界的な挑戦に直面して、中国外交がどのようにしてしっかりと“韜光養晦”と“有所作為”のバランスを取り、穏健で冷静な姿勢を取りながら、その一方で積極的に取り組み、国内外の注目する焦点となるか――7月17日から20日まで北京でおごそかに開催された第11回大使会議で、胡錦濤主席は重要な演説を行った」と伝えている。
 同論文は、「胡錦濤主席が国際情勢の発展趨勢と対外戦略について、一連の新たな判断、新たな総括、新たな手法、新たな論述を提出し、新時期の中国外交の大きな方向を示した」と述べているが、その一方で「中国外交の指導思想と戦略目標について、演説は鄧小平理論と“三つの代表”の重要思想を指導とする方針を堅持すると強調した」としており、鄧小平の外交路線を「革命的に転換させる」などの記述は全くない。
 もっとも同論文は、胡錦濤主席がこの二つの表現を使ったとは明言していないが、使用したことを示唆する文章でもある。ただ、この論文を見ても、桜井氏が言うような、“韜光養晦”外交から“有所作為”外交への革命的な転換ではなさそうである。これまでの安定的な継承を第1としてきた中国政治の流れを見てもできない相談であるし、そもそも二つの表現が対立する観念でもないことがわかる。したがって、その二つの観念の間で転換、革命があったなどというのは、全くのでたらめ、でっち上げとしか言い様がない。

手掛かりとなった王逸舟論文
 インターネット上には、大使会議に関する論文や記事が多数掲載されているが、胡錦濤が“韜光養晦”と“有所作為”について、具体的にどう語ったのか、なかなか、見つからない。しかし、昨今の東シナ海における日本や韓国との摩擦、対立を受けて、胡錦濤外交のブレーンと言われる王逸舟が『南方週末』紙(10年12月24日付け)に書いた「強大でありながら謙遜な国となる――急務となった中国の新たなアジア戦略」という論文の中で、その手掛かりとなる注目すべき表現が見つかった。それは周辺外交とその戦略について述べた部分で、「われわれが必ずはっきりと認識すべきことは、安定した隣国、確固とした周辺関係、地域の協力が深まるプロセスがあってこそ、中国は発展に有利な良好な環境を持つことができるし、世界的に強国と言われる高いレベルに向かう階段を確実に上ることができる」とした上で、「この意味において、“堅持韜光養晦、積極有所作為”(“韜光養晦”を堅持し、積極的に“有所作為”に取り組む)とは、中国が覇権を唱えたり、旗を高く立てたり、挑発的なことをしないことであり、また積極的に地域の安全保障の枠組みや経済計画を打ち立て、各種の紛争に創造的に介入し、その緩和と安定化に努めることを意味する」と指摘している。
 この書き方、王逸舟氏の立場から言って、この“堅持韜光養晦、積極有所作為”こそが、大使会議で胡錦濤の語った言葉に違いないと、筆者は推測した。胡錦濤は、鄧小平自身が指名した後継者であり、まだ江沢民が存命の中で、胡錦濤が“韜光養晦”を放棄したり、“有所作為”と対立させるはずがないのだ。しかし、この二つのキーワードに“堅持”、“積極”を付け加え、新たな国際情勢の下での、外交戦略を語ることは、序列ナンバーワンの胡錦濤にはできる。それが一党指導体制を取る中国政治の伝統であり、仕組みである。この表現なら、先に紹介した「瞭望新聞週刊」7月29日号の解説記事とも矛盾しない。

タブーの「韜光養晦」論議が国際社会の曲解を招く
 そこで、今度は、「堅持」と「積極」を加え、“堅持韜光養晦、積極有所作為”をキーワードとして検索してみると、このキーワードがやはり胡錦濤の発言であると明言する論文がようやく見つかった。上海の日刊紙「文匯報」(2010年8月14日付け)に掲載された上海大学の朱威烈教授が上海国際問題研究所で行った「韜光養晦――世界の主流文明が共有できる観念」と題する講演である。朱氏は、中国と国際社会との関係の緊密化によって、中国外交の政策決定、その言動は国際社会の注目を浴びることは避けがたいことであり、「“韜光養晦”と“有所作為”は実際、“内部の掌握事項”、“行動のみで説明はしない”という段階にもはやとどまることはできない。それは欧米諸国の疑念や曲解を晴らすだけでなく、国際社会に対して、ひとつの公共産品(共有財産)を提供することができる」と述べ、韜光養晦論議が中国の内部討議に止まり、その結果として国際社会の誤解を招いてきたと大胆な意見を表明している。
 とくに「韜光養晦」は西側諸国において一貫して中国の戦略的“核心”と見なされ、2002年のアメリカの「中国軍事力報告」では、中国が「国際的に戦略をだまし偽る手段」と指摘されている、と朱教授は言う。2006年の同じ報告では「韜光養晦」が「hide capacities and bide time」と訳されている。これを中国語にもう一度訳しなおすと“隠蔵能力、等待時機(能力を隠して時機を増す)”であり、これでは国際社会を欺瞞する中国の戦略という結論が導かれるのも無理はない。朱氏は、こうした中国外交に対する曲解が、アメリカの国内世論だけでなく、国際社会を誘導する役割を果たしてきたと解説する。まさに、桜井氏のような、ためにする曲解を許す結果となってしまうのである。したがって、この外交方針について、もっと公開して幅広く議論し、その内包する意味をしっかりと読み解くことは極めて重要な任務であると、朱氏は主張する。
 その上で、朱氏は「胡錦濤主席は2009年の大使会議で明確に“堅持韜光養晦、積極有所作為”の方針を提起し、さらに一歩“韜光養晦”の原則を確認し、さらに時代の進展に合わせ“有所作為”への要請と力点を高め、すでに国策となったこれらの外交方針が重要性と長期性を持っていることを指摘した」と明らかにしている。

世界の共通産品としての“韜光養晦”と“有所作為”
 朱氏は、“韜光養晦”を公開で議論すべきだし、「世界で共有できる観念」と論文のタイトルで示しているように、独特の捉え方をしている。朱氏に言わせれば、「“韜光養晦”が本質的に反映しているのは、中国人が身を処す時、ことを為す時、学問をする時の価値観、志向である。名声や優れた才能があるにしても、人や物事との接触において、慎重で、控え目で、才能をひけらかしたり、言い募ることのないように戒めることだ」という。つまり一時的に才能を隠して反撃のチャンスをうかがうなどという姑息な戦術ではなく、儒教の「中庸の観念に近く」「中国が平和発展を模索し、交流や協力を通して、ともに利益を得、勝利を得、共同発展を実現し、調和のとれた世界、地域の構築を推進するものだ」と解説する。
 一方、“有所作為”についても、「決して大いに力を発揮するとか、何でもやる、何でもできる、何でもやるべきといったことではなく、中国の実際の状況、実際の能力から酒発して、貢献する、成績を上げることを強調したものだ」「必ず現実の中で真理を求め、適度をわきまえ、力に見合った行動をする」「中国の主権と安全保障、利益の拡大に照らし、中国の核心的価値観に合わせ、やるべきことをやり、やるべきでないことはやらない」と述べる。
 これら二つの観念は、対立、矛盾するものではなく、「中国の伝統、優秀な文化に深く根ざし、社会主義初級段階の国情に適い、発展途上の大国、新興大国の身分や能力にも符合している」と、朱氏は説く。相互依存が進むグローバル化の中、世界は様々な産品を共有しているが、この二つの観念も世界が共有できる産品ではないかと朱氏は述べる。もちろん、こうした意見は朱氏独特の意見に過ぎない。朱氏はこれを内外で大いに議論することで、二つの観念をより豊かにでき、世界の共有できる観念へと発展させることができる、と主張している。
 その可能性はさておき、朱論文で注目すべきは、これらの二つの観念に関する議論をタブーにすることが、国際社会の誤解を招いていると述べ、議論を公開すれば、世界が共有できる観念にもなる可能性があると指摘した点にある。少なくとも、朱論文を読めば、桜井よしこレポートがいかに曲解の上に成り立っているかが、はっきりするだろう。逆に中国が、尖閣問題などに見られるように、こうした議論をあいまいにしたまま、無骨な行動に出ることが、国際社会との認識ギャップをますます拡大化し、平和的発展の道を困難にしていると言えよう。



1 『江沢民文選』第1巻148ページ
2  http://www.dxpgl.cn/news_more.asp?lm2=84 『鄧小平年譜』1992年3-9月
3  『鄧小平文選』第3巻321ページ
4  この解釈は、後述する朱威烈教授論文で述べられている。
5  『国際政治研究』2006年第1期(北京大学国際関係学院刊行)

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